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二十七 伊東屍蝋

 激戦の連続というか、果てしないやられ放題。ルビーがいないと俺は終わっていたし、俺がいなきゃルビーは詰んでいた。二人して逃げるがやっと。

 おこがましいけど俺の両翼はドロシーとニョロ子。たこ殴りされまくりを打破するために、どちらかだけでもこの手に……。


「わっ」

「きゃっ」


 一瞬の亜空間移動が終わり、俺とルビーはびしょ濡れのまま畳の上に投げ落とされる。


「げほげほ、おえ……」

「ひい、おえ……」

「……二度と勝手に俺に術をかけないでね。そのせいでこうなった」

「げほげほ……ごめんなさおええ」


 海水を吐きだすルビーから目を逸らし、まわりを眺める。小型テレビ、小型金庫、床の間。窓の向こうに遠く海が見える……。楊偉天が日当たり良好な和室中央に浮かんでいた。


「あの飛び蛇は、法董の飼っていたもの(ニョロ子のことだ)に匹敵するかもな。だが撒けた。龍の勘でも海を挟めば容易に見つけだせまい。その間に態勢を整えなおせ」


 値踏みのような眼差しを向けてくる。……とりわけルビーへ。


「……ここは?」

 ルビーがホラー状態の髪をなおしながら俺に尋ねる。知るはずない。


「伊東と呼ばれる町にある名の知れたホテルじゃ。ずいぶん昔に日本へ来たとき、テレビで広告を観たことある」


 妖術士でも民放を観るのか。……こいつは百歳にしてスマホを所有していたな。さすが知の探究者。

 俺は抱えたリュックサックを見る。自然治癒かよ。外ポケットは修繕されていた。だけどサブスマホはなくなっていた。ついでパンツのポケットを探る。お天狗さんの木札も九尾狐の珠もあった。おなじポケットに入れていたのは無意識でなく、火伏せの神に青龍の欠片を守ってもらうため。

 俺の隣でルビーがそわそわしだす。


「始まってしまいました。その小ぶりなリュックに大魔女のショーツはありますか? ナプキンも」


 マジで直前だったのか。……胸もとと脚の付け根を手で隠そうと、肌に貼りついたネグリジェ。磯の香りの滴垂れる髪。それなのに、その言葉を聞くと興ざめするのは何故だろう。


「たぶんあると思う。順番にシャワーを浴びて着替えよう」

 気になることはダイレクトに。「あれになると異形を呼び寄せるんだよね?」


「月経で魔物を乱す匂い漂わすのは一部の者だけ。王思玲がそれじゃ。たいていの者は股から血を垂らそうと、その力は干渉されない」

 楊偉天が智をひらけだし始めた。


「下品で卑しい器め」

 ルビーが楊偉天をにらむ。

「こいつの言う通りです。私は力が増しも減りもしない。……大魔女はいかがです?」


「ドロシーと呼びなよ。俺は一般人だから、その辺りを知らない」

「恋人なのに?」

「踏みこまないよ。服をだすから選んで」


 楊偉天の真下にあるテーブルへドロシーの衣類をわんさか出す。下着類を入れたチェック柄のかわいい布袋もだす。……心でナプキンとサニタリーショーツを念じる。リュックへ突っ込んだ手にナプキンだけ現れる。もうひとつは布袋の中か。

 代わりに九尾狐の珠をリュックへしまう。楊偉天の視線を感じた。


「気をつけろ。その袋にも術がかかっている」


 自分の下着を守るトラップか……。俺にも発動したりして。

 そんなはずないから手を入れて、本当は出して並べたいけど、心にブラジャーとショーツを思う。嗜好を浮かべなかったからか黒色ブラがでてきた。カップサイズをチェックしたい。肌色ショーツはババ臭い。こんなもので母を思いだし目が潤みかかる。

 興味ない態度でルビーへ渡す。


「お先に入らせてもらいます」

 服を適当にチョイスしたルビーがバスルームに消える。


「ドライヤーは出てからにしてね」

 さすがにメイクまでやりださないだろう。昨夜もすっぴんだったな。


「あの娘は何歳だ?」

 いなくなるなり、楊偉天に聞かれる。


「通っていたら九月からグレード11だった」

 本人が回答した。「ドアは閉めないので来ないでください。魄もだ」


「お前は美国(米国)の訛りだな。つまり十六か七」

 つまり日本なら高校二年生か。

 楊偉天が小声になり、「まだ伸びしろはあるが、二十歳までの鍛錬次第じゃな。ひひひ」


「げすい笑い方。魄め覗くなよ」

 ルビーには聞こえていた。


 時計を見ると知らぬ間に十四時を過ぎた。ドロシーもどこかのホテルで休んでいたりして……。

 おそらく十五時チェックインだ。ゆっくりしていられない。でも休みたい。なので正規の客が現れたら、ルビーか楊偉天に傀儡にしてもらおう。現状でモラルを保つのは難しい。そんなに俺は強くない。菓子皿の饅頭にも手をつけたいけど我慢する。

 さてと。


「助けていただき、ありがとうございました」

 俺は楊偉天を見つめる。

「でも本当に感謝できるのは思玲を解放してからだ」


蚯蚓みみずを送ってある。万が一のときは救出する」

「万が一とは?」

「冥界の底は弱き異形さえ狂死させる」

「すぐに救いだせ」

「強き心あれば長く耐え得る。……これは儂を裏切った罰だが殺しはせぬ。それに影添の巫女もいる。安心しろ」


 いやいや、大蔵司京こそ心強くないだろ。


「やっぱり俺を冥界へ送ってくれ」

「機会は一度だけ。あの時に逃げたおのれを笑え」


 たしかに大蔵司の手を振りはらい俺だけ残ったけど、あの時はドロシーも怪我していたし、正直怖かったし、そもそも冥界奥底へ送られたら俺だって……、今みたいにあがいていたかもな。

 ようやくシャワーの音が聞こえてきた。


「俺はあなたの意図がわからない。ただひとつ言えるのは、俺はあなたに龍を渡さない」

「儂の望みは龍を手にすること」


 こいつも人の話を聞かない系か。


「そして人へと戻り母国へ凱旋する。傍らで梓群が儂を敬う。誰もが儂を見なおす。しかる後に龍を梓群に預け、あらためて儂は終わりを迎える」


 かぎりなく正論に聞こえてしまうのは、奥底へ行かなかろうと俺の感覚が狂ってきているから。

 現実はドロシーが後ろ盾になろうと龍を連れて中国へ行けるはずなく、一般人に殺された狂った妖術士がよみがえろうが誰も称賛するはずない。それを指摘するほど俺は愚かでない。


「その目。松本はとことんまで儂を貶める」

「こんな目に遭わされれば仕方ない。なぜ俺をルビーとアンヘラの戦いの場に送った? それも罰か?」

「助けられるなり口調が戻る。だが教えてやる。ただ単に偶然じゃ」

「はあ?」

「儂は魄となって得た力を応用して、抱えることなく松本を東京まで送れた。かの女魔導師がいるとは思わなかった。だがそれも導き」


 なんでも導きのせいにするな。


「どこがどう導きですか?」嫌味ぽく言ってやる。


「二人が深まるために決まっている。ただの人である松本が力ある夏潤を主導していた。お前達の関係は今後も変わらぬだろう」

「俺のが年長男子だし当然だろ」

 ジェンダー的に問題ある発言だが百歳の魄しかいない。「俺達がマジで死にかけたら助けてくれたのか?」

「儂がアンヘラに勝てるものか。現れれば即座に消滅させられただろう」


 妖術を操る魄より強い? ……楊偉天は劉師傅を知っている。そして恐れていた。俺もアンヘラをあの人と同格と何度か感じた……。黒いサザンクロスを手放したアンヘラからは王思玲を感じた。


「たしかに奴は肉体も心も強い。なのに俺達は一歩違えば見捨てられていたんだ」

「だが松本は屍術士を駒に生き延びた。そして屍術士は、松本が現れたため捕囚にならず済んだ」


 そうだった。ルビーは俺の登場のおかげで助かった。それこそが導き?


「……それで俺とルビーの関係が深まるわけない」

「松本は儂の真意に気づかずに、儂の手助けするのか」

「すでに聞かされている。あなたはよみがえりたい。それを俺の口からドロシーに頼んでもらいたい」

「その真意をだ。なんであれ貴様は拒んだ。ゆえに松本と梁勲の孫を決別させる」


 また言いやがった。サンドが健在のままだと現実味がでてきているのに。


「そしたら一切協力しない。いろいろとドロシーに吹きこんでやる」

 子どもじみた脅しだろうと、これぐらいしか抵抗できない。


「それでも儂は貴様を殺しはしない。夏梓群が松本哲人を殺す」


 シャワーの音はとまっていた。ドアは開いたまま。でもルビーは聞き耳たててない。俺は気づいてきている。彼女は見た目のイメージと違う。上品な態度で隠そうと適当で能天気。


「ルビーと行動を共にしようが、梓群は赦してくれる。怒ることがあっても俺に手をださない」

 そうに決まっているけど、あの視覚が邪魔だ。

「助けられたお礼だけはしてやる。俺を散々振り回したうえに何をさせたい? してもらいたい?」


「それが貴様本人の一縷の望みでもあることに気づかぬか?」

 こいつは呆れ顔になる。「儂を殺せ」


「やはり服にかかった護りは私と同じぐらい強い。だけど重たい」

 ルビーが湯気の香りとともにでてきた。

「大魔女は意外にぽっちゃりしてますね。ベルト穴が私より三つ大きいみたい」


「そんなことない。ルビーがスリムなだけ」

 俺は平然と答える。


「……空気がよどんでいる。何かあったのですか?」

「ちょっと揉めた。俺もシャワー浴びるけど、楊偉天と会話するな」

「当然です。魄なんかと」


 俺はリュックサックを持ち、ドライヤーを持つ濡れた髪のルビーとすれ違う。見覚えある青系カッターシャツと紺色ジーンズに着替えていた。ドロシーよりスマートな着こなし。ドロシーのがキュートに見えるだろう。

 洗面所にもトイレにも浴室にもネグリジェはなかった。俺はゴミ箱にセットされたビニール袋へ着ていた服を入れ、リュックへ無造作に押しこむ。

 ……殺せだと? 二度もできるかよ。





 このホテルは老朽化が云々だけど、部屋風呂も温泉の雰囲気。きっと大浴場もあるだろう。俺も浸かりたい。

 ドアを閉めなかったルビーの気持ちがわかる。密室に一人だと強迫観念がやってくる。敵襲に怯えながらシャワーを終わらせて、半分濡れた体のまま急いで着替える。縞々Tシャツとジャージパンツ。贅沢は言わない。予備スニーカーのサイズはぴったりだし。


 およそ四分で浴室からでてみれば、饅頭がひとつ減っていた。窓際の椅子に座ったルビーが浮かぶ楊偉天と向かいあっていた。


「この近辺にある屍のことを聞いてみました」

 ドライヤーで優雅にブローするルビーが、もぐもぐしながら顔を向けてくる。

「哲人さんは大鼠をご存知ですか?」


 知り合いにデカいネズミはいないから、俺は首を横に振る。


「話をしないで言ったはずだ」

 疲れがどっと出てきた。リュックサックからペットボトルをだす。補充しないとな。


「私にもください。必要な情報を訊問しただけです」

「異形の骸が埋まる場所へ案内するというのに、夏潤は躊躇する。ひひひ」


「ルビーは夏潤ハユンと呼ばれるのも有りなの?」

「そりゃ名前の一部ですから。これだけは祖父に教えてもらい、ハングルでも漢字でも書けますし。母は合衆国生まれだから、たまの会話も英語だけ……哲人さんもどちらでもいいですよ」


「ルビーのままでいいや」

 そう言ってペットボトルを投げる。「異形の体は死ねば消滅するはず」


 彼女はドライヤーしながら片手でキャッチする。飲み口のキャップを口にくわえて開けようとして、俺を見てやめる。

「手がふさがっていたので……。哲人さんの言うように、魔物に屍術できるはずない」


「影添大社が封印した天竺鬼畜大鼠ならば可能」


「さきほどの話を再開しよう」

 俺は楊偉天の語りだしを止める。鬼畜ぞろいの異形にあって鬼畜と名づけられるネズミの死骸と関わるはずない。「俺にはあの話は戯れとしか――」


「大魔女のナプキンとショーツと着替えをもう少し貸してください。恐れ多いけど私のバックパックにしまいます」


 だから割りこむな。


「その都度渡すよ。――さきほどの老師の望みは俺には荷が重すぎる。なので人へ戻ることの助けだけをする」

「魄をよみがえらす? 無理だし、摂理に反している。試すことさえ認められる行為でありません」


「ルビーは休んでいなよ」

 俺はペットボトルをもう一本だす。

「俺の頼みも聞いてもらいたい。まずはサンドを完全消滅させる手助け。あの蛇がいなくなればアンヘラ達は無力化する」

 ふたを開けようとして、それは浮かぶ。


「通力の術じゃ。儂より強力に使える者から飛び蛇も逃げられまい」

 楊偉天は杖を手にしていた。

「だが龍の勘こそ恐ろしくないか?」


 いわゆるPKの術……。ドロシーはそれに頼り運動不足になりそうなほどの使い手だが、彼女にだけはサンドを捕らえさせてはいけない。


「魄に教えてやる。サンドがいなくなれば、私を押し倒し脱がそうとしたことが大魔女にバレない。哲人さんの目的はそれだけ」


 他人の口から聞かされると、俺は心配し過ぎだったりして。ドロシーはネチネチした部分があっても基本はあっけらかんだ。視覚を再確認しないと何とも言えないが、血走った目で寝間着を破ろうとしたぐらい……なら、このひと言で納得してもらえるかも。


「あれは術で操られただけ」

「私の癒しもですか? 哲人さんの求めに応じた口づけも」

「あれは……臨機応変というか」

Shit(ふざけるな)!」


 ルビーがテーブルを蹴り倒した。ペットボトルが転がる。もうひとつのペットボトルは浮かんだまま……。彼女は椅子から立ち上がる。その手にスティックが現れる。


「私は何度も愛を告げた。哲人さんは拒まなかった」

 窓を背に逆光に包まれる。「なのに利用するだけして捨てるというなら……魔女のもとへ戻るというなら…………ごめんなさい。おなかが痛いといらいらしてしまうのです」


 彼女は座りなおす……。


「コ、コンディション不良だものね。だから休みなって。おっと」

 俺の手にペットボトルが戻ってきた。


「悠長が許される立場と思うな」

 楊偉天が厳しい声をだした。「さきほどの夏潤の意見が正しい。賢く万能な梓群も、いまのままなら儂の復活に力添えしない。ましてや松本をさらったのだから、短絡に会えば儂を倒そうとする」


 だったら拉致するなよ。知恵があっても魄だからか支離滅裂すぎる。俺までおなかが痛くなってくる。


「松本の眼差し。儂が魄だけになり思考が乱れたと呆れているな。地上に戻り時間が経てば欲望が増えるのも仕方あるまい」

「へ?」

「温かい肌に戻りたい。龍を見れば欲する。ナツメをもう一度かじりたい。温故知新が際限なく湧いてきそうじゃ」


「……ドロシーと再会しよう」

 やはりそれが一番安全だ。「俺が頼めばあなたに魔道具を向けない。と思う」


 そのための問題はルビーの存在。彼女が生理になったおかげで更に冷静になれたわけじゃないけど、いつまでも一緒にいるべきではない。だけど、もう少し助けあう必要がある。高校二年生だもの、あの人より脆い。あの人は危うい。……ハーフの高校二年生か。


くんくん


「うおっ」

「どうしました?」

「いや……」


 どきっとさせられた。共有できる俺が抱えているからわかる。リュックサックが匂いを探りだした。

 ……高校二年生(という言葉)を反芻した俺への威嚇であるはずない。龍を倒す大魔女の所有品は見つけた。おのれを傷つけた敵の匂いを。


どくん


 ポケットでお天狗さんも気づいたようだ。ならば遅れて告げてくる。


は、はやく逃げろ


「え?」ルビーの右手も輝きだす。俺を守るため。


「チコが来る!」

 俺はルビーに駆け寄り、その手を握る。浮かぶ楊偉天へ「俺達を運べ。運んでください」


 テーブルの上にはドロシーの服を丸ごと出したまま。下着が入った布袋も。かき集める時間はない。


「立川でもチコが私を見つけた。このホテルにも人がいるはずだから、またアンヘラに肉弾戦される。また殴られる。水責めされる」

 ルビーが例によって震えだす。


「島の飛行場を忘れたか。この部屋だけを狙えるほどの精細照射……ううむ。どれだけ鍛えたのか」

 楊偉天が感心しながら俺達へ細い腕をまわす。

「追い詰められた者が向かう先はひとつだけ、ひひひ」


 窓の外に枯葉色の渦が見えた。同時に目を閉ざしたような闇へ運ばれる。








「うわっ」

「ひっ」


 闇は一瞬で消えて、俺達は土の上に落とされる。


「ここは塚じゃ」

 浮かぶ楊偉天の手に杖が現れる。

「十二尺ある長持が埋められており、そこに天竺鬼畜大鼠の骸が封印されている」


 伊東市近郊の山中に人知れずあるミニ古墳って感じ。歴代影添大社のやることなど理解不能だけど。


「だからなんで異形が死体になる? それを何のため封印した?」

 それより、またも飛ばされて思いだした。

「使い魔達が言っていたが、ほかにも異形がいるのか?」


「まず最後の質問に答えよう。それは間違いなくいた。だが儂には接触してこぬ。おそらく儂に感づいてない。儂とて強固な鳳雛窩の存在に気づけようが、中身を覗こうとは思わぬ」


 空飛ぶ姿隠しなら二羽ほど知っている。大ガラスだった竹林はもういない。そして翼竜である殲は沈大姐の式神……上海不夜会が関わっている?


 人々を守れ。松本は除外。


 アラサー目前デニー横恋慕頭領なら、そう命令するかも。俺よりイケメンのくせに(背丈もある。おそらく金も)、ほかに相手はいっぱいいるだろ。ドロシー以外にいくらでも美人が……。


「私は哲人さんの指示を待っています」


 ルビーの苛立ちを抑えた声がした。瞬間だけ見つめあう。


「ああ。追ってくるかもしれないしな」

 俺はうなずく。ドロシーに取り込まれたら、どんな美女もかすむってわけだ。

「でも決断するのはルビーだ。俺は協力する。まだ離れない」


「まだ、ですか……。痛み止めありますか? 疲れていると最初から重い」

「ドロシーは薬を持たない。効かないから」 


 二人して俺を見た。その意味が分かったのだろう。彼女には毒も効かない。俺も少々。


「……ふふ、さすがは夏梓群。怖い怖い」

 ルビーが楊偉天を見上げる。

「魄め聞け。私は屍を感じない。ビッグマウスがいたとしても、すでに朽ちて使い物にならないようね」


「封印されているからじゃ。儂は解除できる」


どくん


 楊偉天ならば九尾狐の珠にある青龍の破片を取りだせる……。

 いまではない。それをするのはドロシーだ。

 俺は平然を装い、持ったままのペットボトルにようやく口をつける。


「聖なる封を?」

「ひひひ、お前が知る西洋のものより、はるかに手強い影添の封印をもじゃ」

「どんな異形が封じられているの? それを知らねば屍術できない」

「忌むべき力持つ夏潤よ、苛立ちは術を弱める。……天竺を冠するように、我が祖国より向こう生まれの魔物」

「お前は中国語だよね……。それって……まさか」

「うむ、まさに邪悪な鬼畜だろうな。過去の文献によれば知恵ある魔物。人の目に見える巨大な鼠。死してもその姿を晒すインドの悪魔」


「このまま埋めておこう」

 それ以上仔細を聞かなくても分かる。インドに関係なく絶対に関わってはいけない奴だ。なのでやっぱり俺が仕切る。

「俺と老師は冥界へ向かい、思玲と大蔵司を連れ戻す。サンドだけは倒すか捕らえてから、ドロシーのもとへ向かおう」


「私は?」

「ドロシーにハカ狩りも協力させる。それまでルビーは潜伏していて。連中が狙うのは俺だから、きっと安全だ」

「……わかりました。一人だと怖いので、ネズミの悪魔を用心棒にします」


 なにも分かってないではないか。


「ダメだよ。危険すぎ……」

 顔を向けると、ルビーは涙目になっていた。


「また一人ぼっちになりたくないだけ」

 顔を逸らしてぽつり言う。


「どこであろうが悠長。それは獅子のごとく強者のみの特権」

 楊偉天の手に杖が現れた。

「天竺鬼畜大鼠の屍体は腐敗を許されず蝋化したらしい。まるで燃やされるのを待っていたかのようだが、ひひひ、封印されおった。……幼い梓群が書を読み星五つと評したのを思いだす。屍術士に操られたなら、その階級を超える。では長持を持ち上げるぞ」

 掲げて下ろす……。


どくん


「火伏せの神が目覚めたか」

 やはり楊偉天は俺のポケットに気づく。

「ただの骸を相手に妙じゃな。……つまり」


「ようやく気づけたか」

 背後で声がした。

「楊偉天ひさしぶりだな。生きていたとしても私など覚えてないだろうが」


 ラフないでたちの男が藪を小刀でかきわけ現れた。


「単身で気配消されれば、昇か丸茂でなければ気づけるものか」

 浮かぶ楊偉天が振りかえる。

「刀輪田だな。台湾は貴様の狩りを請けたままだった。……逃亡を続けるため鼠を欲するのか?」


「生きた人へ対等に話しかけるな」

 エイジが左手を天に掲げる。

「ここで松本を狩る予定なかったが見せてやる。俺にはこんな道具もある」


 その手の先に黒い靄が現れる。

 同時に背後の地面が爆発した。


「……素敵。閉ざされていようと強い骸を感じる」

 ルビーがエイジに背を向けたまま、声を弾ませる。

「魄――いいえ楊先生。はやく封印を解除してください」





次回「岐路」



次回公開は一週間~10日を目指します

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