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十 影添大社無人島

0.3ーtune



 大ミミズすなわち土彦は声を発せられないらしい。飛び蛇と同じだ。人の目に見えぬ土彦は日本上空を飛行機以上の速さでうねうね進む。俺達は楊聡民の杖により、姿隠しの結界に守られている。いわゆる鳳雛窩だ。この結界は、やはり増殖するのかな……。

 大蔵司京プラス楊偉天は強すぎる。杖を向けられたらどうにもならない。相手の出方を探るしかないし、戦いになっても大蔵司の顔を殴れない。いざとなれば殴るけど……。思玲は、堕天使に乗っ取られたこいつに術を当てまくったな。剣も向けたな。あんな覚悟は持てない。


「龍がいただと」

 大蔵司である楊偉天が目を丸くする。かわいいけど楊偉天。

「西は隠していたのか……。ううむ、欲しい」


「アンヘラって奴に従っている。追われてもミミズでは勝てない」

 史乃は気軽に会話する。


「現れたら冥界に逃げればいいだけ。儂と丸茂がいれば無様に負けまい。ひひひ」


 俺はアパートに戻りたい。もう存在しない。実家に帰りたい。巻き添えにできない。

 去年の俺は夏の間はほぼほぼ異形で、人の世界から除外されていた。今回は人間のままだ。しかも夏休みではない。このままだと授業さぼり、バイトさぼり(回数は減らしている)、試験放棄……。中退一直線コースに組み込まれてしまった。それどころかアパートの爆発に巻き込まれて行方不明扱いになっているだろう。

 家族と連絡を取らないといけない。だけどスマホがない。覚醒の杖を握りしめるだけ。


「大蔵司のものを貸したいが暗証番号が分からぬ、ひひひ」

 楊偉天である大蔵司が笑う。きれいだけど楊偉天。


「その笑いはやめろ。はいよ」

 メイクをなおす史乃がポケットからスマホをだす。


 自宅にかけると弟の壮信がでた。無難に地元の国立大(医学部)を選んだ奴。自宅が半壊して勉強どころでなかったのだから文句はない。登校前か。


「俺は無事だけど、連絡は届いている?」

『あんた誰?』

「はあ? お前の兄だ。哲人だ」

『レトロな詐欺』


 電話を切られる……。


「冥界で死んだのが償却されてないようだな」

 大蔵司が薄ら笑いを浮かべる。

「人の世界で死んで生き返らねば、松本は人の世界から消えたまま。減価されたまま。ひひひ」


「お願いだからその笑いはやめて」

 俺は冷静だ。決着がつくまでは忌むべき世界の住人でいれば、のちのち記憶が都合よく改ざんされる。それに俺は史上最強魔道士のパートナーだ。彼女なら俺が死なずに済ませる方法を見つけられるだろう。それにだ。

「史乃は俺を忘れなかった。大蔵司もだった。俺の存在は完全に消えてないのでは」


 となると川田の彼女である日向七実は覚えていそう。横根瑞希はどうだろう。


「そんな理屈は知らぬ。松本は過去にない事象をおこなう」

 大蔵司が不機嫌になった。資質じゃね? の一言で済ませないのはさすが楊偉天。

「丸茂。その化粧は異形避けか? 冥界で魔物が寄ってきたのはそれが薄らいだ仕業もあるか?」


「ドロシーにもらった。これがないと化け物がめっちゃ集まってくる」


 史乃がファンデとリップを分厚く塗りながら答える。そんな魔道具を製作中と聞き覚えあるが完成していたのか。……ドロシーがプレゼントとは珍しい。史乃と仲良いのかも。


「成分は何?」

「日本製の化粧品に術をかけたから安全ぽい。ただし肌への乗りがいまいち。メイク落としで落とせないくせに、なにかの拍子で消える」


「ううむ。過去の記述を応用したのか。凄まじき才覚。弟子にも丸茂と同じ資質が一人いたが……」

 大蔵司が俺に顔を戻したぞ。

「王思玲は存命か?」


 この質問がいずれ来ると思っていた。だから答えも準備していた。


「教えないし、もう思玲とは関わらせない。貴様も俺も。大蔵司もだ。ドロシーだけでいい」


 俺達を乗せたミミズはうねうね空を飛んでいる。九州地方は梅雨明けの快晴の空。散々な目に遭わされてきた俺に高所への恐怖が回復することなく、いまも立って眼下の海を眺めている。……ちょっと口調が強くなってしまった。

 大蔵司の手に楊聡民の杖が現れる。


「ドロシーとは梁勲の孫娘。儂の蔵書を盗み読みした子。松本は再会する前に、まとった加護を消したいそうだな」

 大蔵司が杖を掲げる。

「試してみよう」

 そして下ろす。


「ウカノミタマノミコト!」

 史乃が叫んだ。

「まだ消すなよ」


「ひひひ、もう微塵も残っておらぬ。この娘は術の発動も素早い」

 大蔵司が自分を指さし笑う……。


 ルビーの加護を消しただと? 奄美群島上空で?


「結界で見えないのだからもっと低く飛ぼう」

 足もとがすくみだした。覚醒の杖を折れるほどに握りなおしてしまう。


「この野郎!」

 志乃がぬべっとツルツルしたミミズの上をスライディングした。俺の前で剣をかまえる。大蔵司へと。


「攻撃するな」

 妖術士に乗っ取られた体を傷つけられない。義憤の血も発動しないかも。


「分かってる。松本を守るだけ」


「落ち着きなさい」

 大蔵司が諭す顔になる。「良かれをしただけじゃ」


 それでもにらみ合う美女二人。


「……私は隠した殺意にも気づける」

 史乃が剣をおろす。


 たしかに俺は殺されてはいない。土彦が速度をゆるめる。


「ひひ、じきに到着だ。そしたら丸茂は大蔵司をさらに眠らせろ」

「はあ?」

「説明せぬとならぬか。大蔵司が起きれば儂は追いだされる。もしくは彼女の魄に殺される」


 大蔵司が眠り続けないと楊偉天は彼女の体にとどまれないのか。ドロシーがサキトガを内より破壊したのを思いだす。あれと似た理屈かな。


「爺さんが自分でやれよ」

「できぬから頼んだ。見返りとしてこの体に居続けてやるのだぞ」

「大蔵司の体を眺めたり弄ったりするのか?」

「儂は青年の頃から女体に興味ない。若い体に入ろうと、いまも性欲を覚えぬ。むろん男にも。むしろ若い娘と重なっておるのを我慢している」


 楊偉天は異常なほどに潔癖だったと陳佳蘭から聞いている。年老いてからの息子も特殊な技法で彼女に身籠らせたらしい。


「さて、この娘と儂、どちらが頼りになる?」

 百歳まで童貞を守り抜いたらしき楊偉天(大蔵司)がおのれを指さす。


 史乃が俺を見た。判断を仰がれてしまった。一長一短。大蔵司には何をしでかすか分からぬ潜在的恐怖がある。それを言うなら楊偉天こそ恐ろしい。


「その体から追いだされるとどうなる?」

「さきほど一度出てみた。底へ引きずられたので慌てて戻った。儂は赦されてないようだ」


 人の命を弄んだものは永遠に赦されないよ。


「島が見えてきた。ひひひ、囲む珊瑚が人除けの術を吐き続ける。島に入れば苦痛はない」

「なんでそれを知っている?」

「儂が珊瑚を異形に変えて育成したからじゃ。荒波も弱める。影添大社からも頼られた時があった」


 頼った影添大社もだが、生態系を禍々しいものに変えて得意げになる妖術士……。

 楊偉天に俺への恨みは無いのだろうか。俺が奴の胸へ独鈷杵を突いた感触はまだ残っているのに。


「松本が儂を倒したのは忿怒の法具。ひひひ、お似合いじゃった」

 覚えてはいるようだ。


「あれはいつでも俺の手に現れる」

 はったりだけはしておく。


「どうかな? ひひひ……」


 不吉な笑いとともに土彦が降下を始めた。……俺を殺したいなら、いくらでもできたはず。俺の命も弄ばれているとしても。


「大蔵司には悪いけど、もう少し寝ていてもらおう」

 これは俺の心の救済の機会だ。理由はなんであろうと、俺は人を殺した。その人物が魄とかいう訳わからぬ存在だろうとここにいる。

 赦しを請うなどしない。代わりに、ひとつだけでも善き行いへと導いてやりたい。それは劉師傅も望むことだろう。

「俺はルビーの加護が消えたただの人間だから、パワーアップした大蔵司にも助けてもらう必要がある」


 そういうことにしておこう。心置きなくドロシーと会えるようになれたし。


「屍術師の護りは消えたけどさあ、代わりに私がお稲荷さんの呪文をかけたよ。松本は私の力に守られている。肌を重ねあわせているぐらい」

 史乃はそんなことを言う。


「屍術師だと? ……稀なる資質。ぜひ会ってみたい。ひひひ」

 大蔵司が邪悪に笑う。空飛ぶミミズがビーチへ着陸する。

「反対岸が崖になっている。そこに祠があるので向かえ」


 大蔵司(楊偉天)が命じて、土彦がうねうね陸上を進む。背の低い植生を傷つけない。……飲み水はあるのだろうか。人のままで戦ってきたので喉が渇いている。史乃も大蔵司もカバンを持ち歩いていない。


 大蔵司が「とまれ」と叫び数メートルから飛び降りる。百歳の老人にはできない芸当。ちょっと不安がよぎる。

 史乃が続いて飛び降りるので、ただの人間である俺も土彦からそろり降りようとして滑り落ちる。……尻から落ちたのに痛くない。お稲荷さんの護りのおかげかよ。

 石を積み重ねただけの膝丈ほどの粗末な祠があった。


「この地下に祭祀場と宿泊施設があるよね。社外秘を大蔵司から聞いている」

 史乃が言う。折坂さんという重しを忘れると、大蔵司の口は風船より軽くなる。


 祠を眺めていた大蔵司が振り返る。

「だが呪いをかけられているので入れぬ」


 そんな施設があると思っていなかったので平気だけど、いまから太陽は真上に来るよな。日陰になりそうな場所は見あたらない。喉がなおさら渇いてきた。


「影添大社の呪文を唱えたらどう?」

「あの九字に力を与えるのは魄。儂が口にしようが何も起きぬ」

「まいったね。閉じこもるつもりだったのに、仕方ないか」

 史乃はあっさりしている。「まずは大蔵司が寝ているうちに二度寝させるか。爺さんそこから出ろ」


「意外と賢いな。うっ」

 大蔵司が白目をむき崩れ落ちる。

「急げ。ここでも引きずられる」

 楊偉天らしき黒い影が地面に貼りついていた。


「どうしようかな」史乃が意地悪に笑う。その手に剣が現れる。「嘘だよ、たあ!」


 大蔵司の体が10センチほど跳ね上がる。……罪悪感より、彼女が目覚めたら怒るだろうな。


「感謝する、ひひひ」

 大蔵司が目を開けた。立ちあがる。

「儂は丸茂と離れられぬ、ひひひひひ」


 大蔵司京が起きると楊偉天は追いだされて冥界もしくは地の底へ引きずられる。丸茂史乃に従うしかない。はずなのに、その手に楊聡民の杖が現れる。


「この娘が目覚めぬ限りな。蚯蚓よ行くぞ」


 大蔵司が土彦の頭へ跳躍する。

 史乃が中腰になり風神の剣を斜にかまえる。


「巨光環!」


 土彦の巨体が地面に飛びこみ見えなくなる。青白い巨大な光はターゲットなきまま孤島を蹂躙しだす。俺は彼女の背にしがみつく。光が祠をバラバラにする。


「めっちゃやばい。ランクAの呪いが発動する。逃げよう」


 めっちゃ滅茶苦茶の史乃が駆けだす。俺は必死に追いかける……。


 *


 青い空。青い海。誰もいないビーチに、丸いぱっちりお目めのかわいい系女子と二人きり。俺は砂浜に手をつき息を整える。史乃は汗もかかずに顔を向ける。


「私も松本も呪いを避けきれなかった。いまは平気でもじわじわと半日で死ぬかも」

 彼女はそんなことを言う。

「お稲荷さんの護りを松本に半分譲らなかったら、私はセーフだったかな。お互い即死しないで済んだから、よしとするか」


「俺は呪いを跳ね返したことがある」

 数少ない自慢を口にする。


「その呪いのランクは?」


 ……無音ちゃんに聞いたことないが、人の感情を弄るだけ。Fランぐらいかも。


「巨光環したらスマホが圏外になっちゃった。祠はアンテナでもあったのかな。足になる異形もなし」

「どうしよう」

「呪いを受けちゃったから、地下施設に向かおうか。上塗りされることもないよね」


 上塗りされたら即死だろうな。でも史乃は来た道を歩きだした。……飛び蛇がいるなら間違いなく追ってくる。少なくとも捨て駒である式神違った使い魔は現れる。

 サソリのハカ。ガラガラヘビのサンド。淫魔のドイメ。ロホとアスル。いずれも異様に賢い。とりわけハカとドイメからは自制心さえ感じた。異形の分際で。

 剥き出しでアンヘラ一味に狙われるよりはマシだろう。俺も史乃のあとを追う。覚醒の杖を右手に持ちなおし、強ばった左手をグーパーさせる。


「水あるかな」

「私が口つけたのなら。全部飲んでいいよ」


 史乃がパンツの左ポケットから飲みかけの天然水ペットボトルをだす。


「ありがとう」

 受けとって飲み干す。生ぬるいけどニンニク臭くはなかった。


「ゴミ捨てないで」

「もちろん」


 史乃が空になった容器をポケットに入れる。そこが魔道士のカバン代わり……より、彼女はノーブラのままか。孤島の二人。マジで最後を迎えるなら、その前に生きていた証を……。

「ドロシーなら呪いを祓える(かも)」


 夏奈を藤川なんかに譲ってまでの香港ガール一途だろ。梓群だけを信じて想え。

 彼女は聖なる珠のコレクターだ。九尾狐の呪いも跳ね返したらしいし、なんとかしてくれそう。


「それまで耐えられるかな。耐えるしかないけど」

 史乃は背の低い灌木の藪を歩き続ける。

「そしたらドロシーにも手伝ってもらおう。一緒に台湾へ向かい、私達を騙した魄を消滅させる」


「ああ」


 怒りを抑えられない。楊偉天は俺達を孤島へ置き去りにした。影添大社所有地に無断侵入だから、彼らに助けをすがることもできない。そもそも連絡とれない。

 楊偉天は祖国である台湾へ向かっただろう。おそらく完全復活を果たすため。そのための魔道具でも隠してあるのだろう。


「松本、怒るのやめろ」

「まだ怒ってない」

「いいからやめて」


 そうだな。冷静になろう。

 史乃は俺と二人だけで追おうと言わなかった。楊偉天がルビーの加護をいとも簡単に消したのを見たからだ。史乃がほぼ同時に加護を授けてくれなければ、俺は簡単に殺されていた。やはり楊偉天は強い。俺の責任だろうと自分でけつを拭けない。ドロシーがいなければ太刀打ちできない。

 奴が俺達を仕留めなかった理由も分かる。史乃が凄腕だから、リスクある戦闘を避けただけ。


 祠があった場所は巨光環に耕されたようだった。史乃が立ちどまり俺へ振り返る。


「私は臆病だ。やっぱり呪いの再発動が怖い。そろそろ苦しみが始まりそうで、それも怖い」

「それが普通だよ」

「でも、松本と私に分けたお稲荷さんの力を強める手段がある。そしたら呪いを弾けるかも」

「それを試そう」

「だね。誰もいないしチャレンジしよう」


 史乃がジャージの上を脱ぐ。ノーブラ。中の上のバスト。


「お稲荷さんを守る対の狐になろう。二人が身も心も結ばれて真の伴侶になれば、豊穣の護りと恵みを削ぐことなく共有できる」

 彼女がジャージの下をおろす。黒下着。

「ドロシーが怖いけど、二人で謝れば何とかなる」


 史乃の丸い目。丸い顔。コンクリみたいなメイクが防波堤になってくれた。


「服を着なよ。まず俺が入ってみる」

 彼女の隣をすり抜けるけど、地下施設への入口がわからない。


「やっぱりドロシーが惚れるだけある。松本は勇気を与えてくれる」

 史乃が隣に来る。

「並んで入ろう」

 俺の右手を握る。

「対になれるほど相性よかったら、これだけで力が――」


 つなぎあった二人の手から青白き光が破裂する。俺と史乃を包む。


「……呪いが消えた。奇跡的相性かも」

 史乃の握る手が強まる。

「もう怖くない。行こう」


「だから服を着てよ」

 そんな言葉しか口にできない。俺と相性いいのは一人だけ……のはず。


「お稲荷さんの力で勝手に回復する」

 史乃の体に衣服がまとわる。その右手に風神の剣が現れる。

「入口を開けることできなくても、狩りの者は禍々しき存在を探りだす。そこへ向かえばいい。巨光環! 巨光環! 巨光環!」


 史乃がとてつもなき大技を地面へ連発する。重機より効率よくえぐられていく。


「巨光環! 巨光環! 巨光環! 巨光環! 巨光環! よっしゃ行こう」

「この穴へ? わあ」


 史乃に手を引かれ落下する……。


ぐにょ


 柔らかいものにキャッチされた。


「灯せ」


 史乃の術が闇を照らす。俺達はイソギンチャクの中にいた。





次回「水賊館」

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