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暁の魔なる紅き女帝

 デニーさんは怒ってしまったようで、電話に出てくれない。通信アプリがウイチャットだとメッセージが既読されたか分からない。通信はすべて政府が管理してるらしいし……。

 上海を滅ぼすなんて暴言は私の失態だ。また抱きつけばデニーさんの機嫌はなおる。だけどあの発言のせいで、私の密接交際者である哲人さんは現実世界で厳重にマークされるかも。

 どんな好成績だろうと司法試験に合格がいよいよ難しくなってしまった(以前からその可能性はあったけど、まだ告げてはいない)。……私と別れたら忌むべき諸々の力も去り、代わりに怖い人達が来るだろうな。へへ、もう君は私と離れられない。


「さすがにそれは」

「五分で終わらせるから」


 お台場のホテルでシャワーと食事を済ませる。夜景にうっとり。ベランダ付きの空き室があってよかった。

 着替えはハーブが手配済だけど、リュックに入れたままのポーチが気がかりだ。ダミーを兼ねて下着を入れてあるにしても、(私が精製した)純度55の白銀弾もたっぷり収納してある。銃も……人除けの術を込めた実弾も。


梓群、これは何だよ。殺人のためだけの兵器だろ


 あの弾だけはうまくない。見られたらひかれちゃう。私のもとから去ろうとするかも。

 だけど哲人さんが私の下着を漁るはずないよね。紅色のピストルも心に思わねばその手に現れない。なにより君は私から逃げられない。


「また大きくなるの?」

「ハーブと合流するまで」


 三十分後に空へ戻っても、魏さんと式神は見あたらない。引き揚げたみたい。

 連中はまだいた。ちいさくなって見張っていた風軍が言うには、さっきまで海に潜っていたらしい。私とハーブと風軍で、はぐれ狩りを続けるしかない。

 チェイスしながら空中に点在させたハーブのポイント。そこにハカが差しかかった瞬間、奴らは終わりだ。

 東の海がうっすらしだした。


「おそらく巨大な鯨でも食べたのでしょう。満足はしたようです」

 私を乗せたハーブが告げる。「しかし龍は冥界で育てないと無理です。この世界の資源が枯渇する」


 私は鯨肉を食べないから平気だけど、アフリカのサバンナに向かわれたら絶滅危惧種が絶滅する。……自分達は人を殺しまくったのに、エルケ・フィナル・ヴェラノにはやらせない。暴走を危惧してだろうが、追い詰められれば分からない。

 いろいろ時間切れが迫っているけど、まず私がすべきことは哲人さんの所在を聞きだすこと。ターゲットはヒューゴかハカかドイメのいずれか。


 おそらく枯葉色の龍は小さくなっている。風軍とおなじく主の肩で寝ているかもしれない。


「なぜ逃げない?」

「わかりません」


 私のつぶやきにハーブが答える。なぜアンヘラどもは東京湾周辺から立ち去らない。どこまでも追撃してやるけど、蠍のハカの能力かエイジの手形で冥界へ向かえるはず。……楊偉天はどこにいる? ルビー・ハユン・クーパーはどこだ?

 折坂ちゃんに聞いても要領を得ない。武蔵野大狸は内宮に閉じこもったまま。まるで私からも逃げているみたいだ。


「また飛び蛇が寄ってきました。伝えたいことがあるのでは?」

「スルーする。あのガラガラヘビはフェイクで私と哲人さんの尊厳を穢した」


 捕らえるのはありかな。マーキングでがんじからめにして、PKの術で確保する。言うより難しい。無警戒のニョロ子ちゃんで練習したけど逃げられた。あの子は特別か。


「ハーブ、護りを解除して。サンドを捕まえ」

「ポイントに入りそう。移動します」


 ようやくか。私は亜空間に飲まれながら七葉扇と驚蟄扇を両手にだす。まずは飼い主を躾ける。


 ハーブの背に乗ったままで空中に現れる。真下は東洋ナンバーワンの遊園地。いつか哲人さんと行きたい。ハカは見えない。乗るはぐれ魔導師も。


「背後」ハーブが緊張した声をだす。


 ヒューゴの結界内へ現れるのが最善だったのに数秒のずれ。ハーブの失態は主である私の失態だ。だから私が取り返す。

 私はふたつの扇を消す。左手に現れた春南剣を右手に持ちなおし、唇を舐める。


「噠!」

 剣を突きだす。紅色の斬撃が通過するだけ。はずれだ。

「噠! 噠! 噠!」


 目前で一発がヒットした。結界が砕け散り、緊張した面のアンヘラとヒューゴが現れる。真下には姿見えないハカがいる。

 螺旋は温存。とりあえずこいつを弱まらせるか。

 拳を握るアンヘラ。小振りな杖で宙をなぞるヒューゴ――杖を奪うべき。迷うな。

 奴らと交差の瞬間、私はハーブから飛び降りる。


「噠!」


 剣を両手で握り、真下の中空へ突き刺す。股に挟んだ感じで体重も乗せる。


「げひー」ハカが悲鳴をあげながら姿を晒す。「ア、アンヘラ様お助けを、お願いでっせ」


「甘えるな!」びりりり。「反撃しろ!」


 ひええ……。哲人さん以上に心へ殴りかかる怒鳴り声。同時に両方のハサミが私へ襲ってきた。なんかより。


「魔女め!」

 アンヘラが降ってきた! なんて奴。その肩には、

「チコ、ともに生きるぞ!」


 私の手に七葉扇が現れる。「天誅だ!」


 人を悶絶させる萌黄色がアンヘラの目前で弾かれた。ヒューゴめ、結界を張りなおしやがったな。さきほどの姿隠しといい、スペルの発動が早い。

 眼下は海。それと真っ暗な遊園地。


「くっ」

 私を切断しようとするハカの巨大なハサミを剣で返り討つ……切り裂けない? ヒューゴが強化したのか。なかなかのサポート系。

「ひっ」


 もうひとつのハサミで背中を突かれた。痛いけど貫いてはいない。でも痛い……。

 来た。


「オラッ」

「とあ!」


 ファーストコンタクト。アンヘラの拳を春南剣で突く。


「剣技も上々か」


 竹みたいに腕まで裂けた拳をさすりながら落下していく。悪しき護りで回復される。追撃――


「マドレ!」


「もう」ぼやいてしまう。


 金色の龍が具現した。私へと口を開く。

 その頭上でヒューゴが杖を向ける。アンヘラが浮遊しだした。ハカはエルケ・フィナル・ヴェラノと組んで私を挟み撃ち。

 あぶれた連中のくせにチームワーク。こいつら強い。奇襲が瞬時に瓦解した。飛竜の靴下でぽつり浮かぶ私は敵陣只中。


 東の海の果てが輝きだした。曙光だ。


「ハーブは来るな! 風軍もちいさいまま!」

 ギアをあげよう。月神の剣にチェンジする。掲げれば浦安上空が紅く照らされる。

 はぐれどもめ。私をどこまでシフトアップさせられるかな。

「ちっ」


 ハカが逃げやがった。ならば龍。でなくてアンヘラだ。


「たあっ」

 月神の剣を上空へ振るう。金色のブレスをはじき返す。それでも辺り一帯金色。熱い。肌が焼ける。

「噠!」


 アンヘラがいた一角へ斬撃を飛ばす。紅色が金色を突き破っていく。強すぎだ。

 だけど私のせいでない。これくらい避けられないものが悪い。

 悲鳴は聞こえない。一撃で骨も残さず消えたか。私のせいじゃない。


「どっちも化け物だね」

 ヒューゴの声が上空から聞こえた。

「でもアンヘラ逃げよう」


 安堵。そして馬鹿め。


「ちゅっ」とその声へ向けて投げキスする。「ちゅちゅちゅちゅちゅ」


 マーキングという名の紅いペイントで少なくとも二体は行動不能。……惑わしで心削ぐため、そろそろサンドが現れるはず。


「噠ー!」

 体を旋回しながら斬撃を3Dに飛ばす。威嚇で充分。倒したなら更によし。ちょっと疲れてきた。


「マドレ、体が動かない」

「アンヘラ助け……顔が覆われ、い、いい匂い、でも息できな……」


 しまった。殺してしまう。だけど喋れるうちはまだ平気だよね。だから振り返り仕留めろ。


「噠!」背後に現れたハサミを月神の剣で両断する。


「この野郎……強すぎでっせ、ひひひ」


 現れたばかりのハカが黒くかすんでいく。冥界へ逃げられる。

 私の右手に、ばあやの部屋から借りた魔除けの朱砂――聖なる天珠が現れる。


「封!」

「へっ?」


 ハカの巨体が抵抗も赦されず珠へ吸われる。

 本当はエルケ・フィナル・ヴェラノを封じたかった。だけどまずは一体。

 エイジとドイメはいないのか。決めつけちゃダメ。すべてへ警戒を維持しなさい。


「うおりゃ!」アンヘラの怒声が上空で聞こえた。


「え、なんで?」

 術がかかっていようと空中で跳躍って物理に反しすぎだよ。しかも私のマーキングが切り裂かれた。


「死ぬかと思った……魔女め」

「マドレありがとう」


 ヒューゴとエルケ・フィナル・ヴェラノがまた自由になった。アンヘラがその背に乗る。


「ちゅちゅちゅっ」

「オラッ!」


 マーキングのリボンが穢れた刀で切り裂かれた。九尾狐をがんじがらめにしたものが、こいつには通用しない。


「ハーブと風軍来て!」

 背中が痛い。体が火傷でみずぶくれ。一旦回復しないと、龍と飼い主を一緒に相手するのはきつい。ドロテアが経験済みだ。


「わあああ」

 巨大化した風軍ががむしゃらに来てくれた。金色のブレスに狙われている。強いけど狭い照射。虐殺の吐息でなければ、この子は避けられる。

「よっと、ドロシーちゃん乗って」


「つい」

 その背にふわりと着陸する。風軍が加速して向かい風に転がってしまう。アクロバット飛行のせいでさらに転がる。火傷に当たって痛い痛い。

「ハーブはやく」


「ただちに」背にいたハーブが私の体を舐めまわす。


「ありがとう、あっ」

 背から痛みがひいて、代わりにぞくぞくした。

「腕も顔もお願い。……ひさびさにハードだ」

 満月の折坂ちゃんのお相手以来だ。


「哲人様がいなくてよかったですね。この姿のドロシー様を見たら、あの方は怒りですべてを殺していた」

 私の顔をぺろぺろ舐めながら言う。


「その前にヒューゴは投降する。アンヘラは哲人さんの怒りに対抗できる」

 奴とは倒す気で戦わないとならない。ハカを確保したのだからもう離脱したい。


「ひい、また僕を狙っている」なのに風軍がおびえだした。


「またも飢えだした。ドロシー様は放置しませんね」

 腕の火ぶくれも治癒し終えたハーブが言う。


「当然だ」私はうなずく。


 幼くても龍。並大抵の珠では閉じ込められない。だけど九尾弧の珠は哲人さん。ここにいたならば、どさくさに封を解いて君を青い目に変えたのに。


「真忌を開放して代わりにエルケ・フィナル・ヴェラノを封じる」

「いえいえ、弧を倒した最強の術で終わらせましょう。その上に乗るはぐれ魔導師も」


 ハーブは残酷だ。破邪の剣の交差。それができたらとっくにしている。


「私は人を殺さない」

 二度と。龍も。あの実弾は護身用なんだって。

「だから屈服させ――」


びくっ


 邪悪な気配がどこかでした。


「あらたな敵です。まだ弱いのに明らかに五つ星以上」

 ハーブも気づく。

「そしてドロシー様の敵。あなたの存在を邪魔としている」


「ルビーの使い魔だ」

 私は断言する。「やっぱり真忌を放つ。あれは哲人さんしか目にないから、(哲人さんを食べない限り)人へ危害を及ぼさない」


 私が守ればいいだけだ。アンヘラとヒューゴはどうでもいい。連中がチコと呼ぶ龍を捕まえて、第一ラウンドを終わらせる。

 第二ラウンドはルビーと使い魔。こっちは手加減しない。私に歯向かうということは哲人さんが生きている証し。私を亡き者にすれば二人の愛が消えると思っているな。浅はかな思い込みを砕いてやる。


 風軍は西へと全力で飛んでいる。空はまだ明けない。


「エルケ・フィナル・ヴェラノを倒したとしてもアンヘラの加護で復活します。恐れずに殺しましょう」

「いやだ」

「主をもつ龍を封じるなど不可能です。古来聞いたことない」

「だから? 風軍、旋回して……おびえるな! ドラゴンに向かえ!」

「ひい、香港へ帰りたいよ」


 私におびえた風軍が羽根を傾ける。再び東へ。東京湾は右。人の灯りは左。

 私は手から魔道具を消し、賢者の石を現す。


「でていけ」


 賢者の石から禍々しき気配が現れる……。石のなかで更に復活してやがった。


「ひえええ」

 象られた真忌と目が合い悲鳴をあげてしまう。


「いいい……」


 磯女は私へ恨みがましい目を向けながら、かすんで消えていく。……冥界に向かった。主であるエイジと推しである哲人さんはそこにいる。ハカもエイジもいないのなら、アンヘラどもはそこへ逃げられない。


 金色のブレスが闇を覆う。虐殺のブレスは風軍でも避けきれない。だけど一点集中より弱いのは当然の理。ハーブの結界が私達を守ってくれる。


「あつい! あつい!」それでも風軍が悲鳴をあげる。


「耐えて」

 私だって熱い。再び七葉扇と驚蟄扇を手にだす。


 この螺旋を三発直撃すれば、エルケ・フィナル・ヴェラノは程よく弱まるはず。そしたら七葉扇で天誅、驚蟄扇で耀光舞。アンヘラとヒューゴも無力化させる。

 上唇を舐める。


「チコ来るぞ!」


 すごい視力。アンヘラに癖を読まれた。エルケ・フィナル・ヴェラノが羽根を傾ける。ヒューゴが結界を上塗りするのが見えた。薄くはない。


「噠!」扇を交差させる。


 黄緑と紫色の螺旋が紅に染まっていく。この光は追尾する。龍の勘でも逃げられない。


とくん


 へへ、一発で不整脈。一晩寝ただけで回復するはずないよね。だとしても二発目こそ大事。だけど誰も死なせない。

 そんなことを思うな。敵も強い。殲滅させる気迫!


「噠」また扇を交差させる。……加減しちゃった。


 思玲ぐらいの螺旋。しかも心がこもっていない。


と、とくん


「くっ」それでも心臓が耐えてくれない……


「風軍、追わなくていい!」

 ハーブの叫びで意識が遠ざからずに済んだ。

「充分な威嚇です。奴らはあなた様が手加減したのに気づきました。もうアンヘラはあなた様にも哲人様にも関わりません」


 ……どうだろう。アンヘラは見抜いているかも。私の心の弱さを。命を奪うことにおびえる私を。

 それなのに何度も追いつめられて強烈な術をだしてしまった。心こそきつい。哲人さんにいてほしい。


「まだだ。飢えた龍を逃がさない」

 私は立ち上がる。知らぬ間に風軍の上でしゃがみこんでいた。


「ならば冥界へ送りましょう。私が」


 それってハーブはナイトメアになるつもり?


「風軍がいる」

「大きい姿のままドロシー様から離れて龍の餌になります」

「げっ、僕はやだ」


 そりゃそうだろね。喰われても終わり。喰われなくてもハーブに処分される。悪夢のような黒い馬を見たアンヘラ達も。

 そんなことは認められない。哲人さんにいてほしい。


「なおも飛び蛇が寄っています。降伏の伝令かもしれません」


 グッドタイミングだ。冥界行きを無し崩しにできた。


「聞いてやるから、ハーブはかき消さないで」


 東の空は薄暮。海は昏い。20メートルほど先にサンドが現れた。やっぱり捕らえるか……小さい車の狭い後部座席に哲人さんとルビーが並んで座っていた。どちらも疲れた顔。


「ひひひ、蛇よやめておけ。世界が滅ぶぞ」

 楊老師の声がした。

「梓群や、たやすく黒へ転がる影添の巫女を抑えられるのはお前だけ」


 巫女? 大蔵司京のこと? 惑わされるな。


「老師、哲人さんはどこだ」

「すでにいません。飛び蛇を捕らえ去ったようです。代わりに来ます。異形なのに、やはり屍術を受けている」


 疲れているのに。悪しき魔物が近づく気配……。疲れているから襲撃かな。だったら賢い。だけど馬鹿め。

 ネクロマンサーにより動かされているのなら屍。つまり十全ではない。だから捕らえられる。


「封!」


 弾丸の速度で突進してきた純白の魔物へ賢者の石を向ける。あれ? かわいい。


「ソ、ソンナ強い珠ヲ……」


 カピバラの蝋人形ちゃんが吸われて消える。ルビーめ残念だったな――


「また?」

 へとへとなのに空に黒いホールができた。どんどん広がっていき、冥府大蚯蚓ちゃんが顔をだす。

「噠! ごめんね」


 月神の斬撃を飛ばしてしまった。戦闘のただ中だから仕方ない。


「げ、ドロシーだ」

 陰辜諸の杖を手にする京が蚯蚓ちゃんの頭上に立っていた。


「まじ?」


 哲人さんの声もした。青い顔のルビーを大事そうに抱えている。さすがダーリンだ。逃がしちゃダメだよ……。


「ちっ」舌打ちしてしまう。


 京め。杖を向けられた月神の光がかすんでいく……へへ、だけど赦す。また私を異形にしてもらえる。





次章「0.8ーtune」

次回「九尾狐の珠」



二月中旬更新予定です

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