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三十五 浴衣の白人少女

 アンヘラ様だと?


 俺だって思いだす。褐色の肌を。体臭を。不敵な笑みを。巨乳を。あの拳を。

 はぐれ女魔導師は存在だけで、人と化した異形の記憶を瞬時によみがえらせる。敵に戻った金髪の可憐な子を、どう扱えばいい?


「照らせ!」

 ドロシーの手に七葉扇が現れるなり和室が紅色一色。


「うわあっ」身構えなかった俺の網膜が焼けた。


「ひいいっ」おそらくドイメちゃんも。


「ちゅっ、確保完了。水牢に閉じ込めて思玲を助けにいこう」


 即断かつ独断に磨きがかかっている。俺もいるのに……。

 まぶたをしばたき、はやく紅色が消えるよう努力する。……ワンピースを着た病的に白い肌の少女が紅色脳内に浮かんだ。

 プロペラ機の上での空中戦も浮かんだ。冥界で血を吸われたことも。俺の精は臭そうと言われたことも思いだした……。殺意を込めてにらまれたうえに、紅色へ無抵抗に閉じこめられたから、生存本能的に思いだすことできた。


 やはりドイメちゃんはサキュバスと吸血鬼のハーフであるドイメだった。でも今は人だ。でも魔導師だ。しかも記憶を戻している。つまり敵だ。なのでドロシーが正解……。


「水牢は駄目だよ」

 この子は善だ。まっさきにハーブを救った。無条件に俺達へ協力しようとした……。だけどアンヘラを裏切るのを恐れている――だけならまだマシだ。

 敬愛。

 とぽろりと言った。あんなのを。やっぱり悪かな。

「暫定的に入ってもらおうか」


「夏梓群に教えておく。さきほど悪夢の黒馬が溶けていた。松本のしわざ」

 人となったドイメがドロシーをにらむ。

「そして松本はルビーとぎゃあ」


 ピンクリボンでがんじがらめのドイメが吹っ飛んだ!


「PKの術だ。私に惑わしをかけるな」

 ドロシーが扇を畳む。左手にスマホをだす。「貴様の処遇は折坂ちゃんに任せる。二度と会うことないな、へへへへへ……もしもし折坂ちゃん? 侵入者を確保してあげたからこっちへ来て」


 ドイメは後頭部をしこたま柱にぶつけたようで気を失っている。下に何もはいてないのに浴衣がはだけている――。

 ハーブが俺を見ていた。俺はうなずき返す。停戦だ。


「つい、つい。……だから? そしたら私が内宮を守る。だから折坂ちゃんは哲人さんと一緒にドイメを水牢へ連行して。……だったら私が連れていく。途中のルートを破壊するけど弁償はしない」


 どうであれ時間のロス。……ドイメを尋問すべきか。思玲の件は知らないだろうな。こいつは冥界で消滅しかけていた。


「わかった。ドイメの処遇は上海へお願いする」

 ドロシーが電話を切る。「奪還のため襲撃される危惧があるから勘弁してだって。それにサキュバスと吸血鬼を祖に持つ魔物が、新月の夜にどんな力を持つかわからないから、今夜だけは預からないって」


「いまは人だよ」

 それを水牢へ閉じ込めるのはジュネーブ条約に反するかもしれないけど。


「無理強いしたくない。宮司が大人になったとき仕返しされるのも怖い」

 ドロシーがスマホを耳に当てる。「そろそろでてくれるはず。哲人さんは声だしちゃダメだよ」


 まだ幼い無音ちゃんは将来的にはドロシーを恐れさせる存在になるのか。


「デニー、にーはお、にーはお。うぉーすー……」


 ドロシーが中国語で話しだす。もちろん俺は完璧ヒアリングできる。要約すれば。



先日はごめんなさい。紹介してくれた海南島のホテルはすごく素敵。ぜひ行きたいけど一人ではムリ。哲人さんも学生だし日本人だしお金ないからムリ。そもそも龍を倒して思玲を連れ戻すまで戦わないとならない。あーあ、いつになったら海南島のプライベートビーチで泳げるかな。

え、魏さんをまた貸してくれるんだ。うれしい! デニーさんがここにいたら抱きついていた。ではサキュバスが人に化したのを預けるから上海で好きにして。それと丸茂史乃に加勢してあげて。

うん、まだ四川省。五十体ものオセロパンダちゃんと殺さずに戦っている。そろそろ赦してやる、へへ



 パンダ軍団と果てなく戦わされていたのか。ニョロ子も付き合わされた。


「もちろん私が海南島へ行くのは哲人さんとだ」

 電話を切ったドロシーが俺を見つめる。「魏さん、ブラジル姉妹、丸茂。私達がすべき最低限を済ませたら、あとは彼女達に任せよう」


 俺はデニーをだます共犯だ。マジで上海不夜会のターゲットにならないだろうな。……ドロシーに捨てられたらあり得る。デニーはホットだけどドライだ。人を殺した経験あるものが見せる眼差しを向けられたことある。


「魏さんはここに来るの?」

「つい。式神に乗ってすぐに」


 ドロシーはうなずくけど顔色が悪い。休息が足りない。思玲の救出こそ優先事項だけど。


「思玲を捕らえたのは楊老師かデモニオ・アドラドのどちらかは間違いない」

 それが楊偉天ならば、楽観的に考えれば守ってくれている。だがデモニオ・アドラドならば悲観的に思えば見せしめですでに命ないかも。


「デモニオ・アドラドって?」

「そいつはだね――」


「閉ざされた魔物が人を虜にできるの? 魄ならば可能だけど」

 俺から冥界での出来事を聞いたあとに言う。


 たしかに俺も台湾から立川まで運ばれた。……台湾で匿ってくれているとか。楽観的すぎるかな。


「台湾かもしれない」

 ドロシーも同意見だ。「でも元淫魔を魏さんに預けるまで動けない。ハーブが台湾へ見てきて」


 ゴミがまだ収集されてないか確認してきてぐらいの気軽さで命ずる。でもあの馬にはお仕置きが必要だ。


「瞬間移動ならすぐだね。だったらハーブが戻るまで休みな。俺も横になりたい。ドロシーの隣で」


 ハーブへと勝ち誇った目を向けてやったけど、顔を逸らしていやがる。代わりにドロシーが赤らんだ顔を向けてきた。


「もちろん何もしないよ」

「哲人さんはほとばしる熱情に耐えられるものね。ハーブよろしく…………ドイメが悪夢を知っていた」


「異形のなかには私の正体を知るものがいます。伝え聞いたのなら死の対象にしません。哲人様は興味持たぬように」

 溶けかけた黒い馬だったハーブがしれっと言う。


「へっ、人だからでしょ。ハーブは秘密がばれても生身の人間を襲うはずないものね。哲人さんはドイメを運んで」


「隣室に?」

「私の目の入る範囲に転がしておく。頭を強く当てすぎたからちょっと心配だ。私は着替える」


 恋人と式神を信じきっているドロシーが浴室へ向かう。


「すぐに出てきなよ。……ハーブはまだいてね」

 魔導師的力を持つドイメの目覚めた際に俺一人では嫌。


「哲人様も我が主です。従います」

 なにもなかったように言いやがる。でも冷戦状態になっただろうな。


 俺は浴衣の上から束縛された白人美少女をもちあげる。またもや犯罪の匂い。……かわいい子なのに。この厄介事を、ドライなデニーはどう片づけるだろう。


「ママ……」


 意識ないドイメがつぶやく。サキュバスの母親か? それとも……。どうであれ、いまのお前はどこにも属さない存在だよ。俺と同様に。


 *


 ドロシーは十分で戻ってきてくれた。濡れた黒髪をタオルで巻いている。やはりドイメよりずっとかわいいよ。


「エルケ・フィナル・ヴェラノが東京湾から立ち去らない理由だけは知らないとならない。だからドイメを起こす」

 ドライヤーを頭に当てながら言う。


「(手荒に)目を覚まさせるのはいいけど、その前にデモニオ・アドラドの狙いを知りたい。思玲を生贄にして復活するかも」


「それはない。邪神と崇められた太古の悪魔だろうと、捧げで復活できない。それならばとっくに現れている」

 ドロシーがドライヤーをとめる。

「強烈に封じられていると思う。西洋式だから開けるには鍵が必要」


「アンヘラが持つサザンクロスだ」

 デモニオ・アドラドが俺にだまされてばらした。開けられるのはアンヘラと俺だけとも言った。


「黒い十字架の力は見せてもらった。厄介すぎる忌むべき魔道具ならあり得るな」

 ドロシーが畳に敷かれた布団にころがる。「へへ、一緒に寝てくれるんだ」


 思玲は行方不明。大蔵司達は戦っている。そうだけど俺こそ疲労が溜まりすぎている。回復は必要だ。


「俺だって梓群と休みたい」

 俺も布団にもぐる。ドアが開いたままでハーブが覗いているし、ドイメがいつ起きるか分からないけど、キスぐらいはしたい。


「哲人さんの汗の匂いに包まれると何故かやすらぐ」

 ドロシーが俺に張りつく。至福。至高。なにもない日常でこれを繰り返したい。

 なのに彼女は俺から遠のく。立ち上がり青ざめだす。

「て、哲人さんから鼓動が聞こえない。……貴様は何者だ?」


 その両手に破邪の剣が現れる。春南剣と月神の剣……。


「正直に告げます」

 立ったままのハーブが言う。「哲人様はドロシー様のために魔人と化しました。不死の力を得るため九尾弧の珠を心臓に変えたのです。我が主への強い思いに応えるため、私も協力させていただきました」


 なんてうまい嘘だ。本来の心臓がとまった理由を聞かれたらどうする? というか、まだ台湾へ向かわないのか。


「……イリプレイサブルだ。代償に本物の心臓が活動停止したのね」

 ドロシーの手から剣が消えてくれた。

「哲人さんは私のために、よりましになってくれた」


かちん


「心臓が動いてないのがましかよ」

「ち、ちがう。“よりまし”はえーと“尸”」


 忌むべき言葉が漢字で伝わるなりニュアンスまで知れる。よりましとは、忌むべき力を乗り移らせた人のこと。


「勘違いしてごめん。……また俺は心臓を動かしたい」

「あとでAEDを試そう」


 そんな簡単な話だったのか。ドロシーがあらためて布団へ戻る。横向きで見つめあう。心臓停止した俺でも平気な人。


「サンドが梓群へ見せようとした視覚を教えておく」

 話すなら今しかない。「俺は楊老師のしわざ……おかげで、ルビーと合流した。一緒にアンヘラ達から逃げた。奴らに対抗するためルビーに術をかけてもらった。……そしたら自分を抑えられず、ルビーにちょっとだけ(・・・・・・)抱きついてしまった」


 ほぼ事実を告げた。……また剣が現れるはずない。やはりドロシーは至近でほほ笑むだけ。


「楊老師が思玲を確保してくれたなら、きっと安全かな。つぎに老師に会えたら、私は四玉の箱を持っていると伝えて」


 とてつもないと言っていいほど不問にしてくれた! ……けど。


「でも思玲はアンヘラのもとへ送られたかも。連中の人質の可能性もある」

「だけど殺されない。見せしめに耳と鼻を削がれても京が治せる。……へへ、そんなことしたら百倍返しだ」


 とりことして利用価値があるのは生きていてからこそ。そうだろうけど、奪還に全力を注ぐべき……。


「悩んじゃダメ。このインターバルは機会だ。私は回復しないと力になれない。そして、へへ、君と寝ればきっとすぐに復活する」

 ドロシーがほほ笑みながら瞼を閉じる。「その間にハーブが手がかりを見つけてくれる……いつまでいるの?」


「哲人様に残れと命じられたままでしたので。では、あてはなくとも尽力します」

 羽根のはえた白馬が消える。


「カピバラを解放しない?」

「ルビーの使い魔を? いやだ」

「だよね」


 俺はドロシーの髪に口を当てて、そのまま目をつむる……。

 文章より画像のが伝える力はある。サンドの視覚はモザイクをかけない限りごまかせないけど、多少は後天性の免疫ができただろう。ドロシーも後ろめたい何かを隠してあるようだし、おそらく下着入れのポーチに。そんなのに入れるものといえば卑猥な……。


「呼吸もしないんだ。やっぱり寂しいな」

 ドロシーが目を閉じたままで俺の下腹部に気づかず言う。


 つまり俺は死んでいる。でも腐りださない。ホメオスタシスは維持されている。……黒い馬が言ったな。


 俺はルビーの手駒になると。


 ハーブはいやらしくて、その考えをドロシーに告げない。俺からも言わない。溺れることを恐れないこの体を、すべてが終わるまで維持してもいいけど……。屍術師の存在が邪魔だ。操られる可能性がある現状だととても会えない。

 ドロシーがあまりに簡単に俺を赦してくれたことも、時間が過ぎれば気になってくる。おそらく彼女のターゲットは一人だけ。俺に押し倒された人を諸悪の権現と決めたのだろう。……その人が疲労で倒れたドロシーへ浮かばせた嘲笑も気になる。


「哲人さんの覚悟を見習って、私も絶対に異形になる」

 またも宣言された。


「人でないのは俺だけで充分だよ」

「いやだ。おなじスタンスに立つ。おやすみなさい」


 俺が九尾弧の珠心臓になったのを口実にしたとしか思えない。

 まあいいや。俺だって休もう。心臓と肺が動いてなくても疲れを感じる。……ルビーを引き連れた大蔵司から連絡がないままだな。

 気にするな。あの杖を持つ影添大社の主任巫女に、ドロシー以外の誰も歯向かえない。おそらくアンヘラだって。

 でも大蔵司がおのれの身体能力を過信して接近戦に持ち込んだなら、アンヘラに勝てるはずない……ルビーもいるか。ならば大蔵司なら互角になれるかも。もしくはそれ以上に。

 だから俺も寝よう。ドロシーの髪の匂いを嗅ぎながら。死んでいようと。


儂を殺せ


 楊偉天の望みを思いだしながら。





次回「カゲソエのミコ」

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