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三十三 九尾狐の珠

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 冥界を抜けるのも早いようで、時間を消費していると感じる。あそこで魔物やエイジと戦い、大蔵司のおかげで窮地を脱した。いまは何時だろう。

 闇が薄らいできた。ようやく戻れた。土を飲まぬよう口をふさいだのに、明けていく空の上に現れた。どこでも出没できるとは、さすが冥府大蚯蚓の土彦。……朝? 時間の観念が違おうと、俺達はどんだけ冥界へいたのだ?

 そんな俺達へ紅い光が飛んできた。


「げ、ドロシーだ」

 杖で俺達を威嚇しまくっていた大蔵司が声を漏らした。


「……まじ?」

 つぶやいてしまう。再会を待ち望んでいたのに、無意識にルビーを抱えなおしてしまう。


「消えろよ」


 大蔵司が陰辜諸の杖を斬撃へ向ける。でも紅い光は弱まりながらも土彦の顔に直撃する。うねうねもだえて滑り落ちそうで、なおさらルビーを抱えてしまう。


「ルビー・ハユン・クーパーを捕らえるとは、さすが哲人さんだ」

 ドロシーはホバリングする風軍の上にいた。汗だくで座りこみ肩で息している。またもぼろぼろの服。

「京はその杖があるなら強い。だから大蚯蚓ちゃんと一緒に龍を追撃して。アンヘラとヒューゴを亀にしてやれ……アンヘラは青龍でヒューゴは白虎か。エイジが玄武ぽかった、ふう」


 俺は思う。ドロシーは陰辜諸の杖を恐れない。そして土彦はミミズのくせに有能かもしれない。

 一度裏切ってしまった(おそらくまだ完璧には従ってない)主である大蔵司により人へ変えられるのを恐れて、抑えられる力を持つドロシーのもとへ現れたのだろう。

 問題は、誰も心の準備をまったくしてないこと。ルビーを捕囚にしたと勘違いしてくれているが……。ルビーはドロシーににらまれて過去最大にがたがた震えている。


「ドロシー聞いてくれ。俺達は冥界でエイジやデモニオ・アドラドという魔物と戦っていた」

「私は哲人さんとともにハカとルビーを尋問する。ルビーの使い魔は封じておいた。……その白人の女の子は誰? 真忌はフリーになったから哲人さんは気をつけて」


 伝えたいことだけ羅列しだすではないか。


「話を聞けよ。思玲が――」


 ハカを捕らえたの? それよか真忌が自由になっただと? 逃げられた? またあれに狙われるの? ……しかも。


「ルビーの使い魔って天竺鬼畜大鼠のことかな」

「石鹸みたいなあれが? 真忌の代わりに賢者の石に入れたけど……へへ、蝋ならば灯してみるか」

 ドロシーがルビーへ邪悪に笑う。


「やめて」

 ルビーは無抵抗に震えるだけ……。


 そりゃ九尾狐姉妹を倒した人だものな。インドの悪魔も雑魚キャラとして扱われるなら、この人には誰も勝てないかも。それでも拮抗する可能性があるのは。


「ひと晩に何度したか知らないけど、ずいぶんドロシーはばてているね」

 大蔵司がにやり笑う。

「ルビーちゃんは私が確保したので私のものだ。この子に手をだすなよ」


「つまり折坂ちゃんに任せるということか」

 ドロシーも意地悪な笑みをかえす。

「わかった。水牢を開けておくように電話しておく」

 その手にスマホが現れる。


「待てって」

 あんな場所にルビーを連れていかれてたまるか。正直に話そう。

「ルビーは味方だ。俺は助けられた」


 ドロシーの目がすっと細くなった。戦いで紅潮した頬が醒めていく……。


「ドロシーちゃん、龍が逃げちゃうよ。また僕が狙われる」

 ドロシーやハーブを乗せた風軍が騒ぐ。ひと回りでかくなってないか。


「そうだった。……戦ったからわかる。アンヘラに陰辜諸の杖を向けるべきでない。だからやっぱり京ではお相手は無理。私が哲人さんと追撃するから、京はルビーを好きにしていい」

 ドロシーが立ちあがる。よろめく。

「へっ……。だからアンヘラでなく私を異形にして」






 明けゆく東京湾上空に沈黙が漂ってしまった。


「噂どおりですね。狂っている」

 ルビーがぼそり言う。


「い、いやだね。ドロシーだけは変えない。恐ろしすぎる」

 大蔵司が杖を後ろにまわす。


 朱雀の化身。ドロシーは異形になろうと姿が変わらず、人の目にさらされたままコスプレをチェンジするだけだったな。

 俺は乙姫様を思いだす。たやすく水牢を抜けだし、影添大社最大のマル秘である内宮へのトラップを存在すらなかったように突破した。

 チャイナドレス異形になれば、実弾と妖術を実装した自衛隊を一人で殲滅(正確には傀儡を解いた)し、イブニングドレスになれば龍と吸血鬼と堕天使と峻計のパーティーを一蹴した。漢服で夜空に浮かべば、お水のお姉さんとデートするウンヒョクさえ口を開けて見惚れていた。

 いずれもとてつもなく無双で、紅く美しかった。巫女姿だけは(猫耳大蔵司と比較して)地味だったが、その力は果てしない闇であるはずの冥界を存在だけで紅い世界へ変え、黒い龍を蹂躙した。しかもミドリガメだった俺を置いてきぼりにした。

 つまり不吉しか漂わない。


「ドロシーは休みなよ」

 疲弊した顔の今だって充分すぎるほどきれいだから、麗しかろうと怪物にならないでくれ。俺が大蔵司とともに追うから……。アンヘラとチコを?


 絶対に無理だ。チコが人に化す保証はなく、アンヘラが異形になれば異形ドロシーしか勝てそうにない。しかも真忌がいるなら、俺はドロシーから離れられない。真忌が人になるのも想像したくない。

 でもルビーの安全も確保しないとならない。それに、なによりの優先事項は思玲だろ!


「思玲が行方不明になった。探そう」


 ドロシーの顔がみるみる青ざめていく。

「京がいたのに? ルビーのしわざか」


「ちがいます!」

 ルビーが俺にしがみつく。その手にスティックが現れる。馬鹿すぎる。


「ルビーやめろ。ここにいるのは全員仲間だから」

 俺は彼女の手をほどきながら告げる。なおさら俺に抱きつく。


「……私のダーリンに胸を押しつけるな」

 ドロシーの目が座った。その手からスマホが消え、土色の扇が現れる。

「魔道団が捕囚をどう扱うか教えてあげる」


「だから仲間だ! 思玲を探すぞ!」俺は叫ぶのに。


「耀光舞!」ドロシーが扇をはらう。


「えい!」ルビーが神速でラベンダー色の結界を張る。俺まで包む。


 野球ボール大の七色の光が無尽に飛んでくる。結界に張り付き……食べている。


「へへ、哲人さんが二日も行方不明だったから、探しながらたっぷり練習できた」

 ドロシーがおでこの汗をぬぐう。

「驚蟄扇による光の競演。ちがう捕食だ。貴様も食われるまえに(俺も?)、持っている魔道具をすべて手放せ、あれ?」


 光の群れが結界ごと消えた。大蔵司が俺達へ陰辜諸の杖を向けていた。


「二日過ぎたと言ったよね? つまり今は新月を迎える朝?」

 大蔵司が聞く。


「そうだ」とドロシーがうなずく。「また術を消したら私は本気をだす」


「私達はそんなに冥界へいたのですか」

 ルビーが俺を見つめる。「デモニオ・アドラドは新月系の悪魔。生け贄を捧げられれば復活するかも」


 そしたら大蔵司が杖を向ければいいだけだが、思玲が捧げられるかも。


「おそらくエイジを連れてアンヘラに合流する。やはりみんなでチコを追おう」

 俺はドロシーが騎乗するハーブへと告げる。おそらくこのペガサスが一番理知的……なはずなのに。


「松本哲人……裏切り者め」

 ハーブの目は赤くなっていた。「我が主の伴侶でない者が私に話しかけるな」


「え?」

 ドロシーの顔がこれ以上ないほど青ざめた。

「そ、そんなはずない。哲人さんは私を愛している……。も、もしかして、下着のポーチを覗いたの? あれは護身用……」


 護身用の下着? 伊東のホテルに置いてきたが、動揺するほどの謎物体が入っていたのか。それより何よりハーブは気づいている?


「ドロシー様は惑わされぬように。……私が護りをかけた衣服は不夜会が回収してくれたがポーチは見つからなかった」

 ハーブの鼻息が荒くなった。「屍術士が着ているのも我が主のもの。下着もだな。ルビーはここで脱げ。松本はリュックサックを返せ」


「おい馬。人にするぞ」

 大蔵司がハーブへ杖を向ける。「たしかに松本はむっつりだけど、言っていることは正しい。思玲を奪還しよう」


 陰辜諸の杖を手にする大蔵司は別人のように頼もしい。敵にまわすわけにはいかない。


「大蔵司の言うとおりだろ。俺が愛しているのは梓群だけだけどルビーも味方。チコはどこにいる? 追撃しよう」

「へへ、エルケ・フィナル・ヴェラノは風軍から離れられ……」


 ドロシーがすすき野原のような羽根に倒れこむ。俺と空を挟んだままで。


「え? ……意外にもろい」

 ルビーが安堵の吐息を漏らす。口もとがかすかにゆがんだ。





次回「九尾弧の珠(2)」

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