表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

十三 人面竜

 はりつけで火あぶりになる人達……。


「効かねーよ」

 史乃はサンドの視覚を一蹴する。

「お前らのが残忍だ。犠牲となる弱き人を守るために私はいる」


 そうだよ。人よりも嗜虐なのは魔物達だ。残虐シーンをコレクションするガラガラヘビこそを呪え。いつかこの手で引きちぎってやれ。

 だけど俺は振りかえれない。あの空飛ぶ水竜と目を合わせたくない。勇気を萎えさせる存在。


「お稲荷さんの護りが完璧なくなっちゃったね。ぎり私達を助けてくれた」

 史乃は護符が消えたことに気づいてもあっさりしている。

「こいつらから」


 更にはあの存在も平気みたいだ。膜の向こうの人面竜とにらみ合っている。フリーランスの異形ハンターか。どれだけ修羅場をくぐってきたのだろう。俺にも勇気をおすそわけしてくれる。


「移動しよう」

 それでも俺は振り向けない。奴らとの間に境界を作ってくれた膜は清浄だ。おそらく影添大社が仕掛けてあった結界だろう。つまり俺と史乃は安全地帯に逃れられた。サンドも来やがったけど。護りがないなら毒牙に警戒。噛まれた瞬間に死ぬ……。毒蛇におびえろ。それを餌に近寄らせろ。


「長居は無用だよ」

 俺はようやく周囲を見渡す。ここが終点の一本道。先ほどと同じくコンクリートで囲まれている。イソギンチャクはいない。


「エイジが呪文を唱えている。結界を消すつもりだ」

 史乃が人の声で言う。俺は振り向けない。


「ここを立ち去ろう」


 三回も言えば聞いてくれるだろう。どこかに出口があるはず。

 ようやく史乃が隣に来る。


「サソリがハカだよね。そいつとそいつに乗っていた白人男がいない。痩せた若者だった。おそらくヒューゴだ」

「俺は気づかなかったよ。あの化け物から目を逸らすで精いっぱい」

「くすっ、たしかに過去ワースト。……エイジなら入り口を知っていてもおかしくない。挟み撃ちにするつもりかな」


 史乃は警戒が習慣になっている。その目はマジで飛び蛇が近づくのを待っている。戦場での状況判断も怠らない。即断即決たまに暴走のドロシーとタイプは違うけど、同じぐらい頼りになる。……お稲荷さんの加護があったら。


「挟撃はあり得る。どうする?」

「哲人が考えてよ」


 彼女は思考放棄ではない。万策が尽きただけ。


「聖域があるはず。探そう」

 なんであれ動けば可能性があるはず。たどり着けたなら、あるかもしれない影添大社の秘宝。


「結界が壊された瞬間に、すべての力を込めて巨光環するよりいいかもね」

 限りなく相討ちを狙っていた史乃がようやくこちらを向く。

「乗り切れたら、今後は無償で哲人を守る。ボランティアのが私の性にあっている」


「もったいないよ」

「ふふ」


 史乃がくすりと笑う。二人は並んで通路を歩きだす。史乃が腰に巻いたタオルはすでにはがれている。だけど俺は目を向けない。前だけを見る。


「ひやああ」悲鳴をあげてしまった。


 目の前に巨大な女の顔。虹彩のない黒塗りの瞳。


「い、いい」


「わあ、わあ」

 声にならぬ声を聞かされ腰を抜かしてしまう。


「視覚攻撃だよ」史乃に手を引かれる。「見えない毒蛇のが怖いって」


「この子は真忌まきだ。影添大社のガーディアン候補だったが干されていた」

 エイジの聴覚が続く。

「忌憚なく言えば、見た目も中身も最悪だからだ。そんな真忌がお前達を食べたいらしい」


 通路より巨大な女性が口を開ける。ぼろぼろの歯。青い舌。口臭はしないけどきっと生臭いだろう。


「歯磨きしないとこうなる」

 また史乃がくすりと笑う。右手に剣を持ち、左手で俺の手を握り、臆することなく真忌の開いた口へ向かう。

「蛇が近づいてくれない。私より哲人を警戒している」


 素気なく言うけど、たった今しゃがみ込んだ瞬間に噛まれていてもおかしくなかった。サンドに襲われなかったのは、史乃のおかげに決まっている。


「今度こそ頭を叩き潰す」

 見えないガラガラヘビへ宣言して、史乃の手を離す。幻などを恐れずに自分で自分の身を守る。サンドめ、俺に近寄れ。


「怖すぎ」

 史乃がまたくすりと笑い、二人は並んで真忌の口へ入る。視覚が消える。


 三十秒も歩かぬうちに、通路が直進と左折の二股になった。迷路になっているのかも。左への通路では真忌が恨めしそうに俺達を見ていた。


「来てほしくない側に視覚を仕掛ける」

 史乃は左に曲がろうとする。


「俺達ならそうするとエイジなら気づく」

 俺は直進路を選ぶ。


「賢いね」史乃は従う。「あくどいか」


 史乃だって万能でない。漢字と用法をダブルで間違えても指摘しない。エイジと俺の姑息対決なだけ。

 次は交差点になっていた。真忌は右折側。


「この場合は真忌を目指すか反対側を選びたくなる。なので直進だ」

「くすっ。根拠なし」

 史乃は従う。


 次も交差点。真忌は三方にいた。


「遊ばれている」

「サンドが視覚を置いた順は右、左、真ん中。どうする?」

「だったら直進」


 なんで順序が分かるのか聞きやしないし、俺の根拠は最後だからなだけ。つまり適当。次は突き当りのT字路で、どちらにも真忌はいない。そもそもこんな迷路を作るタヌキが嫌らしすぎる。


「剣に聞いて」

 史乃へ言う。導きがあるのならば、進むべき道を教えてくれるだろう。


「さすがに無理だって」

 それでも史乃は笑いながら剣を掲げる。青白き光が来た道へと照らされる。

「私もすげえ……。結界を破られたら戦えって意味かな」


 ともに戦い散ろう。

 俺も月神の剣に望まれたことがある。だとしても俺は考える。真忌の大きさだとこの通路に入れない。無理しても突っかかり小回りが利かない。破邪の剣を持つ史乃なら倒せる機会があるかも。

 水竜も体サイズを変えられるならどうする? エイジはここをホームにできるかもしれない。サンドもいる。


「後戻りしない。ハンターの勘で右左どっちに進むか選べ」

「……哲人最高。弱いくせに強い。なんかガチの男って感じ」

 史乃が剣で右を指す。「こっちにしよう。そして生き延びたら、ドロシーに返さない」


 俺だって君とずっといたい。俺じゃなくパンダを選んだ人よりも。

 でも彼女ともたっぷり死地を切り抜けてきた。生死の狭間がいまと同じくらい楽しくも感じられた。なのに、すぐうつむく人。満面の笑みを見せてくれない人。


「俺はドロシーと結婚を誓っている」

 明確な返事はもらってないけど。


「そりゃそうだよね。いろいろ聞かされているし」

 史乃が右へ歩きだす。


「……何を?」

「夜の二人を。ドロシーは大蔵司に細かく何度も執拗に教えたらしい。具体的には私の口から言えないけど、枕もとでささやくセリフとか。前戯とか。体位とか。終わった後にささやくセリフとか。1ラウンドにかける時間とか。ひと晩の回数とか。ひと晩にいった回数とか。……哲人すごいね。夜こそ男って感じ。それに付き合えるドロシーもすごいけど」

「大嘘だよ」


 そもそも一年誰ともやってない……。

 滅茶苦茶妄想女め。俺がこっちの世界と関わらないのをいいことに、誇大破廉恥虚偽を吹聴しやがって。現実は服の上からも触らせないくせに。俺がその気になれば逃げるくせに。それに比べて史乃は……夜の俺を期待されても困るな。


「溜まっているから早いしあっさりしているよ」

 なんて言えるはずない……「あっ」


 その先は行き止まりで、はじめて扉が現れた。

 史乃が俺を見る。夜の帝王がオープンドアするのを期待しているみたい。


「ぎょぎょっ」


 サンドが姿を現した。ドアのノブに体を絡めて尻尾をがらがら威嚇する。毒牙を見せつける。


「おのれの身に代えても行かせたくないのか」

 史乃がサンドへ剣を向ける。


「こいつも賢い。斬撃を飛ばせる罠かもしれない」

 跳ね返ってきても護りはない。


「だったらまたまた挟み撃ちだ。あのオヤジは駆けてきている」


 エイジは膜の結界を突破したのか。


「一人で?」

「気配は魔道士だけ」


 考えろ。この通路は迷路なだけで安全。この扉も罠はないかもしれない。でも奇跡的に正しいルートを選んだだけかも。

 史乃は俺の答えを待っている。思玲ならばとっくに剣でドアを叩いただろうな。そして結界に閉じこもる。大蔵司なら最初から結界に引きこもる。ドロシーなら……尻尾を鳴らしている。こんなかわいい飛び蛇ちゃんを倒せない。

 違うだろ。こいつは嗜虐な悪しき異形だ。躾けろよ。

 いいえ。だったら飼い主が悪い。そいつらこそ痛めつける。


「剣の導きが正解だった。戻ろう」

 片側の通路が開いたなら、ハカもヒューゴもそっちに移動するかもしれない。勝てなくてもだ、まとめて躾けてやれ。あのサソリは悪だ。倒してやる。


「気づいたけどさあ、アンヘラがいるかもしれない。気配を隠して」

 史乃が丸い瞳で俺を見上げる。見えないサンドの動きに警戒しながら。

「こいつに聞かれようと仕方ない。私だとアンヘラに勝てない。昨夜も何度も斬られた。お稲荷さんの護りに加えて大蔵司にさすってもらえないとキツすぎ」


 狩りの者の目にかすかに怯えがある。


「アンヘラがいるなら結界を斬ってすぐに突入された。つまりいない」

「どうかな?」


 ほくそ笑む褐色肌の女性を視覚で飛ばされた。やっぱりこの蛇こそ倒したい。


「ほら見ろ。やっぱりいないと教えてくれた」

 そういうことにして、史乃の手を握る。


「私らなど子分だけで充分か」

 史乃が俺の手をはらう。

「ごめん。蛇がいるから手をあけておきたい。先に歩いて」


 史乃が風神の剣を両手で持ちなおす。俺は背後を守られながら来た道を戻る。


「速い。運動会のヒーローだったかも」

 史乃がつぶやく。


「エイジが来た?」

「その角で待ちかまえている。蛇がいるから今更気配を消しても意味ない」

「他はいる?」

「気配を完璧消せないなら、なおも一人だけ」

「そいつはエイジでないかも」

「忌むべき力を持つ中年オヤジなのは間違いない」


 覚悟のときが来た。


「俺は弱い。史乃に戦ってもらうしかない」

 歩をゆるめずに告げる。

「でも連中は俺の命を狙っている。だから、とどめは俺が刺す」


 T字路まで残り五歩。史乃は否定しない。


「異形だけ成敗して過ごしたかったな」

 あきらめた口調になるだけ。

「なんで魔道士は仲間同士で争うんだろう」


 史乃には人へ剣を向ける覚悟がある。あと二歩。


「巻き込んでごめんね」

「高額な日当に目がくらんだだけ。私も奴らと同じか」 


 手前で立ちどまる。


「斬撃をカーブさせられる?」

 俺は姑息だ。


「したことないけど、これだったら運がよければ」

 史乃が腰を落とし剣を斜にかまえる。

「巨光環!」


 とてつもなくなくなった光のベーゴマが飛びだす。壁に当たり、よろよろと敵が待ちかまえる通路へ向かう。昼寝でもしていない限りダメージを与えられなさそう。だとしても。


「突撃だ!」

「ごめん。噛まれた」


 拳だけで向かおうとした俺は振りかえる。史乃は左足の踵を押さえていた。


「すぐに払い除けたけど、無様に致命傷」

 そのまましゃがみ込む。


 サンドは術を放つ無防備の瞬間を待っていたのか。史乃は無様じゃない。追いつめられていただけ。


ちくっ


 右腕に針の痛覚。


「サンド。即死させてよかったのだぞ」

 エイジが現れた。小刀を手にしている。

「……ははは。松本は何度も紫毒を浴びてきたな。体内に抗体が出来だしたらしい。人でなくなりだしたか」


 聞かされる俺は脂汗。不快と脱力感で立っているのがやっと。


「史乃」声かけるのがやっと。返事はない。


「扉を開けたら可能性があったのにな。サンドはヒューゴ達を呼べ」

 エイジが俺を見つめる。

「お前達は真忌の餌だ。水路はこの下にもある」


 奴の背後で床が破裂した。そこから大きな女の顔が現れる。濡れぼそった黒い髪の毛。恨めし気な眼差しを俺に向ける。


「史乃は見逃せ」俺は声を絞りだす。


「そいつの名前か? 残念だが呼吸が浅い。屍を食われるだけだ」


 人を異形に食わせる刀輪田永嗣を憎め。呪え。


「い、いひひひ」


 真忌と呼ばれる水竜が興奮しだした。べったりした髪を震わせる。鼻の穴をひろげる。


「松本の感情が気に入ったようだな。餌を横取りすると怖い」

 エイジが俺達に背を向けて真忌へと歩む。忌むべき化け物の背後へ移る。


「い、いいいい……」

 俺と面した真忌が更に興奮する。口を開ける。とてつもなき口臭。


 こいつは俺の負の感情を味わっている。だったら憎むな。怖がるな。あきらめずに立ち向かえ……。

 ほら見ろ。そんな感情だけで形勢逆転だ。

 だってお稲荷さんの狐は二体いる。護りもふたつ。俺の手のひらに小石が現れた。


「史乃!」

 俺は化け物どもへ背を向けて、横になった史乃に抱きつく。彼女の手にお稲荷さんの護符を押しこむ。


「松本は何者だ?」

 エイジは気づく。「真忌、はやく食べろ! 手遅れになる」


「い、いいい!」

 真に忌むべき化け物が床を削りやってくる。


「すでに手遅れだよ」

 俺は笑みを浮かべて立ち上がる。だって俺の左手にもうひとつ護符が現れた。

 お天狗さんの木札を握りしめる。

「喰らえ!」


 化け物の青紫の唇へと拳ごと火伏せの護符をぶつける。


「いいいいい」真忌がのけぞる。


「こんなで済ませるものか」

 護りのひとつが現れたということは。

「英雄の帰還だ」


「哲人さん伏せて」


 扉がある背後から声がした。

 俺は従い、床に顎をつける。史乃と目が合った。彼女も復活した。

 そして俺は一年ぶりにあの掛け声を聞くだろう。


「死ぬほど照らせ!」


 こっちかよ。だとしてもとてつもなき紅色が真上を通過。真忌を飲みこむ。


「灯し火だよね……なにこれ、あり得ない」

 照らされた史乃が隣で呆気にとられている。


「こっちも一発で逃げた。哲人さん追うの?」

 紅色の中をドロシーが歩いてくる。


「いいや」

 俺は立ち上がる。彼女の戦場でのアップテンポなペースが懐かしかろうと。

「あいつらより先にすべきことがある。……助けにきてくれたんだ」


「哲人さんが襲われたと、折坂ちゃんが教えてくれたから。また麻卦は騙しやがった。ちょっと赦せなくなってきた」

「ちゃんって、あの獣人だよね」


 史乃が更に目を丸くする。

 ドロシーは俺だけ見ている。


「だけどすぐに中国へ戻らないとならない。だから君を香港へ匿う。私の部屋の隣で過ごして。シャワールームは私の部屋にしかないけど、へへ、貸してあげる」


 ドロシーはそんなことを言う。魔道団の庇護に入ればアンヘラも手をだせない。しかも彼女の部屋でシャワー。


「その前にやることがある。ドロシーにも手伝ってもらいたい」

 火伏せの護符はすでに俺の手にない。ドロシーが胸もとをちょっと気にしたから、きっと所定の位置へ戻ったのだろう。

「史乃は回復したよね?」


「うん。さすがお稲荷さん。めちゃめちゃ死にかけていたのに」

 史乃も立ちあがる。

「でもね、この油揚げは哲人のものだよ」

 俺に手を差しだす。


「ぷーしー! 名前を呼び捨てた」

 ドロシーの声色が変わったぞ。

「丸茂なんかがダーリンと至近距離。しかも親密」


「え、そ、そりゃ護衛を受けちゃったから。はは」

 史乃が愛想笑いを浮かべたぞ……。





次回「ひえラルキー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ