44話
44.章 ククル
魔王は勢いをつけて、甲板に飛び込むと、
勢いそのままに、魔導士をぶん殴った。
魔導士は吹き飛び、甲板を滑り転がる。
その、床に倒れ込んだところに、魔王は執拗に、拳を叩きつける。
血だらけの、魔導士が恐怖のあまり、声をあげる。
「ひっ……!」
魔導士がとっさに、魔法の杖で自らを、かばおうとするが、
魔王は人間離れした、豪腕で、その杖ごと粉砕した。
そうして、魔導士カシウスは、ピクリとも動かなくなった。
カリナが、恐る恐る、尋ねる。
「……あの……この人、死んじゃったんですか?」
「…まさか。こんぐらいでコイツが死んだら、世話ない。」
全てが終わり、魔王は、甲板に立っている。
そうして、魔導士カシウス•オルデウスに、尋ねる。
「どうした。ツカサ、もう終わりか?」
魔導士カシウスは、血だらけでなんとか身を起こす。
眼鏡は割れ。ボロボロの、身体をかばいなから魔王を睨んだ。
「…ハルト…殺す…。」
─瞬間……、
魔王は、本来の魔族としての顔をのぞかせる。
「思いあがった、下衆にはいつもうんざりさせられる。」
「消えろ。」
《ゾクッ……》
魔王に睨まれた、カシウスは背筋に冷たいものが走った。
カシウスは一瞬で、理解した。
巨大化した魔王の腕に、つかまれる未来。
自分が握りつぶされ、臓物と血の混じった泡を口から吐き、絶命した姿を。
『死ぬ。……何があっても死ぬ。』
悔しいが才能で埋められない、圧倒な格差が、種族の格差がそこにはあった。
魔王はカリナを気にしている、何故だか、知らないが、気にしている。
魔王はカリナに殺しを、
本来の自分を見せたくないらしい。
こうなっては、カリナだけが─。
それだけが自分の助かる道だと、カシウスは意識した。
「やはり、アメトがいなければ厳しいのかっ…」
そう言って、魔導士は悔しさを噛み締めた。
ここへきて魔王は魔力を、大量に消耗した影響らしく、視界がふらついてくる。
『正直、意識が持っていかれそうだ…。』
『変身で少し…魔力を使い過ぎた…。』
やはり、闇ドラゴンへの変身には、体に相当な負荷と魔力が必要となる。しばらくは、技は使えないだろう。
魔導士は、その隙を見逃さない。
魔導士は、とっさにカリナにとりつき、羽交締めにする。そして、魔刀を出現させた。
「……きゃ!」
刃を閃かせながら、魔刀をカリナの喉元に、押し当てた。
「では、コレならどうです?」
「!!」
カリナを人質に取られて、魔王は動揺し、手が出せない。
「ハルト!」
「カリナを助けたければ、おとなしくする事です。」
そう言って、カリナの、喉元に魔刀をあてる。
肌を浅く傷をつけられ、
首筋に血が、滲んでくる。
「…っ…!」
そこへ、死霊のクルルが飛び込んでくる。
《ガッ!!!!》
「…お姉ぢゃんを…いじめるなっ…!!」
ククルがカリナを助けようと、魔導士カシウスの腕に飛びかかった。
「くっ、なにを…!」
カシウスは不意を突かれ、カリナをはなしてしまう。
「……っ!!」
魔導士はかまわず、死霊のククルを魔刀で切り捨てた。
ククルは甲板にどさりと、倒れ込んだ。
「……くそっ、この死霊は…なんなんだ!?」
魔導士カシウスは死霊が、術師に攻撃を加えるという、想定外のことに驚きを隠せない。
「お姉ぢゃんは…ククルが守る」
「…だから、負けない…っ…」
ククルは必死に立ち上がる。
そして、ククルはひるむ事なく、魔導士に向かっていく。
そして、ククルの両親の死霊も、ククルを守るように、魔導士に、立ち向かっていく。
「…これは…どういうことだ?!」
「…この死霊たちも…!どいつも、術師に襲いかかるなんて…信じられない…!」
その様子に感化されたのか、仲間を守るように、奴隷や船員の死霊たちも、次々に、魔導士カシウスに向かっていく。
「……ありえない!…私の死霊術が失敗したのかっ!」
この状況に魔導士は動揺していた。
カリナは、ククルを守るように、魔導士に立ちはだかる。
『…ククル…みんな…』
『……助けてくれて…ありがとう』
カリナは必死に、杖を構える。
『…お願い…わたしにククルを守らせて。…力を、力を貸してください!』
カリナはいま一度、上級魔法の詠唱をはじめる。
「地獄の底に眠る篝火よ、
古の眠りより覚醒し、
裁きの手をかざせ…!」
カリナは万感の想いをこめ、魔法の杖を甲板に突き立てる。
『お願い!!』
「ダーク•フレイム!!!!」
《ゴォォォォォッッッッ!!!!》
「…くっ!!!」
カリナが放つ黒炎の魔法は、魔導士カシウスの身を燃やす。
それは、強い心の発露によって、起きた奇跡だった。
言霊を強くするものは、心。
正しかろうが、悪しかろうが、強い心の放つ、言葉のチカラ。それが、そこに乗る魔力を増幅させ、強い魔法を放つことが出来る。
つまり言いかえれば、強い心の発露がなければ、上級の魔法は、使うことができないともいえた。
ククルは傷つきながらも、カリナを心配している。
「…ぅ…お姉ぢゃん…怪我は大丈夫…」
「ありがとう、わたしは大丈夫。むしろ、あなたの方こそ…」
しかし、魔導士カシウスはダメージを受けながらも、ほとんど無傷だった。
だが、この出来事は彼のプライドをひどく傷つけたらしい。
忌々しそうに、ククルを見つめた。
「なるほど、アレらは、まだ自我が残っているようです。なり損ないのアンデットは必要ない、全て消え去るといい。」
魔導士カシウスは、全ての死霊に向けて、強力な火炎の魔術を放つ。
「ぎゃぁぁぁっ!」
ククルや他の死霊たちは、
断末魔をあげて、燃え上がる。
カリナはククルに駆け寄ろうとするが、魔王がそれを押しとどめた。
「カリナ諦めろ、一度アンデットになってしまった者は2度と元には戻らない。」
「でも、ククル…が…みんなが…!!」
カリナはたまらず、魔王を振り切ってククルの側に駆け寄ろうとした。
「痛いょ…熱いよぅ…おねぇぢゃんっ…!!」
しかし、無情にもククルの身体は焼けて崩れていく。
「…ククルっ…!!」
不思議なことに、ここでククルの身体の炎の勢いが一瞬だけ、ゆるんだ。
《シュゥゥゥゥッ……》
「…ぇっ。」
魔王は黙って、ククルや、死霊たちに、スロー(時間停滞)の魔法をかけたのだった。
「ククル大丈夫…?」
「お姉ちゃん…ごめんね。…ぬいぐるみ…焼けちゃった…」
カリナはかぶりを振る。
「いいの、いいの…そんなの…」
少しずつ消えていく、ククル。
「わたし…忘れないよ。ククルのこと、忘れないから。」
クルルはかろうじて、形を保っている。
しかし、残された時間はもうわずかだ。
「お姉ぢゃん……」
「大嫌いなんて…言って…ごめんね。」
「ほんとは…大好き…だょ」
そう言うとククルは、にっこりと笑った。
「わたし…も…わたしも…」
「大好きだよ」
カリナは炎にもかまわず、ククルを抱きしめる。
「お姉ちゃん、悲しま…ないで……」
「いつか、死んじゃうのは…分かってた…ことだから…」
ククルの体はもう半分、消えかかっている。
「お姉…ちゃ…人形を…あり……がと、
友だちになって…くれて…あ…りがと…」
「そばにいてくれて…………あり……が」
その瞬間、ククルの身体は塵となって消えていった。
「……ククルっ…!」
カリナの腕の中には、もう何もない。
カリナの瞳から、涙がとめどなく溢れる。
『自惚れてたんだ……賢いつもりで。でも……何にも分かってなかった。』
『結局、ククルの苦しみをわかって、あげられなかった。』
『…船の奴隷たちも、船乗りたちも、みんな、苦しかったんだ…。』
カリナは知らなかった、この船がたくさんの悲しみで、動いていたことを。
死霊たちは皆んな、苦しんでいたのに。なのに、彼らが、生きている時わたしは何も気づきもしなかった。
『わたしはなんでも、本で分かっている気で、何にも分かっていなかったんだ…。』
『もっと、世界を、現実を知りたい。…知らなきゃ…ダメなんだ。』
『ごめんなさい…………ありがとう。』
夜は白みはじめ、空は新しい朝を告げようとしていた。
あとがき
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