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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流星の夜に

 それは、何者にも予想されず、されど何者もの記憶に残った。なぜならばそれは地球で起こりうる現象ではなかったから。

 通常、流星群というものは、地球周辺を飛来し通り過ぎた彗星だ。その彗星から放出される流星物質、流星の残骸が地球の大気圏に突入し燃え尽きたもである。

 だからその彗星の位置を複数の天文台から観測し、三角測量の要領で位置を特定する。そうして流星群の見ることのできる位置と時間が予想されるのだ。

 流れ星に三度、願いをいうと願いが叶うという伝説も、流れ星は晴れの日に1時間も空を見続けていれば3つは見つかるだとか、流れ星の正体が小石や砂ほどの塵だと知ってしまえばしらけてしまうものだが、そうがっかりすることはない。そもそも流星を凶星と考える思想だって珍しくはないのだから。

 けど、正体なんて何だって良いだろう。信じるのは自由じゃないか。

 聞くところによれば流星伝説は天狗伝説の派生形だという話もあるらしい。詳しくは覚えていないけれど、本当かどうか不確かだって、言われるとそんな気がしてくるから不思議なものだ。

 3度願うというのはあまり聞かないが、3度願いを叶えてくれるというのはよく聞くのもあるかもしれない。何だったか三回化とか言うのだったかな。姥捨山の山姥だとか。

 根本的に流れ星に願いをかなえる力があるのではなく、天狗にその力があるというのなら納得もいく。何せ隠れ蓑だの、羽団扇だの、狸型ロボット顔負けのスペシャルアイテムを持っているぐらいだ。3つならともかく願いの1つぐらい罰は当たらないだろう。

 何、難しく考えずとも、信じたい人が信じれば良い。

 もしも本当に願いが叶うのならば、瞬く間に燃え尽きる内に、三度も願いを唱えることができるかという問題は残るが、流星群ほどありがたいものもそうそうないじゃないか。

 なんせ空を見上げれば、その願いをかなえてくれる現象は世界中であふれかえっている。先着なんて気難しい縛りも無しで太っ腹である。

 きっとその内国民全員大金持ちになって、ハイパーインフレが起こる事だろう。

 そんな夢のない話は置いておき、満天輝く星々と白い尾を引く流星はその輝きで人の心を引き付ける。新たなる伝説か、凶星か、未知たるひと時の出来事も同じことだった。

 それが起こったのはちょうど日付が変わるころ。初めに気が付いたのは天体観測所、つまり天文台の人々だった。彼らの心は凍り付き、そして燃え上がった。

 次に気が付いたのはふと空を見上げた人。

 そして、それら名もない誰かのつぶやきが、ネットという最速の伝達手段をもって、SNSに投稿されたことを皮切りに、拡散されていく。

 うつむくように手元を見ていた皆が顔を上げ、両手をだらりと脱力した。そんな彼らは寝ている人すらたたき起こし、そして日本中すべての国民が目撃した。

 どこまでも暗い空。そこ一面に広がる、満天青く輝く流星群がそこにはあった。

 目撃した全ての人、男も女も老人も、子供も大人も赤子さえ、その大地を踏みしめる人分け隔てなく、すべてが目を、そして心を奪われ、気が付けば皆沈黙していた。

 黒を照らす青い光。星が本来の色を取り戻すまでそれは続く。そこにはまさしく幻想が広がっていた。

 後に、この日は 流星の夜 と呼ばれることとなる。

 だが彼らは知らなかった。それらは決して流れ星などではない。

 その青い輝きは、この世界に何をもたらすのかを……


 1

 

 真正正華(しんしょうしょうか)は僕と同じ学校に通っている、同級生達の一人だ。と言っても、彼女の名前を知ったのは今さっきのことで、「真正正華は僕の同級生の一人らしい」と言い換えたほうがしっくりとくるほどだった。

 きっと、名前を聞いたという意味では、当然初めてではなかったのだろうけれど、顔だけは知っているクラスメイトから、顔と名前の一致するクラスメイトになったという意味では、彼女のことを知ったのはたったおよそ20分前のことである。

 それも真正正華自身から、自己紹介を受けたわけでは無い。決して勘違いして欲しくないのは、僕がまともに人と挨拶も出来ないコミュ障野郎ではないと言うことだ。挨拶をする、そんな余裕は無かった、具体的には彼女にそんな余裕は無いらしかった。僕としても、度肝の抜かれるようなファーストコンタクトであったに違いないが、悪いのは僕では無く彼女であったと、声を高らかに宣言しておきたい。


「そう、たまたま同級生の名前を知らなかったぐらい、誰がなんと言おうと僕の非にはならない」

 

 なんにせよ、彼女の事を取り急ぎ知る必要ができた僕は、クソッタレな友人の元へ向かったのだ。

 僕の愛する大嫌いな友人の元へ。

 その友人、花屋曰く、真正正華はスポーツ万能、成績優秀、まさしく文武両道の人であり、クラスの人気者になるような人間、だったそうだ。

 中学生のころには部活動の功績は芳しく、それも全国大会出場だとかで地方紙で取り上げられていたらしい。有り体に有名人の類ということなのだろう。名前も知らないのは僕ぐらいなものだとか。

 そんなクラスメイトのことすらも知らなかったのだから、花屋からのあきれたものを見る眼差しは甘んじて受けるとしよう。僕が悪かった。それはそれとして、微かに持ち上がった口角の仕返しはどうしてくれようか。情報はありがたいが、有名人の情報で金をむしろうとするとは商魂たくましいというか、

 生き北なさは好ましいけれどそれはそれ。真正正華の問題が片づいたら、少し灸でも据えてやろうじゃないか。喫茶店の文字の下に一言追加しておく。何ちょっとした悪戯という奴だ。

 閑話休題。

 なるほど確かに。つい先ほどまで、まるで真正正華という個人に全く興味のなかった僕が見ても、客観的に見ても容姿端麗というか、凛々しいというか、遠目に見る分にはかわいらしい女の子だった気がする。

 さすが運動部。いや今は運動部じゃないらしいけれど。化粧もしていないだろうに、日本人離れした高い鼻と大きな目、赤毛交じりの茶系の長い髪という容姿は、たとえほかで優れていなかったとしても色々な面で人気だろう。

 好みこそあるだろうが、それこそ地方雑誌のモデルに選ばれていそうなほどである。

 あれだけ容姿であれば、性格が伴わなければ美人も無用の長物ということはあるまいて。少し性根が悪いぐらいであれば関係ないほどだろう。

 しかして、それほどまでに印象的なであったなら。それこそ、そこに下心も簡単に生み出す事もあるかもしれない、好印象な人というものは、悪い印象もまた強く抱かせることもあるのだろう。

 けれどそれは些細な話。

 容姿というものは、たとえ本人が武器に選ばなくとも一生付きまとうステータス。それも初対面の相手に対しては特にその武器は有効に働くものだから、クラスの人気者など浅く広い交友にこれほど有利な状況もあまりない。

 だからこそ、彼女が僕と同じように、クラスというコミュニティーから浮いた存在であるということには驚きを隠せなかった。


「あれだけ才能も実力もあってか。少しヒステリックなみたいだったけど」

 

 とはいえ、そんな大前提を機能させずに、いやおうなしに、人に嫌われるということはいくらでもある。口が悪い人。人付き合いが悪い人。どうしようもなく欲望に忠実な人。自分のことしか考えない人。内面が重要とは使いまわされた方便だが、方便にも一理ぐらいはあるものだ。

 それに優れすぎているために、人の本質が見えすぎるがために、どうしようもなく隠し事が苦手なために、嫌われる人がいるなんてこともある。

 そう言う事もあるのだろう

 大衆にとって、個人にとって都合が悪ければ、容姿なんて最後は関係がなく。むしろ容姿が良い人のほうがより目を引くというのも納得がいく。

 悪役は美しければ美しいほどが良い。醜悪な化物の中で一際と輝きを放つ。僕の知らない間に、いじめかいざこざも合ったのかもしれない。

 花屋が言うには、少し悪戯はあったみたいだが。真正はやり返すことが決して無かった事もあり、大事にはならなかったらしい。


「そいつはおかしい。そんな奴が。見ず知らずの僕のことを突然襲撃なんてするのだろうか」

 


 2


 人気(ひとけ)のなくなった教室で、いつも彼女は椅子にふんぞり返ている。彼女の名前は花屋香波、僕の愛すべき悪友だ。

 情報屋を自称する彼女は、情報屋という言葉からは、どんな人か容易に想像できるようで、実際そんな役職の人物ははRPGの中盤に登場する手助けキャラ程度でしか想像できない。

 少なくとの僕は彼女以外に現実世界で聞いた覚えはない。近しいものでは探偵なんて似たニュアンスを感じるけれど、利用したことのない僕では、これまたキャラクター化してしまっている。

 大体探偵とは。情報屋と同じぐらいまっとうな職業か疑問なものだが、少なくとも彼女。花屋は、情報屋でお小遣い以上の金銭を稼いでいるらしい。

 稼いでいるらしいとは言ったものの、今回のように喫茶店でおごらされりもする。全てが直接彼女の手にわたっているわけでないけれど、僕が対価として払った金銭のみで、お小遣いの水準は超えているように思える。人から集まって出来た山をお小遣いと言い張る様は、どこか国民的ポケットの怪物RPGを思わせたが。花屋に言わせれば。


「あんな訳の分からん化物を従わせてるのと一緒にしないでよ。私はモンスターじゃなくて人を従えているのさ」


 とのことらしい。僕の思うに、奴自身が怪物みたいになってはいないだろうか。

 とはいえ、本体が邪悪でも商売は健全そのもの。高校生相手では、恋愛対象の情報を聞いてくる人が多いらしい。

 とんだプライバシーの侵害もあったものだとか、ストーカーじみたその情報はどこから出てくるのかと思ったが。客もまた情報源。情報が情報を呼びそして最後は金に換わる。恋愛シュミレーションの中から出てきたような攻略情報を教えてくれる友人みたいなやつだが、すべて有料であるうえ、やろうと思えばこの学校の生徒をすべて退学までおいこむことができるというのが本人談である。


「今、大丈夫かい」

 

 今日も香波は教室で一人黄昏て、格好をつけていた。これも情報屋のロールプレイングの一環らしい。情報屋は、気安すぎても気高すぎてもダメで、ちょっとだけみすてりあすがどうのこうの。ともかくこだわりがあるみたいだった。

 彼女は僕に席に着くことを目で指示してきた。腰を据えてのお話をご所望らしい。

 僕としては決まった時間制限がある訳じゃなかったが、急がないと気が落ち着かない。必要な事柄だけを聞いて駆け出したい所だったのだけれど、どうやら一言二言では収まらないだけの話になるらしかった。

 いつもこの時間は花屋が教室で店を開いている。花屋がの座る席には、机と椅子が1つ足され、初めから誰か来ることを想定されていた。

 もちろん、花屋は無料で人助けををやるような奴じゃない。

 僕の余白ばかりの予定表にに、喫茶店の文字を追加することを条件にして真正正華の事を語り始める。

 人となりは大体分かる良い説明だ。

 けれど僕が欲しい情報には少し足りない。


「それで。お前が知っている全てがそれだけなのか。前は普通の高校生でしたってだけじゃ鮮度に欠ける。それは僕が感じた印象からかけ離れすぎているんだけれど」


 少し期待外れだ。

 あの品物も価格も、やたらしっかりしている喫茶店はそれなりの額が飛んで消えていく。特別に友達価格で良いと笑みを浮かべながら前約束をして何度痛い目を見たことか。その邪悪すぎる笑みから予想できる散財具合にしては、随分とありふれている情報ばかりだろう。

 これでは価格に釣り合わない。


「それは、それは。真正殿は随分と友人が多そうなお方でたいしたことだが。いや他意はないけどね。それぐらいであれば聞かなくとも分かっている。知っている、訳ではないけれど。見て、感じて、想像通りではある」


 その程度、あれを見れば馬鹿でも分かる。あの()はなかったものとしても。

 

「全く、困ったぜ。こんなんじゃ、花屋じゃなくてそこらの学生を訪ねたほうが早かったかな。次からも」

 

「確かに見るからに友達の少ない(ひじり)君とは大違いだね」


 優秀には違いないけれど。一つ尋ねるたびに、余計な一言がついてくるのが玉に瑕な女である。


「他意があるのはそっちじゃねえよ。確かに大違いだがそこじゃない。友達なんていなくても困らんわ、だけどそこじゃない」


 花屋は一瞬唇をすぼめる。


「なんだよ、ノリが悪いな。コレクションにしか興味のない君なら知らないかなと、わざわざ教えてあげたんじゃないか。何せ、私は君を……何でも無い。それに私は聖君のことを友達だと思っているよ」


「やめてくれ寒気がする」


「礼はよしたまえよ。くだらない情報の対価に、今度もお茶をおごってくれれば良いさ。それとも約束を破るのかい」


「今度もなにも、金銭よりもお茶が良いと決めたのはそっちじゃないか。それに約束を破った覚えもない」


 じっと花屋の目を見ると、しばらくして花屋が目をそらす。わかりましたよとでも言いたげに、続いた言葉は僕の求めているものだった。


「分かった。話すよ。話すとも。私は もう少しお話しておきたい所なのだけれど、お望みじゃないみたいだ。

 そうだね。変わっているところなら一つある。

 友人が多そうと聖君は言っていたけれど、それは怪しいものだ。確かに休み時間に放課後も人に囲まれているけれど、誰かと放課後や休日にに遊んでいる話は全然聞かない。中学までとは違って、部活もやっていないはずなのに。

 おかしな話じゃないか。私や聖君ならともかくさ。それどころか、最近は人と関わる事すら無くなったそうだよ」


「それは興味深い話だね、とても興味深い。いや別に仲間だったからうれしいとかではなく。しかし花屋。無くなったと君が言うからには、以前は普通の高校生のように遊んでいたのだろうけれど、例えば突然アウトドア派からインドア派に心変わりして、例えばお気に入りのゲームを見つけて引きこもっているというだけかもしれないだろう」


「彼氏さんとお付き合いして忙しいみたいな、もっと夢のある考えでなく、そのねっとりと暗い例えから、君の陰気な性格が透けて見えるね」


「やかましい。お前も似たようなものだ」


 花屋は心当たりがないつもりか、不思議そうにしているが。


「大衆を自らの手でコントロールするだなんて、悪趣味な人間はお前ぐらいなものだろうが」


「まあまあ、そうかっかするなよ、親友。悪趣味な人間なんてこの世にはこの世には七十五億もいるんだ、そういちいち気にするなよ」


「お前にとっては全人類が悪趣味な人間なのか」


「おいおい、すべてが悪になっては善性も悪性も意味をなさないだろう。もちろん私以外の全人類が悪趣味だ」


「お前は漫画のラスボスにでもなったのか。その自信はいったいどこから湧いてくるんだよ」


「私以外のすべてがクズだ」


「善悪関係無くなってんじゃねえか、お前の性根はどうなってやがる」


 私は平和でお花畑なラブコメのほうが好みだよと、どうでもいいことを花屋は言うが、趣味以前に性格が悪いやつだよ。いや本当に。


「はぁ、それで。結局、真正正華が急に変わった理由は何だよ。なんとなく予想はつくけど、確証が欲しいね」


 本題はその一点であり、僕が想像していることの裏付けが欲しかった。知りたかった。僕の欲しいものなのか。そして今、真正正華が何を目的としているのかも。


「変化した理由はともかく、何を目的としているのかは本人から聞いたよ。なんでも最近話題注目の放火魔にご執心のようだ」


 放火魔という言葉には聞き覚えはなく。果たして何のことやらということではあったが、放火魔から魔の部分を切り取って、放火という言葉に関しては心当たりがあった。


「放火魔ね。この学校の生徒の家が放火されたってのは、流星の夜と同じくらい聞くに新しい出来事だけど、それが放火魔の仕業とは初めて聞いた。最近の高校生は想像たくましいらしい」


「話題筆頭とはいえただの放火事件が、この頃トレンドどころか社会現象の流星の夜が、並び立つかはさておきだ。いや、そういえば。一番初めに放火事件が起きたのは流星の夜と同じ日だったような気もするけれど、流星との関連性は分からないな。ともかく一連の事件は連続放火事件に他ならないと私は考えているよ。だから犯人は、ただの放火犯ではなく、放火魔というわけさ」


 放火魔。放火と言うだけで、この日本では殺人に匹敵する犯罪だ。それを連続して行なう人物が、同じ町にいるだけで空恐ろしい

 

「もっとも、放火魔と言っても警察が指名手配している訳じゃない。何かしら捜査はしているだろうけれど、家への放火以外は把握していないはずだしね。それに、連続的に放火と推察される事件が、同じ手口で行われているだけだから、個人の犯行とは限らない」


 そう花屋は言うが、そんなシンクロニシティのようなものではないと内心確信を持っているようだった。

 手口というのは犯行の痕跡のことではなく、燃焼の痕跡のことだろう。おかしな家裁頻発とニュースにもなっている。

 普通、正体不明の犯人は、特定のエリアに集中しているとか、同じようなもの、環境、人を狙うなどの傾向。そして着火する方法など犯行の手段で紹介させるものだ。

 それを差し置いて印象的な共通点があるらしい。大抵、有機物が燃えると、それは炭化するが。現場にそう言った残骸が残らない。よほどの高温なのか燃焼時間は余りに短く、炎を見た人すら少ない。残るのは僅か、辺り一面は白く染まり灰だらけ。

 現場を見た人はこう語るらしい。それは、火を放たれたというよりも、建物がなくなった後に、炎が辻褄を合わせたみたいだと。

 僕としては少し意見が違うけれど。

 少しばかり僕が思考をめぐらす間、沈黙を破り花屋が口を開いた。


「流星の夜と言えば、どうやらあの現象の研究をこぞって行っているようだね。もちろん成果は出ていないみたいだけれど。衛星に、有象無象の映像だってあるし、天文台の観測結果だってあるのにね。やっぱり科学じゃ分からない何かって事なのかな」  


「僕だって知らないよ。結局、計器が残した記録しか目に見えて残っていないらしいじゃないか。隕石も、塵も見つかりやしないらしい。どこまでが本当だか」


 流星の夜に影響されていたというのは正しくないか。最近は流星の夜を利用した商品、商材、宗教なんてものにあふれている。具合が悪くなりそうな程だけれど、流星の夜の正体はまるで分っていない。

 花屋の話によると、放火魔も流星の夜から活動を始めたらしいが、それに限らず日本各地で奇妙な現象も起こっている。

 真夏に凍る湖。

 生き返った死体。

 原因不明の大規模長期停電。

 巨大未確認生物の目撃。

 どこまでが本当かもよくわからない事柄にあふれ、それらが流星の夜のせいなのか、感化されただけか、まるで明らかになっていない。そのような奇妙な事件で、最近逮捕された人間が魔道士なんて職業(ジョブ)を名乗っていたこともある。オカルトブームと言ってしまえばそれまでだが、実際、信奉者まがいな犯罪者がいることも確かなのだ。


「話を戻そうか。放火魔というのには納得したけど、真正正華の行動はやっぱりおかしい。真正はその放火魔に家でも燃やされたのか。家の近くで放火があったとなれば、気をつけようもないながらも、気を引き締めることはあるだろう。だが結局のところ無関係な人間でしかない放火魔に対して、人に尋ねるほど興味を持つとは思えない。犯罪者なんて禍根の元に違いないけれど、降りかかる火の粉はともかく、対岸の火事に投身するのは凶人の沙汰だ」


 僕の覚えでは、その家を燃やされた生徒の名前は真正正華じゃなかったはずだ。


「さあね。何て名前だったか、その家を燃やされた子のことを何にも知らないから断言はできないけど、真正正華には関係がないと思うな。私が調べようとしたときには、本人に大怪我はなかったそうだけれど、両親が病院に緊急搬送されたとかで、ずっと学校に来ていなかったみたいなんだよね。噂では。白骨化した遺体が見つかったんじゃないか言われてるけど」


「そんなわけないだろ。大方、建物が凄い燃え方だったからとかだろう」


「まあ、噂だからね。それにその子の情報を必要としている人も、知っている人も居なくて困ったものさ。よほど交友関係が無い子だったみたい。真正正華も事件や犯人のことばかりを聞いて、その生徒については聞いてこなかったし。私としては放火事件を聖君が覚えていたことが驚きだよ。同類のよしみかな」


 誰が犯罪者の同類か。


「一応は当事者だからね。いつかは正体を確かめようと思っていたのさ」


「そのとってつけたような理由の審議はともかく、そういえば、そうだったね」


 わざとらしい。

 どうやら真正正華は、僕に思いつかないような思惑で動いているらしい。

 花屋は続ける。


「まあともかく、真正正華は何があったのかは教えてくれなかったな。いや、目的なら教えてくれたのか。あからさまに、はぐらかされたって感じだけど。確か、捕まえて殺す、と言っていたよ」


 殺すとは穏やかじゃない。

 およそ健全な日本人が口に出すべき言葉でもない。

 日に一度は、耳にしている気もするが、それらは本心から呪っている訳ではないだろう。それくらいありふれた言葉、花屋も取ってつけたような理由で納得したわけではないみたいだった。


「お前が聞き出せないとはめずらしい。そんな交渉慣れしたような奴だったのか」


「んーにゃ。そんな事はなかったと思うよ。「絶対に話すものか」って聞こえてきそうだったぐらいだもの。だからこそ気に食わない。仲良くなった人に嘘なんかつけるような奴じゃなかったのに」


 なるほど、御しがたい人物なのか、もしくはよほどの正直者か。


「おおよそ人物像は浮かんできたよ。やっぱり以前は普通の高校生だったてわけだ。ほかに何か知ってることは。少しでも情報が欲しい」


 おやおや、警察みたいだね。と花屋が茶化す。


「君が真正正華に何をされたのかは知らないけれど、けれどね聖君、やめておいたほうがいいと思うよ。彼女に手を出すと、きっと痛い目を見ることになる」


「手を出すとは失礼な。君の言うとおり、僕の興味と目的はもっと暗くて陰鬱だよ」


 渋りながらも、気持ちばかり姿勢を正した花屋は、破いた紙にペンを走らせた。本当に気を付けてよと前置きし言葉を続けた。


「さっき言った通り真正正華の友人は、学校を出た後も休日も、行動パターンをしらないよ。一人暮らしのようだから、家族にあたることもできない。もちろん教師だってそこまで干渉しないさ。だけど、そんなものがわからなくても話ぐらいはできるタイミングがあるよね。特殊な理由がない限り、自宅というものを活動拠点にしなければならないんだから」


 紙切れを受け取って急ぎ席を立つ。今ならまだ足止めが功を奏して道中で追いつくやもしれない。なるべく早くこちらが彼女を見つける必要がある。ドアをくぐり、一歩振り返って言う。


「ありがとう、花屋。助かった。それとお前、僕のことを真正正華に売っただろう」


 ひきつった顔になりつつも、口を閉ざすことを知らない。


「それはよかった。ところで聖君、以前は普通の高校生だっただなんておかしな言い回しだ。だって彼女は随分前から決して普通でも一般的でもなかったんだから。それじゃあまるで、今はもっと異常な高校生になっているみたいじゃないか」


 そういう言う花屋は、やはり僕の良い悪友である。


 3

 

 花屋香波が僕に渡した紙切れに記されていたのは、真正正華の住所と携帯電話の番号だった。

 本人がどれだけ口が堅くても、ちゃんと手札は用意してあったらしい。さすがの自称情報屋だ。

 地元の住所だとはいえ、建物の名や有名なスポットならともかくと、土地勘に優れているわけでもなく。取り出したスマホに少しばかり新たな罅が入っていることに目を背けつつ、教室から校門の前までたどり少しの間に、住所を入力した。

 液晶に青い線が引かれてナビゲートが始まる。今時ソフトウェアにできないことはあまりなく、住所さえ知っていれば、地図を見るという手順すらも介さずとも目的地向かうことができる。便利なものだ。

 そんな便利なソフトウェアも、使い方を知らなければアイコンの1つ。目的の数値と記号を知らなければただの1と0の羅列に過ぎない。もっとも1と0の羅列なんてものを直接見ることなど、プログラマーの作ったソースコードというプログラミングの中ですらないが。ユーザーインターフェースで渡されたものも、扱えない人というのは存在する。

 十数年前の電話会社が個人住民台帳を作っていた時代ならばいざ知らず、現代において一般人が名前から住所を検索する媒体すら僕は思いつかない。

 あえて言うならそれは花屋香波という個人なわけだが、知る手段は今回に限っては職員室で調べるなりほかにも方法はあるだろう。

 道具も人も使いようだ。とても優れた道具も使い方を誤れば、ときに利用者を傷つける。そして何を使うのかも利用者次第である。


「あれは。違うか」

 

 走る僕の眼前に、見覚えのある制服の、ともかく見覚えのある人がいた。

 真正正華ではない。名前が思い出せないが同じ学年だった気がする。誰だったか。誰かはわからないが、探しているのはあれほど目立つ髪の女だ、目にしているかもしれない。

 確かに僕は友達を作るようなタイプではないけれど、必要があれば人とも話す。

 と尋ねておくことにした。


「すいません、赤い髪のうちの学校の制服を着た女を見ませんでしたか」


「あれ聖さん。その人ならさっき商店街のほうで見ましたけど」


「うん?ありがとう。それじゃあね、今急いでいるんだ」


 僕の名前を知っていると言うことはもしや知り合いだっただろうか。

 商店街はちょうど学校と真正の家の間にある。おそらく間違いないだろう。家に引き込まれても、家に張り付いている事を感づかれても面倒だ。

 出来れば家に着く前に捕まえたい。

 どうやら僕のささやかな願いは叶ったらしい。

 幸運にも赤い髪を視界に捕らえた。

 

「真正正華。話をしよう」


 僕が声をかけた先にいたのは、群衆の中ひときわ目立つ人だった。

 簡素ながらも賑わいのある商店街は今日も人にあふれている。そんな光景もスーパーやデパートの影響で消えている中、珍しいものだ。それ以上に珍しい存在感を持つ人物がここに居る。赤い髪の高校生だ。

 びくりと肩を震わせ、勢いよく振り返った彼女は、大げさに周囲を見渡す。首をこれでも左右に振って壊れたオモチャのようだ。本人は真面目に索敵でもして居るつもりなのだろうが、はたから見ると滑稽とまでいかないものの、奇妙な奴だった。

 周囲の人は自然と彼女を避け、出来上がった通りすがる人の輪の中には立ち止まった僕と彼女だけがいた。

 もう一度声をかける。


「話をしよう、真正。ついて来いよ」


 人気のないところで話をとも考えたが、ちょうどいい裏路地なんて、ロケーションはなく。足並みそろえて商店街を歩いた。

 真正正華は素直に着いてくるつもりになってくれたらしい。背後から僕に追従していた。


「私をつけていたのね、なぜ私を背後から襲わず声をかけたの。いったい何を企んでいるのかしら」


「誰が背後から襲うか、お前じゃあるまえし。人を犯罪者のように扱うな」


 裏路地に縛って捨ててきてやろうか。

 殴った勢いで窓がひしゃげるダンプカーみたいな狂暴女に、殴られた僕は立派な被害者だと思う。被害者届は花屋にでも出しておこう。


「ところでなんとなく聞かなくともわかるけどさ、あの教室からどうやって出たんだ」


 花屋に様々聞かねばならなくなった原因の事件は数時間前に起きた。

 学校の廊下を1人歩いていると、何やら誰かにつけられている事に気がついた。

 旧校舎の辺りは、特別教室ばかりで、人は滅多に寄りつかない。そして足音を殺して近づいてくるとなると、ただ事ではない。

 強い衝撃を頭に受けて、そのまま振り回した拳が、丁度襲撃者の顎に当たらなければ今頃僕はここに居なかっただろう。

 激闘の末、僕は彼女の意識を刈り取ることに成功したわけだったが、彼女の拳はまるでハンマーを振り回したかのごとく。おかげで制服がボロボロだった。

 誰の袖がロックだって。許せねえよ花屋。

 その人影の正体が、この真正正華である。

 名前に関しては昏倒している隙に生徒手帳で名前を確認したのだ。その後、この災害のような人間から距離を取らねばと考えた僕は、近くの空き教室に引きずって、ロッカーに詰めて扉が下になるように倒しておいた。さらには教室の扉を棒で開かないようにしてきたはずなんだが。


「普通に開けただけよ。こざかしい努力は認めるけれど、意味なんて無いわ」


「壁やら窓やらを壊した怪力が、追い打ちのように振るわれた学校の惨状をあまり想像したくないものだよ。主に冤罪をかけられそうで」


「何か悪いのかしら、放火魔を追うためには仕方がないことだもの」


 悪びれる様子もないものだから、頭を支えたところからめまいがする。

 その場を離れなれたがために、発見される前に捜索する必要が出てしまったが、一方的に暴力を振るわれる機会の逃した喜びのあまり目がにじんできた。


「まあいい、花屋に何を言われたのかは知らんが、勘違いをしていないか・・・答えたくないならそれでもいいけど。噂の放火魔を探しているんだって。お前がいかなる理由で探していてもお前の好きにすれば、良い訳でなくなったが、少なくともそれは僕ではないぞ」


「皆犯罪者は私ではないと、僕がやったわけじゃありませんと言うものよ。そんな言葉が何の保証となるというのかしら。(ひじり)光透(みと)。香波ちゃんは確かにあなたが学校のごみ置き場が全焼した現場にいたと聞いたわ」

 

 僕たちの学校のごみ捨て場は本校舎から少々離れた位置にある。それ自体はさほど珍しくもないだろうが、すぐそばに古めかしい焼却炉の残骸がある。歴史を感じさせる建築物だが、今ではその表面に錆を増やすとともに、隣のごみ捨て場もなくなった。僕がその現場を見ていたのはなんてことはない、クラスのごみ箱の中身を捨てに行ったいただけだった。

 ただの偶然に目にした光景は奇怪で、此の世のものとは思えず。なぜか僕に流星の夜を思いださせた。

 燃える猫。怪談にしては何のひねりもなく面白くないが、目の前に現れたのなら面白くはなくとも興味深くはある。

 これが小説物語なら、初めに近づいた人が食われるなりして死ぬところだが僕は今も生きている。僕には目もくれず、ふらふらとした足取りで猫はごみ捨て場に入っていった。

 ここに住んでいる野良猫かなにかの幽霊だったのかもしれないなと、場違いな想像をし終わったころには、身にまとった炎はすぐに建物に燃え移っていた。

 そして瞬く間に火柱のようなありさまとなった。まるでガソリンでも中にあったかのようだが、爆発することもなく静かに燃え尽きる。まるでそこに葉初めから何もなかったかのように。後に残ったのは黒い焼け跡だけだった。

 いつの間にかに集まった野次馬の中で何食わぬ顔で突っ立って、事なきを得たが下手をすれば僕が犯人にされていたかもしれない。

 実際、真正は僕が犯人だと決めつけている。

 おそらく花屋は、焼け跡から他の事件との関連性を見出したのだろう。少なくとも真正正華に情報を売る以前に調査していたはずだ。

 大方、原因不明の発火現場にいた人間を知っていると言い、犯人を目撃した情報だと誤認させ大金をせしめたのだ。花屋であればその程度のことはやる。金の亡者、花屋まじ許すまじ。

 

「残念なことにその現場に居合わせたのが僕であることは事実だ。けれどそんな話を根拠に犯人に仕立てあげるとはよほど頭が弱いと見える。それを是とするのなら君のお友達だって現場の一番近くに居たのではないかい」


「そんなわけないでしょう。あの子は家族を失ったんだもの。そんな事も分からないだなんて、放火魔本人だからとしか思えない。覚悟しなさい。苦しむように殺してあげるわ」

 

 まくし立てる真正の言葉をさえぎって、僕は説得を続ける。


「待てって、その情報を花屋に教えたのも僕なんだよ。燃え始めた瞬間を見ていたのは僕だけだからね。どうして誰かに見られた訳でもないのに、犯人が自供をしなければいけないんだい。僕だって被害者だよ。むしろ犯人が目撃さの僕を消しに来そうなぐらいさ」


 そんなわけはないが。


「つまり、あなたは犯人じゃないと言いたいのね。香波ちゃんからは火災の時にあなたが一番近くにいたとしか聞いていないけれど。あなたの言葉と香波ちゃんの言葉どちらを信じるべきかは明白だと思わない」


 香波ちゃん。誰だ。花屋か。誰だよ。あいつはちゃん付けで飛ぶような可愛らしい存在じゃないだろ。

 明白に信じるべきは僕の言葉だ。

 

「少しくらいは話を聞けよ。嘘くさい言葉を吐いているというのは認めるけれど、それが真実なんだからしょうがないだろう。少しは同級生を信じてみてはどうだろう」


「猫を犯人、犯猫かしら、その主張にはだいぶ無理があるように思うけれど。まあそんなことは嘘でも本当でもどちらでもいいの、犯人かどうかもね。問題はあなたが魔法使いかどうかということなのよ。大事なのはただそれだけ」


「魔法使いって、なんだそれは。魔道士とか言う犯罪者のことか。そういう記号を名乗るということは確かに集団的な意味を持つ可能性はあると思うけど。そんな組織が実際あったとしても、今回の放火魔もそいつらの仲間だってことにするのは、僕が言うのもなんだが無理があると思うぞ」


 真剣な話を僕たちはしていたはずだが、急に知能指数が下がったかのような、子供のごっこ遊びのような言葉を言われても困ってしまう。

 我ながら胡散臭い事を言っているとは思うが、そんなオカルト話で切り返されると誰でも困惑するというものだ。放火魔に謎の執着を見せる真正正華の原動力に疑問があったが、過去にその魔法使いなる集団から被害を受けたからなのだろうか。


「そういう認識なのね、嘘は言っていないようだけれど。あなたもここ最近に起きた奇跡の一つや二つ聞いたことがあるでしょう。そういうことができる人のことを魔法使いっていうの。どうやらあなたははずれだったみたいだし、どうやって魔法使いでないあなたが、魔法使いの私を無傷で昏倒させたのかは興味があるけど、そうね、信じてあげないこともないわ。どことでも消えなさいな、私があなたを襲うことは今後ないから」


 そういって、真正は立ち去ろうとした。何を言っているのかはよくわからない。けれど、今後こんな化け物に襲われないというのであればそれで、僕の事件は解決した。

 


「ああそれと、私の言った話は信じなくていいわ。忘れなさい」


 消え入るような声が聞こえた。僕をこれ以上攻撃しないことに関しては至極当然で当たり前のことだが、だがバカみたいな話を信じてくれてのなら、僕も彼女の話を信じるべきなのではないだろうか。


「待てよ。その放火魔とやらを、僕が魔法使いを捕まえてやる」

 

 4

 

 僕たちは学校へと戻り、黄色いテープをまたいでいた。事件現場によく貼られている、よくある黄色と黒の立ち入り禁止と印字されているテープだ。警察の忘れ物だろう。つまりここは例のゴミ置き場跡地である。

 捕まえると真正に啖呵を切った以上、その手掛かりの1つでも見つけなければ面目が立たない。

 しかし僕にはそんな経験はない。高校生で警察だか検察の経験のある人がどこに居るだろうか。そんなのは超高校級の探偵だか、ドイルな乱歩のポーぐらいな話だろう。ともかくそう言うのは探偵の属性が必要だと僕は思う。

 そう今回は探偵の役回りだ。警察ってヤツは、超常的な現象を1つも信じてはくれないのが相場だし。それなら僕にだってチャンスはある。なぜなら僕は、魔法使いはともかく、科学では証明できない何かを信じているからだ。

 燃える猫。確かにこの世界には僕の知らない何かが存在している。


「僕が言い出した手前、僕が行くのは当然としても。君まで着いてくることはないんだぜ」


「聖君を頼りにしろって?ふむふむ、それでそれで。どうやって、怪しいものとそうで無いものを区別をつけると。どう、調査してくれると」

 

 僕一人で行動してもよかったが、真正正華を連れてきたのは、その魔法とやらの痕跡が残っているのであれば、彼女のほうが正確に理解できると考えたためである。真正正華が。

 僕としてはゆっくり1人で、牛乳もあんパンも嫌いだから、珈琲でも片手に調べたかったのだが。働いてくれるというなら頼りにしよう。


「ここは僕たちみたいな一般人でも、僕たちだからこそお手軽に調べられる、犯行現場だからね。張り込みをする気にはならないけれど、猫の骨ぐらいは残っているかもしれない」

 

 犯人は現場に戻るという言葉だけが、誰が言ったのかも知らずによく聞かれるが、それを期待するには時間がかかりすぎている。

 僕たちが犯人を捕まえようとしていると、噂にでもなってくれれば、絶好のスイートスポットに化けるかも知れないが。普通はもっと大きな場所で仕掛けるか。それこそ、どこかの家族が燃えちゃった現場とか。

 幸運に不運にも何らかの理由で鉢合わせてしまったならば、真正をデコイにして、自慢の魔法のような怪力で捕まえてもらう魂胆だった。

 正直、こういった調査はどこかの情報屋に任せたいところなんだけれど。あいつは状況を引っかき回しすぎる。


「しかし、焼け跡を調査しようとは思わなかったのか。生活圏で起きた事件で、手間もさほどないだろうに。花屋も調べただろうけど、何が証拠になるのかわからなければ、一般人も、情報屋も、警察も見つけられない。その点同じ魔法使いだっていうのなら、どこを見るべきなのかぐらいは解るんじゃないか」


「たいした意味はないから。魔法だなんて大層な名前ではあるけど、別に魔方陣がいるとか呪文を書き込まなければならないわけではないの。普通の人でも気が付くような派手な異常性を持っているものなの。今回であればこの建物の残骸すべてを灰塵とする火力かしら。金属片しか残らない炎なんて、化学じゃどうにもならないのよ。あなたが調べたいというから見には来たけれど、正直あまり気乗りしていないわ。


「どうだろう。ナパームとかいう兵器は1000度まで高温になるらしい。テルミット反応とかもとても熱そうだしね。警察はそう言う兵器じみたものを探しているんじゃない。僕たちが探すべきなのはそんなものじゃないけどね」


 しかしなぜこんな人も燃えないだろう建物を燃やすのか、ごみ捨て場というのは放火の事件としては定番ではあるけれど、わざわざ学校のゴミ捨て場を燃やすとは頭がどうかしている。

 運良く、学校に延焼すれば儲けもの。犯人は手を汚さずに、彼らを天運が見放されたのです。なんて所かね。

 普通学生の悪戯を一番に疑われるだろうに、炎が派手すぎて台無しだ。魔法使い様の考えることはいまいち分からない。

 真正の予想は、魔法の練習が目的だろうとのことだった。


「練習ねえ。こんなもので魔法の能力が向上するのであれば。はた迷惑な練習もあったものだが。こんな派手に破壊活動をやっていたら、大国に拉致されて人体実験でもされそうじゃないか。兵器のような超能力者。どこの国も好きそうな話題だ」


「だからこの国も情報を集めてるじゃない。魔道士だっけ、あの男。その内テロリストとか言って国民全員を監視の目に使うんじゃないかしら。実際、派手にやって居るみたいだし。あっちこっちで。凍ったと思えば雷が落ち、雨が出れば砂漠になる。正確には魔法使いだけど」


「火が付いたりな」


「あなたは気にしなくていいの、私が全て殺すから」


「おっかないねー」

                         

 僕は放火魔に対して恨みがあると考えていたが、どうやら恨みがあるのは魔法使いに対してのようだ。よくもまあ。魔法使いなんて頭のおかしい集団とは、僕だったら関わり合いたくない。


「やっぱりあった」

 

 焼け跡の端を探すと簡単に見つかった。猫の頭骨だ。頭しか見つからなかったけど、僕がが見た燃える猫は幻覚ではなかったらしい。幽霊ではなく本当に燃えた猫が居たのだろう。漫画のキャラクターみたいに、猫の形をした炎を見たという可能性を少しばかり考えていたが、突拍子のない考えだったようだ。

 指紋が付いたからどうということはないだろうけれど、煤汚れているものを素手で掴むのは少し憚られた。

 ハンカチを取り出してそれで頭骨を包もうとする。

 僕の手が華奢な手で後ろから捕まれた。

 手から顔まで視線を上げると手をつかんだのはやはり真正だ。

 思わず手を離したハンカチが猫の頭に触れた瞬間、火花が舞い散る。とっさに手をつかみ返し後ろに下がった。猫の頭骨の中から、火を纏った虫が這い出る。僕がさっきまでいた位置には火柱が立っていた。

 唖然とする、魔法というのは地雷のような使い方もできるらしい。やがて火は消えたが、手の甲に痛みが残った。


「アッツイ。真正は大丈夫。僕は少し火傷しただけで助かったけれど」


「問題ないわ。あの程度の熱なら私を傷つけることはできない」


「魔法の力ってスゲえな」

 

 僕の手は割とこんがり焼けているというのに。後で手はちゃんと治さなければならない。ちゃんと痛い。これで焼かれれば、人も建物も真っ白に燃え尽きるわけだ。誰が触れるかも分からないものに随分と凄惨な罠だ。とてもまともな神経をしている人間が出来る事ではない。


「便利な奴だな。魔法使いというのは火が出せるのに加えて体まで丈夫なのか」


「そんなに便利ではないわ、何でもできるならもうすでに放火魔もあなたも殺しているに決まっているじゃない」


 決まっているのか。


「私の力が守りにも向いているってだけ。魔法使いは誰もが違う力を持っていてそれを使うことができるだけだけれど、放火魔は炎、私の身体強化には勝てないわ」


 なるほど。やっぱり超能力だな。


「魔法というよりは超能力みたいだね。魔法というともっとmpを払うことで何でもできるみたいなイメージがあるけど、RPGみたいに。誰が魔法なんて言い始めたんだ」


 超常の力のことは認めるとしても、魔法使いの一派はどうにも胡散臭い。魔道士の方も似たり寄ったりだろう。


「しかしこまったな、これといった証拠がないのに痕跡を辿るたびに燃やされかけていては割に合わない」

 

 調査の最中、ずっと命を失うリスクがあるというのは困ってしまう。


「言ったでしょう。魔法はそんなに便利じゃない。この猫の骨が燃えたのは、過去にこの猫に魔法を使った残り火といったところかしら。意図的にトラップを仕掛けていたのか、偶然暴発したのかわからないけど。猫を爆弾に変えて建物を燃やしていたってわけね。悪趣味だわ」


「なるほど。それで」


「それだけよ。犯人が悪趣味だって事以外はさっぱり。きっと放火の直前に猫を燃やしたんでしょう」

 

 どうやら彼女は魔法使いのくせに魔力の1つも分からないらしい。そんなことなら連れてこなければよかった。

 結局有力な情報は、火が出るとその近くに犯人がいるという当たり前の情報だけか。いや、普通の放火なら火が大きくなるまでに犯人が逃げる可能性もある。時限式の発火装置を使う事だってあるだろう。むしろ警察の目線なら、大がかりな武器のような発火装置を用意していると想像するだろう。


「そうね……、だから多分あなたが燃えている猫を見たときには近くにいたはずなのよ。犯人は現場に戻ると言うけれど、犯人は戻るまでもなくそこにいたという事のようね。きっとやじの中にでも紛れていたんだわ」


 放火の目的が何かはわからないけれど、わざわざ燃やしたものを近くにいたなら、現場を見たくなるのが人の欲。だがそうなると不可解なことが出てくる。


「いくら大勢いたとは言え、部外者がいれば、生徒か教師が誰かが気が付くだろう。それじゃあ。ああそういうことか。犯人はこの学校に通う誰かだ」


「確かにその可能性はあると思うけど、けど子供があんな凶悪な」


 犯人も出会い頭に僕を撲殺しようとしてたお前にだけは言われたくないだろうよ。


「まだ生徒と決まったわけじゃない。教師や清掃員の可能性もあるよ」

 

「なるほど。けどそれだけじゃ犯人には遠い。どうするの、他の現場も見て回るのかしら」


「いや十分だ。次は犯人の顔を拝もうじゃないか」


 僕の言葉に驚く素振りも一瞬で、驚きが疑念に代わるまでが随分早い。信用されていないのをひしひしと感じる。

 僕たちは推理ごっこをしているわけではないが。


「いやなに、探偵に危害を加えるのはタブーってことを教えてあげようってだけだよ」


 5


「今日は激動の一日だね」


「そりゃ良かった。それで、事件は解決しなのかな」


「いいや、これからだよ。犯人に心当たりもあるんだけど確証がなくてね。ちょっと意見が聞きたいんだ」


「いいのかい。名探偵。自分で謎を解き明かさなくても」


「いいのいいの。別にそんな事が目的じゃないし。カンニング上等さ」


「僕はてっきり燃え後のことを同じ手口と言っているのだと思っていたんだけどね。僕の思い違いだったんじゃないかって」


「何を行いてるの聖君。私が言っている手口って言うのはね」


「生き物そのものを火種に変えているって所だろう」


 苛烈なまでの炎の勢いのことを言っているのだと思っていたのだけれど。それじゃあおかしいじゃないか。

 

「そう火事が発生した5カ所。小火騒ぎ3件。共通するのは、現場に火で形作られたような生き物が現れること」


「まさかそんなオカルトを情報として扱うとは」


「だって相手は聖君だし。そう言う事を知りたいんでしょう」


「その通り。後は報道の真偽さえ分かれば良い。それで犯人を確信できる」


「それで何について聞きたい」


「火事の生存者(サバイバー)について」



 6

 

 深夜の学校二階に明かりが一つだけともっていた。普段は警備員が見回っているものだが、それは隣の教室で昏倒してもらっている。

 コツコツと廊下に響く足音が、こちらへ次第に近づいてくる。外は暗闇。僕の持つ小さな明かりに向かってゆっくりと歩いてくる。音は扉を挟んで鳴り止んだ。

 ガラリッと。教室のドアが開いた先にいたのはどこか見覚えのある女だ。この学校の生徒なのだから、僕だって見たことぐらいあるだろう。

 どこかで見て聞いて話した覚えのある女だった。

 学校の制服を着たこの無機質な少女の名前は何だっただろうか。それは聞いたことがあっただろうか。

 靄がかかったように思い出せないけれど。ここで名前を呼ぶには困らない。


「やあ、待っていたよ。来てくれなかったらどうしようかと思っていたところだ。放火魔さん」


「あんな脅迫文を送られてしまえば来ずにはいられないでしょう」


「脅迫文。ああ花屋に書かせた手紙か。僕はここに呼び出すように言っただけなんだけどね。無事に届いたようで何よりだ」


 いったい何を書いたのだろうか、あの性格だから、放火魔と書けばいいものを。有る事無い事書いたに違いない。


「一体どうやって僕のことを見つけたのかな、聖さん。僕は何も痕跡を残してなかったはずだけど」


 痕跡というなら猫の骨があったし、燃え後は派手だし、猫は燃えてるし。杜撰もいいところ。魔法がなければただの犯罪者だ。

 こんな問答をするあたり、よほどの自信家。実際、自信満々でここにやってきたみたいだ。追い詰められているとはまるで考えていない。

 今にも餌だけ食らいつくそうという、顔をしている。

 既に?網ですくい上げられているとも知らずに。


「真正、頼んだ」


 僕の一言で背後から手が飛び出し、放火魔を羽交い絞めにする。

 放火魔は咄嗟に藻掻いて抜けようとするけれど動かない。真正を岩か何かのように感じているだろう。

 細くか弱いというわけではなくとも、筋骨隆々では当然ない彼女のどこにそんな力があるのか不思議でたまらないが、何者も真正正華を傷つけることはできない。


「クソ、放せ。お前、真正正華か」


「一体どうやって君を捕まえたのかと聞いていたけれど、人に話すほどきれいな話でもなければ、自慢できるような話でもないのだけれど、一言でいえば力押しだよ」


 誰かに自慢できるような推理は存在しない。彼女に繋がるような証拠も何もない。魔法の存在を踏まえれば、子供だって思いつく事実だ。


「だいたいさ、いくら建物が灰になってしまうような火力だとしても、たかが火事で人間が白骨化するわけないんだよ」


 始まりの事件。この学校で暮らす生徒の家が燃えてしまったとか。一連なおかしな放火事件の始まり。だから僕は勘違いしてしまったのだ。


「それ以降の事件で建物から中に居た生き物まで、全て灰になるまで燃え尽きていた。哀れな猫ももれなく。だがおかしいじゃないか。普通の火事よりすさまじい炎の勢いだとしても、火の手を確認すら出来ない程の短い時間で。人が白骨化なんてするか」

 

 元よりこの学校の生徒に放火魔が居るというのは僕が疑われていた時点で可能性があることとして認識していた。それが後押しされれば、疑念は確信に変わっていく。


「最初の放火事件、この学校の生徒の家が燃やされた事件、それはお前自身の家だ。そう最初の放火魔の被害者は、放火魔自身の両親だったということだな。初めはお前の周囲の人間がお前に対する恨みや妬みで動いていたのだろうと予測したが、違和感があった」


 それでは辻褄が合わない。


「初めの火災だけ、随分と小さな損傷だった。建物は全焼すらせず、母親は火傷、娘はほぼ無傷。父親は手が白骨化して腕を一本を失い、ショック死。けれど体の方は無事だったとか。なるほど、腕一本しか燃料に出来なかったから火力が足りなかったと考えれば納得がいく」


 事件唯一の生存者(サバイバー)。初めの火事の母親と子供。

 

「僕はニュースで知ったんではなくて、近くを通りがかっただけだったからうっかりしていた。まさかアレが、小さな火事だったなんて」


「それでそれで」


「それなら、一体誰が哀れな父親の手を、うっかり燃やしてしまったのでしょう。だって魔法は近くでなければ発動できないんだろう。それこそ手で触れるほどに。あるいは殴られた拳をうっかり燃やしちゃったとか。あれだけ綺麗なお星様を見逃すとは罰当たりな奴らもいたものだ」


 彼女は流れ星に何を願ったのだろうか。何を願えば、生き物を焼くなんて不気味な力を手に入れるのだろう。


「凄いね大当たりだ。僕そんな事言ったっけ。けど今更止められないよ聖君には」


 他人の意識に残るには彼女の存在は希薄すぎた。学校に来ていないことを疑問にも思われないような人間が誰かの恨みを買うことは難しい。学校に通うすべての人間の弱みを握っているような、花屋が名前すらも覚えていないのは、異常といってもいい。だから昼間真正正華を追っていた時に顔を見て初めて思い出した。彼女と僕はあった事がある。

 彼女は両親に虐待されていたらしい。火事の夜、僕は散歩をしていた。面白そうなオモチャを見つけて、少し話を聞いた事をうっすらと覚えていた。


「今更遅いのよ。僕はあなたの言葉で今ここに居る。僕は誰に言われようと止まるつもりはない」


 僕は放火魔をするべきなんて言った覚えはないのだけれど。

 

「気にしないで。魔法使いを相手に魔法を使うのは難しい。私が火種にされる心配は無いもの」


「そういうこと。君の対策はバッチリさ」

 

 真正という戦力があるために正面からぶつかってこちらの負けはない。だがそれに付き合うのも馬鹿らしい。


「そういうわけだから、おとなしくつかまれよ。なに警察に差し出しても意味はないだろうし、しばらく鎖につながったままの生活を保障してやるよ。抵抗するなよ。随分な火力の魔法だが、それは手元からしか生み出せないうえに、お前自身もその炎に耐えられないだろう。お前につかまる以外の選択肢はない」


 背後の真正が不満気だが、視線で黙らせる。放火魔はまだ終わりではないと啖呵を切る。


「これで勝ったつもりかい。確かに僕は自由自在に炎を操れるわけじゃないけど、それなりの準備をしているに決まっているでしょう」


 放火魔は羽交い締めにされた時に投げ出された鞄に目をやるがなにかが起こる様子は無い。


「塩素ガスだよ。ほら混ぜるな危険ってヤツ。あれがこの部屋には沈んでいるはず。吸うと人でも危険だけど、空気よりも重いから足下に溜まるんだ。入り口を開けられると流れてしまうから、あまり期待はしてなかったけど効果はあったみたい。猫だろうと虫だろうと今頃鞄の中で苦しんでいるはずさ。僕が吸い込んでしまったら、ガスすら聞かないらしい真正先生に運び出して貰うと言うことで」


 言っただろう。対策しているって。

 

「自爆覚悟の策と言う訳か。聖君にはすっかり負けた気分だ。けど、僕にだって策は残されている。自分のことを考えなければ、火種なんて問題にならないんだぜ」


 放火魔の体が炎を吹く。この放火魔は自分自身を火種にしてみせたのだ。

 炎に対する焦りはない。熱か驚きか、真正は手を離してしまった。

 とうの放火魔は痛みでもだえていて動けそうもない。放火魔が操る炎は、じわりじわりと僕と真正の方へ向かってくるけれど。勢いはない。火を消すのは不可能だろうけれどそれだけだった。


「熱い。あつい。光透くん。あ゛ああああああああ」

 

 このまま窓から出れば僕も真正も助かる。けれど、もっとスマートな解決方法もないわけじゃない。このままでは真正が放火魔の首をへし折るのは時間の問題だった。


「真正、そいつは放っておけ。それより、窓のあたりに穴開けろ。警備員担いで逃げるぞ」


 真正がしぶしぶこちらと放火魔を見比べる。僕の言葉に従ってくれたみたいで、壁に走りそのまま大穴をあけて飛び降りた。真正に、何とか運んだ警備員を投げ捨てる。

「OKキャッチした。あなたも飛び降りなさい、焼かれるわよ」


「いやその人持ってもっと離れていて、ぼくはあの放火魔を捕まえてくる」


「ちょっと何言っているの」

 どんな高さから飛び降りても無事の真正だが、一度降りてしまえば二階に戻るすべはない。警備員を位置に運ぶことしか出来る事は無かった。

 真正は焼け落ちる学校の光を見ていることしかできなかった。

 

 7


 静かで閑散とした喫茶店。通りの騒がしさを一切持ち込まず、わずかに音楽が聞こえる。コーヒーの香りで充満する店内には、カウンターのどのほかに、個室が用意されていた。その一室の机にカップが二つある。家具や調度品が一つのテーマのもとにシックに整えられ、窓のブラインドの隙間から差し込む陽光が気持ち良い。そのマンデリンを含み少し苦くてそれもまた。カップ一つのこちらとは違い、テーブルのもう半分にはクリームのついた皿がいくつかあったが、空になっている。


「しかし、いくつ食べるんだ。1、2、3、4、5皿目だぞ。そろそろホールケーキが出来上がるんじゃないか、見ているだけで胸やけがしてきそうだ」

 

 コーヒーを飲み切ってしまいそうだがとどまる様子がない。僕も甘いものを食べようかな。珈琲も追加で。

 彼女は僕にぽつりと言う。


「その手。直さないの」


 空になったカップをつかむ手を、倒して甲の部分を見ると火傷の跡が膿んでいる。これでは食欲がなくなることはないようだが、見ていて不快なのだろう。

 ああ、と僕は言葉を返しす。店員を呼ぶボタンを押した手には傷はもうない。


「それで、真正には何て言ったの。しばらく顔を合わせないつもりが、ばったり町で合ってしまったんでしょう」


「どうせお前がけしかけたんだろうに、適当にごまかしといた。彼女はだめだな。相変わらず、この世界の魔法使い全てを滅ぼさん、みたいな勢いだし。僕が手綱を握る方法がない」


 彼女は聞いたものの大して興味もないのだろう、いやケーキに夢中なだけか。こちらをちらりとも見ない


「そういえば、魔法使いって結局何だったわけ」


「ああ。予想通り、僕たちが流星(ミーティア)と呼んでいる能力者達と同じだ。魔道士の方とは別の組織みたいだけど、今後は要調査だね。僕たちもいつかは目をつけられる」


「とすれば三人目は正華ちゃんじゃないのか。そういえば、結局あの放火魔ちゃんの母親も、意識が未だに戻っていないみたい。煙を吸い過ぎちゃったのかな。いつ目覚めるかは分からないけど、学校の惨状を見ると生きてるだけマシだわ。放火魔ちゃんは親戚辺りが引き取ることになるんじゃない」


「そうなんだ。それは僕も知らなかったな」


 携帯が鳴る。それを取ろうとすると同時に、部屋の扉が開いた。


「あら、私も、もう一つなにかを頼、もうかな……」


 そこに立っていたのは膝下から先のない、松葉杖をついた女の子だった。花屋も僕も見覚えがない。痛々しいが、可愛らしい少女だ。

 僕の待ち人でもある。


「もう来たのか。紹介するよ、放火魔ちゃんだ。放火魔ちゃんじゃかわいそうだからさ、なんか名前を考えてくれよ、元同級生の名前を考える機会なんてなかなか無いだろう」

 

「私はそれでいいけどさ、その娘の足は治てあげなかったの」


 理解が早い。


「戒めは必要だろ。必要があればその時に直すさ。ほら座りなよ」


「ほんと便利だよね、光透の能力。どんな古傷だって触れるだけで治せてしまう」


「今の僕では古傷を治すのは無理だよ。結局、人を作り替える力の応用で治しているだけだから、元の形をイメージできないと、僕の好みに弄って良いなら治せるけどね。彼女だって全身の表面と崩れた膝先を治したからさ、元の顔とか体型とか僕ももう思い出せないや。便利なのは便利だが使い勝手が悪い」


「えげつないなあ、聖君は。なるほどだから、肌つるつるで顔の形まで変わってるのか。随分きれいに整えたのね。今度私も顔を変えてもらおうかな。鏡を見れば見るほど不細工に見えてくる」


「そうかな。真正程じゃないにしても、僕は美人だと思うよ。それに、花屋にそんな女らしいところがあったとは驚きだ」


 女よりも、化物のほうが正体を言いあわらしている。

 

「私だって、化粧の1つぐらいするとも。特に大切な商売相手の時はおめかしをするとも」


「別に構わないけど痛いよ、体の中で僕のうでが動き回るようなものだし。麻酔の作り方なんて知らないからさ、大麻とかあればよかったのかもしれないけど、この娘を直したとき一番気がかりだったのはショック死しないかだったよ。死んでもすぐなら心臓を壊して治したりすれば生き返るけど絶対じゃないし」


「やめておく。私はコレクションの肉人形じゃないんでね。心を壊してまで見た目を変えたいとは思わないな」


 やめろよ。座ったばかりにもかかわらず、放火魔ちゃんの顔が真っ青になってしまっているじゃないか。


「僕にそんな趣味はないよ。人間を集めるのは好きだけど。ラブドールが欲しいわけじゃない。放火魔ちゃんほど歪んだ願いを叶えて貰ったわけじゃないのが、その証拠さ」


「なら可哀想だから治してあげなよ彼女の足」


「疲れるからまた今度」


 僕の中に星の欠片を感じるが弱々しい。この間の治療で力を使いすぎてしまったらしい。

 人を加工するのはともかく、治すのは力を多く使う。


「彼女が紹介したいと言っていた三人目って事ね。よろしく。私は魔法使いじゃないけど、仲良くやりましょう」


 部屋の扉が開かれる。


「コーヒーを2つ、それとケーキも3つ頼むよ」



 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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