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三 出会いたて女子が俺の部屋で羽目はずしすぎ

どくん

どくん


 お天狗さんは怒りまくっている。俺はただの人だから気づけぬだけで、たぶん攻撃を受けまくっている。……逆ギレされて弱小異形なら溶けているかも。うっすら見えた赤いワンピースの女性はもういない。


「やっぱり松本に聞こえねか。『火伏せの護符かよ。私は必要なくね?』と言ったのに」

 飛びこんできた女は独り言しながら、剣でパントマイムしている。おそらく異形と戦っている。


 青い光に照らされたその人は160センチ代半ばぐらい。軽く茶色に染めた髪を後ろに結び、上下とも黒色系ジャージ姿。スニーカーは履いたまま。……俺と同年代ぐらいかも。必死な顔。ちょっとメイク濃いけど美人。

 観察できるほどに俺は冷静だ。この人は魔道士だろうけど、本人の言うとおり不要かも。だってお天狗さんの木札がドロシーの胸もとからなくなった。つまり俺にとてつもなき危機が訪れていることに気づく。

 感情を制御できぬ、とてつもなき力を持つ若き女性すなわち魔女がここへ戻ってくる。


「いてえな! ……しかも紫毒を注入しただろ。へたすりゃ死ぬじゃねえか」

 女魔道士がいきなり人の声で叫んだ。髪から血を垂らしている。

「ガチで頭来た。巨光環!」


 とてつもなき大技の名をあげて、剣を横に薙ぐ。俺の部屋で。


はやく逃げろ


 ベッドの上からどこへ逃げろというんだよ。……彼女の剣から巨大ベーゴマと言うべき青白い光の渦が生まれた。俺は部屋を見る。机を見る。テキストを。パソコンを。来週から前期試験なのに。


「やめてえ!」


 俺の魂震える叫びさえ、光に飲みこまれる。青い渦に蹂躙される。体が浮かび回される。洗濯機のなかのよう。お天狗さんが懸命に俺を守っている。

 ……青白い光に照らされて異形が見えた。赤いワンピースの女と目が合う。妖精みたいな白人。そいつは微笑みを向けて消える。蛇も見えた。尻尾をガラガラ……。でかすぎるサソリも見えた。両手のはさみでダブルピース。そいつらも消える。

 俺だけが旋回し続ける。俺の部屋のなかで。目がまわる……






「起きろよ、いてて、起きてよ、護符が怒って頬を叩けない」

 目を開けると同年代の子の顔が間近にあった。

「敵が強すぎる。逃げるよ」


 俺はベッドの上で仰向けでいた。目の前には、丸い目。絶妙に丸い鼻。大きめな口だけど唇に厚みがないからすっきり。かわいい系なのを否定すべく防波堤メイク。

 それでも隠せぬほど覗きこむ女子はやはりきれい。魔道士の美女率高すぎ……彼女の上に夜空が見え――目を逸らせ。束の間だろうと現実逃避して尋ねろ。


「……ドロシーは?」

「さっきまでここにいただろ」

「君は見張っていたの?」

「気配を消してな」


 この人は簡単に言うけど、ニョロ子とハーベストムーンが屋外にいたよな。


「私は一流のハンターだから潜める」

 この人はくすくす笑う。「ドロシーは松本と会うとき、誰にも邪魔されぬようにスマホの電源を切る。知っていた?」


 それくらいは知っている。ちなみに俺は切らない。


「君は彼女と直接連絡とるために来た」

「それもあるけど、私は松本の用心棒を承った」

「……俺は誰に狙われている?」

「めっちゃ強い連中に。人の声でだらだら喋るの面倒。続きは後にして、ここから逃げよう」


 忌むべき世界からの抹殺対象……。身に覚えがないとは言えない。でもドロシーの恋人ならば狙われるはずないと、たかをくくっていた。

 そいつらに天罰をくだされるぞ。


「他の住人は?」


 ドロシーが戻ってくるならこの部屋こそが安全だけど、俺は立ちあがる。破壊されただろう俺の部屋を見たくないが…………。


「左右と下の部屋が不在なのは確認してある。巻き添えを最小限にセーブする自信があったから、あの術を使った。残りの五人も逃げだしたよ。二階角部屋の女は彼氏を連れて半裸で。くすっ」


 彼女がドヤ顔で教えてくれたけど、俺の部屋は左右の部屋とひと繋がりになっていた。……玄関ドアはこいつに蹴り倒されたよな。窓ガラスも割れている。ユニットバスとの境の壁も消え便器がひっくり返っていた。床も亡くなり、下の部屋も覗ける。俺が座りこむベッドだけが残っていた。

 ……大丈夫。夜の出来事だ。またもガス爆発で賠償金をもらえる。

 だけどパソコンとテキストが見当たらない。瞬時に前期試験が絶望的になった。実質特待生もはずされるかな。


「移動したら被害が拡大する。ここでドロシーを待つ」

 俺はなおも冷静だ。古強者だ。「あんたの名は?」


「めちゃ度胸ある松本とは、海を挟んで話しているかな」

 この人はくすくす笑う。「私は丸茂史乃まるもしの。史乃って呼んで」


「陰陽士?」

「いや」

「なら日本人の魔道士?」

「フリーランスの狩りの者。ある社から君の護衛を承った」


 影添大社以外にどこがあるのだよ……。俺の手から木札が消えやがった。所有者の(たぶん)母になる人のもとヘ戻りやがった。四川省に行かれてしまう。ドロシーと連絡とらなきゃ。


「スマホ……」

 机さえも破壊された部屋のどこにある。物理的破壊だけは避けていてくれ。


「スマホもパソコンも参考書も微塵になったよ。でも怪我ひとつなし……もしかして火伏せが消えた?」

 史乃は全てに気づく。「そしたらまた来るよ。今度は飼い主を連れてくる」


「飼い主?」

「奴らはアメリカのはぐれ魔導師の使い魔。悪しき加護を受けているから、一体も倒せなかった。……隙をつくろう」

「わお!」


 史乃が俺にのしかかった。


「戦いが終わった直後の高揚で、若い二人が体を求めあう真似をする」

 起点なき体術で俺の体をひねらせ、自分が下になる。

「急いで」


 目をつむり、俺の顔を自分に寄せる。ベッドが傾く。唇が重なる。……お前、夕飯にニンニク食べただろ。なんかより、ドロシーが戻ってきたらよろしくない。


「よせ」俺は口を離す。

「邪悪な気配が来た」史乃は真顔のまま。「私を襲え。性行為に没頭の振りしろ」


 華奢な体。なのにとてつもなき腕力で俺の手をつかみ、シャツをめくらせ、ノーブラ、おのれの胸を握らせる。

 ……俺は冷静だ。並の上か。ドロシーの白虎の資質と同じ程度。


「離せ。来るのは邪悪でない。お前も躾けられ……わあ!」

 最後に残った床が抜けた。俺達はベッドごと下の階に落ちる。

「くそう」


 安い布団だろうとクッションになってくれた。

 史乃が暗闇で俺を跳ね飛ばす。また剣を現し身構える。サイレンが聞こえる。


「なんだこりゃ」

 俺の部屋のあった場所から大蔵司の声がした。


「悪しき気配はお前かよ」

 史乃が吐き捨てる。剣から青い光が消える。

「執務室長に連絡しろ。使い魔がたっぷり現れて対象者の部屋を破壊した。怪我はほぼ無し。これで一日十二万は安すぎる」


「自分で電話しろ」

 大蔵司も吐き捨てる。シルエットがゆっくり降りてくる。

「ドロシーはパンダを救ったらすぐに戻ってくると。護符をふたつ預かった。この馬もすぐに主の後を追うわあ、……いてて」

 いきなり落ちてきた。


 つまりハーベストムーンはドロシーが乗る風軍を追いかけたのだろう。……またむき出しで夜空を高速移動か。風邪ひかなければいいけど……。


「そのまま人の声で会話を続けて」

 二人にお願いする。真っ暗で彼女達がどこにいるか分からない。

「やっぱり影添大社へ避難しよう」


 ドロシーが来ないならば、折坂さんや無音ちゃんに頼らざるを得ない。大蔵司は別格の力をもつけど極めて信用できない。背後から術を誤射されたくない……。彼女には義憤の血が流れていた。さすられるだけで、受けた傷は復活するなんてものではない。切断された腕まではえてくる。

 回復に関しては、ドロシーの癒しより秀でている。痛覚を消されずに済む。ただし瀕死のドロシーが口づけで俺に癒しを授ければ、尊い力が俺経由で逆流し彼女も復活する。よく分からないけど不死身な二人……だけど。


 やはりドロシーは俺の危機に気づいた。なのに大蔵司京を送り込むだけで、自分は予定を変更せず四川省に向かってしまった。激辛料理が好きとも言っていたな……。

 ひどくないか。恋人が護符に守られるほどの状況なのに、白黒反転パンダの救済を優先しやがった。しかも四泊五日?


「ニョロ子は戻っているかな?」

 俺は大蔵司に尋ねる。


 やっぱりドロシーは破綻したまま。人に寄り添えないから、人の命が最優先なんてさえわからない。俺と付き合うようになってからは、絶望的なまでの利己主義個人主義から脱却しだしたけど、まだ俺に対してだけだ。いまはまだ。


 梓群を人の世界に連れ戻す。そのためのステップアップに邪魔が入った。俺は拒否できるはずなく忌むべき世界と触れ合わなければならない。

 そのために忌むべき棒……思玲が杖としか呼ばないままだった。名前が欲しいな。中二病すぎるのは避けて……存在しているもうひとつの世界に気づかせるのだから、『覚醒の杖』と名づけよう。

 ニョロ子には覚醒の杖を持ち帰ったその足で、ドロシーを追いかけてもらう。神速でパンダを見つけ、ドロシーに日帰りさせる。

 でもハーベストムーンがポイント間をワープできる距離は、まさに荒川区から八王子西寄りの50キロメートルが精一杯らしい。しかも使わぬポイントは薄れていく。そうなると風軍が頼り。


 というかニョロ子は帰っているのかどうか? 女子二人はどちらも返事してくれない。知りたいことは他にもあるのに。

 史乃という人の素性は? 大蔵司との関係は? はぐれ魔導師? 火伏せの護符をはやく渡せよ。影添大社に向かわないのか……。

 消防車のサイレンがとまったぞ。その他の救急車両や警察車両のサイレンも近づいている。なのに二人は暗闇のなかでにらみ合うだけではないか。


「だから忌むべき声はやめろ。俺の飛び蛇は戻ってないのだな。避難しよう」


 二人の影が同時に俺を見る。目が少し慣れてきた。大蔵司は巫女装束ではないみたい。


「蛇はいないよ。今後に関して話していたら、こいつがまた宇宙的インスピレーションを口にするから苛立ち口論になった」

 史乃が教えてくれる。


「影添大社に一般人を連れていけないんだよ。それでも麻卦さんは、松本のために丸茂(史乃)を雇った。敵は人を巻き込むのが平気な連中だから、三人で無人島へ避難しようと提案しただけ。追ってきたら返り討ちにする」


 それは沖縄方面にある影添大社所有の常夏のプライベートビーチ。ドロシーと二人で行こうと約束した浜辺。そこで彼女が来るのを、美女二人とともに待つ。

 誰かいますかと、消防隊員さんの緊迫した声がした。


「どこでもいいから立ち去ろう。護符は?」

「雷木札(天宮の護符)はあるけど火伏せは消えた」


 とてつもなきことをさらりと言われた。なおも俺のもとへ来ないのか。俺は本当に父親か?


「だったら式神を……」

 してはいけない質問をしてしまった。


「誰かが台輔を倒したよな」

 大蔵司のシルエットが俺をにらむ。「以後は無し。ドロシーに頼んだら、空飛ぶ巨大ミミズなどを連れてきやがった。キモすぎを誰が従えるかよ」


「私も式神いない」

 史乃のシルエットが言う。


「犬と猫がいただろ」

「狛犬は先週解放したばかり。化け猫は一昨日消滅した」

「任務で?」

「ボランティアで」

「やっぱ金だけ取って使えねえ女。桃子を向かわせてもらうか」


 大蔵司の顔がスマホ画面に照らされる。相変わらずきれいだけど……十九になったドロシーは超えたかも。


「劣化始まったかもみたいな目を向けるな。あ、お疲れ様です……はあ? はい、はあ、はあ? ……了解っす、じゃあ」

 大蔵司はすぐに電話を切る。

「デブめ。影添大社もターゲットだからガーディアンをレンタルしないってさ。私は無断外出の扱いだよ。すぐに戻らないとならない」


「この状況で?」

 俺は非難めいた声をあげてしまう。

「だったら俺も史乃も影添大社に向かう。そろそろ消防士がここへ来る」


 折坂さんが怒ろうと現状のが怖い。犠牲者の恐れもある。

 パトカーのサイレンが凄まじい勢いで近づく。アパート前で急停車した。

 銃声もした……。


「第2ラウンドかも」

 史乃の影が玄関に顔を向ける。

「傀儡だ」


「……やばめだね。こいつがアンヘラ?」

 大蔵司の影は、アパートの天井が飛んだ狭い空を見上げていた。人が浮かんでいた。

「ブエナスノーチェス?」


 俺に忌むべき声は届かないけど、その挨拶ってスペイン語?


――ご名答。“こんばんは”だ


「うわっ」脳みそが揺れた。


――“さようなら”は有名だよな。アディオスだ


 続けざまに日本語が、男の声でダイレクトに飛びこんでくる……。


刀輪田とわだもいる? 情報どおりかよ」

 大蔵司の右手に神楽鈴が現れる。左手の天宮の護符は輝いていない。





次回「経験なき死線」 七月末近くに再開予定

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