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二十八の二 岐路(2)

「勝手にかけるなと言ったよな。ルビーは俺が死ぬのを待っているのかよ」

 死ねば即ゾンビ。ぶん殴ってもいいところだぞ。


「ご、ごめんなさい。これで哲人さんが狙われないと思って……」

 ルビーの顔が青ざめだす。

 

どくん……


 そしたら君だけがターゲットだろ。


「ありがとう」

 この人を守りながら戦うためには。「鬼退治のときにくれた力ももう一度ほしい」


 またキスするけど仕方ない。強敵に立ち向かうためなら、俺は楊偉天とでも口づけする。さすがに無理だけどルビーとなら……戦場でなら。


「癒しのたびに授けています。でも火伏せの神に弾かれました」


「そうだったの」これまた無断でかよ。


「はい。……天狗(Sky dog)の護符(直訳ではないか)は魔女のものですよね。傷を癒すは認めても、私のカウボーイにさせたくないようです」


 お天狗さんの木札も二人の共有財産だが、たしかに基本はドロシーの胸の谷間にいる。……勃ってしまう術は許容なのは(拒絶されたのに押し倒してしまったように)ルビーを守るためではないから? また落雷。


「いつまでも抱きあっているな。奪われるところだったぞ」

 姿見せぬ楊偉天に叱られた。「雷術は目立つ。もう使えぬ」


 浮かぶ長持がジグザグを描きながら消えた。楊偉天による鳳雛窩。姿隠しの結界。

 エイジの舌打ちは聞こえない。基本ステルス。


「楊先生、隠さないで開けてよ! あれ?」

 ルビーが俺より先に立ち上がり、地面へ沈んでいく。

「……冥界送り。助けて哲人さん!」


 抱きつかれた俺も一緒に黒い靄へ沈んでいく。


「護符! 光でかき消せ!」

 ドロシーはやっていたが。


「は、はい! 焼きつくほどに輝け!」

 ルビーが地面へ天宮の護符を振るう。


 ラベンダー色が黒い闇を中和して――いかない。


「うわっ」

「きゃあ」


 気配感じぬまま二人して背中へキックされた。闇へ沈む。


ひひひ


「うおっ」

「わっ」


 楊偉天の笑い声とともに、二人は即地上へ戻る。敵意ある現象なので護りのかかった服は汚れない。慣れてきた俺は口も閉じていた。


「げほげほ、ひい」でもルビーは土を吐きだす。


「弱すぎる。これでは儂は長持を守るだけ。松本は夏潤を守るだけ。いつまでも開封できぬ」

 楊偉天が地面から顔をだす。魄のくせに苛立っている。

「夏潤は力を惜しむな、屍術をつかえ」


「私はどんな命も奪わない。操らない。いたた……」

 ルビーがおのれの背中をさする。「おかしいです。冥界送りなんかにもかかったし、裸足も痛いし私の護りが弱い」


 俺はシャワーを終えた際にシューズ(新品)を履いた。経験の差というかドロシーの靴を渡し忘れたが、なんであれルビーは着陸時に頭部を天井に激突しても気絶だけで済んだ。

 火伏せの怒りに及び腰な蹴りだった。それを痛がるようでは全米第一位を名乗れない……まさか。


「老師。エイジがルビーへ呪いをかけたかも」

「そんなものがあれば儂がかき消す」

「あんな半端に私はかかりません」

「だそうだ。ひひひ」


 楊偉天がまた消える。だとしたら。


「ルビーは疲れている?」

「そりゃホテルからほぼずっと護りを展開していますし、最初から多めみたいですし。あとでナプキンください。ふう」


 魔道士は忌むべき力を使うほどに消耗し、術も弱まっていく。魔導師だってそうだろう。

 ルビーは無自覚に護りをすり減らしていた。及び腰キックにも半端らしい呪いにも太刀打ちできなくなっていく。


「あの(一物が勃つ)術を自分自身にかけられる?」

 ドーピングだ。抜き打ち検査もない。


「絶対に嫌です」


 俺から求めたこともあるし、おのれが拒絶するものを他人にかけたのを追及する時ではない。


「だったら頑張るしかない」

 経験なき連戦だろうと踏ん張りどころだ。「持久戦を避けるため、俺がおとりになる。そしてエイジを逆さ結界に閉じこめ降伏させぎゃあ」

「哲人さん!」


 ルビーの真ん前で体の動きがとまる。締めつけられる。こ、これぞ逆さの跳ね返し。ひ、人で味わうのは初めてかも。

 でも瞬時にお天狗さんが跳ね返しを跳ねかえす。


「エイジめ! 野良猫の尻の穴め!」


 ルビーが俺を救うため、口汚く天宮の護符を向けてきた。すでに逆さ結界は消えたので、俺を守る護符のラベンダー色も急速に消える。

 ルビーは急には止まれない。お天狗さんは怒っている。

 落ち着いた天宮と興奮した火伏せの激突。結果は目に見えている。


「くそっ」雷木札が俺の脳天を叩く。


ぺし


 まったく痛くない。返り討ちされるのは守備力低下ルビー。身を削り俺を救ってきた人。

 念じろ。命じろ。心から思え。


 この人を守れ。


 ルビーが手にする紙垂型の木札が青く輝く……。お天狗さんの怒りを中和した。


「ご、ごめんなさい」

 ルビーが俺の頭に紙垂型の木札を当てたまま間の抜けた顔になる。

「……すごい護りを感じる」


 俺を守る木札がルビー・ハユン・クーパーも護った……。輝く俺の青……。


「ルビーはさっきから言葉が荒すぎる」

「す、すみません。育った環境が、いえなんでも」

「でもかわいい雑言」


 ルビーの動きがとまった。俺をじっと見つめる。


「そんで喧嘩が苦手だ。だから返して」


 俺は返事聞かぬまま、頭上の天宮の護符に手をかける。ルビーは手放す。

 アグレッシブなディフェンス。これなら戦える。


「俺が戦うから、ルビーはサポートに徹して」


 さするだけで傷を治せて身体能力一位の大蔵司より頼りない。それでもドロシーや史乃との共闘ならば吐けることないセリフ。戦場だろうと心地よい。


「スティックでですか?」

「不安なら基本は自分を守りな。俺には火伏せの護符もある」


 死んだらゾンビ。七難八苦オーバーの俺は受け入れてしまいそうだ。死んでも死なないなら生きかえる可能性があるような。


「いやです。基本は哲人さんを守ります。死なせないために」


どっくん


 まっすぐに見つめてくるなよ。


 いま俺は岐路にいる。そっちへ曲がるなよ俺。何人も裏切ることになる。楊偉天の思いどおりになる――ちっ、


「エイジめ! わお」

 背後へ護符を向けると楊偉天が姿を現していた。


「奴は気配を消し潜んだ。その護符の輝きを見て戸惑っているかもしれぬ」


 それでもワンチャン狙うだろう。俺達に奪われるのだから、天竺鬼畜大鼠をあきらめるはずない。


「つぎはチコが来る」

 アンヘラこそ九尾狐の珠をあきらめないだろう。


「うむ。敵も陣営を整えるまえに、急ぎ開封の儀式を始めよう」

 楊偉天が杖を掲げる。そして下ろす。俺達は結界に包まれる。


どくん

ぱりん


 即座にお天狗さんが破壊した。やはりルビーだけ特別扱い。


「……儂は台湾で見たぞ」

 楊偉天が不機嫌な顔になった。ちょっと緊張。

「火伏せの怒りも大蔵司の結界は崩せなかった。あれが儂のより強いというのか?」


 そう言えば黒髪のウィッグもしてなかったのに。この楊偉天に傀儡にされてはっきりと敵だったのに。


「そのときは魔女もいたのでは?」

 ルビーが聞いてくる。「だったら、魔女はその人を受け入れていたのでしょう」


「前もお願いしたよね。これからはドロシーと呼んで」

 魔女魔女言うなよ。大魔女のがまだましだ。


「ならば梓群がいな(・・・・・)い今現在(・・・・)受け入れられている夏潤がかけろ」


「はい。哲人さん貸してください」

 天宮の護符を受け取るなり「えい!」


 俺達はラベンダー色に包まれる。……ドロシーがいない今現在。窮地でないのに俺の護符を自在に操る人。


どくん


 お天狗さんが訴えた。結界以外のことに……隠されていた長持がすぐそこで浮かんでいた。中にはインドの悪魔。

 とめるべきだよな。不吉な予感しかしない。でも地底100メートルに埋めなおそうとアンヘラなら掘りかえしそうだ。


「ルビー木札を返して」

 何かあれば青く輝きだすだろう。


いやだ。これは私が持っている


「……はい。どうぞ」誰かよりは素直な人。


「それでは封印を解く。夏潤は即座に屍術をせい」


「ふふ、先生は焦っていますね」

 ルビーが微笑む。敵がいなくなるなり余裕が現れる典型的な思慮浅めタイプ。

「生きている人と違い魄なんだから、永久に生き続けられるのに」


 ややデリカシーなき発言だが、楊偉天に気にする素振りはない。浮かぶ長持へぶつぶつ唱えだす。……集中している。神出鬼没の魄だろうと、いまならば倒せる。


「喰らえ!」


 俺は天宮の護符を投げる。地面に現れた影へと。そこから伸びる白銀の輝きへと。

 ただの人のただの投擲。青く輝いてもいない。それでも時間を稼げた。


「刀輪田が結界内に? あの速さで展開された直前に侵入したのか」

 楊偉天が感心した面持ちで蜃気楼となる。白銀に襲われなかった礼も言わず「夏潤よ封は消えた。松本は更に守れ」


 通力の術で天宮の護符が俺の手へ戻ってきた。

 長持は浮かんだまま。エイジは姿を見せない。だけど中にいる。


「始めるしかないですよね。ふふ……」

 ルビーが立ちあがる。年齢に見合わぬ妖艶な顔つきとなり。

「メリオ、ビジナエク。ス、サムギ、ドハ、クレイシ……。ふふ、かわいい子。二度唱えてやろう。メリオ、ビジナエク。ス、サム」


「させるか!」

 上からエイジの叫びが聞こえた。何もない空間から黒い閃光が現れる。


 俺の手が青く輝きだす。


「おりゃっ」俺は護符で閃光を弾く。それは消えたのに。


「きゃっ」背後でルビーが悲鳴をあげた。「アウチ……肩を裂かれた。また来る! 哲人さん危ない!」


 空間から黒い閃光が次々現れ、俺達めがけてくる。朱色にかき消される。


「痛い! 痛い! こんなだったんだ、蝕まれる!」

 ルビーが地面を転がるほどにもだえだす。


「耐えろ。次の攻撃に備えろよ」

 俺は彼女を抱える。……傷口から血はでていないけど、たしかに黒いタール状が皮膚を浸蝕していた。


「その術は……なぜ刀輪田がそれを持つ?」

 楊偉天の声だけがする。「おろかな夏潤め、祟り神の呪いを受けたな。松本は肉を削いでやれ。そこから腐りだす」


「痛い痛――削ぐ? な、治らない傷になるからやめて。……いつもなら弾いていた。今だって、哲人さんへのは弾いた」


「この正体に気づくとは、さすがは台湾の長だな」

 ひさしぶりにエイジが姿を現した。

「俺はアンヘラみたいにルビーへ執着しない。半端な(・・・)若い娘だろうと殺せる」


 ……なんだそりゃ? その右手には骨組みだけの扇。

 樹木なき塚の周囲にだけ差し込んでいた陽が翳る。……傷を削げ? ルビーの肩は縦に10センチは裂けている。


「やはり呪われし鯨骸扇……。過去の名は鰐呼扇がっこせん

 また楊偉天の声。「ひひひ、骨だけだろうと使いこなせるなら一介の術士だな」


「妖術士と呼んでいい。生前の貴様が受けた蔑称でな」

 エイジが俺達へ扇を突きだす。

「生き延びるため、俺は妖術を尊ぶ」


「け、結界を張れない。すごく肩が熱い。……アンヘラがいないと、エ、エイジに、こ、殺される」

 俺に抱かれたルビーがガタガタ震えだす。

「助けて哲人さん。わ、私は悪いことしてないのに、私だけ罰を与えられる。お、お仕置きされる」


 右肩がタール状に黒ずんでいく。それはゆっくり広がっていく。はやく抉らないと……。


「うるさい娘だが、じきにおとなしくなる」

 またエイジが蜃気楼となる。「魄が邪魔だ。どうやってなつかせた?」


 立っていた地面から術でできた朱色の蛇が無数に現れる。


ひひひ……


 笑い声とともに朱色の風が吹き荒れる。


「ちっ」エイジが姿をさらす。扇で風をはらおうとする。


ひひひ……


 俺達の向こうに赤い雨が降りだす。


「まいったな。みずから檻に入ったと笑われちまう」

 エイジは避けるのをあきらめる。酸の雨を受けた肌から煙を立たせ、うずくまる。


 これらの術を見て、俺は雑居ビルの屋上を思いだす。そこで劉師傅が死んだ。

 深夜の渓谷も思いだす。そこでフサフサは俺のために傷つき、お天狗さんの社で死んだ。

 どちらも殺したのは楊偉天。


「……エイジを圧倒している」

 ルビーは俺に体を預けている。全身に熱を帯びだしている。

「つ、強いお爺さん。私を守ってくれる。私を助けてください」


 そいつを崇めるな。

 俺だけが冥い路を選ぶ。過去を忘れたふりして楊偉天に頼る。


――それが我が老師の禊ぎにつながる

――ふん。哲人もな


 あの人達の声を聞けることは二度となくても。


「俺が守るから安心しなよ」


 俺の言葉にルビーがかすかに安堵の笑みを浮かべる。 





次回「帰路」

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