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三十七 確定囚さそり

 ドロシーが折坂さんに確認したところ、ドイメはいきなり消えたらしい。

 監視されるのは当然でプライバシーなどあるはずないが、やましいことを何もしなくてよかった。ちなみにハーブがいるとカメラ撮影さえかき消せるらしい。人の目に見えるので当然録画もされる俺の一連も記録されてないが、ハーブを台湾へ送るべきでなかった。

 いまさら嘆いても仕方ない。すべてドロシーの独断だ。


「お待たせ」

 ドロシーがトイレから戻ってきた。時間からして大きいほうかもしれないが強者は焦らない。

「私のスマホどこかな?」


 ポケットに入れたままだった。


「梓群を起こしたくなかったから折坂さんからの電話に何度かでた」

 渡しながら告げる。


「へへ、トラップを仕掛けてあるのにやっぱり哲人さんには通じない。うれしいな」

 奇跡的相性である俺を見つめながら受けとる。

「四桁のパスワードはダーリンの誕生日だけど開けないでね」


 とてつもない秘密を教えたあとに、スマホを手品みたいにその手に隠す。見慣れて不思議に思わなくなった俺。だけど真似できない俺。


「勝手に見ないよ。一階の医務室に寄るので一緒に来て」

 折坂さんの怒りが怖いからドロシーも誘う。



 昨年ドロシーに破壊されたそこへ行くまでもなく、玄関にAEDがあった。本来なら出向した官僚が出社しているわけだしな。


「魔人のままのが素敵なのに」


 ドロシーが乗り気でないので、寝転んでシャツをめくり、自分で自分の胸に器具を押し当てる。講習を受けておいてよかった。うまくいけば心臓が――


「ぐはっ」


 死んでるのに死にそう……。とまった臓器を動かすほどの、まさに死人を蘇らす電撃。とてもでないが感覚あるままでは無理。しかも自分で心臓マッサージしても鼓動が戻らない。


「急ごう。後で手伝ってあげる」


 AEDをリュックサックにしまおうとしたのに、ドロシーが左手に隠してしまった。仕方なく彼女を追いかける。


「指に紐づけて隠すが容量不足になるよ」

「いまのは私物袋と一緒に薬指に隠したから平気」

「そんなこともできるようになったんだ」

「ロストするおそれはある。だからどうでもよいものにしかしない」


 *


 公園に部外者はいなかった。というか俺達が本来の世界のアウトローだ。というよりルビーもいない。人の目に見える謎衣装が一体いるだけ。


「……強い。少なくとも星五つ」

 ドロシーの手に春南剣が現れる。「こいつが大蔵司京か」


「私のことを忘れた?」異形大蔵司が後ずさる。


「大蔵司は仲間だし、ここは山手線近辺だよ。ブラジリアン姉妹は? さきにここへ向かったはずだけど」

「ボリューミー達ならあそこで結界に籠もっている」


 ピンク尽くし露出和装大蔵司が指さす公園の反対側から、ちょうど二人が出没した。俺らが来るまで潜んでいやがった。


「大蔵司京……。思いだせない」

 ドロシーが眉間を押さえる。「哲人さんは何故忘れなかったの?」


「さあ」

 猫耳を期待したためなんて言えない。


「つまり、このサキュバスは人だったわけ? あり得ない。アミーゴ!」

 カミラがオーバーアクションする。


「人であった異形さん、ルビーを倒したの?」

 ララが尋ねる。


「あれ? ララさんは心が読めましたよね」

 そのため三十路と推測したのをばれてしまったが、わざわざ聞く必要あるのか。


「そんな高等は無理。妹は心に思い浮かべたのがぼんやりわかるだけ」

 カミラが答える。


「でも聖なる護りに妨げられない。心を閉ざされようとね。で、怖いルビーを食べちゃった?」


「大蔵司と呼んで。そんでルビーは逃げた」


「なんで?」

 言ってからドロシーの存在を思いだす。脅しまくっていた。


「お化けになった私から逃げたかな」

「なんで?」


 また大蔵司へ聞いてしまうけど、あり得ると言えばあり得る。この異形は正直怖い。フェロモンと一緒に暴力の匂いもまき散らしている。……物の怪系とけだもの系のどちらだろう。判別しづらいのもさすが大蔵司。


「松本はじろじろ見るな、吸うぞ」

「ひっ」

「哲人さんの血をだと?」

 両手を上げかけた俺の前でドロシーが春南剣を突きだす。


「ひい……わからないんだ。……ルビーは私が死ぬのを期待した。あの子のおかげで生き延びた一面もあるけど……そんなことよりドロシー!」

 大蔵司の右手に陰辜諸の杖が現れる。左手に例のポーチが現れる。

「この中にあった短銃のせいで私は死にかけた。お詫びになんとかの杖で螺旋して、私を人に戻して。その手法で折坂さんを獣人に戻しちゃったんだよね。まさかそれも夜の営み同様大嘘でないよね」


 大蔵司がドロシーへぐいぐい攻めるけど……短銃?


「実弾が入っていたのか?」


「ち、ち、違う……かも……」

 ドロシーが青ざめだした。

「ま、魔物め。たぶらかすつもりだな」

 その右手に月神の剣まで現れた。

「二度と口を開けぬよう、完全に消し去ってやる!」


「ひいい」大蔵司が地面に消える……。


 ドロシーの両手が破邪の剣の交差直前で停止する。日暮里が消滅寸前だった……。


「なに考えてるんだよ」俺はドロシーの肩を荒くつかむ。


「だから?」

 ドロシーが剣を持ったまま俺の手を払う。

「いまの惑わしで思いだせた。あれは京だ。だけど邪悪な異形。だから成敗の対象」

 それから姉妹へと月神の剣を突きだす。

「払った金の分だけ働いてもらう。ルビーを捕らえろ。夜を迎えるまでにだ」


「こわーい。その尸の死人はあなたの使い魔?」

 カミラは剣を両手のドロシーに動じないけど。


「ちがう。恋人だ」


 その一言に固まる。ララと目くばせを交わす。


「お姉さん探しましょう」

「そうね」


 関わってはいけない人と判断したらしく、タンクトップにショーパンの露出しすぎスタイルで繊維街方面に消える。

 サキュバスとネクロマンサーとサンバがいなくなり、風軍もハーブも九郎も魏さんもおらず、つまり俺とドロシーだけになる。


「短銃の弾は実弾? それとも術?」あらためて聞く。


「ルビーへどのように抱きついたの? 何度キスした?」ドロシーがにらみ返す。


 二人はしばし見つめあう。……術を込めた実弾。さすがにそれはないよな。


「……まあいいや。動きだそう」

「そうだね、へへ」


 ドロシーが俺の腕に思いきりしがみつく。


「俺を気絶させてからAEDを試して」

「つい。でもその前に影添大社の屋上へ行こう」

「なんで?」

「珠をブランクにしたい。だから太陽の下でハカを尋問して処刑する。カピバラちゃんはかわいいから香港まで連れていき、ルビーを裏切るまでやさしく躾ける。へへ」



 俺の使い魔でもあるよなんて言えるはずなく、七月午後の非常階段をひたすら登る。魔人でも汗をかくのか。おしっこもしたい。睡眠欲やドロシーの寝顔にムラムラするのだから、当然食欲もある。


「ずっと食事していない」

「私も夜食べたきり。ハーブに調達させてあるから遅いランチにしよう」


 もはや早い夕食だ。二人は西日を避ける屋上の陰で、ドロシーが手からだしたビニール袋から更にだしたおにぎりやお茶をいただく。……一年近く前もここで食べたよな。ここから樹海へ向かったよな。ドロシーはチャイナドレスの異形だった。


「胃は動くの?」


 俺に寄りかかるドロシーに聞かれる。聖なる珠のおかげで動くだけの死人にも、変わらず接してくれる人。かなりおかしい感性と、俺でも思ってしまう。


「腹が鳴ったからたぶん」

 九尾狐の珠は肺と心臓の代わりだけしているのだろう。


 それからリュックサックとビニール袋の私物を整理しなおして、ドロシーが手から不透明の赤い石をだす。


「ばあやに借りた宝珠。そこまで強い珠でないから、中に封じられたハカに私達のこれまでの言動が筒抜けだったと思う。だから絶対に逃がしてはいけない」


 俺はフラグを感じてしまう。


「香港へ持って帰りなよ」

「それだとエルケ・フィナル・ヴェラノを封じる珠がない。龍を……」


 だったら、また龍を倒せばいい。なんて言えない。すでにうつむいている。


「せめてメンバーが揃ってからにしよう」

「ルビーと京は敵だ。魏さんは苦手。あの姉妹は役に立たない。そもそも私は一人で連中と戦った。そしてサソリを捕らえた」

「ルビーと大蔵司は味方だよ」

「京ともキスしたの?」


「そこまで言うなら好きにしな」

 舌を入れられたと答えられない。


 ドロシーがコンクリートにばあやの珠を置いて、俺のもとへ戻る。右手に七葉扇を持つ。俺は天宮の護符を握る。まだ青く光らない。


「では始める。開封!」

 ドロシーが珠へと閉じた扇を向ける。「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ!」


「げひー……」


 凶悪な投げキスに、現れたばかりの巨大黒サソリがピンクリボンにがんじ絡めとなる。片側のはさみがない……。杞憂だったか。いや。黒い穴が現れた。急いで目をつむれ。


「死ぬほど照らせ」

「げひー!」

「私の光はすべてをかき消す。冥界へ逃げられると思うな。貴様はでかくて邪魔だ。だから小さくしてやる。噠! 噠!」


 目を開ければ紅色は過ぎ、両方のハサミと尻尾を失ったうえにしぼんだハカが転がっていた。


「へへ、それで自死できぬだろ」


 ドロシーの嘲笑に、俺は即座によみがえった真忌を思いだす。簡単に倒してもアンヘラのサザンクロスの護りで復活されるのか。


「いてえよ……。俺は何も言わないでっせ。どうせ処分される」

「だけど完全消滅するか、虫みたいになって冥界でうごめくか選べる。黒い十字架の力を期待するな。私の力はミレニアムだ。あれをはるかに凌駕する」

「ヒヒヒ、ならばとっくに消されてる」

「本気になれば余裕だ! 洗いざらいペラペラ喋れ!」

「あんたは俺らを毛嫌いしている。どうせ永遠に消されまっせ、ヒヒヒ」

「……哲人さんダメだ。ばれている」


 正直に答えるなよ。


「嘘を並べられる恐れもあるから終わらせよう」

 俺が判断する。「お前の主である……誰だっけ? まあいいや、お別れだ」


 これが最善だろうけど、極刑の宣告は魔物相手でもあまり気分がよくない。


「松本は冷淡すぎでっせ。ちょっとお待ちを」


「私達は暇ではない……」

 ドロシーが俺へと振り向いた。「ここで破邪の剣の螺旋はダメだよね。あれでないと完全消滅させられないかも。ハカはゴキブリ系。サザンクロスの護りを断ち切っても、冥界でしぶとく生き延びて千年後によみがえるかも」


「街中で大技を使えるはずないだろ。いまさら言うなよ」

「哲人さんこそ指摘しなかった」

「千年後復活に減刑してやろう」

 とっくに人類は滅んでいるかもしれないし。


「いやだ。邪悪系だけは情状酌量の余地なし。私のプライドが赦してくれない」

「だったら月神の剣に心を込めて一閃しろよ。それならば消せる」

「拘束された敵にそこまで強くなれない」


 いらいらっ。なにひとつ進展してないだろ。


「じゃあ千年後にまたチャレンジしな。はやく済ませよ」

「なにそれ?」

「戦闘時以外だとのろいんだよ。俺は即座にロタマモをこの手だけで消滅させた」

「へへ、やっぱり唯一の自慢がでた。だったら哲人さんがしてみせて」


 ドロシーの手に月神の剣が現れる。


「失敗したら哲人さんの責任だ」

「俺にできるわけないだろ。一般人だよ」

「へっ、心臓が動いてないくせ一般人?」

「……ざけんなよ」


 俺は一歩前にでてしまう。

 ドロシーは後ずさりしない。


「さっきからやさしくない。ルビーにたぶらかされたからだ」

「なんで彼女がでてくる? いいよ、ここで螺旋をだせよ。民家が壊れたり怪我人がでたら、すべて梓群の責任だ。ドイメを逃がしたのと同様にな」

「いやな言い方。ルビーと会うまではそんなこと口にしなかった」

「以前から散々口喧嘩してるだろ」


「ヒヒヒ、仲良しのお二人にひとつだけ教えてやりまっせ。人になったドイメちゃんがどうなったかをな」

 ハカが笑う。「その代わり、俺を水牢へ閉ざすでゆるしてくれ」


 ドロシーが顔を向けた。


「やっぱり珠の中で会話を聞いていたな。そして自分から望む奴を入れるものか。しかもじきに新月だ。二度と口を開くな。噠!」

「げひー!」


 腹いせのように月神の剣を振るう。斬撃がハカの下半身を消す。


「ちっ、この程度で薄らいできた。日差しに当てたままだとまずい」

 ドロシーが扇を振るい、ハカを日陰の壁に激突させる。

「哲人さん、はやくとどめを刺して」


「梓群の役目だろ」

「それで呼ばないで。サソリがいるでしょ」

「ドロシー、とりあえず珠に入れなおしてやろう。ただしハカが正直に話したらな」

「いやだ。この珠にはカピバラ蝋人形ちゃんを入れる。そして最強の聖なる珠である賢者の石をブランクにしておく」


 お前は真忌を逃がして代わりにキャンドルを封じたよな……。もう口論はやめよう。


「だったらハカを何かに封印しよう」

「……ありかな。しぼんでいるから小さいものに封印できる。哲人さんめぼしいものを探してきて。その前にサソリは答えろ」


「ヒヒヒ、尿瓶しびんとかは勘弁しろよ。ドイメちゃんは知恵ある魄が連れ去りましたぜ。……あの魄が一番強い。いまだって俺らを眺めているかもな、ヒヒヒ」


 サソリのくせに目もとで笑いながら黒い血を垂らす。……嘘か誠か。そんなことより。


「ヤバい、死なれる。今夜を待たず復活される。哲人さん急いで」

「時間がないだろ。封じろ、すぐに!」


 それか、新月の幽鬼であるフォリアム・ロータスを――ゴキブリ系の頂点的だった死神骸骨を撫でるように消し去った手刀。梓群の力をダイレクトに注ぐ封じ手……。

 フォリアム・ロータスが歯をガタガタさせたあれこそが、サタンの証。使わせるはずない。俺は心に浮かべてしまったけど、九尾弧の珠が体内にあるのだからハカに読まれてない。存在は知られてない。

 というか躊躇してるなよ。


「封じろ! 香港か海南島で入れ替えれば済むだろ。そんとき手伝ってやるから、のろま」

「どこにも哲人さんと行くものか。くそ、もう、ドタバタはすべてルビーのせいだ。珠は……転がしたままだった。噠!」


 ドロシーがばあやの珠をPKの術で引き寄せる。


「げひー!」


 珠がハカに当たり、突き抜けて壁にめり込んだ!


「しまった。焦って力加減を間違えた……はずないよね」


「ヒヒヒ、俺も力を足したんだよ。見くびりすぎでっせ」

 しぼんだハカが黒い血を吐く。「アディオス。そんで再見。ヒヒヒ……」


 消滅と同時に紅いリボンもかすんでいく……。


「……すべてドロシーのせいだ」

 あのサソリは間違いなく新月系だ。今夜べらぼうに強くなる。


「怒らないでよ。私が捕まえたのだから逃がすのも私の勝手だ」

「恥ずかしい言い分を並べるなよ。……ハーブが遅すぎる。またまた思玲を見つけるまでずっと探させるつもりか?」

「夜になるまでに戻ってくる。私は休むから哲人さんは公園でみんなを待っていて。ふん」


 ドロシーが一人で非常階段を降りていく。





次回「仁義なき不夜会」

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