十八 再戦 夏梓群VS大蔵司京
「空封そして地封」
操り人形と化した大蔵司が神楽鈴を鳴らす。
「臨影闘死皆陰烈在暗」
大蔵司は傀儡になっても棒読みにならない。例の九文字をつぶやく……。
進歩ねぇ女。なんて思うな。俺もドロシーも陳さんも九郎も、土俵一回りアップのスペースに閉じこめられた。ハーブは外にいる。聖なる護りを持つ馬にこそ中にいて欲しかった。一挙に狭くなるか。
触るな危険の結界は、生身だとマジで危険。……術のかかったリュックサックは背中への防御になる。護りの術は俺の服にコーティングされてないのだから、このまま背負い続けていいよな。……結界恐怖症は克服できただろうか。
「閉じこめられた……」
進歩なきドロシーがみるみる青ざめていく。
「逆さ人封! 逆さ人封!」
「うおっと」
さっそく正面からしめ縄を飛ばされたが、護符がはじき飛ばしてくれた。あれに絡まれると押し倒され締めつけられる。
「過呼吸起きそう」
またまたドロシーがしゃがみ込んだ。英雄だったあの日から退化してるではないか。
「梓群。心の持ちようだ。梓群はずっとずっと強くなったのだから、結界に怯える必要ない」
「京がいるからドロシーと呼んで……。そうだった。私は強い。いまここで克服してみせる!」
彼女は立ちあがる。頰が紅潮しだす。その手に春南剣が現れる……。陰から陽へと言えるのだろうか。そうなるとそうなったで、触るな危険に化すかも。
「大蔵司を(なるべく)傷つけるな」
今回の彼女は乗っ取られていない。操られているだけ。
「戦うはずない。傀儡が発動した今なら祓える」
ドロシーが剣を七葉扇と交差させる。
「死ぬほど祓え!」
無色透明だから渦巻きは見えないけど、傀儡祓いを螺旋かよ。結界内が微振動して不快。
「チチチー!」九郎が目を覚ました。「哲人かよ。ドロシーかよ。思玲様は? 京は?」
「大蔵司はそこに……いないね」
ヤバくないか。直撃した大蔵司京の姿が消えていた。陳佳蘭が座りこむだけ。
「くそ、避けられた」ドロシーが手の甲でこめかみの汗をぬぐう。
「避けた?」消滅させたの間違いでは。「どこにいる」
「ここ」
大蔵司が地面から顔をだした。ついで神楽鈴も。
「烈!」
「わあ!」
「チチチ」
悲鳴をあげるだけの俺と九郎。腰を抜かしたままの陳さん。
「ふん! 祓え!」
ドロシーは返す扇で術を放つ。
「引きずっちゃうよ~」
大蔵司が地面にまた消える。
「自分を冥界送り……。たしかに京はこの一年鍛錬しまくっていた。ついに実戦でコツをつかんだみたい。行き来自在な化け物になった……とっ」
ドロシーがよろめく。「へへ、螺旋をし過ぎだ。心臓がきつくなってきた」
ひと晩にいった回数を何度と吹聴したか知らないが、今日は螺旋を三発だしたな。すでにへとへとか。天井にショートカットを開けるためだけの一発目が余計だった(おそらく史乃への示威行為)。
「思玲様はどうした? 質問に答えろ」
気の短い南極大燕が騒ぎだした。
「師傅の離れに籠城中。九郎も戦え。敵は傀儡の大蔵司京」
ドロシーにお稲荷さんの加護はないから螺旋を連発できない。ならば。
「梓群は俺に剣を貸せ」
ポケットに九尾狐の珠があるけど攻撃アイテムではない。青龍の破片が収納されているだけ。すでに忌むべき世界と触れあっている俺の目が青くなるだけ。
「だからドロシーと呼んで。それと素人に刃物は危険」
「飛ばし人封!」
「ふんっ」
ドロシーが地面から飛んでくるしめ縄を切断した。なるほど、ただの人封は護りの術だから、お天狗さんが発動しない。でも守られた人は身動きできない。その中途半端さを武器にしたのか。そんなことにも気づける俺が。
「俺が素人かよ。一緒に戦ってきただろ。よこせ」
「飛ばし人封! 飛ばし人封!」
「ふん! とお!」
ドロシーが俺へのしめ縄を叩き斬る。「集中させて! 加減できなければ京が死ぬ。だから哲人さんはばあやを守って。ばあやは絶対に結界に触れないで。体がバラバラになる」
俺は素手で人を守れない。生身の人である大蔵司の首をしめるわけにはいかない。そもそも捕まったら冥界へ引きずられる。
「にゅっ」
「わあ!」
言ってるそばから、擬音を声にしつつ腕だけ足もとに現れた。
「照らせ!」
ドロシーの紅い光が追いはらう。
「……ふう」
狙われるのは俺か。冥界へ引きずれば大蔵司のミッションは完了だ。
「き、京とドロシーの喧嘩に乱入できるかよ」
九郎は結界間際で羽根をすくめている。
「哲人さんも結界ぎりぎりに行こう。背後を奪われないように」
呼吸荒いドロシーが、とてつもなき場所へと俺の手を引く。リュックがなければ拒否した。
「足もとに現れたら蹴ってやれ。……結界は消えるのだから、その前に顔をだす。へへ、祓いの術でモグラ叩きだ」
「玲玲が危ない。だけど私は無力」
その声へ顔を向ける。陳佳蘭は立ちあがっていた。おのれを弱者とへりくだりながらも、決意の眼差しを地面へ向けていた。そこには大蔵司の泥だらけの顔が見えた。
「地面からの攻撃は孤独感が半端ない」
虚ろな眼差しで全身を浮上させていく。傀儡と思わせぬ言動。
「祓え! 祓え……」
ドロシーが閉じた七葉扇をおろす。「跳ね返しか。だけど並の厚み」
「だったら消してみろよ。……すでに肩で息してやがる。上に乗って二時間も腰を動かした。哲人さんがいかないように緩急つけたってガセじゃね?」
そんな破廉恥も吹聴していたのか。
ドロシーの顔がみるみる紅くなっていく。その左手に春南剣が現れる。
「脚色するな。私はそこまで言ってない。て、哲人さんは惑わされないでね。だけど二人の夜は口裏……くそう、消し去ってやる。噠!」
紅色の斬撃。剣を横に薙ぐだけで、大蔵司の周囲がガラスの破片のように輝いて静まる。……マジで結界を一太刀で消した。
「やべ。ガチやばめ」
大蔵司が左手で楊聡民の杖を掲げる。こっちもやばい。
「祓え!」
ドロシーが扇を振るう。
「降ろさせない。祓え! 照らせ! 誅! 誅! 照らせ! 祓え!」
紅色や無色弾や人除け凝縮弾をまき散らす。しめ縄にぶつかり消えるものもあれば、バウンドするものもある。不規則すぎる。俺だって避けられるかよ。
「ドロシーやめ、ぐえっぐえっ」
凝縮された人除けが連続で直撃した。
気持ち悪い。頭痛はそれほど……その程度で済んでいる? 張麗豪は痙攣を起こしたのに。もしかしてこちらにも耐性が。
「ひでえな、わざと当てずっぽうかよ。おかげで目が焼かれて、あそこに人除けが当たったぞ」
大蔵司は目と股間をさすっていた。あらためて神楽鈴と杖が現れる。
「私は全部避けた。祓え! 祓え!」
ドロシーが牽制しながら後ずさりで俺に近づく。
「哲人さんが持って。お天狗ちゃんは戻ってきちゃダメだからね」
胸の温もりが残る木札を渡される。谷間の湿り気も……。同時に俺は全快。
大蔵司は地面に消えた。また孤独を味わっている。どうせすぐに顔をだす。
「私にも術がいくつかかすめました。手加減してください」
陳佳蘭がぼそり言う。地面を這って俺達に合流する。
「彼女に祓いの術も当たったはず。だけど楊の傀儡の術が消えない」
「京がすべてにつけて、老祖師(楊偉天のこと)の術と相性がよすぎるんだろ」
九郎は避けたみたいだ。さすが素早い。退化したような翼が結界に触れる恐れは少ないし、俺の頭に着地するし。
しかし妖術士と奇跡的相性……。不安を呼び起こすセリフだな。傀儡を消さねばどうにもならない。
「祓え! 照らせ! 誅!」
「わあ」
ドロシーがいきなり地面に術を乱打した。大蔵司は引っ込んだみたいだけど。
「やめろって。梓群こそ術を加減してない」
「だから二人きりのときだけにして。私は松本と呼ぶよ。……私は手加減している。このインターバルを待っていた。みんな一か所に固まった今こそ護れ」
ドロシーの掛け声とともに緋色のサテンが大きく旋回しだす。ようやく俺も陳佳蘭も九郎も守られた。
「これは劉昇殿の……」
陳佳蘭が目を見開く。
「いいえ。王思玲の護布です。なぜあなたが?」
ドロシーが振り向いた。
「思玲にもらったから私のものだ」
きつい目できっぱり宣言する。
その背後に大蔵司が全身をぬっと出した。孤独に耐えられぬ傀儡が杖を掲げる。
「梓群!」俺は叫ぶ。
ドロシーの手で七葉扇が円状にひろがった。体を半身にひねらせながら。
「噠!」
「おっと」
杖をおろしかけた大蔵司がサイドステップする。でも放たれた萌葱色は追尾する。しかも肥大していく。
「えっ? きゃあ」
直径2メートルの紅色が大蔵司を飲みこむ。結界でバウンドすることなく揺らしながら小さくなっていく。これがドロシーの本気ビーム……。
彼女は構えた扇を畳む。
「ごめんね、かなり加減したけど、まだ強かった。その杖は扱いが難しい。正直言って京には無理だ。祓え!」
「ひっ」大蔵司が仰向けに倒れる。術に焼かれながら。
「やりすぎだろ」
俺が刃物を振り回すほうがまだ安全だろ。大蔵司は異界の炎に燃え、リアルな煙が立っている。かなり凄惨な光景。
「とっさに出しちゃっただけ。それに破邪の剣で直接斬りつけるよりはマシ。これくらいなら京は治せる」
ドロシーが真顔で振り返る。汗だく。
「だけど全裸になる。着替えは貸すけど、それまで哲人さんは見ちゃダメだ」
「回復以前に死んでねえか」九郎がぼそりと言った。
「こんなのガソリン撒かれたときよりマシ」
その背後で大蔵司京が立ちあがる。
「私に扱えないだと?」
燃えながら楊聡民の杖を上げて下ろす。
力士サイズの青い光弾が放たれた。旋回を弱めていく護布を突き抜ける。
「きゃあ」
ドロシーが吹っ飛んだ! しめ縄の結界に衝突しバウンドする。
また大蔵司が杖を上げる。
「この野郎!」
俺は大蔵司へ駆ける。数歩の距離。大蔵司が俺に目を向ける。俺を見ながら杖をおろす。直撃喰らうぞ。もはや避けられない。九郎は俺の頭から逃げる。俺の手にはお天狗さんの木札――がない。消えている。
「噠!」
ドロシーの掛け声とともに俺は引っ張られる。PKの術だ。ドロシーに手荒く激突する。
「とん……。お天狗ちゃんは私に戻った。だから私は無傷。哲人さんもまだ癒しはいらないね」
術で消耗した顔を向ける。
「チチチ、ドロシーなんとかしろよ」
「急いでください。こうしている間にも玲玲が危険」
俺同様に非力な九郎と陳佳蘭が、またも俺達の背後へ移動する。また護布が旋回しだす。
「やっぱあちち! いてて!」
大蔵司はおのれの全身をさすりまくっていた。その都度きれいな肌に戻っていく。意外に色白……。
「なんで服まで回復する?」
Tシャツとパンツをまといだした大蔵司を見ながらつぶやいてしまう。
「術をかけたコスチュームは復活できるんだよ。私はやり方を自力で見つけた。ドロシーには絶対に教えね」
もとの姿に戻った大蔵司が虚ろな眼差しで俺達をにらむ。
「ガチで頭来た。あり得ねほど。やってやら!」
神楽鈴と杖を交差させやがった。
「ひっ……へ?」身構えたけど何も起きない。
「螺旋を誰にでもできるものか。コツを京に教えるはずない……」
息の荒いドロシーが立ちあがる。
「まだ傀儡なの?」
「知るか! 私は貴様を倒し松本を冥界に送るだけ」
まったく祓われてない大蔵司が俺達へ神楽鈴を向ける。
「臨影闘死皆陰烈在暗、臨影闘死皆陰烈在暗。鍛錬の成果を見せてやる」
はやく逃げろ
「えっ?」
ドロシーがおのれの左手を見た。紅色に光っていた。
「天宮の護符が勝手に現れた」
ふたつの護りが発動。とてつもなきことが起きようとしている。
俺達の周囲を師傅の護布が懸命に旋回しだす。三重の守りだけど。
俺も立ちあがる。ドロシーの隣に……違うだろ。
「臨影闘死皆陰烈在暗。そして、ファイナル逆さ人封!」
「梓群避けろ!」
どうしても戦場だと本名で呼んでしまう。だとしても俺が盾になるのだろ。大蔵司に背を向けてドロシーを押し倒す。
どくん
彼女の胸もとでお天狗さんが発動した。二人を加護する。……振り向けば、ぶっといしめ縄が飛んできた。先端が口みたいに裂けて波動を飛ばしてくる。
「くっ」
「あっ」
体がきしんだ。三重の守りの効果が薄い。しめ縄は口をさらに開き、俺達を飲みこもうとする。前々から言っているけど、もはや結界ではない。
「私達がやられたら、そのまま、ばあやもだ」
ドロシーが俺にしがみつく。「だから護布には、ばあやたちを守ってもらう」
「そうしろ。俺は梓群だけを守る」
しめ縄の口の中で小さいしめ縄がうねうねしている。俺達はずたずたにされるぞ。火伏せが発動しようと切り裂かれそう。
天宮の護符が更に輝きだした。
「素敵な言葉……。君となら生死の狭間さえも交歓だ」
ドロシーが紅色に光る左手を伸ばす。
「噠!」
しめ縄へと天宮の護符を突き刺す。
「うぬあああ!!!!!」
頼りない膂力で縦に裂けば、しめ縄は消え俺達は解放される。
「俺に剣を持たせば良かった」
紅潮しまくったドロシーへ告げる。
「ぷー。私が君を守る」
ドロシーが立ちあがろうとしてよろめく。
「哲人さんはラスボスだ。剣を向けるのは、私を倒したものだけにしよう」
かすかに不吉なセリフ……。
「あぶねえ。松本も殺すところだった」
大蔵司はすぐそこまで来て、俺達を見おろしていた。虚ろな眼差しのまま。
「とやあああ!」
陳佳蘭が魔道具を持たぬまま、大蔵司へ飛びかかった。
「おばさん、ジョーク?」
大蔵司はさらりとかわす。「寝ていてね」
「うっ」
陳佳蘭が首に神楽鈴を向けられて倒れる。
「噠! 噠! 噠!」
ドロシーが七葉扇を振りまわす。追尾肥大化光線で凄惨なシーンになっても仕方ない。大蔵司を弱めないかぎりは――。
大蔵司すげえ。刹那に距離を詰めた。
「おっと、ほい、ほら」
そしてすべてを避ける。「くせが強すぎだから二度目は余裕。潜る必要もなし。……九ちゃんはどっちの味方?」
「そ、そりゃ……、京は思玲様をどうするつもりだ?」
九郎がよちよちと俺達の背後からでてくる。
「何もしない。松本を送りこむだけ」
大蔵司が神楽鈴を鳴らす。「土彦おいで」
「うわ」
「ひえ」
結界ごと地面が盛りあがった。
「ドロシーは松本から離れろ。最終警告って奴」
大蔵司が神楽鈴を向けてくる。
「お人形のままだから、手加減されているのに気づけないよね」
ドロシーは汗まみれだ。
「私は京を倒さないし、哲人さんを連れていかせない。だから目覚めてよ」
「やだね」大蔵司は笑う。「ファイナル逆さ人――?」
「京、ふざけんな!」
黄緑色のワンピースの女の子が森を駆けてきた。
「哲人! お前が何とかしろ……」
その姿は地面に引きずられ、すぐに見えなくなる……。
どくん
楊偉天め、地上を観察していたのか。……急いで思玲を連れ戻さないとな。そのための邪魔がいる。
「だめ」ドロシーが俺にしがみつく。「殺しちゃダメ」
「痛めつけるだけ」
ドロシーを払いのけて立ちあがる。
「お天狗さん来い」
俺の手に火伏せの護符が現れる。
「だから松本は殺せないんだよ。おとなしくしろ」
大蔵司が神楽鈴を向けてくる。「ふつうの飛ばし人封」
そんなもの。俺を囲んだしめ縄を、火伏せの護符がはじき飛ばす。俺は大蔵司へと歩む。
「逆さ人封」
そんなもの。火伏せの護符が、俺を締めつけようとする縄を消し去る。大蔵司へと歩む。
「俺は冥界へ行く」
思玲を取り戻すため。
「だがお前も一緒だ。そろそろ目を覚ませ」
陳佳蘭は気を失っている。九郎は日和見。思玲はいない。ドロシーは横たわるばあやへ師傅の護布を放る。
俺は誰のために戦っているか分からないのか。自分を守れよ!
「ひ、ひいい」
大蔵司が傀儡のくせに後ずさった。
「り、臨影闘死皆陰烈在暗! ファイナル逆さ人封!」
極太しめ縄が神楽鈴から生まれる。早々に俺へと口を開く。
「そんなもの!」
俺は拳を握りしめる。手のひらには火伏せの護符。
「目を覚ませ!」
カウンターに殴れば、しめ縄が溶けていく。その先には大蔵司。虚ろな眼差しなまま怯えている。
「哲人さんやめて」梓群も怯えている。
「やめない。思玲を奪われた責任をとってもらう」
「ひ、ひいいい」
また大蔵司が俺へ神楽鈴を向けてくる。
「うざい」
俺は手で弾く。木札は激しく発動。神楽鈴が粉となり消えていく。
「す、鈴が」
大蔵司は自分の手もとを見る。次いで俺を見る。後ずさりもできずしゃがみこむ。パンツの前が濡れていく。
「神楽鈴が……い、い、いやだー!!!!!」
え?
大蔵司の体が青くスパークした。俺の体は吹っ飛ばされる。
「哲人さん!」
ドロシーが抱きついてきた。俺の背をリュックが守る。ドロシーは背中からしめ縄の結界に激突する。
二人そろって凶悪な結界を突き破った。とてつもなき大爆発……。
「とん……。火伏せでも無理だった」
ドロシーが悲鳴をこらえる。
「哲人さん大丈夫?」
空を飛ばされる俺に返事できる余裕はない。手から木札はまた消えた。ドロシーを守るため戻ったのか。
ズタボロに切り裂く結界を押し破ったのだから、ドロシーの背中は……。やっぱりリュックは彼女が背負うべきだった。ようやく地面への落下が始まる。
「ドロシー様!」
ハーブの声がした。同時に結界に包まれる。
「ご安心を。私がすぐに回復させていただきます……気を失われましたか」
俺は羽根にしがみつき、ドロシーをハーブの背に横たえる。ひどい傷から目を背けたい。もう戦場に立たせたくない。
「梓群ありがとう。ハーブは傷だけでなく痛みも消してあげて」
「そのためには地上へ降りないとなりません」
見おろしても、護布で守られたはずの陳佳蘭は見当たらない。むき出しだった九郎も見つけられない。
大蔵司だけがいた。うつろな眼差しで俺達を見上げている。なおも傀儡のまま。その手には楊聡民の杖。
次回「冥界おくりびと」