表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/57

三十八 仁義なき不夜会

「待てよ」


 一人ではルビーが怖いので、ドロシーのあとを追う。……マジで屍術で操られるのかな? インドの悪魔さえ手なずけたのだから、おそらく呪文をかけられたら俺はルビーの使い魔になる。しかもあの子ならやりそう。


 それよかドロシーは非常階段を駆け降りるペースが速すぎ。自分の彼女に筋力と持久力以外に勝るものがない。ルールに乗っ取りスポーツ勝負してもだ、ボクシングなら蝶のように舞われ蜂のように刺され、後半勝負に持ち込めることなくTKO負けする。柔道なら剛を制すを実践されるし、相撲なら回転のいい張り手をしてきそう。そして合掌ひねり。

 レスリングならバックを取られまくり、テニスや卓球は論外。バスケやサッカーのワンオンワンも完敗、野球で二刀流対決しても見惚れるフォームで逆算の投球術を披露されそう、すべて真芯でとらえて広角に打ち返されそう。


 魔道士と一般人の間に性的差別は存在しない。一般人差別ならあり得る。ドロシーだってたまにかすかな笑みを見せる。そんなこともできないのって。

 それでも俺を恋人としてくれているけど……。


 お天狗さんの木札の復活加減を聞いておくべきだった。あの札は手渡しするまでもなくポケットから消えていたから、所定の居場所であるドロシーのブラの真ん中に挟まっているだろう……心臓が動かないくせに想像したらムラムラしてきた。

 そんな自分にむかつくしドロシーへは尚更だ。


 金輪際添い寝だけなんてするものか。木札の確認を口実に胸を触ってやればよかった。カメラがあろうと俺は健全な男子なんだよ。そんなこともゆるさずに、俺達は恋人かよ。あなたは中学生ですか。欲望を我慢してんじゃねーよ。そんなだから下着入れの中に何やら物騒なものを隠すんだよ。


 ルビーを見習えよ。敵に追われる最中に腐ったクジラの上で初めての身を任そうとした。しかもゴム無し……それはそれで物騒だけど……ガチャガチャ?


 ドアが開かないではないか。鍵をかけやがった!

 リュックサックもないのに……。ドロシーに危害を与えぬためというかドロシーにドアを壊されぬためトラップがとめられていたのは不幸中の幸いだが。


「魂を売った者か?」

「きゃあ」


 背後からの声に悲鳴をあげてしまった。


「チチチ、哲人がまた死んでやがる」

 九郎の声がせっかちに続いた。「思玲様は見つかったか?」


「まだ」

 俺は非常階段へ振りかえる。遭遇すべきなかで、一番まともなメンバーが戻ってきてくれた。

「魏さん、おひさしぶりです」


 この人は昨年一瞬だけの出会いで、俺へと敬礼してくれた。リスペクトを口にしてくれた。


「話しかけないで。殺したくなる」

 上海ナンバー2は俺へ思いきり嫌悪を向けているではないか。

よりましになったのはドロシーさんの差し金? みずから進んで命を終わらせたの? ……変態め」


 魔人でなく変態扱い。魏さんは推定三十代で眼鏡をしていて女性教師のような理知的な風貌。いまだって濃紺のスーツスカート姿。もちろん魔道士だから美人。そんな人の手に、白地に朱の牡丹柄扇が現れる。


「これは魔道具ではないわ。単に暑いだけ」

 おのれの首もとを仰ぎだす。「ご存知と思うけど、私に魔道具は不要」


 そんなことは知らない。魏さんが新宿駅地下で扇をごく自然に振るって警察官の記憶を消したのは覚えている。


「風軍は?」魏さんと九郎を探しにいった。


「大鷲のこと? お空で会ったから私はここへ戻ってきた」

 魏さんが俺を見つめる。この人の目線は涼しげすぎて落ち着かなくさせる。

「これで香港へ帰れると、式神のくせに喜んだので、頭領に借りた式神に躾けさせている。捨て駒であることを勉強させているから、この国に残るでしょ」


「風軍を躾けた?」俺は見つめかえす。


「ええ。あなたも躾けるべきかしら」

 魏は感情を見せない。「いいえ。魔なる力を体内に収め力を得た者は、嫌悪すべき成敗の対象だったね。国際的に」


「……九尾狐の珠を心臓にした。俺は弱くはない」

 ポケットからはみ出た天宮の護符に手を置く。


「それだけでないよね。ふたつも体に収めた変態」

 こいつは楊聡民の杖の力にも気づく。「手荒になるけど抜き取って――?」


 ドアが開錠される音がした。


「折坂ちゃ……折坂から聞きました。魏さん、閉めだしてごめんなさい」

 ドロシーが顔をのぞかせた。「九郎ちゃ……九郎も入って。哲人さんも」


 苦手と言っていたな。それどころか臆している。


「火伏せの護符は?」

 俺はそれを尋ねる。ドロシーを用心棒にできなければ、魏の視線に打ち勝つにはあの木札の復活が必要だ。


「いま聞かないで」

 ドロシーが言いながらも胸の谷間を気にする。


「ドロシー。俺も思玲様を探すぜ」

 九郎がちょこちょこと彼女のまえにやってくる。

「約束の品を渡しておく。これより俺をこき使えるのは思玲様だけだ」


 言うなり風となり消える。


「へへ、式神のままだ。やっぱり思玲は生きている」

 ドロシーが微笑みながら死者の書を拾う。

「……どうしました?」


「怖いものに頼るのね」

 魏はドロシーの手もとを見つめていた。「はやく部屋に入れて。ここは暑い」


 スーツ姿なら暑いに決まってるだろ。その格好で戦うつもりか?


 *


「手に隠すなよ」

 部屋に戻ったところでドロシーから死者の書を奪う。こんな物騒なものをいきなり現してほしくない。


「淫魔はどこ? 私達に処分を依頼したそうだけど」

 魏が和室を眺めながら尋ねてくる。


「それは……」

 ドロシーが布団が敷いたままの隣室との戸を閉め、立ったままの俺をちらり見る。はいはい、俺が話すよ。


「ドイメとハカには逃げられました。そいつらより王思玲を探すのに協力してもらえますか?」


 書をリュックへしまいながら聞く。……ドロシーは死者どもに呼ばれているかどうか。態度で分からない。散々ひどい目にあわされた俺は、たぶん呼ばれていないと思う。


「あの子はどこにいるの?」

「ドロシーの式神( ハーブ)が探しています」

「あなた達がそちらをして。私の式神は人捜しより戦闘が得意だと思う」


 配下の四天王。その筆頭であるキーウィは樹海での戦いに参加したけど、目立った活躍はしなかったな。敵のレベルが高すぎとしても、ほぼ運搬役に徹していた。今回の敵は暴雪や藤川匠、峻計、満月の折坂さんに匹敵……まではしないが充分強い。


「尸さんが侮っているみたい」

 魏が俺を見つめだした。「本当の主がいれば、あいつらは多少はマシに戦える」


 ひんやりした空気……。人でなき身だとこの人は怖すぎる。


「あの四体が揃えば幼い龍を倒せます」

 ドロシーが目を伏せる。「でも捕らえてください」


「ドロシーさん顔をあげて」

 魏が机に腰かける。「ここまで私達はあなたのわがままに付き合った。おかげで何の進展もしていない。そろそろ魔道士本来の戦いを見せるべきじゃない?」


「本来って?」ドロシーが顔をあげぬまま聞く。


「人も異形も命を取り合う。アンヘラどもを囲んであるうちに」


「囲むって」俺が尋ねる。「もしかして連中が逃げないのは」


「……納得できたけどひどい」

 ようやくドロシーが魏に顔を向ける。「東京へ陣を敷いたのですね。災禍がこの国から離れないです」


「正確には東京湾へ、私の配下の四体を使ってね。おかげで私は手ぶらだけど、アンヘラ達は術に嵌まったことに気づかず、率先して居続ける」


 そんなことが可能なのか。そんなのを仕掛けられたら、俺も荒川区から出られなくなるのか?


「これは低級の異形を抑えるためのものですね。だけど奴らは平然とし過ぎています」

 ドロシーが魏へ言う。


「ええ。全員そろって単純な脳みそをしているか、おそらく目的の改ざんが心の内で行われた。あなたから逃げだせぬほどのご褒美があるみたい」


「危険すぎる」

 ドロシーが俺へ顔を向ける。

「人の世界への破壊活動が目的にすり替えられたならとっくにしているはず。ならばこっちの世界で……新月だ。アンヘラは今夜を待っている」


「このビルの所有社が国から恐れられる理由を知っている?」

 魏が薄く笑う。「災害を引き起こす異形を倒すことなく封印し――それはどこかの魔道団も同じね――脅しの材料に使うから。裏で政府は言いなり」


 人でなき連中が取り仕切る影添大社がクソなのは知っている。そこの前ボスはベガスで豪遊して異形に殺されたのも因果応報だろうけど。


「東京湾に異形が封印されている?」ドロシーの問いに。


「睦という雌鬼がね。鬼神とも龍喰鬼とも呼ばれ、黄金で造った棺に入れられている。そこがお気に入りみたいだけど、一番の好物である龍の雛が上空に居着いた。開封できる陰陽士なら新月の夜にエスコートできるかもね」


「チコを食べさせる?」さすがにそれはないだろ。


「エルケ・フィナル・ヴェラノに睦を食べさせるつもりだ。アンヘラどもは鬼狩りをするつもりだ」

 ドロシーの眼差しが真剣になった。


「勝てるのか?」負けてもいいけど。


「ふふ、まとめて喰われる可能性が高いかしら」

 魏がまた笑う。「私達がまとめて倒せる機会かもしれない。あの鬼がいなくなれば、不夜会はこの国の政府に感謝される」


「黄衣衆(不夜会精鋭部隊)やデニーさんも来るのですね」

 俺が聞く。アンヘラ達や鬼と三つ巴するなら戦力はいくらあってもいい。


「陣を維持するため黄衣衆がずっといるはず」

 ドロシーがぽつり言う。


「ええ。新木場、曽我、館山、横浜に数名ずつ残っていた。龍狩りを手伝わなかったことを非難する?」

「連中と戦えるのは魏さんやデニーさんだけでしょうけど……、デニーさんは教えてくれなかった」

「上海を滅ぼすと怒鳴った人に知らせるはずない」

「それは……」


 ドロシーがまたうつむく。そんなことを宣ったのか。俺はマジで狙われるぞ。


「私達の頭領は正義でなく私的な欲望のため、私を送りこんだ」

 魏がドロシーを見つめる。「そうだとしても、私は命令に従うだけ」


 その件は横で聞いていたから知っているが。海南島にはデニーでなく俺と行くと言っていたのも。


「それでデニー頭領は来るのですか?」

 あらためて尋ねる。現れるなら、なんか怖い。


「いまのところは予定なし。代わりに、すべて済んだらドロシーを上海へ連れてこいとも命じられている。過去一番強い口調で」

 今度は俺を見つめる。「邪魔者は排除しろだって。それが人でなければと回答しておいた」


「哲人さんに手をだした瞬間、上海は我が炎で燃え尽きる。これは脅しではない」


 ドロシーの宣言が沈黙をもたらす……。これで俺は金輪際中国へ行けなくなった。行かなくていいけど。


「あなたが頭領とリゾートすれば済むだけ。それで今後だけど、黄衣衆は四天王に乗り夜に向けてじわじわと陣を狭めている。感づかれた頃には私の式神に包囲されている」

「連中は強いです。舐めてかかってはいけない」

「私達には覚悟がある。甘いドロシーさんは王思玲を捜していて」


「……そうでした。そのために死者の書を借りた」

 ドロシーが俺が持つリュックサックを見る。


 魏も俺の手もとを眺める。「いま聞かないの?」


「哲人さんは取り込まれた前科があるので私一人で書をめくります」

 それからドロシーがにやり笑う。「魏さんも取り込まれるかもしれないし」


「私ははるか昔から死者の仲間よ。最近仲間入りしたのはあなたの恋人」

 魏がドアへ顔を向ける。「轟炸を待たせている。じゃあね」


 魏がでていく。ドロシーが大きく息をつく。


「あの人と向き合うだけで脇に汗をかく。またシャワーを浴びなきゃ」


 のろまかよ! なんて叫ばない。瞬時に仲直りできたのだから維持する。


「魏はデニーより強いの?」

 そうでなければドロシーが恐れるはずない。


「知らないけど私よりはずっと弱い」

 とてつもなき存在が評したあとに「だけど異形も魔道士も自分さえ捨て駒。だから怖いというか苦手」


「風軍を躾けたと言っていた。俺も躾けると脅された」

「香港の式神である風軍をいじめたのは、暴言を吐いた私へささやかにやり返しただけだと思う。だけど君に手をだしたら赦さない」


 もう二度と喧嘩はやめよう。いまの俺にはこの人しか味方がいない。その点だけは(ドロシーが苦手とする)魏が現れたのは仲直りの橋渡しになってくれたけど、はやくニョロ子と史乃が戻ってこないかな。


「だけど上海には轟炸がいる。あの雀だけは厄介」

「雀?」

「知らないの? ミャンマーとの国境付近で目覚めた。デニーさんと魏さんと沈大姐三人がかりで式神にした。……犠牲はかなり多かったみたいだけど」


 あの辺りはジャングルにチャイナの詐欺グループが町を作ったよな。そのせいで異形が目を覚ましたのかな。


「大きくて強い雀なんだ」

「しかも朱色」

「……それって」

「ええ。四神獣である朱雀。いまはデニーさんの式神。私に協力させるため魏さんに貸しだした」


 俺はレジェンド白虎を思いだす。強すぎで凶悪だった。きっと朱色の雀もだろう。


「だったらアンヘラ一味は終わりかも」

「だけど私の想定とちがう。轟炸を差し向けるなんてやり過ぎだ……。一度見せてもらってある。とてつもなく綺麗だった。そして気まぐれ……へへ、奪いたい」

 ドロシーが邪悪な笑みを消して俺へ顔を向ける。「四神獣の中でも一番誇り高き存在がデニーさん程度に従うはずない。おのれより強くて美しい主を求めるはず。哲人さんもそう思うよね」


 そんな人がどこにいる。ここにいる。しかも朱雀系鳳凰な人。


「どうだろう」

 そう答えるしかない。魏は隠しマイクを設置してないだろな。「とにかく俺達がすべきことは思玲を救うこと。そして死者の書には俺が聞く」


「危険だ。私なら平気だ」

「それだよ。梓群はすでに取り込まれているかも。そして俺は魏が言ったように死んでいる。取りこまれようがない」

「……わかった。その間に急いでシャワーを浴びてくる」


 そしたら俺はひとりぼっち。魏やルビーや大蔵司が現れたら、成敗されるか操られるか吸われる。


「ドロシーは全然匂わないし、むしろ匂いを嗅ぎたい」

「変態はやめて」

「本心だから。俺は隣室へ行くからドロシーはここで待っていて」


 さもないと一緒に浴室へ行く。

 俺は扉を閉めて、ドロシーの布団に寝転がる。枕の匂いを嗅いだあとに、死者の書を開ける。


「王思玲はどこにいる? 教えてくれ」


 古びた紙に癖ある日本語が浮かびあがる。



死者である松本哲人よ。儂が誰だかわかるだろうな



「……楊老師か」こいつも死者だった。





次回「こんとはく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ