表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/57

十四 ひえラルキー

「哲人さんが私を見てくれない。丸茂ばかり見ている」

 ドロシーはそんなことを言うけど、たしかにそれに近かった。


「史乃は死にかけていたんだよ。俺のために」

 俺はしっかりドロシーを見つめる。わおっ、奇跡的美少女。だけどうつむいている。


「私は自力で(・・・)復活した。もう走れるくらい元気」

 史乃が小石を自分のポケットに入れた。賢明だ。

「……助けてくれてありがとう」


 ドロシーは黙りこんでしまっている。扱いづらい女。なんて思うな。


「じつは楊偉天が復活した。大蔵司の体を奪われて逃げた」


 俺の言葉にドロシーが顔をあげる。

「丸茂がいたのに?」


 史乃がぴくりとする。


「俺のせいだよ。史乃は冥界でも戦ってくれた。だけど大蔵司が淫魔に堕とされて」

「丸茂がいたのに?」

「楊偉天がこの島まで案内してくれた。それで気を緩めてしまった」

「それは哲人さんのせいでない」

「奴はおそらく台湾へ向かった。俺達は冥界へ送り返さないといけない」

「……思玲が危ない。丸茂の責任だ」

「俺の失態だよ!」


 会話にならない。史乃は冷や汗をかいていそうだし。……二人は仲良しではなかったのか?


「異形除けの薬 (メイク)が完成したんだ。史乃は感謝していたよ」

 いまは落ちているけど。


「哲人さんに? 抱きついたりしてないよね」

「ドロシーへ感謝に決まっているだろ」

「だけどしていない」

 ドロシーが史乃をにらむ。「厚塗りされるとぼやいたのを、京から聞いている。断るとおっかないから嫌々塗っているとも聞いた」


「だ、大蔵司は誇張し過ぎ。私はドロシーちゃんにプレゼントされて、めっちゃ感激したよ。それは聞いてないかな」

 史乃が必死に言う。その手から知らぬ間に剣は消えていた。


「だったら、いまここでメイクして。治験として重要だ」

「はい?」

「私の一番大切な人に試してもらう前に、データをそろえる必要がある。そのために丸茂へ渡した。それと哲人さんは私のかけがえのない人。だから麻卦から請け負う前に私に言ってほしかった。丸茂なんかきっぱり断り、私がダーリンを守った」

「そ、それは執務室長が……」

「だから? 小銭のために雇われたの? それとも哲人さんに近寄りたかったの?」


「ここを出ようよ。どうやって来たの? なんでこの島にいると分かったの?」

 史乃から歯ぎしりは聞こえなくても、おのれの保身のため話題を変える。


「ここですることがまだある。風軍だとのろいから沈大姐に殲ちゃんを借りてきた。ハーブと一緒に上空で警戒しているけど、あのサソリは強いので彼女達だけだと倒すのは無理。ここに哲人さんがいるのは折坂ちゃんに聞いた。鍵を受け取る時間がないから裏口を破壊していいと許可も得た」


 ドロシーが言い並べて腕を組む。史乃をじっと見つめる。

 史乃がポケットからポーチをだす。


「ほら、すぐ出せるようにしているんだ」

 愛想笑いを浮かべ、メイクを始める……。


「楊偉天は大蔵司の体を操っているんだよ。急いで追うぞ」

「怒らないで! ……だったらすぐに済ます。哲人さんだけ来て」


 踵を返し、行き止まりの通路へと歩いていく。

 俺は史乃を見る。しゃがみこんだままの彼女は顔を逸らすけど、悔し涙を浮かべていた。


「史乃。ありがとう。本当に心から感謝している。ちょっとだけ待っていて」

 ドロシーにも聞こえる声ではっきり告げる。冷淡な彼女を追いかける。


 *


 サンドが死守した扉は跡形もなく破壊されていた。その先には東京ドームクラスの空間が広がっていた。二人は並んで入っていく。


「ドロシーは史乃にきつく当たりすぎだ」

「二人きりだよ。それと丸茂と呼んで」

「梓群は史乃(・・)と何かあったの?」

「魔道団のシノと同じ名前だから。丸茂のが年下のくせに」

「そんな理由で?」


 しかも彼女はイングリッシュならぬジャパニーズネームだ。優先権を争うなら日本人の史乃にあるはず。年齢を言うなら、史乃はドロシーのひとつ先輩だ。


「……フリーの魔道士が気に入らないだけ」

 ドロシーは奥へと歩いていく。「はぐれの癖に重宝されて。……自由に活動できて」


 お前こそ傍若無人だろ。


「史乃がいなければ俺は死んでいた。梓群も俺の恋人ならば、彼女に感謝してお礼の言葉をかけろ」

 キスしたけど、胸を揉まされたけど。それを言うはずないし、ドロシーの嫉妬深さを知った史乃が(俺もだけど)もはや暴露するはずない。……ルビーの件も告げるべきでないな。


「つい」

 返事だけはよいドロシーが立ち止まる。

「ここでヒューゴと使い魔であるハカと遭遇した。ヒューゴが杖をだして呪いをかけてきたから笑ってやった。それがいけなかった。捕らえるまえに逃げられた」


 だだっ広いスペースはまだ紅色に照らされていた。


「名前を知っているんだ」

「半年前に西から依頼が来たから。最新の相場はアンヘラが二百万ドル。ヒューゴが百二十万、エイジが六十万ドル。ハカが百四十万」


 相場って言い方はなんか嫌だけど、ハカのは初耳だけど、聞いている懸賞金の倍額だ。技能に秀でたものは報酬が増加する典型。


「受けたの?」

「私は断った。魔道団がその半値で請け負ったけど、アクションを起こすことはない。私は一切協力しないと宣言したから」

「梓群が正解だったと思う」

「資料には目を通してある。だから連中のことはよく知っている。……哲人さんがターゲットになったのを狸は隠した。その真意こそ知る必要がある」

 また歩きだす。


 でも麻卦さんは史乃を差し向けてくれた。しかも有償で……。支払いは俺にまわってこないだろうな。


「梓群も標的だよ」しかも最新相場は俺の二倍半。


「だから? 私は狙われない。現に顔をだすなり逃げだした。ここが部屋の真ん中かな?」


 彼女はすぐに立ち止まり、振り返る。切れ長のアーモンドアイ。奇跡的瞳。


「たぶん」

「へへ、試してみるか」


 彼女の右手に緋色のサテンが現れる。それは命あるかのように彼女の肩に乗り、剣がむき出しになる。……月神の剣。ドロシー最強の魔道具。


「この剣は手にすれば軽くなる。私でも振りまわせる」

 言葉通りにぶんぶん振りまわす。


「これ以上破壊はやめよう」俺にも請求がまわる。


「違う。折坂ちゃんに聞いている。ここで強き者が誓えば、それはその者の手に現れる」

「何が?」

「影添大社を守る法具。……南に鎮座なす影添の御霊よ。この島国に異形が集いだしたのはご存じでしょうか」


 ドロシーがたどたどしくも日本語を人の声でだす。破邪の剣を掲げる。


「いまの世の宮司はまだ幼い。彼女を守るものを更に必要とお思いならば、我が手に白銀の五鈷杵を現し賜え」


 剣から真上へ紅い光が一直線に伸びる。高い天井に当たりドーム状に広がる。俺達を紅く包む――その荘厳な光を凌駕する圧倒的光が真横からあふれ出した。


「へへ、やってきた」

 左手からの白銀色に包まれたドロシーが笑う。

「影添なんか守るはずないのに。あれ?」


 その手から白銀は消える。包む紅も消える。


「なんで余計を言うんだよ。もう一度誓えよ」

 白銀で作られた法具なんて最強だろ。貸してもらいたいぐらいだ。絶対に借りる。


「わ、わかった。――御霊達よ。いまのは戯れであり、私の本心は、無音宮司を我が妹のように愛し、折坂と麻卦を盟友と想い……」


 ドロシーは三回チャレンジしたけど、紅色ドームが築かれることも、その手が白銀に輝くこともなかった。


「これ以上しても無駄だ」

「だね。史乃と合流しよう」


 二人は戦果なく来た道を戻る……。呼び止められている?


「哲人さん、どうしたの?」

「俺もチャレンジしてみようかな」


 左手を突き上げてみる。ドロシーみたいな口上は無理だけど。


「俺は影添大社に何度も助けられた。宮司にも、折坂さんにも、麻卦さんにも大蔵司にも。なのに、お礼をまだしていない。そのために力が欲しい」


 だけど何も起きない。


「魔道具がないからだ。哲人さんは輝かせるから可能性がある」

 ドロシーがしまったばかりの月神の剣を現す。……またこれを握る日が来るとは。


「俺の力を見てくれ」

 剣を掲げる。ずしりとした重さのまま。

「わあ!」


 ドロシー以上に青き光が飛びでてしまった。天上を突き破るほどに当たり、えぐるように広がっていく。


「哲人さんこそオーバーロードだ……」

 ドロシーの声が震えている。俺に抱きついてくる。


 だけど、いつまで経っても俺の手が白銀に輝くことはなかった。


「なんでだろう?」

 手と肩が疲れてきた。剣が軽くなる機能はドロシーだけのオプションか。


「私に奪われるのを恐れているのかな、へへ」

 ドロシーが俺から月神の剣を受けとる。「それに君が守るのは私だけ、へへ」


「お互いにね」

 史乃を待たせているのを思いだした。俺は早歩きで戻る。ドロシーはまだ腕にしがみついている。……影添大社を守るなんて無理だから白銀法具はプヤウ。そういうことにしておこう。


 *


 史乃は今までで一番厚化粧になっていた。


「これで異形は寄ってこない。肌もいい感じ」

 愛想笑いを浮かべる。ひび割れが起きそうだ。


「ずっとかわいくなった」

 ドロシーが意地悪な笑みを浮かべる。

「では哲人さんのガーディアンの契約を解消して」


「もちろん」

 史乃は即答する。俺へとくすりと笑い、ひび割れが起きそうだけど……無償ボランティア。

「代わりにドロシーちゃんも手伝ってね」


「言われなくても台湾へ行く。そして楊偉天の霊を倒して、京に反省してもらう」

 ドロシーにかかるとピクニックだ。


「霊じゃない。魄だよ」

「……だったら厄介。怨霊なら邪だったのに、心なき虚ろか」


 ドロシーの判断基準だと、悪霊は問答無用で倒すべき存在で、魄はちゃんづけする対象か。


「楊偉天の魄は知恵も感情もある」

「そんなのに関係なく京を苦しめているのだから悪だ」

「とにかく急ごう。呑気な大蔵司ならまだまだ目を覚まさない」


 史乃の言葉にドロシーが思案顔になる。

「なるほど。意識ない状態なら乗っ取れる。つまり京を起こせばいいだけ。だったらその前に別の器を探す……だれが京の気を失わせた?」


 史乃だ。


「ドイメだ」史乃が即答する。「そして逃げた」


 嘘が咄嗟にでるのもハンターの資質だろうか。ドロシーはうなずく。


「吸血鬼とサキュバスのハーフだ。男を惑わす」

 俺をちらりと見る。「はぐれ魔導師のルビーぐらい厄介」


「ド、ドロシーは彼女を知っているんだ」

 いきなり名前がでて思わず口にだしてしまう。知らぬふりをすべきだった。


「哲人さんこそなんで知っているの?」

 彼女の目がすっと細くなる。「ルビーのデッドオアアライブも依頼されている。ミリオンダラーだ」


「断ったんだよね」

「これは請けた」

「はい?」

「たった今、請け負った。手荒く躾けて逮捕する。で、あの忌むべき女と会ったんだ。私より背があって(スリムでもある)、すごくきれいな十七歳」


 ドロシーは俺をじっと見ている。何があったのか探るように。


「私と大蔵司が乱入した際に飛び蛇が視覚でルビーを見せた。おかげで混乱させられた」

 嘘が上手な史乃が助けてくれた。「これ以上のんびりするなら、私一人で台湾へ向かう」


 ようやくドロシーが俺から目をずらし、代わりに史乃を見つめる。史乃は目を逸らさない。ドロシーが俺の腕から手をどかす。


「わかった。出発しよう」

 とか、ふつうの人なら言う。だけどこの人は。

「へっ、ここで手合わせしよう」

 その手に七葉扇が現れる。


「意味わかんね。そもそも龍も九尾孤も倒した人のお相手できないよ。稽古にもならない。急ぐだけ」

 史乃は風神の剣をださない。それでも目を逸らさない。


「ドロシーが一人でやっていろ。俺は史乃と向かう」

 きつい言葉をかけないと、彼女は聞いてくれない。それくらいは知っている。

「思玲が狙われるかもしれないし」


「そうだった。丸茂のせいで遅くなり過ぎた」

 ドロシーの左手に春南剣が現れる。唇を舐めて、真上に向けて扇と交差させた。ついに一年ぶり聞かされる。

「最速で向かう。噠!」


 萌黄色と紫色の螺旋が放たれた。巨光環二十個分もあろうかという真なるとてつもなき光。過ぎ去れば、数十メートル上から南国の陽が差し込んできた。


「ドロシー様、出発ですか?」


 羽根のはえた一角白馬が優雅に降りてくる。ハーブだ。俺の部屋に何度も来たみたいだけど、盗撮に加担したようだけど、聖なるペガサスも、これまた一年ぶりに見て声を聞いた。


「私と哲人さんは台湾へ向かう。……ニョロ子ちゃんは?」

 俺へ聞いてくる。式神の存在を忘れていたけど、これだって一年も顔を合わしてないから仕方ない。


「会ってないの? 入れ違いで四川省かも」

「だったら丸茂の仕事が増えた」

「はい?」


 口を開けて呆然とするだけの史乃が我にかえる。


「だから丸茂は私の代わりに中国へ行く。リバースパンダを説得する。ニョロ子ちゃんを台湾へ向かわせる。風軍を上海に置いてきたから、帰りは乗ってきてね。往路は殲ちゃんを貸してあげる」

 それから俺の手を握り「哲人さんは私とハーブに二人乗りだ。……丸茂はオセロちゃんを倒すな。躾けるだけ」

 もう一度史乃をにらむ。


「殲は上空です。陸上に行けば姿を現すでしょう」

 ハーブがドロシーに告げ、着地して羽根をたたむ。


「わかった。すぐに終わらせて追いかける」

 史乃は気さくだ。ドロシーの言いなりなわけでないのを、俺はすでに知っている。


「へへ、哲人さんが前だ」


 ドロシーが颯爽とペガサスに飛び乗る。俺は手助けしてもらいながらよじ登る。同時にハーブは浮かび上がる。


「史乃。気をつけてね。本当に本当にありがとう」

 俺は地下に一人残った人へ手を振る。またすぐに会えるよね。


「哲人もサンキュー。めっちゃヒリヒリできた」

 史乃も手を振る。「渡すものがあるから、必ずまた会おうね」


 それはお稲荷さんの小石。二人をつなぐもの。俺は背中にしがみつく人の反応に警戒してしまう。


「エルケ・フィナル・ヴェラノか……」

 だけどドロシーは心ここに非ずだった。


「それは何?」

「El que fin al verano《夏を終わらせるもの》だよ。アンヘラが主である、枯葉に似た金色の鱗だから名づけられたドラゴン。哲人さんは見かけた?」

「いや。そいつを倒すのも依頼されたの」

「法外な値段で。世界中で私だけにだから断れなかった。アメリカまで行くつもりはなかったけど……また龍が関わるなんて」


 連中がチコと呼ぶ幼きドラゴンのことか。しかし夏を終わらせるなんて、不吉すぎるネーミングだ。


「夏は今からだよ。楊偉天の件を済ませたら海水浴してから香港へ行こう」

「そうだね、へへ。哲人さんは生臭い」

「海水に浸かったから磯臭い」

「私は汗かいた。どこかでシャワー……急がないとね」


 それきりドロシーは黙りこむ。あいかわらず浮き沈みが激しい。声をかけるべきかもしれないけど、彼女の熱を背中に感じるだけにする。またもデニーはドタキャンされたか。ざま見やがれ。


「ハーブは楊偉天を見つけられるの?」

「真に禍々しきものなら」


 白い雌馬が素気なく答える。俺は忌憚すべき水竜を思いだし身震いしてしまう。二度と会いたくない。


「どうしたの?」接したドロシーが聞いてくる。


「いやな敵を思いだした」

「なかなか忘れられないよね」


 ……君こそなの?

 俺達を乗せた天馬は海上を低く飛んでいく。青い空。白い雲。梓群の鼓動。……史乃の胸。ルビーの唇。


「ごめんね」


 俺は心で謝る。返事があるはずないけど、俺の腰を抱える腕が何故だか強まる。





次章「0.4ーtune」

次回「彼女と馬にまたがり国境を目指す」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ