四十四 じっと手を見ろ
青×青。青いクロスが飛びだした。
それは赤黒い光を蹴散らし突き破る。ハカの巨大な光が海上要塞跡地を飲みこもうと、クロスの真下にいる俺達は存在を続ける。
「ゲヒー」はるか上からハカの悲鳴が聞こえた。
次いで俺はお尻や脚についた巨大蛍を剣で払う。結界の中で猫を抱えた少女へ剣を向ける。
「これは雷神の剣だ。強そうな名前だろ。耀光舞をかけてみろ」
たやすく払い落としてやる。
「雷ねえ。……ドイメ。ハカが消滅しちゃったぞ」
「え?」
誰もが上空を見る。青いクロスも赤黒い光も消えている。千葉の海水浴場の海開き海上花火大会とでも記憶の改ざんがされていればいいけど……。
「史乃油断するな。どうせ復活する」
「くすっ、武器を持つなり仕切りだす男。かっこいいじゃん」
俺の隣に並ぶ。「最終通告は当然一度きり。猫になったヒューゴと人になったドイメ。降伏しな」
「君は異形を引き寄せる匂いを垂らしているニャ。シャワーが足りない体臭も満月系にうけるニャ」
白猫が笑う……。時間稼ぎ。さきほどのS。
「史乃。こいつらに言葉は通じない。抵抗できない状態にして確保しよう」
猫と少女を痛めつけることに躊躇するな。ドロシーは戦っている。空に紅は以後見えなくても。
「ふふふ、下級民のごとき二体だけ。パンダの長である私の出番だな」
反転パンダが指をぽきぽき鳴らしながら俺らの前にでる。
「手足をもぎ、それが回復せぬよう激辛火鍋につけて喰ってやる」
「ミエミエ、やりすぎだよ」
お前は笹だけ食べていろ。
「いやいや。それくらい言ってくれないと、ここが穢れない」
白猫がくわえた杖で宙をなぞった。「浮遊のFだニャ」
「え?」
「え?」
「なに?」
俺達の体が浮かぶ。
猫はドイメの薄い胸で笑う。また杖でなぞる。T……。
「松本の剣に対抗して雷術だニャ」
それは空飛ぶ異形の天敵の術。つまり浮かぶ人にも……。
「ニョロ子は俺を守るな! 逃げろ――」
叫ぶと同時に体を衝撃が突き抜ける。轟音が響き渡る。自分の体が焦げる匂いを嗅ぎながら地面へ落ちる。
「ミエミエ頼む」
「御意。反転!」
全身の痛みが瞬時に消える。服がボロボロになった史乃が立ちあがる。黒焦げだったパンダも反転パンダに戻る。
俺達には効果ないんだよ――
と、とくん
「え?」心臓が動きだした。
とくん、とくん、どくん
「お、おえええ」
口もとを押さえしゃがみ込む。
「ま、松本大丈夫? 猫め、何をした?」
ら、雷術だけだよ。でもAEDになっちゃったかも……。
「げほっ」
口から鶏卵よりは小さい珠が吐きだされた。……死んでいた俺は蘇生された。魔人でなくなった。
「……うまくないね。私から離れないようにして」
史乃の顔が若干青ざめた。俺は不死身でなくなった。
しかも手には小振りな杖が……。忌むべき世界とつなぐ杖まで体内から追いだされた。これがないと俺は完全一般ピープル。
「パンダの長である私を怒らせたな」
追放された長であるミエミエは、ムエタイの踊りでヒューゴ達を牽制している。杖がなくなればそれすら見えなくなってしまう。
「ニョロ子いる?」
言いながら雷神の剣で右手の親指と人差し指の間をえぐる。これで杖は常に俺の血を浴びる。
「キョキョ」
ニョロ子が姿を現し垂れる俺の血をペロペロ舐めた。
「(また太るから)飲みすぎないでね。危険なミッションをしてもらうよ。これをドロシーに渡して」
九尾狐の珠をニョロ子の鼻先に当てる。
ニョロ子はくわえる。爬虫類のくせに強い眼差しでうなずいて消える。
強い珠へ敵を封ずるため、ドロシーは否応なく開けるはず。
「ヒヒヒ、念だけの俺様でも倒せそうだな」
「じゃあ倒せよ」
早速寄ってきた口先デモニオ・アドラドを口先で一蹴する。雑魚丸出しのこいつは本当に崇められた魔神か? ……ドロシーのために九尾狐の珠を手放してしまった。
黒い馬を思いだす。ドロシーと合流するまでは史乃から離れられない。もしくは共に。
「どういう意味だ? おっと、俺様が手出しする必要なくなった。人と異形で穢れた地に到着したぜ。ヒューゴが召喚した奴らが」
新月の闇空に亀裂が走った。そこから無数の魔物が現れた。……骸骨の騎馬団。
「一方通行の契約で現れる低級悪魔――虐殺を繰り返した軍隊の成れの果てだ」
デモニオ・アドラドが愉快そうに耳もとでささやく。
「片時だけでも地上に現れるが唯一の望みの連中。だが統制された群れは強いぞ。……松本に生き延びる機会を与えてやる。赤蛇経由で魔女にアンヘラの十字架を奪うよう頼め。それで俺様を復活させろ。そしたら大盤振る舞いだ。願いを五つも叶えてや…………」
巨大光弾が空を横切った。現れたばかりの髑髏騎馬団を飲み込む。……今夜二発目の圧倒的な紅。
通過した後には何も残っていなかった。
「……デモニオは残念だな。万が一復活しようと、どうせドロシーに今夜消される。あんな感じに」
俺は魔物の念に告げる。「箱も冥界にあるのか? 知恵ある魄が思玲と一緒に見つけるかもな」
「貴様まで俺を省略して呼ぶな。復活したら真っ先にお前の心臓を食ってやる」
「松本は誰かと会話してた?」
史乃がどんぐりみたいな目を向けてきた。
「ローカルなレトロとね。ハカが復活する前にヒューゴとドイメを確保しよう」
今なら足がない。島から逃げられないだろう。
召喚した魔物達が見せ場もなく消滅したのをあんぐり見ていた白猫が我にかえった。
「ただの人間がぬかすな」
口もとで杖を動かす。デスのDですか……。
心で歌え
どうせ、いにしえの呪いの言葉と似た理屈だろ。
「ふふふん、ドロシードロシー、ドロシー大好き、へい!」
即興だろうと心のままに。
「美人なドロシー、利口な梓群、強い夏梓群、胸もどんどん成長して、結婚すれば松本あずさ、いえーい!」
「僕のスペルを完璧にかき消した。松本は何者だ……」
白猫が憎々しげに俺を見ている。
「松本すごいけど……」
史乃はいまの歌詞にひいているようで、俺はちょっと恥ずかしい。だけど何度でも歌ってやる。
「耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞……ふう」
ドイメは疲れを見せだしたが、なんとかのひとつ覚えのこの術は生者であろうと苦手。しかも千匹はいる。
史乃が勝手に俺の剣へ剣をクロスさせたぞ。
「風雷断!」
さっきよりずっと小さいクロスが発射された。七色の光を蹂躙していく。発する青色が離れた光も飲みこむ。
「白猫の感でどうせ結界される」
史乃がつぶやく。……ターゲットはあくまで猫と少女とサソリ。
否定はしない。俺達に圧倒的紅はない。ならば俺も史乃の強さが欲しい。
「ぐは」
やはりクロスは跳ね返されミエミエに当たるだけだった。
「あらたなお仕置き……それが私の力となる。反転!」
「ハカが戻るまで固めて浮遊させとくニャ」
やはり猫達は無傷。「ドイメに杖を貸す。魔女のスパイラルを試せニャ」
猫がスティックを素早く動かすなり、俺達は宣言通りに空で釘付けになる。手足をバタバタさせてしまう……。
螺旋が耀光舞尽くしよりマシであるはずない。ドロシーサイズはあり得ないとしても、思玲サイズでも間違いなく当てられた瞬間死ぬ。……傀儡発動スイッチ。下手な言動は白猫を感づかせる。
「まいったな。ミエミエは口まで固められたようで反転言えないし」
史乃があまり困ってないようにつぶやく。「白猫をなめていた。術が速くて鋭すぎ」
「松本。俺様と契約を結べ。こいつらなら惑わせる」
「おい猫」
俺は必死な誘う声を無視する。「ヒューゴだっけ? デモニオ・アドラドがお前らを裏切りたいと言ってくる。ニョロ子いるなら見せてやって」
時間を稼げ。楊偉天が戻ってくるかも。あっちの戦いを終えたドロシーが現れてくれるかも。
また遠くはない空が紅く光る。それは朱色の星に乗っている。
対抗するように金色の天の川。龍のブレスは遠目にはきれいだな。現実逃避。
「蛇は留守みたいだね。……ドイメどうした? 杖を受けとるニャ」
「は、はい」
ドイメは大技を躊躇している。それでも猫の口から小さなスティックを取る。
「おいヒューゴ。デモニオ・アドラドが復活する鍵は知っているか? それがあれば俺でもできるらしい」
話しかけろ。集中させるな。そしたらきっとニョロ子なら。
「ニャニャニャ、黒いサザンクロスかな? アンヘラ以外誰も触れないだろ。……強いて、いるとしたら魔女フギャー」
白猫が杖を手放した瞬間悲鳴をあげた。ドイメの胸から引きずりだされるように浮かぶ。
「へ、蛇だ。首を巻かれている」
見えない存在へ懸命に爪を立てている。「かけた術が消える。ドイメは急げ! ……蛇め惑わすな。黙れ、惑わされるかよ。ならば主を殺してやる。ドイメいますぐ、松本に、とどめを刺せ!」
「……はい」棒読みの返事が聞こえた。
虚ろな眼差しの少女が浮かぶ猫に向かい、小さな棒と茶色い扇を交差させる。
「TAAA!」
コインランドリーのドラム式乾燥機の渦サイズ。白と紫のスパイラルがピンポイントで、振り向いた猫を尻尾から飲みこむ。
「フニャ……」焦げた白猫が地面へ落ちる。
「耀光舞!」ドイメは扇を向ける。「ふう疲れた」
能面の白人少女が汗まみれでしゃがみ込む。ヒューゴは無数の七色の光に囲まれていた。
「おかしい」隣で浮かぶまま史乃が言う。「猫が瀕死なのに術が解けない。それどころか拘束が強まっている?」
「ニョロ子は無事?」
俺は声かけるけど、視覚も聴覚も返ってこない。
「我が主を盾にした小賢しい蛇は冥界へ送ってやったよ。パンダも口きけぬまま同行させた」
サソリの声がした。「どうせ化け物女が送り返す。だがデモニオ・アドラドも送った。そっちを痛めつけてだから、すぐではない」
ハカは大型犬サイズの赤黒い体になっていた。
「耀光舞!」ドイメがハカへ扇を向ける。
ハカは避けようとしない。
「俺はな、新月だろうとヒューゴ様を立てていた。出しゃばらずにいたぜ、ヒヒヒ」
ハカの体につくなり、光達は消えていく。
「だが我が主はおしまいだ。じきに溶けた猫から人の魂が浮かびあがり、すぐに地の底へ引きずられるだろうな、ヒヒヒヒヒ」
「耀光舞! 耀光舞!」
「操り人形がうざい。ではドイメちゃんも裏切り者として磔刑に処しまっせ」
「きゃあ」
棒読みに悲鳴をあげてドイメの体も浮かぶ。俺の隣の宙に来る。
「こいつが私らを拘束しているのか。邪悪め」
史乃が歯ぎしりした。
「ヒヒヒ、ドイメちゃんはパンツが丸見えでっせ。さてと……どうも松本からガーディアンを感じる。それは魔女でない。どちらかと言うと同業だ」
俺はルビーを思い浮かべてしまう。共通の使い魔であるキャンドルこそを。
ドロシーは解放したか? ……龍を封じるためにあり得る。邪悪だけど見た目かわいいジレンマ。キャンドルを倒したかどうかは分からない。
「なるほどそいつか。強さは分からないが、殺意を見せずに、まずは松本をチョッキンしましょう」
珠がない。心を読まれている……。
ハカが消える。次の瞬間、俺の隣に現れる。
「ヒヒヒ、やっぱし公平に。まずは女魔道士から」
俺に尻尾を向け、史乃へハサミをひろげる。
「はい、チョッキン」
「きゃあああ!」
史乃の絶叫が響いた。剣を持つ右手が地面へ落ちていく。
「ヒヒヒ、つぎは松本でっせ。右手と左手どっちがお望みかな?」
浮かぶサソリが俺へとハサミをひろげる。
「こっちの世界とつながりたくなさげな顔してまっせ。ではこっちの手にしまっせ」
覚醒の杖を持つ右手を挟まれる。
「はい。チョッキン」
だけど痛くない。
でも同時に暗闇。潮騒の音だけになる。腕ごと忌むべき世界から遮断された……。青い光が飛んできた。俺へと一直線に。
なぜ見えるかというと、それはドロテアを救ったフロレ・エスタスの血であり、現代においては俺とドロシーをつなぐ光だから。
「こっちだ!」
俺は雷神の剣を持つ左手を伸ばす。光は剣を経由して俺の身体に入る。
懐かしい……。力が増すことなかろうと、梓群が待ち望んでいた本来の俺だ。目の前には異界の巨大なハサミ。
「……毒でも痺れさせてある。なぜ手を動かせた?」
「心でだ!」
「ゲヒー!」
片手だけで乱雑に剣を振れば、ハカのハサミがひとつ落ちる。
「……雷術。そして地裂雷。その剣だと強烈に、だせる」
史乃が隣でつぶやく。「私らは失血死する。サソリはそれを待っているかも。……松本ならその剣を使いこなせるかも」
試すだけ無駄!
ドロシーがいたら、そう言うかもな。きっとその通りだろう。
「無理だよ。俺は一般人だから」
痛くないのに右手首から血が垂れ落ちる感覚。
「史乃ならばできるかも」
俺は史乃へ剣を伸ばす。でも史乃は固まったままで左手を伸ばせない。
「ヒヒヒ、どのみち無理でっせ」
サソリがまたやってきた。右のハサミは消えたまま。
「我が主はしぶとい。まだ苦しんでやがる。松本達も更に苦しめるように、これからどんな責めが待っているかを、ドイメちゃんを使ってレクチャーしまっせ」
能面のドイメが俺達の前へ滑るよう移動してきた。ワンピースが切れ切れになり、一糸まとわぬ姿になる。
その白い肌に次々とミミズ腫れが現れる。
「きゃあー」
少女の悲鳴が耳に刺さる。
「痛い、やめて、お願い……これはハカの毒の鞭…………なんで私に?」
「ヒヒヒ、傀儡が解けたな。お前が我らの主を裏切ったお仕置きだよ」
「ヒューゴ様を? 私が……! か、解除!」
ドイメが光達に貪られるものへ閉じた扇を向ける。七色光は消え、茶色く焦げた猫だけになる。
「い、祈りを飛ばして見せます」
「悪いお手手でっせ。チョッキン、チョッキン」
「ひっ」
ドイメは扇とスティックを持つ両手が落とされる……。ハカはすでに主を裏切っている正真正銘の魔物だ。成敗されるべき嗜虐の具現だ。
倒す。痛覚なく切羽詰まった俺が倒してみせる。
「史乃。もう一度さっきの術をしよう。二人でだよ」
まだ目は霞んでこない。
「無理だよ。剣は地面だ」
史乃の声も腕をなくそうが虚ろでない。心の強さだけでない。お稲荷さんが懸命に守ってくれている。
「それでも交差させる。だから叫んで」
青ざめた二人は空に磔にされている。見つめ合うことすらできなくても。間抜けなサソリよ油断していろ。
「……わかった」
俺の思いは史乃に伝わる。だから彼女は声にする。
「風雷断!」
俺は雷神の剣を手から離す。落下するそれは、導きがあるのならば、もうひとつの剣と重なり合う。
「ん? あらたな道具を手に呼ぶつもりか?」
ハカが左のハサミを広げながら俺の前に浮かぶ。
「だったらそっちの手もチョッキひい――」
サソリが地面からの青いクロスに飲み込まれる。
「さすが松本」
史乃がくすり笑う。顔を向けられない。
「でも束縛が消えないから、まだハカは元気。……倒したところで復活される」
俺達はドロシーでないからゴキブリ系を完全消滅できない。そんなはずなく、俺は唯一の自慢だろうとフクロウをこの手だけで消滅させた。いまだって左手だけは動かせる。
ましてや破邪の法具があれば。
さきほどハカは致命的なヒントを与えてくれた。俺は残された左手を見ながら念じる。あの島から飛んでこい、俺の手にやってこいと。
でも白銀の五鈷杵は現れてくれない。
「ヒヒヒ、無理みたいでっせ」
透けたハカが再び現れた。
「鼠の悪魔にすがろうとな、あいつこそ魔女の最大の標的でっせ、ヒヒヒ」
心を読めようが見当違いを繰り返すこいつはきっと終わりだ。
「見当違いしないようにお二人のお手手を食べておきましたぜ。これでパンダでも回復不可能、ヒヒヒ」
俺は残った左手だけを見る。現れてくれよ。
「来るならとっくに来てまっせ。でも念のため松本をガチガチに固めてやったから、もう呼吸できるだけ。そんで俺は人が虫に向けるより殺意なく、人を殺せまっせ。なので加勢も瞬間移動されることもない」
ハカが霞んだハサミで俺の首を挟む。
俺は眼球さえも動かせない。左手だけを見て止まっている。目線の先が白銀に輝いてくれない。
「やめろ! 主を助けるのが先だろ。猫は消えてなくなるぞ」
史乃が血を吐くほどに叫ぶ。
「それを待っているんだよ。そしたら契約終了。俺はこのくだらぬ争いから抜けだせる。……ヒヒヒ、うまそうなあんたは各部位を味わいつつ食べまっせ。だがまずは松本の頭を食う」
ハカがハサミに力を入れる。……薄皮を斬るだけで止める嗜虐。俺は何度も経験している。こいつらのその習性が命取りになる。
「ヒヒヒ、そうなの?」
ハカが更に力を入れる。首の両側から血が垂れだした。だけど痛くない。だけど独鈷杵がやってこない。俺は残された手の先だけを見せられている。
「私らが死のうと、ドロシーがいる。大蔵司もいる。貴様が自由になれるものか」
史乃は泣かない。なおも立ち向かっている。
「ヒヒヒ、逃げ切りまっせ。人の時間で百年昼寝してもいい。だがな、この国で二十人食ってからだ。どうせすり替えられるだろ。そして目覚めたら、すり替えられぬほど麗しき厄災をこの国へ頂戴してやりまっせ、ヒヒヒ」
ざけんなよ。
「いい加減やってこい」
俺は忌むべき声で命じる。
「でたな、他力本願悪あがき。味わい深いでっせ」
「このサソリを消滅させてやるから来い」
「はいはい。ただの人間にしてはBランクの魔導師以上に頑張りましたね。では敬意を込めずにお別れでっせ」
南に鎮座なす影添の御霊よ
そうだった。あの島でのドロシーみたいにたどたどしく――その必要なく、月神の剣を輝かした俺みたいに人の声で響かせろ。
だから声帯め束縛から抜けだせ!
「この国を守るため俺にすがれ!」
俺の叫びが闇を震わせ、俺の左手が白銀にスパークする。
「ひっ、ひいい」
その純度高き光にハカが怯える。
俺は握る手を動かせよ……余裕じゃないか。目玉だってすでに動いている。どこも全然痛くない。
「喰らえ!」
光にフリーズした魔物へ五鈷杵を突き刺す。これでこいつは終わりだ。
「ハサミムシにもなれず永久に消え去れ」
頭に法具を刺されたままのサソリへ告げる。
「くす、ハサミムシに失礼だって」
史乃は片腕だろうと笑う。「誰も二度と貴様のゲスい笑いを聞かずに済む。サンキュー哲人。惚れまくり」
ドイメは気を失っている。また遠くが紅に光る。それは存在をゆるされぬほど広がっていき、東京湾全体を照らす。……はやくも今夜三発目か。
でも梓群、日本は都会だってビューティフルだろ。
「ひいい……」
ハカが紅く照らされながら消滅する。
次章「1.4-tune」
次回「気魄」
気魄を込めてお盆には再開予定です