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十九 冥界おくりびと

「梓群?」


 声かけようと、ドロシーの意識は戻らない。スーパーレジェンド(九尾弧姉妹)さえ倒す力あろうと、発揮できねば意味ない。

 持ってうまれた運動センスに頼り肉体的鍛錬を怠るから、体力的には文化系女子。ネット小説連日投稿よりハードを知らない大学一年生が、有刺鉄線爆破デスマッチにローカルルールで参加したようなものだ。なんでここまで頑張れるのだろう。


「冷静に」

 ハーブが忌むべき声で告げる。

「我が主はそれを望みます」


「ああ。俺は怒ってない」


 そんなはずないけど冷静に。これ以上梓群を無理させない。ただただ無益な戦いを終わらせろ。そのために大蔵司の目を覚まさせろ。それくらい俺一人で済ましてやれ。

 とは言っても思玲を救うために、またも冥界へ行かないとならないのか。それを楊偉天が望んでいる。俺一人では敵の掌中に飛びこむだけ。気軽に付き合ってくれそうな史乃もいない。ならば大蔵司だけいればいい。

 こいつをこっちに連れ戻す。


「陳(佳蘭)さんはどこ? 安全な場所に退避させよう」

 守るのはドロシーだけではない。「それと九郎は?」


「陳様は林のなかで気を失っているようです。傷の具合は分かりませんし、私が治癒することもできません」


 聖なるペガサスは、主とその配偶者だけを癒せるらしい。衝撃で潰れたはずの俺の鼻はすでに治っている感じ。スパークと結界に挟まれたドロシーの傷は、ハーブが舐めないと厳しそう。血みどろの姿なんか見たくないのに、楊偉天め。


「冷静に。九郎の気配はございません。弱小な大燕ですから消滅したでしょう」


 風のように逃げるは無理だよな。俺達と同様に閉ざされたまま爆発の直撃を喰らった。


「後回しにするしかない」

 ドライな言い分に半分だけ付き合い、「陳さんのもとへ向かおう」


 大蔵司は見えなくなっていた。冥界に潜ったか姿隠しだろう。どんどんトリッキーになっていく。それに加えて例の結界。地上で閉じこめられると厄介。とくにハーブはそこそこ体が大きいから、しめ縄に苦しめられる。

 ……火伏せごと吹っ飛ばしたスパークこそ危険。究極な物理攻撃の発動の、神楽鈴がリミッターになっている。復活していたらいいけど……。敵だろうと味方だろうと扱いづらい奴。


「追ってきましたね。たしかに哲人様は人気者」


 ハーブの声に振り返れば巨大ミミズがウネウネ飛んでいた。頭の上にはむき出しの大蔵司。潜んで襲うほうが賢いとしても、強力な魄を持つ女陰陽士。だけど弱い心。魂荒ぶる俺に勝てるはずない。なのに怯えさせてはいけない。

 ならば間接的に威嚇。ピンク色の戦車のときみたいに式神を倒せば、傀儡だろうとあっさり降伏してくれるかも。


「私は小回りがきくし結界を破られることもありません。持久戦に持ちこみドロシー様の回復を待ちましょうか」

「きっと陳さんは怪我している。彼女は助ける」


 重傷だったらドロシーの口づけで……嫌だな。俺の特権にしたい。ならば大蔵司にさすらせればいい。


「陳さんのもとにはハーブだけが行って。ドロシーの傷もしっかり治してあげて」

「哲人様は?」

「土彦の上に落として」


 大蔵司ならば思玲を引き上げられるかもしれない。一度にピースを揃えたいなら彼女の操り糸を千切るしかない。


「京さんも冥府大蚯蚓も冥界送りができます。哲人様はたやすく捕らえられます」

「その前に大蔵司を起こす。はやく頼む」

「私の援護は期待しないでください。それでもですか?」

「はは、意外に多弁だね。……ハーベストムーンには、俺の大事な人と、思玲を大切に思う人を守ってもらう」


「……私は敬愛すべき主とその伴侶とのみ語ります」

 ハーブが旋回を始めた。

「あなた様がドロシー様の最愛の人である限り、お喋りな私にお付き合いください」


「だったらこの先ずっとずっとだ」

 俺はドロシーを見つめたあとに、彼女の胸もとに手を差し込む。ちっぽけだけど温まった木札を取りだす。

「準備オーケー」


 空に浮かぶ巨大ミミズと向かい合う。怖くもグロくもない。はるかにえげつないのと対面したばかり。

 大蔵司が杖を上げるのが見えた。そして下ろす。青い光が飛んでくる。


「私を墜落させたいようです」

 ハーブは避けようとしない。俺達を包む結界が弾く。土彦の頭上で交差する。

「あとはお任せください」


 足場にしていた結界が消えた。


「わあ」


 ぬめった感触の上へ膝をついた姿勢で着地する。虚ろな眼差しの大蔵司が笑みをこぼした。


「降伏かよ。土彦潜ろう」


「させるかよ」

 俺は左手に怒りを注ぎ込む。

 蚯蚓ちゃんはどんな悪さをしたのかな? ドロシーに躾けられて屈服したのだよな。悪いけど、俺は手加減できるほど強くない。

「喰らえ!」

 護符を握った手で殴りつける。


 土彦が無言でのたうち回りだした。空中で。滑る。落ちそう。しかも透けだした。


「潜って急ぎ回復してこい」大蔵司が叫ぶ。


 ……さっきから思っているのだけど、あなたは本当に傀儡ですか? 強すぎる魄と弱いハート。その結果が、自由奔放な意志ありすぎの操り人形。

 土彦が従い、輪郭をかき消していく。

 こっちはこっちで冥界行くだけで復活するの? ドロシーはどうやって躾けたの?

 式神が消滅しないのなら大蔵司は平気のままだし、俺は五階ぐらいの高さから森へ落ちるし。


どくん


 護符が完璧ガードしてくれた。打ち身すらないまま立ちあがる。俺に続いて落下した大蔵司が、そのまま地面へ吸いこまれるように消える。……もはや完璧に魔女だ。

 天馬に乗って台湾まで来て、自分の彼女がぼろぼろになるのを見せられて、巨大ミミズや操り人形になった知り合いと戦う。七難八苦は終わってないのか……。目の前に黒い点。みるみる広がっていく。


「マジかよ」


 しめ縄が飛びだしてきた。お天狗さんが弾きかえす。……大蔵司が黒髪のウィッグを忘れて幸いだ。あれがあるとお天狗さんが発動せず勝負にならなかった……けど、いまも火伏せの神様は彼女にデレるだろうか…………。

 間隔をあけて黒い穴から楊聡民の杖が現れた。それは掲げられておろされる。


逃げろ、逃げてくれ


 いやいや、無理っすよ。


「ファイナルアルティメット逆さ人封!」


 杖から術をだすとそれだけで究極になるのか。ノートパソコンモニターサイズに広がった黒い穴をこじ開けるようにしめ縄が出てきた。

 逆さ人封は締めつけて捕捉するだけ。でもアルティメット。仮に護符の力を上回ったとする。ただの人間なら全身の骨を粉砕されるだろうな。などと思ううちに、電柱サイズのしめ縄に絡まれる。ふくらみながら俺を巻きこむ。


「だ、大蔵司……」


 息できない。護符は発動しているのに大蔵司と杖の力がやや勝っている。死ぬぞ。しかも足もとから薄らいでいくような感触……冥界送りだ。大蔵司、土彦、楊偉天相手で勝てる気がしない。

 ならばお天狗さんこそ究極体になれ!


「ぐおりゃあああ!」


 喝を入れるべく心で叫ぶ。木札を握った手でしめ縄を振りほどこうとする――吸いこまれる感触が消えた。俺は土彦の冥界送りに勝った。だけど圧迫死と窒息死のどちらが先かは変わらぬ状況。もっとがんばれよ、こんなものでないだろ、俺とドロシーの息子の木札……。

 他の人の護りを授かったからではないよね。ドロシーも、天宮の護符の力が弱まったようなことを言っていたような意識が遠ざかって……




「解封! なんで素直に送られないんだよ。私はアフリカ系も中東系も地元やくざも誰一人予後不良にしてねーんだよ」


 痛めつけてさすってあげたのかな……。

 アルティメットなしめ縄が消え、地面のブラックホールから上半身をだした大蔵司が見えた。体を震わせるだけで泥が落ちていく。虚ろな眼差しは変わらない。


「目を覚ませよ……」

 俺は地面に両手をつき息を整える。お互いに相手を倒せない縛りか。俺が先に果てて闇へ連れ去られる。


「栃木の水田の土壌を変えてネギしか作れなくした土彦は、冥界に行けば即座に全回復する。ドロシーも私と組まなければ躾けられない難敵だった。しかし冥界送りが下手くそなのが発覚した。なので私じきじきに松本を送る」

 大蔵司が全身を地上にさらす。その手には楊聡民の杖。


「神楽鈴が戻ってくるよう祈れよ」

 あの道具のがまだ怖くない。


「とっくに復活したよ。また壊されたくないから手にださない」

 大蔵司が俺に歩む。「残念なことに、なんとかの杖は現れない。九十九と同様に完全消滅しちゃったかな」


 ミドリガメにならず済んだけど……俺が所有者であるものは何だろう。俺の手に現れるものは、お天狗さんの木札だけでないはず。

 それは白銀の五鈷杵。影添大社の主任巫女を取り戻すために、きっと現れる。


 大蔵司が俺の肩に手を置いた。ひやりとした感触。送られてしまう。


「うわああ」その手を振り払い「この手に来い!」


 地面に膝をつけたまま手を掲げる。


「何が?」

 傀儡の大蔵司が能面で笑う。

「手荒にしたくねえんだよ」


 俺の手には何も現れない。大蔵司が俺の背に抱きつく。全身に悪寒が走る。


「月神の剣よ来い! 独鈷杵よ戻れ!」

 叫ぼうが現れるはずない。あの剣はドロシーを選んだ。あの法具はドロシーが消した。

「大蔵司、頼むから目を覚まして! 一緒に思玲を救おう」


「いやだね」


 地面についた俺の手足が沈んでいく。ミミズと妖術士が待つ冥界へ。


「やめろ! ハーブ助けて! ドロシー助けて!」

「果てた彼女にすがるなよ。情けねえ男」


 なんとでも言え。操られたまま笑いやがれ。俺は窮地に助けを呼ぶ……どんどん吸われていく。もはや首から上しか地面にない。


「木札何をしている! お前は俺の息子のものだろ!」

 地中に沈んだ左手で無抵抗の護符へ怒鳴る。

「お前こそ大蔵司にも勝てない情けない神様だ。意地を見せろ」

 辺りが真っ暗になった。地中は一瞬ですぐに真の闇へ行ってしまう。

「粉々に砕けろ! 俺の息子が強い男になるまで、俺が守ってやるから!」


ど、く、ん


 護符がとてつもなく発動しようとしている……。違うよな。俺は間違っている。


「う、嘘だ。お前は母親を守れ」

 梓群を守り続けて。「俺は自力で抜けだしてみせてやる!」


「ひひひ、松本哲人よ。この地が似合う男」


 楊偉天の声がした。冥界にたどり着いてしまった……。馬鹿め。貴様の言う通りだ。俺はここでこそ強いはず。

 強き心は、思いあるならば自力で抜けだせるんだよ。


「おりゃ」

「えっ?」


 俺の背中を抱える大蔵司を背負い投げる。


「追ってこいよ」

 俺は生きている。生きた人の心がこんな地に閉ざされるはずがない。地上を目ざせ。


 紅色の光が照らしてくれないけど、太陽の光はすぐに決まっている……俺の体は本当に上へ進んでいるのか? 標識などない闇。時間の概念もなき永遠の夜。……弱き心を持つなよ。だけどなんで生きた俺がここにいる? 


ぬるっ


 大きなミミズの存在を触感で気づきたくなかった。土彦に道を塞がれた。

 お天狗さんに頼るな。そう願おうと、木札は勝手に発動する。俺を守るため。


「どけ!」護符を握ってパンチ。


「だから土彦は冥界だとほぼ無敵。死ぬほど照らせをされない限りね」

 大蔵司の声が下から聞こえた。


「松本よ」楊偉天の声まで。「互いに過去を忘れぬまま儂の力になれ」


 四面楚歌って奴かな。ここに味方は誰もいない。お天狗さんの木札だけ……もう一人いるだろ。たった今、ここに送られた人がいた。

 悩むな。その声はきっと力になる。窮地にこそ、ともにすがる人。


「思玲!」だから叫べ。「ちっちゃくなった思玲! 強かった思玲! 美人だった思玲!」


「聞こえましたか? 哲人です」

 女の子の声がした。

「私でなく彼を地上へお願いします。そしてそのまま天上へお向かいください」


「……老師もいる。私を救ってくれた人」

 祭凱志の声だ。まだここにいたのか。


「あなたが救うのは哲人です」

「強くなった玲玲……我が娘が望むならば……」

「哲人は二度とここへ来るな。京に任せろ」


 闇からの声に返事する間もなく、俺は力強く上へと引きずられる――。日差しに目がくらむ。台湾の森の香り。なんとなくエスニック。祭凱志の魂は俺に声かけることなく、白い光に包まれて空へ消えていく……。

 またも思玲に助けられた。またあの人は自分を犠牲にした。また俺は頼りにしてしまった。


「泣いているの? 陸に戻れただけで情けね」

 能面の大蔵司が地面から姿を現す。

「またすぐに送ってやら」


「大蔵司めえええ!!!」俺は飛びかかる。


「ひい」彼女は身軽に避ける。


 空振りしても俺はふたつの足で踏んばる。振りかえり魔女へ殴りかかる。


「や、やめて! また暴発しちゃうにゃん」


 にゃんだと?

 惑わされるな。刹那に考えろ。

 こいつにはスパークがあった。でも俺は木札に護られる。結界でサンドイッチにならないからドロシーの怪我より重いことはない。しかし大蔵司に火伏せを握ったパンチを食らわすことになる。過去二度の怒りによる脅しの際は、彼女の体を痛めなかったが今回は仕方ない。三回目か。さすがに慣れただろうな。


ふぎゃー


 やはり大型犬に立ち向かう猫を感じた。じつはライオンだったりして。


「やめろってんだろ!」


 彼女はノンステップのまま俺の左拳をスウェーでかわす。強い足腰やばクロスされ


「しゅっ」


 無駄なしフォームから秒速右ストレート。俺の顎を貫く。

 脳みそぐらぐら。二発目に対処不


どごん


「おえっぷ」


 やはり来た。だけどボディブロー。だとしても強烈。みぞおちに痛烈。

 俺は前かがみに崩れかけて、大蔵司に抱えられる。


「怖い怖い。では出発進行!」


 足もとに黒いホールができた。モタモタ運転してくれない。……俺こそが奢っていた。憤怒の気とか恐れられおだてられ、実際はタイマンで魔道士に絶対勝てない存在。

 ドロシーがその気になれば俺をたやすく仕留められる。しなやかな筋肉で鞭のように蹴られ殴られまくるだろうな。耐えて持久戦、魔道具をださせぬように手のひらを……なんて思わないし、もっと恐ろしい手刀という名の銃刀法違反があろうと口論はやめない。

 仲直りが待っているのなら、それだって幸せと言えるかも。


「大蔵司ありがとう」

 彼女にもたれながら人の声で告げる。気づかせてくれてありがとう。

「お願いします。目を覚ましてください」


 こっちの世界でだけは、俺よりはるかに強い人達へ頼って生き延びてやる。


「ばっちり起きてるよ」

 大蔵司も俺も沈んでいく。


 思玲が身を挺して救ってくれたのに……なんて怒るな。ドロシーが嫌がるだろ。史乃もだ。

 冥界で楊偉天に打ち勝ったのは祭凱志の強い心。王思玲を娘と想う思い。現れる女子それぞれにふらふらする俺では無理だ。胴体まで沈んじゃった。

 楊偉天に勝てた奴が、もう一人いた。強い力を持たなくても、横根の傀儡を消し去ったのは、子犬だった川田陸斗。

 二股野郎の強くはない心。だけど温かい想い。俺だってふらふらしようと。


「大蔵司」

 肩まで土に浸かった俺は、彼女に寄りかかったまま抱きしめる。

「みんなのもとへ一緒に戻ろうよ」


「行かねーよ。私と松本はあの方に協力する」


 俺達は口まで地面に潜る。


「大蔵司を必要としているのは楊偉天ではない」

 焦るなよ。心を伝えろ。本心を。

「思玲だよ。さっきの声を聞いただろ」


 目線ギリで沈降がとまった。まだ冥界でなく土の中。ゆえに呼吸できない。


「私を認めてくれたのは思玲だけ。執務室長はいつまで経っても役立たず扱い。折坂さんも宮司も。そんで思玲は冥界にいる。一緒にレッツゴー」


 言われてみればその通り。また沈みだす。最初の暗闇。

 土中だから口を開けられない。だったらなおさら心の声をしっかり伝えろ。


「俺だって! ……大蔵司を頼りにした。お前は俺を頼りにしたよな。満月の樹海で二人だけで切り抜けた瞬間を思いだせよ…………俺こそ」

「あん?」

「俺こそだよな」


 俺こそ忘れていた。この人は裏方でこそ輝いた。健気にひたむきに、自分が燃え尽きるまで人を守る。

 やけに明るい月に照らされながら足を引きずった二人。あのときの大蔵司を思いだそうと、俺は涙をこらえる。だってこの人だけじゃない。誰もが人のために戦っていた。

 そうだよ。忌むべき世界でこそ、関わらざる得ない魔道士達は輝く。泥を噛み血を手で拭い、仲間に生死を預ける。


 陽の光を感じた。口までだろうと地上に戻ってきた。とりあえず深呼吸。土を吐きだす。目の前には能面の美女。


「松本の心が伝わった」

 泥だらけの大蔵司がつぶやく。

「あの時間を忘れるはずない。私は誰より正義で懸命だった。松本はイケメンだった。二人並んで死んでもいいと思った」


 俺を見つめる眼差しは、なおも虚ろ。だけど涙が溜まっている。


「悪霊退散」


 またつぶやいて、地面から大蔵司の両手が伸びる。土に半分沈んだ俺の頬をつかむ。二人はゆっくり地上へ浮かびあがる。


「私に憑いた傀儡はこれで消せる」

 大蔵司が顔を寄せてくる。その目はすでに虚ろでないのに。

「約束して」

 唇を重ねてくる。

「いつか二人でドロシーをひいひいあんあん言わせよう」


にゅろっ


「わあ」払いのけてしまう。「し、舌入れるな」


「わりい。いつもの習慣で」

 大蔵司がにっかり笑う。

「ではドロシーをさすりまくってやるから、三人で思玲奪還に向かおう」


 何事もなかったように言いやがって……。だとしても唐突だろうと傀儡を祓えた。自分で自分に悪霊退散できたのは、俺と大蔵司の力と思いが重なりあったからだよな。

 思いだしたよ。大蔵司と組んでも俺は無敵だ。俺が矛で君が盾になる。

 そしたら煙たがったりしない。過去はやばめだろうと、いつか偽名でなく本当の名前で……そんな日は来ない。最後に頼り頼られる人は決まっているのだから。


「ドロシーと合流する前に、引き上げられるか試してみて」

「何を?」

「思玲を」

「わかった」

 大蔵司が素直に地面へ手を置く。「ちっちゃくてかわいい思玲ちゃんカモン」


 悪びれることない大蔵司が地面へ声かける。呼応して、地面が盛り上がるように俺達を持ちあげる。


「土彦かよ。呼んだのはお前じゃなくて……」


 大ミミズの頭上には楊偉天も乗っていた。……魄のままだよな。だけど人の目に見える姿。


「忌みじき儂が地上へ来ねばならぬのか」

 その手に楊聡民の杖が現れる。





次回「魂魄」

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