表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

八 邂逅後悔

「松本哲人よ、ひさしぶりじゃ。人として冥界に現れるとはな、ひひひ」


 老人の中国語が心に届く。俺は二度と会いたくないワースト5に入る楊偉天の声を虚ろに聞く。でも俺が呼んだ。


「しかもこの地で死ぬとは。御伽噺の結末は斯様なものか、ひひひひひ」


 …………死んだだと? サンドの毒で瞬殺された?

 おのれの生死も分からぬ真っ暗闇。遠くに蒼い光は見える。自分の体をさする。感触はあるけど、狂った妖術士は魄になろうとジョークを飛ばすはずない。


「楊偉天」違うだろ。「楊老師、すぐに生き返らせてください」


 媚びるべき時こそ媚びろ。俺はドロシーとステップアップしないとならない。夏奈の馬鹿笑いを遠くから見たい。元気よく大人になった思玲もいつか見たい。もう一度川田の部屋で寝たい。空飛ぶドーンを見ないとならない。横根との一方的なギスギスも解消したい。ルビーの処女を……。

 ルビーの護りが消えるなり即死。彼女の残忍の笑みを見てしまったから、俺が拒絶したのかも。


「人は死んで蘇らぬ」

 見えぬままの老人がきっぱり言う。

「この地で死んだのなら、松本の存在は誰の脳にも残るまい。ともに来た娘二人もすでに忘れているじゃろう、ひひひひひひひひひ」


 希望のプレートが沈みこみ、絶望の群発地震。でも俺を覚え続けてくれる人が一人だけいる。だったらまだあきらめるな。


「楊老師ならば、俺が復活する術を思いつくはずです」

「そんなものはない。儂とともに過ごそう」

「俺は強い! それと老師の智が重なれば復活が叶う」

「……ううむ。たしかに強い魂でこの地にしがみつく。これはどういう理屈だ?」

「なんであれ、霊魂も完全に消滅させないとね。ハサミでチョッキン、尾針でブスリしまっせ。ひひひ」


 ハカの声だ。もういや。


「西の使い魔か? 貴様はここでは他所者じゃ」

「なんで魄が知恵を持つ? 心を閉ざして読めねえし。やっぱ東アジアは狂ってる」

「互いに執着……貴様と松本は因果あるな」

「はあ?」


 霊である俺が声を立ててしまう。このサソリとは会ったばかりだ。まだ史乃やルビーとのが付き合いが深い……ルビー絡みだ。


「ご名答」

 ハカめ。霊になっても心を読まれるな。

「ルビーを拾ってくれた奇特な魔導師団を、俺が壊滅させた。そんなんで逆恨みされている。俺はこう見えても強いぜ」


「ルビーとは娘の魔導師か? 貴様を松本に倒させようとしているのか?」

「……お前さんは生前そこそこの奴だったな。ドイメちゃんがヤバいことになっているから俺は加勢に向かう。なので無駄話は終了」


 何もない闇がメタリックに光った。その輪郭は数メートルあるサソリ……。


「亡霊を倒すのはサンドには無理。ドイメちゃんは得意だけどそれどころじゃない。なので俺が二人を完璧終わらせてやる」


 ハカがハサミをチョキチョキ。毒針をプルプル。


「松本哲人よ。儂が復活する力になるならば、窮地を脱する可能性を教えてやる」


 楊偉天はそんなことを言う。狂った妖術士を冥界から救いだすなどやるはずない。でも考えろ。他に可能性はあるのか。


「ぐえっ」楊偉天の悲鳴が聞こえた。

「ぐえっ」俺も悲鳴をあげる。ハカのハサミに挟まれた。


 数秒で俺と楊偉天は完全消滅する。


「そ、それを教えて」叫ぶしかない。「ともに地上へ戻ろう」


 ハサミが強まる。俺の魂が半分ほど切断された。


「ひひひ、妖魔などと関わる者であろうと、ルビーを受け入れろ」

 楊偉天はなおも笑う。

「その娘の願いを叶えると誓え。心の奥底から叫べ。ひひひ」


 彼女の願いは処女消失。超越美人の十七歳。


「わかった」

 梓群と再び会うためだ。自己都合だらけなんて思わず、冥界を震わせるほど怒鳴れ。

「ルビー! お前が狂った魔導師だろうと愛してやる! ……ドロシーと同じくらい」


 本能的危機回避が働き、補足を付け足してしまった。なのに俺の体がラベンダーに輝く。激しく。照らすほどに。

 巨大な黒いサソリも照らされた。もうひとつのハサミに分断された楊偉天も見えた。俺を挟むハカのハサミが溶けていく。


「ギッ、チニートどもめ」

 ハカが俺を手放す。 


「それは差別用語だ。節足動物め」

 俺はサソリの魔物を睨む。復活したおのれの鼓動を感じながら。


「ひひひ、忌まわしき護りを受け取るどころか」

 胴でふたつに別れた楊偉天が闇に漂いながら笑う。

「冥界で人として生き返るとは。松本は不死鳥か?」


「ふーふー、フェニックスであるものか。偶然が重なっただけだろ、ふーふー」

 ハカは溶けたハサミに息を吹きかけていた。

「ジジイこそ不死身か?」


「ひひひ、儂は魄じゃ。知恵あるかすを消すのは難しいぞ」

 楊偉天の体が求めあうように近づき、ひとつに戻る。

「儂を倒す手段は少ない。松本のごとき強き心なければな。生きた心こそ必須、ひひひ」


 死んだという実感がないのだから、蘇った実感もない。だけど感じる。何度も来る羽目になるここは、俺のホームに近い。六魄を倒したように、人である俺はここでは強い。ましてルビーの加護を得ている……。忌まわしき護りとか言ったよな?


「ハカめ!」

 どうでもいい。まずはこいつを倒す。俺は奴へ宙を駆ける。


「無理でっせ。俺を倒せる手はずこそ少ない」

 巨大なサソリの姿が消える。

「サンド、もっとえぐいのを見せてやれ」


「きゃー」

「助けて……」


 掘られた穴の中で火だるまになる人達……。また視覚聴覚攻撃かよ。耐えてみせるけど……死して動かされる人達を思いだして辛い。心に後遺症が残っている。


「ひひひ、これしきを見せられて、松本の忌むべき護りが弱まりだしたぞ」

 楊偉天がふわふわと俺へ近づく。

「儂を殺した松本哲人。じゃが儂の智にすがって呼んだ。ノウマキインガロゼ……」


 いにしえの呪いの言葉を唱えるではないか。……ルビーの(忌むべき)護りが弾きかえした。それでもさすが最強妖術士。めまいと嘔吐を覚えてしまう。


「ギョギョ!」

 

 俺達から距離を開けてガラガラヘビが姿を現した。透けたままで逃げていく。

 その向こうで、ハカが俺達を見ていた。なおもハサミをチョキチョキ。毒針をプルプル。巨大ベーゴマがグルングルン。


「ギヒャッ」ハカが破滅的旋回に吹っ飛ばされる。「ハンターめ……」


 巨光環の恐るべきところは消滅するまで蹂躙しまくること。しかも3Dな冥界だから縦横無尽。加護があろうと当たらぬように祈ってしまう。


「昇の得意技じゃな。さすがに威力は劣るが、それでもたいしたもの」


 楊偉天が俺が倒したときの紺色シャツで腕を組み感心している……こいつをどうする? 咄嗟に約束してしまったが地上へ連れていけるはずない。サンドを追い払ってくれたとしても。


「彼女は日本の魔道士だ。さらに陰陽士もいる。楊偉……老師は彼女達に成敗されるかも」

 ここに残るべきと暗に匂わせてみる。


「約束を違うな。儂を上へ運べ」

 この爺さんは魄だろうと俺の心に気づく。

「儂に改心する機会を与えろ。儂が邪に囚われたままであるか、狩りの者に計ってもらうがよい。あの青白き光は破邪の剣じゃろ、ひひひ」


 笑い方が邪のままだが、そんな大層な剣だったのか。史乃は装備もステータスも想像以上に優秀かも。冥界でも戦っているし、俺ぐらい強い心……。

 また青白き光が向かってきたぞ。いや、誰かが術の光に飛ばされてきたぞ。……ご本人の史乃だ。


「いてて……松本いたんだ」

 史乃が尻をさすりながら俺を見つめる。

「いるに決まっているけど存在忘れていた。それよりめっちゃヤバくなって……そいつは霊?」


「違うよ、魄だ。……楊偉天を知っている?」


「いいや」

 史乃は楊偉天を見つめている。ふいに手にする剣を掲げる。

 それは青白く煌々と輝く。

「そいつはかなりの邪だ。成敗する。巨光環!」


 またしても巨大ベーゴマ。それしか使えないのか。


「や、やめろ……」


 とてつもなき大技を至近で喰らった楊偉天が光に飲みこまれる。それが立ち去ったあとには何も存在しない。光の環は遠ざかっていく。


「憑りつかれるのは大蔵司だけでいい」

 史乃が俺を見つめる。

「彼女を置き去りにしないけど、私だとどうにもならない。なので松本に任せる」


 何があったか聞かずとも分かる。心弱き大蔵司は淫魔に堕とされた。……でもハカはドイメが窮地とも言っていたな。


「いまの魄は消滅したのかな」

 確認だけはしておく。いなくなったのなら仕方ない。ドライな俺は厄介払いができたと安堵できる。


「逃げられた。魄を倒すのは意外に難しい」

 彼女はそんなことを言う。


「俺はたっぷりと倒したけど」

 六魄のうち四魄は俺が倒した。榊冬華の魄も消し去った。もう一人の魄は影添大社にすがり、おそらく歯車的存在になった。


「さすがドロシーが溺愛するだけある。火伏せの神の守護もあったし。いまは無いけど」


 お天狗さんとともに、もうひとつの護符の存在を思いだした。大蔵司が持ったままだ。史乃はビジネスで俺を守っているとしても、天宮の護符を輝かせるだろうか。それよりも。


「いまの俺も加護を受けているよね」

「ルビーのだろ。ドロシーが怒るから消せよ」

「ドロシーとは知り合いだった?」

「影添大社で二回会っただけなのにプレゼントをもらえる仲。自己紹介で真っ先に『恋人は松本哲人です』と牽制されたけどね。松本にちょっかいだすはずねえよ」


 お前は無理やりキスしてナマ乳を揉ませただろ。……もう一人ともキスしたよな。さきほど何か宣言したよな。以後は俺の体はラベンダーに発色しているよな。ただの人の目には見えないだろうけど、とてつもなき力を持つ人ならば間違いなく余裕で気づく。


「……この加護って邪かな」

「ルビーのが? アンヘラみたいに?」

 史乃が鼻をクンクンさせる。「念のため計ってみようか?」


 またも剣を掲げようとする。


「やっぱりいい。大蔵司のもとへ急ごう」

 狩りの対象になりたくない。


「ひひひ、邪に決まっていまっせ」

 またもハカの声がした。しつこい。

「心を読ませぬハンターめ。貴様の加護だって極めつけの邪神だろ」


「西洋の悪魔から見ればそうだろな」

 史乃は見えないハカの気配を探っている。

「だけどね、私を守るお稲荷さんはよき神様だ。悪を倒すために豊穣の力を無限に与えてくれる。傷を回復してくれる。力もだから、このように何度でも放てる」

 またもまたも中腰になり剣を斜に構える。

「風神の剣よ、輝け。巨光環!」


 風神?


「おっと」

 サソリの巨体が照らされた。光は避けられ史乃を睨んでいるけど。

「サンド出直そうぜ。こいつはエイジ様に任せよう。……ドイメちゃんは自業自得。あの魔女は狂っているんで俺達だと無理。アンヘラ様の出番だ。……ひひ、そりゃそうだ。松本を仕留めるのは我が主ヒューゴ様以外にいねえ」


 相槌のようにガラガラと音がして、異形の気配が消える。

 何もない闇。照らすは青白き光。ラベンダーカラーは薄まっていく。


「お稲荷さんってキツネだよね」

 使い魔を撤退させた魔道士へ聞いてしまう。


「それは眷属。私はそれに近い」

 史乃は振り返らない。

「『なんとか稲荷商店街』で、西洋の悪魔を倒したことがある。そしたら油揚げがこの手に来た。では大蔵司を制御しよう」


「制御?」

「あの宇宙人は淫魔を追いかけまわしている。目がガチになっていた」

「……土彦は?」

「主と女の奪い合いになりかけて逃げた。潜んでいるじゃね?」


 大蔵司ならあり得るかも。でも俺はハカみたいに仲間を見捨てない。そもそも大蔵司がいないと地上に帰れないかも。だけど我を忘れた大蔵司こそ怖い。何度も経験済だ。

 史乃が闇の空気を嗅ぐ。


「サソリも蛇も逃げてない。魔物は噓つきだ」

 くすくすと笑い、俺の手を握る。……強い力が逆流?

「うわ。ガチですごい。松本もめっちゃ護られているから、たぶん大丈夫」


 史乃が剣で自分の尻を叩く。同時にラベンダーの護りが発動した。史乃がロケット花火みたいに発射して、俺は腕を引きずられる。……術をおのれにぶつけての空間移動か。荒っぽいというか、この女も壊れている。


「窮地のようじゃな、ひひひ……」

 また卑しい笑い声が聞こえたぞ。





次回「冥界だろうとコンプライアンス」



※丸茂史乃の活躍は下記でもご覧いただけます。


https://ncode.syosetu.com/n1860ib/

短編集『女魔道士の正義』の『密かなる狩りの者』シリーズと『 今宵も狩りの刻』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ