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六 鬼退治

 人が人でなきものと戦う。……白昼に星ひとつの獣人にボコられた記憶がある。いまは深夜。


「俺はルビーの加護を受けているよね」

 念押ししておく。さもないと即死ぬ。それでも死ぬかもしれないけど、それは関わり続けるを選んでいた俺の責任だ。


「私と契りの約束を結んだので、さきほどより高まるでしょう。……約束を果たすために」


 背中合わせでルビーが答える。……俺は大蔵司達のおかげでここまで無傷。それよりも強く守りを授かったならば……守りに徹しろ。


「ルビーは結界に入っていろ」他人まで守れない。


「素敵な言葉。哲人さんに従います」


 俺を名前で呼ぶようになったルビーの気配が消える。

 左手は覚醒の杖を握りしめすぎて、まるで固まったみたい。これを失うとうまくない。横根がリボンで手に結びつけていたのを思いだす。


「ロホ、こいつは大魔女の男だよな」

 青腰巻きが正面で言う。「だがルビーの眷属にずり落ちた」


「アスル、なおさら厄介だぜ」

 赤腰巻きの声が背後でする。「しかし魔女の復讐を恐れずに済む」 


 下手な惑わしをかける鬼達の声は日本語。俺達の出方を探っている。そう見せて仲間の合流を待っている。やはり賢い。でもバレている。

 そして俺は素手。授かった加護をぶつけるなんてしない。俺こそ様子見。日本女子二人の帰還を待つ。


「鬼退治どころか鬼ごっこもしない。間違いなくアンヘラが現れるのに」

 ルビーの心の声が届いた。

「その前に火蓋を開ける必要があります。エラス、ギフィオ、ノマレ!」


 俺と鬼達が血の色に包まれた……。戦いたい。俺の奥底に強い感情が芽ばえだした。殺したい。喰らいたい。


「松本さんならたぶん(・・・)制御できます。でもアズルとロホは満月の夜のごとき欲望に囚われました」


 なんて愛らしく上品な声だ。犯したい。喰らいたい。そのための邪魔者は。


「おらああ!」

 俺は巨大で不味そうなアスルへと駆けだす。


「グヘヘヘ」

 鬼は腰巻きの前部を屹立させながら向かい撃つ。


 人であるリミッターをはずせ。


「ルビーは俺のものだ!」

 俺は右拳をアスルの腰巻き前部へ振るう。


「鈍い」

 鬼はたやすく避ける。デカい拳を振りおろす。


「さらにActivate(発動せよ)!」

 彼女は心の声で叫ぶ。


 俺を包む加護が鋼の棘と化す。


「おっと」賢い鬼は拳をとめやがる。「ロホ、剣で試せ」


「薄情ルビーの加護を怖がりすぎだ」

 真後ろから声がした。「俺らはもっと強い護りを授かっているだろ」


「ぐはっ」


 俺は鋭利なものに強く押されうつ伏せに倒される。だけど痛くない。

 ならば即座に振り返れ。立ち上がれ。


「ひい」


 ロホが悲鳴をあげる。手にする剣が溶けだしていた。その触媒は腕をたどり全身を冒していく……。鬼がみるみる溶けていく。火伏の護符以上。なんてことだ。


「くそっ」

 食い損ねた。だがもう一体いる。逃げられる前に拳を当てろ。振り返れ。


「げひひひ」

 血の色に照らされて、アスルは笑っていた。その手に弩が現れる。

「取りこまれやがって知らねえぞ。大魔女様がお怒りになるぜ」


 何度か見たドロシーの裸体が目に浮かんだ。だとしても断言してやる。


「知ったことか」

 いまここからルビー推しだ。はやく終わらせ立川のホテルに急げ。


「赦さない」


 敵と決めたものへ向けられた眼差し……。

 俺は、おのれの一物いちもつっていたことに気づく。またたく間に萎んでいく。

 ニョロ子いたのか。胸に衝撃。


ずどん


 数メートルもふっ飛ばされる。だけど痛くない。

 冷静になれよ俺。戦う目的を間違えるなよ。


「理性を取り戻しても加護が消えない。哲人さんと私は奇跡的相性です」


「そうみたいだな。おかげで俺も目が覚めた」

 アスルの手から弩が消える。

「じゃあなアディオス」


「逃がすものか!」

 ルビーが1メートルほど左前方で姿を現し、スティックを振るう。

「二層に分けた結界はロホなら突破する。哲人さんは私を守りながら奴を倒してください。早急にです」


 おのれを守る結界を消してまで鬼を檻に閉じこめたのか。なんて決意だ。……ワンピースと長い黒髪。(ややぽっちゃりしたドロシーより)華奢な後ろ姿。


「わかった」俺はルビーの隣に並ぶ。「でも俺と滅茶苦茶相性いいのはドロシーだ」


「夜の営みもですか?」


 彼女はそんなことを聞いてくる。俺は返事しない。……敵は俺に触れるだけで溶けていく。でも俺はルビーから離れるわけにはいかない。彼女を守るのが最優先事項。

 そしてアスルもそれを狙っている。俺が攻めに転じるのを待っている。そんで例によってこっちの世界の連中は冷淡。アスルは相棒が消滅しようが感情を変えない。……鬼どもの飼い主はどこにいる? ここに戻ってきたらどうなる?

 俺は空を見あげる。幼い龍は見当たらない。


「カカ、見てくるよ」


 ハシボソガラスの視覚が瞬時に消える。ニョロ子とだって以心伝心だ。


「また膠着ですね」

 またもルビーが言う。「アンヘラが来てしまう。打破しましょう」


 彼女は小ぶりなスティックを天にかざす。

 東京郊外だろうと静かすぎる夜。人の気配はない。車の音も届かない。血の色の光は知らぬ間に消えていた。


「何をする気だ」

「退避させたマリオネットを呼び戻しました」


 Marionette……。そのニュアンスは、俺の心に傀儡と伝わった。

 道の向こうからゾンビのごとき群れが近づいてくる。でも、この人達は警察官と消防士だ。


「ルビーが彼らを傀儡にした」

「え?」

 彼女は俺から後ずさる。「ち、違う。マリオネットはアンヘラの仕業」


 にらんだままで見つめあってしまう。黒い瞳。白い肌。かすかに彫りある顔立ち。


「でもルビーが呼び寄せた」

「操り糸を残しておきましたので」


 傀儡祓いをしてない意味だろうけど。


「そうじゃない。異形のいる場に呼んだ。逃げると決めたのに戦いを選んだのは、人を守るためだろ」

「守るためです」

 ルビーは強い顔に戻る。「アンヘラが来たら奪いかえされる」


「ゲヒゲヒ、それだけが狙いじゃないだろ。俺らより忌みすべきルビーめ」

 鬼は笑っている。「俺一人だと喰いきれない。松本哲人も再び人の心を消して手伝え」


「ふざけんな!」俺は鬼へと駆ける。


 横に風を感じた。鬼が人の動体視力で追えぬ速度で移動した。俺の背後へと。


「げひっ」

 でも鬼は俺の横まで弾かれ飛んでくる。 


 今度は宵の風を感じる。俺達を囲む結界は開放された。


「はやくとどめを」ルビーが言う。「アンヘラが来る」


 彼女は即座に自分だけを包んだのか。そのためアスルは跳ね返された……。命をむき出しにした紙一重の所業。それができるルビーなのに、やけにアンヘラを恐れる。


「我が主も来るぜ。ヒューゴ様も。ドイメも、ハカさんも」

 アスルは立ちあがる。傀儡の群れとルビーと俺の間で目をせわしく動かす。

「……ロホも戻ってくるかな」


「喰らえ」俺は飛びかかる。


「食うかよ」アスルは避ける。「サヨナラ」


 わざわざ片言ぽく日本語をつかうとは賢すぎるなんて感心しないけど、ナイス判断だ。これ以上の戦いは双方にとって混乱と不毛なだけ。俺は桃太郎ではない。


「合流させません」

 またまたルビーがスティックを振るいやがった。


「げひっ」


 跳躍したアスルが見えない壁にぶつかり、アスファルトへ激しく当たる。……大蔵司の結界と同じで内が諸刃でないか。


「哲人さんは恐れる必要ありません。何しろ同じものをまとっているので」


 これで結界の中は俺と鬼。傀儡の警察官と消防士達が十名ほど。むき出しに戻ったルビー。


「のろい! はやく倒して」

 ルビーが叫ぶ。


「わかっている」

 俺はアスルに飛びかかり、人でなき俊敏さで避けられる。……おかしいな。人だけは殺させるな。

「ルビー、消防士さん達の傀儡を祓え。そして俺達は移動する」

 あわよくば逃げる。


「時間切れです。哲人さんは未熟なカウボーイでした」

 彼女の声に緊張がただよう。「アンヘラの加護が届いた。ロホが復活する」


 赤腰巻きが消滅したアスファルトへ、逃げ水みたいに黒い水たまりが現れる。上へと膨らみ人の姿になっていく――。


「壁に穴開けるだけで百万ドルだよ。試してみただけ」

 若い男の忌むべき英語が聴覚で届いた。


「アンヘラとチコが向かわなければ、ヒューゴは大和獣人に食い殺されていた」

 刀輪田の声も。「松本哲人を今夜のうちに殺す。そして即座に立ち去る」


「ついでにルビーもやっちゃおう」


「二人とも黙れ。盗み聞きされている」

 ひときわ強い声。女性の忌むべきスペイン語も届いた。

「蛇が」


 その言葉はせわしく途切れ。


「松本逃げるぞ」

 片目の狼の視覚で続く。「敵はすぐそこだ。松本よりずっと強い」


 ニョロ子からの一連の視覚と聴覚。どこへ逃げればいい。大蔵司と史乃はどうなった? ドロシーはいない……。

 ようやく気づいた。俺は守られてきただけだ。戦っていたのは魔道士達。俺だけでは拳は異形に当たらない。専守防衛のルビーと組んでも傷つかないだけ。


「生き返ったばかりだと調子悪い」

 ロホはすでに実体化していた。「……人がたっぷりいるじゃないか」


「ああ。しかも糸人形だ。つまり今は忌むべき存在」

 アスルも俺が盾となる背後の人を眺めている。

「喰ってもアンヘラ様に咎められない」


exorcismus(悪霊退散)!」

 ルビーが杖を振るう。立ったままで寝ているような警官達が次々横たわる。

「祓いました。飛び蛇に逃げ道を案内させてください」


「わかった」

 俺はルビーへと駆ける。彼女を抱く。これで守れる。


「あっ」

 ルビーは息を漏らす。俺に体を預ける。ラベンダーの香り。


 ロホはまだ透けている。アスルは弩を俺に向けている。矢を放とうとはしない。牽制だけ。主達を待っている。


「有能な飛び蛇がいる。逃げきれるわけない」


 ニョロ子が、空を見上げる幼い思玲を伝える。……ガラガラヘビがいると言っていたよな。


「サンドがいるのか」

 ルビーが言う。ニョロ子は彼女にも視覚を見せたのか。

「私だけだと逃げるのは容易だけど……哲人さんと結ばれてから終わりたかった」


 切なげな笑みを向けてくるではないか。俺はまだあきらめない。


「大蔵司、戻ってこい!」

 地面へと怒鳴り、ルビーへと顔を向けなおす。

「武器を隠し持っているのだろ。それを使うのは今だ」


 彼女は顔を逸らす。

「ごめんなさい。はったりでした」


「つまり魔道具はない?」

「あります。でも私は武闘派ではないので扱えない。アンヘラに奪われるだけ」


 敵を恐れるな。強かろうと怖がるな。


「こっちを向け。うつむくな」

 絶望に逃げるな。「だったら俺が使う。俺は月神の剣を輝かせた」


「破邪の剣を?」

 ルビーが俺を見つめる。その目に希望が現れる。

「ならば私だけのカウボーイに委ねます」


 その手に剣が現れる。それは白銀色に輝く……。


「陰陽士どもの長の証である司命星剣しめいせいけんです。その純度は手にする者によって変わると伝わる破邪の剣」


 伝承されし白銀の剣……。つまり影添大社の宮司の所有物だろ。無音ちゃんのものだろ。何でお前が持っている? ……ドロシーに見つかったら奪われるぞ。


「さあ早く手にしてください……必要ないですね。鬼どもは逃げました」


 ルビーの言う通り、気絶した方々と俺達だけになっていた。


「剣を見た飛び蛇も去ったでしょう。もうあなたのもとには戻らないかも」

 ルビーが俺に剣を握らせようとする。

「あなたが持てばどれくらい輝くか。私にだけ見せてください」


「なぜ持っている?」俺はあらためて聞く。


「罰として所有者から奪いました」

「罰って?」

「前宮司はアンヘラ一味に頼った罪を犯しました」

「……その人はどうなった?」

「ドイメに吸われていたので終わらせてあげました。アンヘラどもは依頼主が死んだことをしらない」


 ルビーがかすかに醜悪な笑みを浮かべた。


「俺はその剣を受け取らない」

 そんなことしたら大蔵司がまた敵になる。折坂さんに殺される。無音ちゃんに呪いをかけられる。

「影添大社に返そう」


「哲人さんがアンヘラどもを終わらせたら、そうしましょう」

 ルビーは真顔だ。「なので手にしてください。邪悪な存在を感じます」


 彼女は地面に目をおろす。俺も感じた。巨大な異形が近づいている。ルビーが両手で剣をかまえる。少しよろける。その輝きは、ドロシーが手にする冥神の輪より……。


「やめろ。仲間だ」俺は彼女の手を押さえる。「わあ」

 同時に地面から空へ吹っ飛ばされる。


「やっぱ松本すげえ。生きていた」

 丸茂史乃が俺の腕を片手でキャッチする。


「だったら逃げるよ。丸茂、命じろ」

 大蔵司京の声もした。


 二人とも泥だらけ。俺は気色悪い感触の上に着地する。東京郊外の夜景を見おろす。ぬめった飛行体が左右に揺れる。


「首を振っただろ。こいつは大蔵司を主に認めた」

 史乃がくすりと笑う。「空はやめろ。はやくしないと龍が来るよ」


「わかったよ。ミミズ、名前を付けてやるから地面に潜れ」

 大蔵司がぶっきらぼうに言う。

「今日からお前の名はニョロ輔だ」


 振り返ると巨大な尻尾が左右に揺れた。喜んでいる。


「その名前はやめろ」

 パクリではゆるせない。

「……ルビーは?」


「誰そいつ? 松本しか知らね」


「フィラデルフィアの生き残りのことか? あのはぐれ魔導師が日本に来ているとでも」

 史乃が俺へ振り返る。

「仲間を見捨てたうえ玩具おもちゃにした、忌むべき屍術士(ネクロマンサー)だ。あれとだけは関わり持つなよ」


 俺が聞きなおす間もなく、大ミミズが三人だけを乗せてアスファルトに突入する。





次章「0.2ーtune」

次回「生け贄」

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