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四十 いきなりカーニバル

1.0-tune



 ドイメの投げキスとともに白いリボンが幾重も飛んできた。……マーキングという名の拘束具。


「ふっ、無意味」俺達を乗せるハーブが笑う。


「真似された」ドロシーは怒っている。「ハーブはやく消して」


「近づけば勝手に消えます」


 白いリボンは夜空に溶けていく。


「ヒヒヒッ、俺も試させてもらいまっせ」


 今度は赤黒いハカが尻尾を向けてくる。赤黒い光線が俺達へ放たれる――たどり着くことなくかき消される……。


「新月のペガサスをなめるな。サソリめ復活祝いをしてやる」


 ゴキブリ系大嫌いのドロシーが左手を俺の腰からはずす。唇を舐めた気配。


「死ぬほど照らせ!」

 光弾が新月の空を紅色に変える。

「……くそ、冥界へ逃げやがった。絶対に癖を読まれてる。アンヘラに拡散された」


「汚い言葉は禁止だろ」


 目を手でかざしながら告げる。……待ち構えられていた。通常の夜だったらハーブでもキツかっただろう。しかも敵はフルメンバーでない。

 そしてドイメ。あの子は人となり術を使う。しかも強烈に。


「おそらくヒューゴが大蔵司により猫になりました」

 ハーブが教えてくれる。


「それは誰?」ドロシーの問いに。


「アンヘラの仲間でしたが、異形になるとちょっと厄介です」


 そいつが何者だろうと所詮白猫だろ。たしかに六感が冴え渡るのは横根で知っている。だがそれだけだ。カラスに次いで弱かった。


「しかもドイメが合流していました。楊偉天の魄が寝返ったのなら厄介です」

「それはない」


 俺がハーブに答える。魄と接したから断言できる。

 でも逃げたドイメがいる事実。ハカもだけど。赤黒くなってたし、きっと強化されている。逃げたけど。


「だったら人質交換かな?」


 なるほど……。

 ドロシーの考えは、思玲は冥界でデモニオ・アドラドに捕らえられ、楊偉天の魄がドイメと捕虜交換した。サンドも加えた一対二のトレードかも。

 だったら俺達がすべきことはひとつだけ。


「撤退して楊老師に確認しよう。ドロシーが武装解除すれば現れてくれる」

 飛び蛇も新月系。ただでさえ厄介なガラガラヘビが更に手強くなる。


「逃げる必要ない。私達には新月のペガサスちゃんがいる。ハーブの上にいれば誰も傷つけられないよね」

「はい。私に騎乗いただく限りは。しかしドロシー様が前に乗るべきでは?」


「なんで?」

 戦場だろうと胸が背に当たる方がいい。……押し当ててきたぞ。


「へへ、こうしてお天狗ちゃんを二人で挟めば復活が早まるかも」

「根拠薄いですね。敵は後方に座るドロシー様の引きはがしを狙うかもしれません。その際は私だけでは哲人さんを守れないかもしれない。さすがに今回の敵相手では」


 ……この俺を重んじたセリフの裏に感じるのは、新月のハーブは九尾狐の珠を心臓にする魔人を殺せるかもしれない。俺とだけになる機会を待っているかもしれない。



事前告知した通り哲人様を守れませんでした。私が殺したなど滅相ございません



 そのための布石かも。


「へへ、屈辱を決して忘れないなんて言われる誇り高いペガサスも、私の式神になって丸くなってくれた。主が伴侶を盲目に愛しすぎると反感を抱くなんて言われる嫉妬深いペガサスが、哲人さんを守ろうとしてくれる」

 俺達の殺し合いを知らないドロシーが背後で感激している。

「いざとなれば私はハーブに哲人さんを任せる。単身でおとりになってもいい」


「席をチェンジしよう。俺がドロシーの背中の盾になる」

 背中に柔らかいものを感じられなくても仕方ない。やはり今夜はしがみついて離れない。


「へへ、やっぱり私を誰よりも守ってくれるのは哲人さんだ。とおっ」

 ドロシーが嫉妬を招く言葉を口にして、俺の肩で跳び箱する。アクロバットに身体能力を見せつけたあとに俺にもたれる。椅子状態。

「ハカは前哨戦で判断し、私達を倒すのをあきらめた。だから不夜会の敷いた陣の中央へ向かおう。そこがメインフィールドだ。ハーブ行け! 強襲だ!」


 独断かつ即断で式神に命じ、俺達は亜空間に飲まれる。すぐに夜空に現れれば、またもサソリが出迎えた。

 厳密にはサソリの尻尾の先が目前。赤黒い光が溜まりだす――


「避難します」ハーブが言う。


 光線が発射される前に俺達は亜空間に飲み込まれ、連続だと酔いだすなと思いつつ夜空にカムバックすれば、またまたサソリがいた。

 厳密には尻尾の先が超至近。しかもビームが発射された。


「これは無理!」ドロシーが目前で絶叫した。


「ふん!」

 ハーブが巨大赤黒ビームへ尻尾を向けやがった。


 これでドロシーは安全。背後の俺が宣言通りに盾になれた……。


「ぎあっ」

「ひひー!」


 背中を焼かれた魔人と尻尾を焼かれた馬が悲鳴をあげる。亜空間へ飲まれる。


「どちらも大丈夫?」

 ただ一人無傷のドロシーが聞く。


「背中が焼けた。キスして」

「……へへ」


 ドロシーが身を任せてくるから、抱えるように俺から重ねる。目をつぶった闇のような亜空間でも口づけ。なおさら唇の感触。至福と同時に痛みが消える。服が焼けてなくなろうがかまわない。ハーブが更にジェラシーしようと。


「私の尻尾は再生しました。……あの距離で攻撃されるとは想定外でした。私の新月の守りであろうと、ハカの新月の攻めをかき消しきれませんでした」

「それでハーブはどこを目指してるの? 新月の力でポイントを飛び石してるよね」

「大井競馬場上空へ。あそこなら新月の効果が薄まります。それでいて私の新月は更に強まります」


 人々の夜の狂騒が忌むべき世界さえかき消すのか。馬に力を与えるのか。


「今日は開催日でございませんでした。代わりに道頓堀へ向かいます。私の新月の力も薄まりますが、敵にカニ系も食い倒れ系もいません」


 今後は新月は大阪にいよう。でもドロシーが怒りだした。


「関西弁の人だらけへ連れてかないで。そもそも逃亡だ。だから東京湾へ戻る」

 ドロシーがハーブのたてがみを引っ張る。


「もう厚木です」

「まだ神奈川だ」

「おそらく白猫ヒューゴの仕業で待ち伏せされます」

「だから? こちらも現れるなり攻撃してやる」


 亜空間が紅く照らされた。ドロシーの右手に月神の剣。左手には手慣れた七葉扇。準最強の組み合わせ。


「へへ、完全消滅させてやる……。ハーベストムーンに命ずる。敵は東京湾にあり!」

「ですが相模川のポイントで様子見します」

「へへ、交差二秒前」


 螺旋予告とともに河川敷上空に現れる。さすがにハカはいない。でもドイメが浮かんでいた。

 白猫を薄い胸で抱えながら手をカニ型にする。


「TAA!」


 純白ビームが飛んでくる。


「真似ばっかりしやがって」ドロシーは馬上で腰をあげる。「知らないよ」


 剣と扇を握る両手を左右にひろげる。純白ビームはすでにかき消されている。


「……ハカ、はやく引きずって」


 ドイメは目をひろげて俺達というかドロシーの両手を見ている。それがクロスすれば、人と化して人生終了間際。


「逃げるな! 螺旋スパイラルはでない」

 抱えられた白猫が叫んだ。「魔女め、消してみろよ。僕を、ドイメを。どちらも人だふぎゃ!」

「きゃあ!」


 白猫がドイメごと吹っ飛んだ! ドロシーが扇を突きだしていた。


「猫め。いまの言葉は惑わしだな。だから成敗する。だけど雑魚相手に螺旋をつかうものか。束縛してや」

「ハカunderworld(冥界送り)!」

「る。ちゅ……」


 ドロシーは少女と猫が黒い渦に飲み込まれたあとの闇へ投げキスした。真下の河川敷も闇。照り返す月はなし。ターゲットの消えた紅色リボンはかすんでいく……。


「白猫の感がすさまじすぎる」

 俺はつぶやいてしまう。しかもチームワーク抜群。


 英語の忌むべき声を飛ばした猫が主だったのだろう。そいつとの付き合いは浅いらしく人であった記憶はよみがえらないが、ドイメは人になっても使い魔を続けているのか。健気な子だけど敵のまま。


「新月のハカは私の移動ポイントを奪えるようですね。しかも白猫により先回りされる」


「わかってる」

 ドロシーが魔道具を消し腰をおろす。「通常移動で東京湾の陣へ突入しよう」


 神奈川の夜景を見ながら戦場へか――。風が吹いた。


「ハーブは出たり入ったりするんじゃね。追うのにひと苦労だ」

 九郎が俺の隣に現れた。

「カシャッサ(ブラジルの蒸留酒だっけ)と引き換えに、頭悪そうな女魔導師二人組から伝令を頼まれた。――念だけの悪魔と戦闘に入った。援護を頼むだと。きゃあきゃあ楽しそうだったけどな」


 あの姉妹は酒を持ち歩いているのか。……九郎は主を探し続けると宣言したばかりなのに、ペンギンのくせに酒臭い。

 

「どこにいるの?」ドロシーの問いに。


「秋葉原」九郎が答える。


「そこは東京湾ではない」


 当たり前を言ってしまったが、つまり陣の外だ。……デモニオ・アロラドは抜けだしている。すでに不夜会の陣は破綻しているかも。それか新月の魔物の力。


「つまり追われたルビーは新月の力をかき消す場所に紛れ込んだのか……。だが道頓堀ほどでない。むしろ人の作りし闇もある猥雑な場。邪悪な異形の力は若干強まる」

 ハーブが秋葉原を論評する。


「ハーブ、そこにポイントはある?」

 ドロシーの手に土色の扇と冥神の輪が現れる。「魔導師躾け用の術をつかう。それと念だけの弱小を追い払う」


「ま、まだだすなよ」


 九郎が白銀にひるんだが俺は平気。俺は死んでるだけで異形ではない。


「ポイントは隣の御徒町ならあります」

「そこでドイメ達を迎撃して、秋葉原で悪魔の念を、百年は顔をだせぬほどずたずたに切り裂く。九郎ちゃんはどうする?」


「もういないよ」

 白銀の輪に怯えて本来の目的を思いだしたのだろう。


「では出発だ!」


 死んでいようと体に悪そうな亜空間移動の連続。


「ドロシー、きっと待ち伏せされている。でも街なかだ。先制攻撃はするな」

 本当は向かうべきでもない。


「分かっている。だからこの魔道具を選んだ」


 十秒ほどして空に戻る。見おろせば、東京の夜景が赤黒い光の向こうに。


「もう」ドロシーが魔道具を手から消し、カニ型にする。「死ぬほどかき消せ!」


 人の目に見える紅色が御徒町上空を包む。


「ヒヒヒ、おそろしい」ハカの声が遠ざかる……。


 サソリは山手線沿いお魚屋さんビルの上で邪悪な光を発した。系列のホテルがついに値上がりされたは関係なく、やはり魔物は人の巻き添えをいとわない。


「ハカだけ倒したい。だけど一緒にいる猫ちゃんとドイメが邪魔」

 ドロシーがおでこの汗を拭くけど、ちゃんづけだと?


 よろしくない展開だ。ドロシーはヒューゴという白猫に容赦ない攻撃をせず、捕らえて抱えて胸に押しつけながら頬ずりする可能性が高まった。

 一方のドイメはいまは人。ドロシーはこちらにも殺意ある攻撃は控えているようだ。魔道士同士の命の取り合いを何度も経験していようと。異形に食い殺され刺殺されたことがあろうと異形に甘いまま同様に。


 さすが梓群。ならば俺が覚悟を持つ必要がある。人だった猫と異形だった人を殺す覚悟を……。大丈夫。たったいま俺は、楊偉天を再び殺したばかり。


「ヒューゴもドイメもいませんでした。……悪しき気配もしません。デモニオ・アドラドもすでに近辺にいないのでは?」

「私から逃げたかな。ばあやの珠に閉じ込めてやるのに」


「秋葉原を上空から哨戒して、東京湾へ向かおう」

 そこでの戦闘はうまくない。夜の出来事になりそうもない……。


ぞわっ


「……へっ、魔物と初対面だな。邪悪すぎる気配。新月といえ念だけとは思えない邪悪」

 再びドロシーの手に七葉扇と月神の剣が現れる。……扇により完璧に制御される螺旋だとしても。

「ハーブ本番だよ」


「ドロシー様、念だけの敵を封じても――」

「わかっている。ばあやには悪いけど……さすがに思玲に怒られるか」


 両者から緊張が伝わる。俺だって邪を感じる。街なかの人だって不穏な落ち着かなさを覚えているだろう。……デモニオ・アドラドは念だけでも新月を威圧する存在になる。


 秋葉原の喧騒が空に届きだす。下を覗けばネオンがきれい。ハーブはゆっくり羽ばたく。

 ドロシーが唾を飲んだ。敵はむき出しで待ちかまえている……って、駅前のカメラ屋さんのビル屋上にいるのはブラジリアン姉妹ではないか。その二人に挟まって手を振っているのは大蔵司京ではないか。……邪の発信源はデモニオ・アドラドでなかった。


「ドロシー様、向かいますか?」ハーブが聞く。


「行くしかない」

「我が主よ油断なさらぬように。味方と思わぬように」

「つい……。冗談でなく成敗が必要かも」


 俺だって感じる。今宵の大蔵司はレジェンドクラスだ……。そんな化け物と肩を寄せ合うソーサ姉妹こそ何者だ?

 ハーブがゆったりと滑空する。秋葉原の喧騒は空まで届かない。





次回「ジパングにて」

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