表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/57

Tres  御神渡り

 日本のハイウェイは深夜だろうと統制されている。時速120キロ以上出さぬようにエイジがきつく言ってあるから、ヒューゴの運転もおとなしい。追い越されようと杖をださない。車にクレジットカードが刺さったままなので料金所も問題なく突破できる。赤くなったレクサスは化け物の代わりに湖へ沈めてやろう。

 チコは肩にいる。ロホはハッチバックの荷台を占拠。アスルは屋根にしがみついている。使い魔は誰も戻ってこない。


「折坂と呼ばれる獣人は満月に狂う。その日は陽が翳る前に影添大社の地下牢へ率先して籠る」

 助手席のエイジがぼそぼそと心の声で告げる。


「大和獣人より強い牢番が必要だ」

「ヒューゴの言うとおりだが、そんなものはいない。しかし地下牢は特殊で抜けだせない。その晩は飼いならされた巨大な鬼が折坂の相手する。いずれ殺されたときに新たな牢番になるものを、湖底で大型金庫に封印してある。つまりストックだ」

「もういないかもね。あの獣人の遊び相手になってる……。僕のスペルをアンヘラ以外に避けられるなんて。エイジさんの中和は反則だけど」

「おそらくまだ封じられている。根拠を聞くなよ。俺の直感なだけだ」


「だったら信頼できる」

 後部座席の私が答える。「しかし水竜をわざわざ湖に? 危険だろ」


「そいつは空を飛ぶし陸も歩ける。安全な場所などない」

「そいつの名は?」

「麻卦執務室長が真忌まきと呼んだので、俺もそれに従った。……かわいげのない雌だが俺には懐いた」


「ミスター麻卦はアライグマか?」


 私の声にエイジが振りかえる。

「アンヘラ、意味が分からない」


「心に浮かんだまま口にしただけだ。エイジは何故真忌(Maki)と会っている?」

「俺達の雇い主だった愚かな男が見たいと言ったから。そのくせ腰を抜かし三日うなされて過ごした」


 私は質問したままで窓の外を見る。ハカどもはまだ戻らない。不吉が漂いだしそうだ。


「マキとチコ、ずばりどっちが強い?」

 ヒューゴが尋ねる。


「次のインターで降りろ。……真忌マキはチコどころかハカより弱い。だが忌憚をもたらす」


「どういう意味だ?」

 私が尋ねる。そんなのは忌むべきものどもすべてだろ。私達を含め。


「もうじき会える。そしたら分かる」

 エイジがスマホに目を落とす。「チコを戦わせる気も失せるだろうな」


 満月の獣人の気力をも削ぐ存在か。それ以上の興味は沸かない。ステレオからブルーツース経由で古臭いレゲエが流れだす。チコが目を覚ました。


お母さん(マドレ)。おなかが空いた」

 私にしか聞こえぬ声でせがむ。


「我慢を覚えな」

 私はチコの頭をさする。

「ん? チコには見せるな」


 暗黒の視覚から始まった。ようやくサンドが戻ってきた。……無様すぎる。誰も倒せないどころか、ドイメが囚われた。


「松本がヤン・ウェイテンと呼んだのか」

 エイジがサンドに確認する。「台湾の魔道士の長。その霊が何故に松本達の味方をする?」


「あれはエナジー(魂の乗り物)だよ。ちょっと見えた。力があろうとただの幽鬼」

 ヒューゴが得意げに言う。「ハイウェイが終わったらエイジさんと運転を交替したいな。信号のある道はつまらない」


「ドライブは中止だ。エイジ、私達も冥界へ向かう」

 ルビーの加護も邪神の護りも分断してやる。松本め、チコをあんな闇に連れていきたくなかったのに。染まらせたくない。


「なおさらマキを連れていくべきだ。あの水竜は冥界こそ似合う。……氷の海も南国の海もな。どこだろうと主演女優になれる」

 エイジが珍しく皮肉な笑みをこぼす。


「そろそろ僕の配下のどちらか本性をさらすよ。なので心配必要なし」

 ヒューゴがお気楽に笑うが、そしたらお前はハカもドイメも抑えられないだろ。


「エイジ。サンドに金庫を探させるか?」

 深呼吸したいのを我慢して聞く。


「ノーグラシアス。サンドは冥界へ再度伝令させるべきだ。そしてハカを撤退させる。ドイメは見捨てる」

「クールすぎる。そもそも僕の使い魔の処遇を」

「ヒューゴは口答えするな。サンドはすぐに向かえ」


 私の飛び蛇が尻尾を震わせ姿を消す。


「ドイメは囚われたほうが面白そうだけど、あれは誇り高いから逃げるだろうな」

 ヒューゴが笑う。この子こそ冷淡だ。


 *


 聞いていた通り、諏訪湖は民家に囲まれていた。だが公園は暗い。私がいれば、訪れる人はいないだろう。それこそ忌憚すべき者以外は。


「この湖は真冬に御神渡りと呼ばれる現象が起きる。だが最近はない。温暖化のためだけではない」

 エイジの手に珍しく扇が現れる。鯨骸扇ゲイガイセンと呼ばれる骨組みだけの東洋の扇。

「真忌が腹を減らしだしたからだ。影添はわざと飢えさせている。……西に氷、北に闇、東に雨、南に血。四極を陰に重ね束ねれば」


 エイジがぶつぶつ呪文をつぶやき扇を振るう。水面が数メートル盛り上がり湖上を伸びていく。鯨骸扇を畳み、その先端を指し示す。

「忌むべき神渡りだ。あそこの底におぞましき水神が眠っている。ロホとアスル、運んできてくれ」


「お任せを」

 何も知らぬ鬼達が従順に湖へ飛びこむ。水しぶきが少しだけ起きる。


「時間潰しにドイメを助けるのをチャレンジするか」

 エイジが遊歩道に手を置く。


「成功したらエイジさんのをサックさせるよ」

 ヒューゴが救われることない。陽は昇らない。夜はもう少しだけ続く。


「俺はお前と違い異形と交ざらない」

 エイジが地面から手を離す。私を見あげる。

「影添大社の巫女は俺と同じ力を持っているようだ。ドイメはまだ生きているが、そいつに囚われている。引き揚げられない」


 つまりそいつも人でなき人か。それを言うなら松本もか。サンドの毒を受け死んだのに蘇るとは、ひさしぶりのファンタジーだ。


「松本を引きずりだせないの?」

「本人にその気がなければな。ヒューゴが潜って説得してこい」

「試せばいいのに。きっと脱出したがっている」

「冥界へ逃げ込んだ奴がか?」


 エイジは珍しく機嫌がよい。祖国にいるからではないだろう。チコはおなかをすかしている。私の耳を噛む。


「やはりロホはチコに食わせてやろう」

 水竜にはアスルだけでいい。


「何それ?」ヒューゴが笑う。「やっぱアンヘラ最高。ハカが役立たずを続けたら、あいつもチコにあげよう」


 チコが顔をあげる。舌なめずりした。かわいい二股の青い舌がちろり。


「本気にされたぞ。否定しておけ」

 さもないと嘘つきヒューゴが食べられる。


「カナダ人でもトロント出身ならジョークを言うから、チコは僕を食べちゃ駄目だよ。戻ってきたね」


 水面を割るように伸びていたミニチュアのアンデス山脈が崩れ、鬼達が顔を覗かせる。二流カジノにあるような大きな金庫を二体がかりで抱えていた。


「陸にあげなくていい」

 エイジが閉じたままの鯨骸扇を振るう。

「朝食の時間だ」


 陽はまだ昇らない。金庫の扉が開く。そこから禍々しい気配が飛びだし膨らんでいく。


「ひ、ひいい」ヒューゴが私の背に逃げる。

「くっ」無意識に私の手に剣が現れる。


 チコは値踏みしている。うまいかな。まずいかなと……。この子は私に勇気を与えてくれる。剣をしまおう。


「これとパーティーを組みたくない」


「ヒューゴはレディに失礼だな」

 エイジは更にご機嫌だ。

「真忌、久しぶりだ。ロホとアスルはご苦労だった」


 忌々しき水神がエイジへ微笑みかえす。……私だってこんなのと一緒にいたくない。チコを戦わせるなんて論外だ。


「ひひひ、サンドは松本一味を追ってますぜ」

 ようやくハカが戻ってきた。「透けたドイメちゃんは血を吸ってまっせ。干からびぬように大勢からちょっとずつ」


「サンドが戻ってきたら、ヒューゴと役立たず、エイジとnovata(ルーキー)で松本を倒しに向かえ。私はドイメと一緒にチコの餌を探す」

 チコをこの水竜と一緒に居させたくない。夏を終わらすものが穢れる。譲り受けた破邪の剣のように。


「つまりどちらも真忌のものだ。良かったな」

「ひひひ、アンヘラ様が来ないことに意見しませんぜ。マキちゃん仲良くやろうぜ」


 エイジとハカだけが笑っている。真の化け物である水竜は、私の肩のトカゲを見ている。チコの存在に気づけるのなら、使えなくはないだろう。


「チコが満腹になったら私はルビーを探す」

 見つけられたなら腹を割って話してもいい。ハカを差しだしてもいい。

「ハカがすやすや眠れるようにな」


 私は彼らに背を向ける。胸もとのクロスを握り、鬼達に授けた加護を解除する。マキに授ける。


「僕も行かない。まだ日本の女の子をレイプしてないから記念に済ます。ハカは松本を殺せなかったら、背中にスペルを刻むからな」

「そんなら食っていいですか、ひひひ」

「オッケー」


 ヒューゴもハカも救われることない。


「ハカに本性を晒させるのか? ならば黒尽くめの痩せぽっちも来い」

 エイジがヒューゴをじっと見つめる。


「だったら僕もハカも行かない」

「向かえ」私が命じる。


「僕も人間を食べたい」

「それはノー」


 太陽が山の縁を照らしだした。人に聞こえぬ鬼達の悲鳴が湖面で途絶える。





次章「0.3ーtune」

次回「影添大社無人島」



九月後半再開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ