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例のトラック的な終わり、またはある種の始まり

はじめまして。有木多利です。お手柔らかによろしくお願いします。

 夢。そう、これは夢だと分かるほどに荒唐無稽なものだった。

 俺達三人は石造りの部屋の中央に立っていて、床には魔法陣とでも呼ぶべきであろうものが描かれている。

 俺達は学校の制服姿で、背中には学校指定の鞄を背負っている。明らかに場違いだ。

 そんな俺達の眼の前には銀髪で長髪の、人形のように美しい小柄な少女が立っている。

 そして彼女は言うのだ。


「ようこそ異世界の方々。どうか世界を救ってはくれませんか?」




 午前八時。始業時間が八時半の高校に通う人間としては決して早いとは言えない起床だ。

 夢から覚めた俺はぼんやりとしている頭をなんとか覚醒に持っていこうとする。

 俺には朝起こしてくれる家族はいない。幼い頃に母は他界したし、父は早朝から出社してしまうからだ。

 そして俺、浅津漣あさつれんがこんなに遅い時間に目が覚めたのにはちゃんと理由がある。

 それが横で丸まって寝ているこいつ。

 俺は昨日――正確には昨日の夜から今日の未明にかけて――こいつとぶっ続けでゲームをしていたのである。

 眼の前にあるテレビには、昨日つけっぱなしにしていたのだろう、俺が敗北したという結果を示すリザルト画面が映っていた。

 腹の立つ結果を見たくはない。俺はさっさとゲームを片付け、テレビを消した。

 俺達はどうやら昨日のゲーム中に寝落ちしてしまっていたらしく、俺の体を床で寝た時特有の気怠さと節々の痛みが包みこんでいた。

 これでこいつが可愛い女の子ならば、男子高校生の俺的には大変嬉しい状況で、学校のことなど忘れて寝顔をずっと眺めていたいとも思えるのだが、残念ながらこいつはただの男だ。こんな言い方をすると、とても男には見えない可憐な容姿を持っていると勘違いする人もいるかも知れないが、正真正銘一般的な、一目見て分かるタイプの男だ。

 小さい頃にやっていたプールの影響らしい、こいつご自慢の茶髪が寝癖によってぐちゃぐちゃになっていた。

 そして俺の友人でもある。

 辻山英介つじやまえいすけ、それがこいつの名前だ。


「おい、起きろ遅刻すんぞ」


「ぐぇ」


 いつも通り俺が文字通り足蹴にすると、英介は変なうめき声を上げながら目を覚ました。さぞ良い目覚めだろう。


「んぁ、漣か。いい加減まともに起こせないのかこの野郎」


「お前はちょっとやそっとじゃ起きないからな。良い目覚めだろう?」


「僕を踏んでお越してくれるのが可愛い女の子だったらそうだったろうよ」


 そう言いながら俺等は軽く伸びをした。

 俺等しかいない部屋にバキバキと音が鳴り響く。

 硬い床で丸まって寝ていたのだ、さぞ体も固まっていたのだろう。


「なぁ英介。これはあれだな」


 俺は改めて時計に目線を向けながら英介に声を掛ける。

 こいつとの付き合いも長いものだからだろう。俺が何を言いたいのかを英介はよく分かっていた。


「あぁ、その通りだな。これは完全無欠に、完膚なきまでに遅刻が確定しているな」


 徒歩通学だから学校までは20分程。正直に言えば急げばまだまだ間に合う時間なのだが、そんな殊勝な心がけを持ち合わせている人物はこの中に存在しない。

 俺等は幼馴染で家も近いから昔からこうやって夜通し遊んでおり、今日のように寝坊して遅刻することなどしょっちゅうだった。

 だから焦りなど微塵もない。むしろ清々しいくらいである。このまま優雅に重役的な登校をしたいものである。

 とはいえこうしてはいられないのだ。この中には遅刻を回避しようと心がける稀有な人材はいないが、この外に入る。

 そう、具体的には――


「ちょっと〜、早くしないと遅刻するわよ〜!?」


 今俺の家の外で俺達を待っている、もうひとりの幼馴染こと花島小夜はなしまさよのことだ。


「うげ、もうあいつ来てるぞ」


「今日は大丈夫、いつもよりちょっと早く俺達は起きてるんだ。この前みたいに怒られることはない……と思う」


 俺達は手早く制服に着替え(英介はこうなることを見越して制服を持ってきていた。だったら早く起きろバカ野郎)、まるでずっと起きていたかのように玄関の扉を開けた。


「おはよう、小夜。いやー、今日はちゃんと起きてたぜ。小夜が来るのを今か今かと待っていたんだからな、そうだろ英介」


「当たり前だろ。まったく、僕達はこの年にもなって自分で起きられないようなだらしないやつじゃないからな」


 俺達が玄関で聞かれてもいない弁明をしている間、小夜はずっとジト目だった。


「じゃあ次からは朝起きたら寝癖も直しなさいよね」




 俺達が寝癖を直しに一度家に戻り、そして出てくるまでに十分。

 結局時間の猶予は完全に失われた。やはり開き直ってのんびりと登校すべきだろうと提言したいのだが、我らが世話焼き幼馴染こと小夜さんは認めてくれないだろう。

 俺達が寝癖を直している間、小夜は律儀に待ってくれていた。というか我が家のソファで普通にテレビを付けてくつろいでいた。

 こいつは俺達三人組の中では少数派の、遅刻に罪悪感を抱く優等生然としたやつであり、そのせいで俺達のお目付け役として教師に抜擢されている。

 俺達と共に登校しているから、彼女も遅刻をしたことは一度や二度のことではないはずなのだが、いつまで経っても遅刻に罪悪感を抱いているらしい。

 幼馴染に手を焼くなんてどこのライトノベルだといわれのない誹謗中傷を受けることもしょっちゅうだ。

 それは幼馴染を持たない男子達の妬み嫉みというものであり見苦しいったらない。

 だが俺が端から見ていたならば、俺もそうなっていたのかもしれない。

 小夜は肩口で切り揃えられた艶のある黒髪と、透き通るような肌、大きな目に整った鼻筋を持つ女の子、つまり有り体に言ってしまえば美人なのだった。嫉妬も当然なのだろう。


 寝癖を直し終わって今度こそ準備が終わった俺達は、のんびりしている小夜に声を掛ける。


「おい小夜、早く学校行こうぜ」


「僕達は一刻も早く学校に行きたいんだが」


「あんたらが私を待たせてたんでしょうが!」


 そのままぎゃいぎゃいと騒ぎ立てていたからか、家を出られたのは結局八時十五分のことだった。




 俺達は小走り気味で学校に向かう。

 歩いていては間に合わないからだ。


「なぁ、疲れたしもう歩いて行こうぜ〜」


「英介、さっきと言ってることが真逆じゃない……」


「そうだぞ、俺は歩いて行くからお前は一刻も早く学校に行け」


「漣も走りなさい」


 こんなやり取りはもはや恒例のものだった。


「まったく……。遅刻しないようにもうちょっと早く起きられないわけ?」


「小夜の方こそ、どうせこうやって遅刻するんだから昔みたくうちに泊まってゲームしてけばいいのに」


「ゲームばっかりしてるわけにもいかないじゃない」


「ゲームばっかりしていたんですけど。それに英介だけじゃ張り合いないんだよ」


「おっと、知っての通り僕は売られた喧嘩はきっちり買うタイプだぞ」


 拳を握る英介の頭を軽く叩く。先手必勝だ。


「それに小夜が泊まっていってくれたら朝も起きられるし、家でちゃんと朝ご飯が食べられるだろ? 小夜の飯美味いし」


 そう、俺はギリギリに家を出る都合上家で朝食を取ることが基本的にできないのだ。

 それに備えて俺の学校鞄には六枚切りの食パンが常備されている。

 教室で食べる朝ご飯というのも乙なものである。

 だが結局は家で食べるご飯のほうがいいものだ、となかなか自炊することがない俺は常々そう思っている。

 だから、飯を作ることが出来る小夜が泊まってくれればハッピーなのだ。


「んなっ!? ……それって、その毎日お前の味噌汁が飲みたい的な話?」


 小夜は急に大声を上げたかと思うと、今度は顔を赤くしてボソボソと呟いた。

 ……こいつたまにこういうことするんだよなぁ。

 俺は決して耳が遠いわけではないのだが、まるでそれが世界の宿命とでも言うように呟きは尽く聞こえないのだ。

 ……俺の耳が遠いわけじゃないはずなんだ! と、まだまだ難聴の心配などしたくない俺は主張しておく。

 それにこいつ、なんでか聞き返すと毎回怒るんだよなぁ。

 だが聞き返さないわけにもいかない。小夜としては会話のボールを俺に投げた後の状態で、返答を待ってこっちを見ているからだ。


「すまん、聞こえなかったからもう一回言ってくれ」


「……! そんな面倒なことするわけ無いでしょって言ったのよ!」


「……まったく、早くくっつけよな。これを日々唐突に見せられる方の気持ちをわかってくれよ」


 英介の呟きも俺は当然聞き逃した。


 学校までの道のりも残すところはあと半分といったところになった。

 この交差点を渡ればここから先に信号はない。ゴールまで一直線というわけだ。

 俺達が渡るべき信号は既にチカチカと点滅していた。

 この信号は切り替わるまでが非常に遅い。具体的には一度赤になってから次青になるまでに一分と二十秒ほどかかる(遅刻スレスレに登校する人間特有の時間管理能力により把握)。

 これを渡らねば俺達に残される遅刻回避の道は小走りが本走りにランクアップする以外にない。


「もうっ! 急いで渡るわよ!」


「「合点」」


 俺達が渡り始めると同時に、でかいトラックが曲がってくる。

 そう、あまりにも唐突で申し訳なく思うのだが、トラックが曲がってきたのだ。

 進行方向には勿論俺達がいる。そう、あまりにも都合が良く――今回に限ればあまりにも間が悪く――信号渡りかけの俺達に向かってくる。


「……え?」


 トラックの運転手は俺達を見てはいなかった。運転手はスマホ片手に運転している。

 よってトラックのスピードが緩められることなく、そして当然俺達は逃げ切ることができず。

 浅津漣と辻山英介、花島小夜の三名は唐突にこの世界を去ることになったのである。

 いや、こう言ってしまうときっと正確ではない。なぜなら俺達は死んだわけではないようなのだ。

 正確に言ってしまえば、はね飛ばされるその直前、足元にまるでゲームのような魔法陣とでも呼ぶべきものが広がり、眼の前が強い光をくらったときのように真っ白になり、そして、交差点やトラックとは縁のないような石造りの部屋に移動していたというべきだろうなのだろう。

 そう、何を言っているかわからないだろうが、正確に、俺の主観にそって描写するならこれ以上は無理だ。

 そう、先程から唐突すぎて本当に申し訳ないが、これは俗に言う異世界転移と呼ぶべきであろうもので、俺達がフィクションとしてたくさん見てきた展開なのだった。

 だが諦めて欲しい。きっと世界は何をするにしても唐突なのだ、なんて達観したようなことを考えてみても、納得できるような出来事ではなかった。




 こうして俺達は状況を飲み込めないまま、部屋の中央に立っているのだった。床には魔法陣としか形容で来なさそうなものが描かれている。

 交差点で見たものと似ているような気がするが、俺には違いが分からない。分かるはずもない。

 ただ明確に違うと分かるのは、交差点の時は線が白だったが、この部屋では線が黒ということだけだ。

 眼の前には銀髪で長髪の、人形のように美しい小柄な少女が立っていた。

 彼女は言った。


「ようこそ異世界の方々。どうか世界を救ってはくれませんか?」


 それは今朝見た夢に酷似していた。

異世界無双モノが書きたくなったのですがそう上手くはいかないかもしれません。

テンプレの決まっている感のある異世界モノですが、一つの作品として纏め上げる著者の方々を素直に尊敬しました。


感想等があれば是非是非ご気軽に。一文字あるだけでも喜びます

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