表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/57

四十三 小島の蛍とたわむる

1.3-tune



 暗闇を照らすほどの術ではない。七色の光が戦前の要塞地下通路を幻想的に飛んできた……。ちょっと悪寒。


 俺はこの術を知っている。ドロシーが発したのは野球ボールサイズの光が推定時速100マイルで飛び、ルビーの結界にまとわりつき穴をあける勢いで食べていた。

 こちらの光は蛍の速さでふわふわ。郷愁は感じない。ゴルフボール大だし。でも俺達に向かってくるし。


「史乃、退避しろよ」

 固まったままの彼女の肩をつかもうとして足が動かない。「なんで? ……PKの術?」


 あれは使われると厄介だ。


「首も折ろうとされている。猫の仕業ぽい……ミエミエは冥界送りされた?」


 やばいやばい。首が折れたら魔人やめた時点で死。されてないのはそこまで術が強くないからだろうけど、小指を折られるだけでも痛い。そこまで細かく制御できないだろうけど(ドロシーですら大ざっぱ)、すでにパンダは見当たらない――。


「反転!」

「わあ」

「反転で冥界から史乃様のもとへ戻ってきました」


「でかした。私へも反転しろ!」

「御意。反転」


 史乃が呪縛から解かれ肩をまわし首もまわす。にやりと笑う。 


「宣戦布告されたね。さあ命の取り合いだ」

 七色の光に囲まれながら、中腰で構えたままの剣を薙ぐ。

「巨光環!」


 青白いコマが地下通路いっぱいに発射された。七色の蛍達を飲みこむ……。光がひとつだけふわふわと俺のもとへ来た――。

 初夏の夜。幼いころ家族で行った地元の(養殖)蛍祭りを思いだす。ふわっと寄ってきて感激したな。

 でもこいつはネオンカラーに七色に変わる。しかもチャバネゴキブリが十匹寄り合って尻を光らせたサイズ。


「この野郎!」

 払おうとした手に貼りつく。

「いてー!」


 噛まれた。振るっても落ちない。


「きょきょ!」

 ニョロ子が現れた。尻尾で光を払い落とす。


「雑魚だが手強い」幼い思玲が汗まみれで腕を組んでいた。「耐えるしか手はない」


 この視覚が意味することは――。光はふわふわと史乃の背へ向かう。振り向くなり。


「ちっ」剣で叩き落とし踏み潰す。「私のサンダルを舐めるな」


 俺のはただのスニーカー。……楊偉天が現れてくれない。冥界へ説得に向かい、時空ごとねじられて消滅したかも。


「ニョロ子ちゃん、耀光舞は数匹だけなら尋問に最適。無数にたかられたら、へへ、あきらめるしかないけどね」


 得意げなドロシーの聴覚を聞かせてくれた。お前が驚蟄扇を奪われたせいだろ。


「敵の蛇が自由自在でニャいか」

 巨光環の去ったあとには不機嫌そうな白猫が無傷でいた。


「サンドはおそらくアンヘラ様のもとへ向かいました。私が魔女の扇を用いた視覚を手土産にです」

 やはり服さえ燃えていないドイメが告げる。


「ヒューゴ様、こいつらは冥界へ送るだけで良しとしませんか?」

 背後の地面からハカの声がした。

「巫女を連れて戻ってきませんでっせ。ひたすら人質を探しまっせ。なあ松本そうだよな。当然だよな、ヒヒヒ」


 これぞ邪悪系の惑わし。スルーして現状維持が最善。だとしても保険を。


「第一海堡にお気に入りの白人少女がいると、大蔵司に伝えておく」

「ひっ」


 ドイメが白猫を抱えなおした。


「だったらとっくに来てるって……。魄やルビーの加勢も考えないとな」

 白猫が思案気な顔をした。にやりと笑う。「ちょうど新月だ。Sをやっておくかニャ」


 髭のまえでアルファベットをなぞる。

 ……なにも起きない。不吉な匂いだけがする。


「体同様かわいいビームを撃ちまっせ」


 背後のハカは全長1.5メートルぐらい。古代ウミサソリ目のプテリゴトゥスみたいでかわいくはない。しかもハサミの真ん中と尻尾の先が赤黒くなった。

 前門の猫、後門のサソリ。まさに挟み撃ち。


「ぐはっ」ミエミエがトリプルビームをすべて受けとめた!「反転」


「耀光舞!」

「巨光環!」


 俺の前では大技同士がぶつかり合う。


「え?」俺の体はふわふわ浮かぶ。天井にぶつかる。


「ニャニャ、松本は女から離れれば荒い術に蹂躙されるニャ」

 杖をくわえた猫が俺を見あげている。「ドイメやれ」


「はい。松本め、苦しんで死ね」

 ドイメが扇を向ける。「耀光ちっ、蛇め」


「隙あり。巨光……ニョロ子、目の前に現れたら危ないよ。あっそうか松本に当たるからか。とお!」

 史乃が跳躍する。左手だけで俺の足にぶら下がる。右手には剣。

「強い浮遊の術だな。巨光環! 巨光環! 巨光環! 巨光環!」


「わ、我は人になろうと我が主を守る」

 蒼白なドイメが扇を手に舞う。「猫になられようと。その力を私に!」


 瞬時に跳ね返しの結界か。巨大ベーゴマ四連発がことごとく弾きかえされる。


「ぐは! ぐは!」ハカとにらみ合うミエミエへことごとく当たる。「反転! 反転! ぐは! 反転! ぐは! 反転!」


 ミエミエは復活の都度白黒模様も反転する。右腕がもげたり左耳がもげたりで、もとのパンダ柄を思いだせなくなる。


「ちなみに私はエコー検査の肝腎コントラストも反転させられる。画像だけなので脂肪肝は治癒しないがな」


 ドロシーにパンダ軍団成敗の依頼がまわったのを理解できた。史乃とニョロ子が四川省に釘づけだったのも。


「ひっ」ドイメが怯えた。「蛇め……」


 ニョロ子の視覚攻撃だな。あれは心を削る。ドロシーか大蔵司の幻と戯れていろ。


「ミエミエは攻撃できないの?」

 俺の足にぶら下がる人へ聞く。


「物理攻撃オンリーだけどムエタイの達人。異界の総合格闘技に参戦できるレベル」

「耀光舞! 耀光舞! 耀光舞!」


 突っ込みを入れる間もなく七色蛍が大量発生した。史乃は止まっている。また猫に術をかけられたな……顔が赤くなってきた。呼吸も止められた?

 俺は魔人だから手足が動かぬだけだ。


「ミエミエ!」史乃が心の声を響かせる。「私へ反転かけながら盾になって」


「御意。反転! 下級民のごとく貧弱な光どもめ。私へ向かってこい! ぐは、ぐは」


「ヒッ魔女」見えぬハカが怯えた。「蛇、ぜってー食い殺す!」


 騒ぐな。俺こそドロシーの視覚を見たい。


「動けた! とお! 巨光環!」

「ゲヒー!」


 史乃が俺から離れ、落下しながら剣を払う。姿を潜めたサソリが直撃を食らい、通路の奥まで吹っ飛ぶ。

 俺は反転していない。体が動かない。地面ではパンダが無数の光にまとわりつかれて悶絶している。俺の前にも十匹ぐらい飛んでくる……。


「反転!」


 ミエミエが叫ぶけど俺はフリーズしたまま。自分にかけただけかよ。


「ひいー、反転しても術の光は残っている。体中をむさぼられる!」


 そんな恐ろしい光達が目の前に……。


「すまぬ。私の手に負えぬ」

 視覚の思玲が、すまなくなさそうに言う。


 史乃は剣を手にドイメへ突進していた。

 ドイメは笑っていた。


「お姉さん、私は人よ。この子猫ちゃんも……え?」

「人へ殺意を向ける魔道士は人だろうと人でないんだよ! よって成敗する!」


 七色の光は目前。

 ミエミエは、体から光の虫が消えているでないか。ハカが吹っ飛んだ方向へ向けムエタイの踊りを捧げている……。


「キョキョ!」

 ニョロ子が顔の前に現れた。尻尾を振るう。

「キョ! キョ!」


 必死に追い払ってくれるけど、光はふわふわと俺の体へ。


「いてー!」

 叫んでしま「いてー! いたい! いたたー!」


 ハーブの護りの術がかかってあるはずなのに、だからこそか、体のあちこちにモグサを押しつけられて火の加減を間違えられた感じ。やはり電子温熱灸のが、あれだって長時間押し当てられると……。

 それ以前にドロシーから癒しのキスを授かったばかりなのに痛覚が残ったまま。魔人だからか?


「キョ……」


 ニョロ子が七色ネオンに覆われているではないか。この子が行動不能になるとエンディングが近づく。


「ニョロちゃん!」

 タイ式ネガポジ反転パンダが叫んだ。

「高超反転!」


 ニョロ子の体から光達が離れていく。


「若くてぽっちゃりキュートなニョロちゃんに前線は似合わない。さあ私の後ろへぐはっ」

「ちっ邪魔」

「ぐはっ」


 ミエミエが黒い光に吹っ飛ばされ、史乃にぶつかりかけて蹴り返される。

 ニョロ子にたかっていた光まで俺へ集結する。全身つつかれている。こりゃ拷問だ。


「いて、いてーよ、くそ、ミエミエ、俺にも反転しろ!」

「反転! いまのは私の体へかけた。その術には高超反転しか効かぬ。そしてその術はかける相手を選ぶ」


 そんなだからパンダのコロニーから追いだされるんだよ。


「ミエミエかけてやれ」

 史乃が向こうを向いたまま言う。「敵は極上の姿隠しに入った。こうなると持久戦だ……。ミエミエ! もう躾けてやらねえぞ」


「ただちに。高超反転!」


「うわっ」

 七色の光とともにPKの術も解けて、俺は地面に落ちる。受け身を取れたのは百戦錬磨ゆえ。


「では史乃様。のちほど私をたっぷり躾けてください。ひひひ……」


 変態パンダめ。革命が起きて当然だ。

 だがパンダ軍団のボスだっただけあって強い。回復はもちろん、ハカが襲ってこないのはムエタイの構えで攻撃力を判断したのだろう。


「ミエミエ(なんであれ)ありがとう」

 俺は傷まで消えている。

「ニョロ子はいるかな?」


「いるよ、トイレ借りてる。へへ」

 俺の部屋をアポなし訪問したドロシーの視覚をわざわざ届けてくれた。


「俺達はどうすればいいかな」

 史乃の背後に移動しながら尋ねる。ミエミエはムエタイのポースのまま俺たちの背中をガードしている。


 テレビの中華時代劇のワンシーンが視覚で流れてきた。


「ここは反間の計です。おそらく先の将軍は敵軍に内応者を送り込んでいるはず。見つけだし、合図を送りましょう」


 軍師らしき人がうやうやしく上奏していたが……台湾での大蔵司だ。スイッチで傀儡が発動する。

 楊偉天に仕込まれているとしたらドイメ。


「発動させる言葉は?」

「とどめを刺せ」

「うわっ」


 デニーの冷淡な緑色の眼差しを送られてのけぞってしまった。

 ……あり得るな。勝ちを確信された瞬間に、傀儡は俺達を救う。もしくは奴らを背後から撃つ。


 でも膠着状態。ニョロ子には姿隠しは効かないよな。


「きゃっ」

「ヒー」

「一度や二度やられたからって怖がるな! ドイメもハカも魔女の視覚に引っかかるな……え? 見つめられると照れちゃうニャ。かわいいニャ……脱ぐの? いまから脱ぐの?」


 敵全員が姿見せぬままドロシーの視覚に引っかかろうが。


「ニョロ子! それ以上見せるな!」

 怒鳴ってしまう。居場所を見つければ史乃の巨光環――


「くっ」でも史乃は上へと構えた。


「わっ」

 同時に外からの光で通路内が紅色に照らされる。


「ニャ?」

「ひっ」


 跳ね返しをまとい汗だくの少女と足もとの白猫も照らす。その光は敵の結界さえも消す。

 俺はこの存在をゆるされぬ光を知っている。破邪の剣の交差……。


「ドイメ逃げろ。ハカはここで巨大化しろ」

 白猫が駆けだす。「魔女が怒りだしたなら陽動は終わりだ。こいつらをこの島ごと粉砕しろ」


「ヒューゴ様とドイメちゃんは見逃されても、俺は今の光で完全終了されまっせ」

 サソリがでかくなり、地下道が瓦解しながら浮かんでいく。

「松本を捕らえて盾にしない限り攻撃されまっせ。ヒヒヒ」


 新月の赤黒い巨大サソリが現れる。


「デカけりゃ当てまくれる」

 史乃が斜に構える。「巨光環! 巨光環! 巨光環……空へ逃げられた。そろそろ現れろよ」


 楊偉天は秋葉原で姉妹とルビーとともにサンバを踊っているかもしれない。俺達だけで終わらせる覚悟。……ハカは大蔵司がいる冥界へ猫と少女を乗せ逃げられない。

 ここでハカだけでも終わらせる覚悟。そのために俺は餌となれ。


「俺は捕らえるだけで殺さないらしい。なので今度は俺が陽動する」

 史乃の意見も聞かず残骸をよじ登る。不安は猫がなぞった頭文字S。いまの俺だとSで始まる英語はセクシィぐらいしか思い浮かばない。それかセック


「耀光舞!」


 ドイメちゃん余計をしないでね。あれは拷問用だよ。痛いだけ。


「耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞!」


 ……大量に飛んでこない限り。


「耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞! 耀光舞!」


 ターゲットは明らかに俺。


「もう」史乃が俺に抱きついた。匂いには慣れた。「巨光環! 巨光環! 巨光環! 巨光環!」


 七色の光を蹂躙しまくる。


「ふわふわ逃げるから全部消せない。多少はくっつかれても我慢して」

「ああ」


 史乃に手を引かれるように登る。お尻を噛まれている。足首も。でも俺は魔人だからこれ以上死なない。

 近いが千葉の明かり、遠くが横須賀かな。空高くから赤黒トリプルビームが真下へ向かってきた。


「史乃ごめん。騙された」


 松本殺さねーよ捕まえるだけ。

 と聞こえるように言うなんて惑わし入門編だろ。

 これを食らえば魔人だろうと跡形なし。ただしこの光は多少のろい。いまからでも地下壕へ撤退できる。


「やっとか」

 史乃が俺から手を離す。「来てくれた」


 その手にシャープな剣が現れる。……風神の剣と似ている。


「私は螺旋できない。でも風神と雷神が両手にいれば使える技がある」


 史乃が対の破邪の剣を交差させる。

「風雷断!」


 だけど何も起きない。


「マジかよ。私は四川省でパンダ達を五千回反転させても、まだ師匠の雷神の剣を使えねえのかよ。……くす。自業自得。私の負けで終わりだ」

「高超反転! ははは、さすがの私でも巨大ビームを反転させるのは無理。史乃様とともに飲まれるだけ。無様な私へ最後にお仕置きを」


「史乃もパンダもあきらめるな! 楊偉天……でなく、正義の楊老師! 改心なされた我らの師匠! いるのだろ! 助けて!」


「蛇よ、主に伝えろ。剣が届いたなら儂は冥界へ向かう。言葉通じぬ大蔵司に消されようと、それまでに思玲を念から奪還する。それで趨勢は決まるひひひ」


 つまり魄が説得に向かったのは史乃の師匠だったのか。邪悪な存在なのに信じてもらえたのか。でも史乃は師匠の破邪の剣を輝かせなかった。

 だとしても恨むな。あと三秒で赤黒い邪悪な光に飲み込まれようと。


 俺に武器も護りも何もない。すべてドロシーのもとへ向かっている。

 ここにルビーがいてくれたなら。彼女の護りと癒し。


「ワンチャンあるかも」

 史乃から手に剣の柄を押し込まれた。

「雷神は松本が試して」


 お稲荷さんを共有できる二人……。

 空を包む赤黒い光。俺の尻には七色の光。


「おう」俺は雷神の剣を掲げる。


 それは青く輝く。それへと。


「風雷断!」


 史乃が風神の剣をXに重ねる。





次回「じっと手を見ろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ