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十一 水賊館

 紫と黄色の触手がうねうね。腕よりも太いのが四方から俺と史乃を包む。


「手を離さないでね」

 俺の手を握ったままで、史乃が剣を振るう。

「巨光環!」


 巨大なイソギンチャクの口腔内へ破滅的光が旋回していく。

 イソギンチャクに吐きだされ、史乃に抱えられるよう着地する。……幅5メートルはあるコンクリートで作られた地下道か。明かりは史乃の術以外にない。


「雑魚め」史乃がつぶやく。


 巨大イソギンチャクが溶けて消える……。


「影添大社の式神だろ。倒すな。回復させろ」

「たあ!」

「ひい」


 俺の頭上へと光を放った。伸びていた触手が千切れて落ちる。見渡せば巨大イソギンチャクが一、二、三、四、五、六……十、二十。地面にもいる。壁にもいる。


「ガーディアンか。数が多すぎるので奥へ急ごう」

 史乃が俺の手を引きずる。

「とお! たあ!」


 イソギンチャク回廊だ。史乃は伸びてくる触手を切り裂いていく。


「一番でかそうな奴を真っ先に倒したけど、きりがない。こうなったら大蔵司が倒したことにするしかない」

 史乃の手のひらが汗ばむ。

「口裏あわせてね。巨光環!」


 光り輝く巨大ベーゴマが発射された。とてつもなき光は見境なく蹂躙しようと、術者である史乃に当たらない。彼女とくっついていれば俺も安全。でも間違っている。


「やめろよ。無闇に倒すな」

 気色悪い化け物だろうと、ドロシーなら絶対に倒さない。かわいいかわいい言うだけだ。


「どうでもいい連中を消しただけ。この先にもっと強いのが飼われている。たっぷりと」

「その先に何がある?」

「最後の用心棒を倒せば、快適に休める施設が待っているのが普通の展開」


 そんな漫画は読んだことない。ゲーム的に考えればモンスターの先にあるのは……宝箱。でも影添大社所有物だ。

 ようやく巨光環がおさまった。見える範囲にイソギンチャクはいない。史乃が通路の先まで朧の光を飛ばすと、触手がうねうね照らされた。どうでもいいらしきイソギンチャクがまだまだたっぷり……。


「哲人は気配を消せる?」


 俺を下の名で呼ぶようになった史乃が言うけど、義務教育で習ったことない。


「俺は力なきただの人間だよ」

「どこが?」くすりと笑い、「私の背に隠れて行けるところまでいこう」


 一流のハンターは同行する俺をも潜ませられるのか。


「わかった」

「では手を離して私の腰を抱いて。くすぐらないでね」


 史乃が事前みたいにくすっと笑う。俺は言われたとおりに背中から彼女の背後から手をまわす。覚醒の杖を左手に持ちなおす。やっぱりか細い腰。その上はノーブラ。その下は黒い下着。……シャツからは焼肉屋の匂い。日給十二万円と言っていたな。

 惑わされるな。俺が欲しいのは武器。独鈷杵があれば余裕で倒せただろうに……。ドロシーを見習え。彼女は邪悪でなき異形の成敗を拒んだ。自分を殺した折坂さんや、俺の基準だと悪に属する白虎さえも説得に成功した。俺が倒すのはイソギンチャクでなくガラガラヘビとサソリ……。

 そいつらさえもドロシーなら赦すだろうか。人の姿のドイメや、金のために俺達を狙うはぐれ魔導師はどうするのだろう。


 ドロシーをこの戦いにまきこむべきでないかも。もっと俺が力を手に入れて解決させる。アンヘラやエイジを力ずくで説得する。……無理だろうな。異形にならない限り。二度となるはずない。青い目にさえなりたくない。

 生死をかけた決着を覚悟しとけ。だからなおさら、その覚悟を持てそうにないドロシーを巻き込んではいけない。


 考え事に没頭しながら史乃の背に貼りついて歩いていた。コンクリートの無機質通路へ意識が戻るなり。


ぐにょ


「わあ」触手が首にからまった。


「ここまでパーフェクトに気配消していたのに。哲人すごいと抱きつく直前だったのに」

 史乃が振りかえり、剣を振るう。

「あとちょい。走ろう」


 数メートル先にドアが見えた。史乃に手を引かれ駆けだす。首の触手は消えていく。……鍵は開いているかな。


「絶対に罠がある」

 三重の護りがなければ入ってはいけない。


 志乃がぴたりと立ちどまった。


「あり得る。あり得すぎる。たあっ」

 俺の背後に斬撃を飛ばし「強いのが三体待ちかまえているのに並の上に挟まれた」


「並の上?」

 それは史乃のバストサイズ。俺も振りかえってしまう。通路いっぱいのサイズの緑色の毛玉が転がってきた。


「巨大マリモのこと。ショートカットで会わずに済んだ最初の門番かな」

 史乃が中腰になる。剣を斜にかまえる。

「倒すしかない。巨光環!」


 俺達はドロシーじゃないのだから威圧的に平和を求めるなどできない。倒すべき敵は倒さないとならないのか。

 でも破滅的光は毛玉に吸収される。マリモの緑色の産毛が紫になる。


「げっ、これは苦手系だ。エネルギーを吸いとり臨界点を過ぎれば爆発するタイプ。狭い通路に逃げ場はなし。さすがデブ麻卦の布陣」


 史乃はあっさり負けを認める。マリモは転がってくる。


「俺達はお稲荷さんに護られている」

 お天狗さんにも守られたい。ルビーにも。


「ギャンブル? 発動して吸収されて爆発したら即死だよ」


 史乃は冷静。知識もあり頭もまわる。すぐ猪突になる思玲や独自観点で戦うドロシーより、戦場では頼りになるかも。でもドロシーに守られたい。隣にいてほしい。

 その意識を捨てろ。今度こそ俺が梓群を守るのだろ。その為に……メダルを賭けるのはふたつにひとつ。マリモを迎え撃つか、それとも。


「ドアを開けよう」

「罠があるって」


 ならば俺が取っ手に手をかける。同時に電流。

「きゃああ」

 びっくりしただけ、護られているからしびれただけだ。だけど開けられない。壁にカメラとテンキーがあった。


「たあ!」

 志乃がドアへ斬撃を飛ばす。弾かれて俺の腰をかすめる。

「これに巨光環を当てるのも危険」


 毛玉に潰されるまで、まだ時間はある。


「ドアにマリモをぶつけて爆発させる」

「私達も巻き込まれる」


 思玲か大蔵司がいれば結界に入れるのに。……通気孔。映画みたいにあるはずない。


「巨光環で穴を開けろ。そこに身をひそめる」

「それでいこう。哲人は私の背中にいて。……風神の剣よ、輝きて突風を呼べ。暴風となれ。そして起こせよ巨光環!」


 俺は彼女の肩越しに青白い光の渦を見る。史乃は二種類の巨光環を操っている。巨大で蹂躙する光の輪と、小さくて制御された光の輪。おなじフォームでストレートと変化球を投げ分けるようなもので、敵に悟られにくい。で、いまのは小さい方。

 紫色のマリモはそこまで来ている。膨らんで、いまにも自爆しそう。


「巨光環!」コンクリートの削れた破片が史乃に当たる。「巨光環!」


 奥行きが数メートルの穴ができた。でも幅と高さは1メートルもない。


「もういい」史乃の背を押しこむ。俺が盾になる。


「ガチで惚れさせないで」

 しゃがんだ史乃が振り返る。俺の肩越しに光を飛ばす。

「巨光環!」


 同時に俺の身体を引きよせて倒す。カプセルホテルのシングルベッドほど。狭い穴で重なり合う二人が青白き光に包まれる。

 俺の背後でマリモが爆発する。

 術の光も消し飛んだようで暗闇。破片が背中に当たる。感触的に拳ぐらいのサイズ。頭ぐらいのサイズも。だけど痛くない。


「俺も史乃に惚れそう」

 破片をどかしながら腰をあげる。頭が穴の上部にぶつかったけど痛くない。ドアは破壊されただろうか。また術に灯され、彼女と至近で目が合う。


「私はもう醒めた」

 史乃はくすりと笑う。俺の下から這いでようとする。

「追加でマリモが三体転がってくる。すべて爆破すればドアが開くかも」


 まだいたのか。なぜ分かる? 俺も向きを変えたところで緑のふさふさが見えた。


「頭は守って」

 俺にのしかかられたまま、うつ伏したままで、彼女は剣を振るう。

「巨光環!」


 史乃の背を抱えるように頭をおろす。飛び交う破片。異形の破片。汗かいた髪の匂い。焼き肉の匂い。俺も一瞬だけバイトした。賄い飯。


「巨光環! 巨光環!」

 史乃は四つん這いのまま俺の下で必死に剣を振るう。

「巨光環! あと一体。巨光環! 巨光環!」


 これぞ巨光環祭り。史乃に無限の力を授けるお稲荷さんこそ凄い……。この世に無限なんて存在するのか?


「どんなに異形を倒してもお稲荷さんは穢れないんだ」

 ちなみにお天狗さんは穢れた。


「何それ? こんなに成敗しまくったことないから知らね。いまの二人の姿勢ってエロすぎね?」

 史乃がくすっと笑う。

「これで最後だろ。巨光環! ……ふう。殲滅完了」


 史乃がため息をつく。俺達はエロい体位のまま通路へ顔をだす。通路はボロボロ。また麻卦さんに巨額を請求されそう。ドアにも亀裂が入っていた。

 史乃が通路へ転がるように降りる。


「また手をつないで」

 俺へと右手を差しだしてくる。


「史乃は何歳?」聞きながら手を握りかえす。「出身は?」


「いま聞くこと? ……かもね。哲人のひとつ下の射手座。血液型は同じ。中学までさくら市にいた。哲人の故郷の盆地には行ったことなし。河口湖と浅間神社はある」


 A型のちょっと年下女子……ありかもしれない。そんなことを思うな。B型女子こそかわいいだろ。

 しかし忌むべき声は便利だ。平仮名で“さくら”と心に伝わるから、千葉の佐倉と聞きなおさなくて済む。さくら市が何県にあるか知らないけど、それこそいま聞くことではない。どうせ田んぼしかない田舎だろう。棒を握りなおすだけにする。


「ここに居続けるか。ドアを壊すか。先輩だったらどっちにする?」

「頼りになる後輩に任せるよ」

「わかった」彼女はドアへと剣を斜にかまえる。「巨光環!」


 こ、これは蹂躙系だ。頼りになる女子の背後へ逃げそうになってしまう。だけど光の輪がドアの向こうへ消える。突き破った。同時に水がなだれこんできた!


「まずい。穴へ逃げよう」

 史乃があり得ぬ力で俺を押しこむ。「くそぅ海水……」


 一人だけ流されていく。でかくて黒い出目金が追っていくのが見えた。でかくてとげを生やした白い河豚も――ハリセンボンか。ドラム缶を背負った海老みたいなのも――巨大ヤドカリか。

 流れる水は通路をじきに満たしそう。人が三人、流れに乗って立ち泳ぎみたいに現れたのも穴のなかで見る。もちろん手足にヒレがあって首にエラがあるものが人であるはずない。そいつらは俺がいる穴を囲む。


「侵入者は喰っていいことになっている」

 口の裂けた男の魚人が笑う。黒いビキニパンツ。マッチョな鱗肌。


「ただし骨も残さないことが条件」

 口の裂けた女の魚人が俺へ手を伸ばす。紫のビキニ。巨乳な鱗肌。


「もう一人は子分どもが喰うさ。ぐえっ」

 口の裂けた性別不明の魚人が吹っ飛ぶ。ウェットスーツにハリセンボンが刺さる。


 ドラム缶が魚人女に直撃し、跳ねた金魚が魚人男を水に沈める。史乃が俺の手を握る。


「マリモが進入路を塞いでいた。戻ったら溺れ死ぬだけ」

 俺を引きずりだす。

「進むしかない」

 自分のお尻に剣を当てる。

「たあっ!」


 二人して術に押される。広がった扉の穴を抜けて、人間ジェットスキーのように真っ暗な水上を駆ける。


「いててて」肩が痛い。抜ける。


「いててて。尻が燃える」志乃ももだえている。「お稲荷さん頑張れ。灯せ!」


 青白い光の先に、水面から上へ伸びるはしごが見えた。それ以外は先が見えない洞窟湖。


「あそこに登ろう」

 俺は史乃から手を離す。はしごに向かおうとして水中に引きずられる。海藻みたいな感触が足に。きっと意志ある大きな海藻だろう。

「ふん!」


 力をこめても抜けない。海水がしょっぱい。目にしみる。


「あっぷ、ひい、あっぷ」

 史乃も海中に引きずり込まれている。手にする剣が青白く輝く。

「巨光環!」


 とてつもなき光が水中を蹂躙する。足を引きずる力が途絶える。


「急げ」俺は懸命に泳ぐ。

「巨光環!」史乃も牽制しながら必死に泳ぐ。


 二人ははしごで合流して、俺は史乃のお尻――むき出しではないか――を押す。20メートルはある鉄製の頼りないはしご。落ちる恐怖など感じられない。それでも下は見ない。史乃のスニーカーだけ見る。

 でも志乃は見おろす。


「追いつかれた」

 真っ暗でも見えるみたい。

「巨光環!」


 蹂躙する光を真下に向かわせて、また登る。俺も続く。


「開いてた。ラッキー」

 史乃がハッチを押す。俺を引きずりあげる。

「巨光環!」


 この叫びを聞くのは何度目だ。外へと巨大ベーゴマを放ち、ハッチを閉める。俺は大の字になりたい。


「灯せ」

 青い光。史乃は周囲へと警戒する。薄手のジャージがめくれまくっていた。

「敵はいない」


 史乃が安堵をこぼす。濡れた髪。メイクが取れていた。丸い瞳。丸い鼻。肩で息している。


「丸見え。なおして」

 あらためて俺は室内へ目を向ける。五メートル四方の何もない部屋。三方に大きな窓はあるけど出口はない。なんのためのスペースだろう。どうやってここを出ればいい?


「脱いじゃいたい」史乃が横になる。「パンツのお尻の穴が治らない。これが穢れって奴みたいだね」


「浄化させれば復活する」

「どうやって」

「ドロシーができる」


 彼女の胸の谷間でお天狗さんは常時回復した。いずれ息子が所有するもの……史乃の心の声を聞き、心の声を伝えながら気づく。俺の手に覚醒の杖がない。どこかで落としたようだけど、忌むべき世界とつながったまま。


「わあ」


 湖上に飛びでたような部屋が大きく揺れた。史乃の青い灯し火も揺れる。閉じこめられた二人を頼りなく照らす。





次回「出会いたて女子と日中から部屋に閉じこもる」

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