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三十四 松本哲人VSナイトメア

 悲鳴や苦悶の声が遠くで聞こえる。ここは怨嗟に包まれている。ここは冥界ではない。闇でなく憎悪や悲嘆に飲み込まれそう。そんなはずねーだろ。


 地獄だと思わせたいのだろ。あいにく俺はまだ死んでない。鼓動なくても呼吸なくても生きているのだから、ここははったりの世界だ……。すでにご臨終かも。

 うろたえるな。生死に関係なく、肉体的にも精神的にもこれでもかと責められてきた者にまやかしは通用しない。


「ハーブ、茶番はやめろ」

 死んでるかもしれない俺が告げる。舐めると痛い目に遭わせるぞ。


 生きてないかもしれない俺は思いだす。

 ハーベストムーンが過去をさらしたことに違和は感じた。ドロシーだった魔女に主が殺されたのをぺらぺら喋った時点で、やや身構えた。だけどこいつは殺意を消せた。俺への悪意と敵意も。……おかげで俺に油断が生じた。まさかマジで仕留めにくると思わなかった。

 だけど俺は(たぶん)一撃必殺の奇襲を切り抜けられた。青い光を抱く珠のおかげで。


「ハーブ、謝らせてくれよ。ゆるしてくれったら」

 俺の言葉は大嘘だ。


 こいつは藤川を裏切り、瀕死のドロシーを復活してくれた。その思いに心をうたれたからと思っていた。でも、あのときはまだドロシーは無敵ではなかった。真に覚醒したのは、動かなくなった思玲を見たときだ。

 そしてミレニアムの力を、生まれ変わる前の記憶とともに目覚めさせた。それまでハーブも仇敵と気づけなかっただろう。


 主と認めるをやめるなら、いつでも羽根の生えた一角馬はドロテアだったドロシーの寝首をかける。つまり俺の敵だ。

 ならばここで倒す。その思いだけでポケットが青く輝きだす。……熱いハートゆえならば、まだ生きている証だ。でも俺の敵意がばれちゃったな。


「無視するなよ。俺達は暇じゃないんだよ。俺はドロシーに添い寝しなければならない。ドロシーは眠りながらでも火伏せの護符を回復せねばならない」


「無視などするものか。何度も貴様を殺していた。だが叶わなかった」


 イコール生きている。とてつもなき安堵を飲み込む。


「姿を見せろ」俺は天宮の護符を掲げる。


「聖なる珠を第二の心臓とするとはな。人をやめた人め」

 青く照らされた黒い馬が小さくいななく。

「成敗されるべきおぞましき魔人。夢見ながら終わるがいい」


「我が主」なつかしい声がした。「絶えることない悪夢へようこそ」


「ひい」振りかえるなり尻餅ついてしまう。腐乱した忍がいた。


「哲人様がルビーを選んだおかげで、みんな死ねなくなりました」


 ……怖がるな。これは悪夢なだけだ。


「松本」真下から川田の声が聞こえた。「お前も死ねないのか」


 俺はもうそちらを見ない。幻影と気づけば屁だ。実物の真忌やサンドの保存データのがおぞましい。


「松本君!」なのに夏奈の声がした。「私にも服を着せてよ。全裸だし、ははは」


 なつかしい笑い声。おもわず振り向いてしまう。目をつむり。


「消え去れ!」


 存在するだろう幻影を青い光で照らす。おぞましい姿の夏奈を見せるんじゃねーよ。

 目を開ければ夏奈も忍もいない。代わりに聞こえてきた。


「ヨノギエルモリル。ヨナギエルモリル。アウソヘルバラエ、オニミスフェヒ……」


 これってあれだよな。別バージョンだろうとやばい奴だ。心で歌え。いや。


「ガイシンエダツ!」

 何度か聞いた祓いの呪文を試してみる。


しーん


 やばい。珠が体内にあろうとやはり素人だった。またも即死――しない。というか鼓動は止まったまま。


ぴき


 代わりに右胸でガラスに亀裂が走る音がした。


「ヨノギエルモリル。ヨナギエルモリル」

「歩こう歩こう私は元気!」


 また唱えられたいにしえの呪いの言葉を、思いついたままアップテンポに歌ってかき消す。


「アウソヘルバラエ、オニミスフェヒ」

「歩くの大好き、どんどん行くぞー! へい!」


 この連続攻撃はきつい。いずれ届いてしまう。


ピキッ

ピキッ


 やはり俺の胸で九尾狐の珠が割れる割れる。砕けたら今度こそ死ぬかも。青い目になりながら息絶えるかも。


「ヨノギエルモリル。ヨナギエルモリル。アウソヘルバラエ、オニミスフェヒ……」


 過去一番にしつこい。ドロシーから腕輪を借りるべきだった。


「もうやめろ!」叫ぼうが黒馬の姿は見えない。


ピキッ、ピキピキ、ピキ


「ヨノギエル……なぜ微塵にならない。復活する?」


 はは、動揺しやがった。おかげで口走ったな。


「(俺もいま気づいたが)梓群が封じた珠だ。お前が壊すのは無理みたいだな」


 即死系の術を操るこいつは危険すぎる。でもそれが俺というか九尾狐の珠心臓に効かないなら、歴代の強敵の中で格下に位置づけられる。

 油断するな。まだまだ奥の手があるはず。何よりこの空間……。ここが地の底だったりして。だとしても本物ではない。


「もうすぐ折坂さんが来る。あの人にも致死の術は効かない(たぶん)。お前では勝てないから、はやく解け」

 惑わされることなく告げる。

「秘密を口にしたのは謝るから、梓群のことを思う気持ちあるならば和解しよう」


 またまた大嘘だ。俺の手で天宮の護符はなおも青く輝いている。賢い馬だから気づいているだろう。折坂さんも無音ちゃんのもとを離れるはずなく、まだ戦いは続く。


「偽の心臓が丈夫だろうとさ、殺せないことはない」

 目の前に腐敗したウンヒョクが現れた。


「ああ。僕なら簡単かな」腐敗した藤川匠も。


「コケコッコー」

 腐った鶏子まで……。


 あの樹海でのメンバーを幻影にしてやがる。つまりこいつが見覚えあるものだけ。だから大蔵司も現れた。キーウィもデニーも。ともに戦ってきた仲間達を無様な姿に変えやがった。


「それ以上やめろ。さすがに怒るぞ」


「哲人こそやめろ」

 幼い姿の思玲まで朽ちている。


「みんなのために食われて終わってくれ」

 その背後には半分骨になった十代後半の思玲。


「……ゆるさないぞ。ゆるすものか」

 俺はつぶやく。悪夢を終わらせる。


「私こそ赦せない」

 その姿にしてはいけない人まで現したな。

「忍ちゃん、デニーさん、みんなでダーリンを食べちゃおう」


 全員が俺を囲む。幻影だ。腐爛した手から爪を伸ばし、裂けた口から牙が見えた。幻影だろ。だけど腐臭さえする。よくできた悪夢なだけだ。

 バッドトリップの住人どもが俺へ飛びかかってくる。


「馬鹿め」


 悪夢すなわち幻だ。俺を食えるはずなくても一頭だけは可能。ならばお馬さんは姿を変え、俺を食い殺すため襲ってくる。それはデニーでなく。忍でもなく。俺が無抵抗どころか抱きしめようとする人の姿を騙る。

 用心深く背後へまわりこみやがった。だから振りかえる。


「ハーブめ、貴様こそ腐っている!」


 屍のごときドロシーの眉間を天宮の護符でつく。

 二人はしばし見つめあう。


「甘くみてしまった……」


 ドロシーの体が崩れていく。


「俺は本物の梓群の本物の伴侶だ。偽物は赦さない」


 俺にまとわる幻影が消える。景色が和室へ戻る。眉間に護符を刺した黒い馬だけが残る。その体が溶けていく。黒い血を俺に吐きかける。


「俺にも屈服しろ。そして俺の伴侶に従い続けろ」

 護符を引き抜く。「誓うならドロシーを起こしてやる。祈りを捧げてもらう」


「ならばルビーと別れろ。二度と言葉を交わすな。眼差しを交わすな。安心して消えられる」

「別れるも何も……ただの味方だよ」


 即死させられぬお前よりはるかに強い敵どもから、手を取り合い逃げてきた。時にはともに反撃した。ルビーにしろ史乃にしろ、俺の都合で離れられるかよ。……それだけ濃密な時間を過ごしたんだよ。


「ルビー・ハユン・クーパーが味方?」

「ああ」

「松本がそう思うだけ……くっ」


 護符に込めた俺の怒り強すぎ。黒い馬が急激に薄らいでいく。平行線のままマジで死なせてしまう。どちらかが折れれば済むのに。


「ハーブはルビーを知らないだろ。俺は知っていようと最愛の人は変わらない。その人を悲しませたくないから、その人にすがってやる」

 俺が折れるしかないだろ。隣室へ向かう。


「やめろ」

 この黒い馬は透けているくせに瞬間移動で通せんぼしやがる。

「松本を襲ったことが露見する。負けたことも。……ドロテア様に失望される。それよりは虫となり闇の中を何百年もうごめくほうがマシだ」


「ドロシーはドロテアではない」

「頭が乱れただけ……。なんで私はドロシー様を裏切った? あの方の伴侶を殺そうとした? しかも敗れた。死してお詫びをするしか……」


 なんだよ。心底ひれ伏していたのかよ。裏切りの心なんてこれっぽっちもなかったかもな。心のどこかにあったのは。


「ハーブはジェラシーから俺を襲った。それを認めろ。そしたらドロシーへ嘘を並べてやる。敵に襲われて俺の盾になってくれたと告げる」


「私が松本に嫉妬?」

 黒い馬の目に嘲りが浮かんだ。

「珠の力で生きているだけの者に? じきに貴様も私の後を追う。それかルビーの駒になるかだな、ヒヒヒ……ゲホッ」


 また黒い血を吐いた。マジで消えちゃうぞ。


「一緒に協力して生きつづけよう」

 俺は黒い馬の首を抱く。「そしてドロシーを守ろう。だから俺達の最愛の人を起こすよ。おーいドロシー!」


「うるさすぎる。もう」


 隣室から聞こえた。英語なのにネイティブなほど伝わる。心の声……。


「黒い髪のお姉さんはうなされているよ。誰か一緒に寝てあげればいいのに」

 和室が開く。浴衣を着たドイメちゃんがあくびする。

「ふわああ、よく寝た。……ここはどこだっけ? 私は誰だっけ? あっ、部屋の中に馬がいる。しかも半透明。かわいそう」


 健康的な白い肌。十七歳ぐらいか。白人は老けて見えるから(失礼)もっと若いかも。小柄だし胸もあれだったし。下の毛も剃ったみたいに……。


「サキュバスが人間になったのは間違いない。だが忌むべき資質を持っている」

 黒い馬の四肢が崩れる。

「つまり魔導師。なぜ生まれ変わったあの方にも厄介事ばかりが起きる。私がいなくなるのに……」


「ハーブがんばれよ!」


「黒髪のお兄さんはどいて」

 ドイメが俺をハーブだった半液体から引き離そうとする。

「私なら治してあげられそうな気がする。――I will pray. Make a mare lively again」


 溶けた黒い馬の頬らしきをさすりながら、人の言葉で祈りをささやきだす。


「うるさくて眠れない……」

 ドロシーの忌むべき声が届いた。

「ちがうでしょ! 寝てる場合じゃないでしょ。哲人さん、思玲を助けにいこう。ハーベストムーンはなんで寛いでいるの!」


「は、はい。申し訳ございません」


 飛びだしてきた主を見て、羽根をはやした白馬が四肢をあげる。……さすられただけで完全復活した。しかも黒い馬でなくなっている。


「よかった……。それで私は誰なの? お兄さんとお姉さんのお手伝いをすればいいのかな。この服だと外へ行けないや」

 ドイメちゃんが平たい胸の襟もとを整える。

「でも、仲間は別にいたような。怖いけど頼りになる人も……。敬愛……なのに私を嫌っていた…………アンヘラ様だ」


 この子はぶるっと身震いした。ついで俺をにらむ。たしかに厄介事が目の前にいる。





次回「浴衣の白人少女」



再開は3月後半予定です。展開をペースアップしていきますが、よろしくお願いします。

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