第九話 先制攻撃
レジトワ国の兵士達の様子を、ナノが悠斗へと伝える。彼女は真っ先に、情報を得て来いと彼から命令を受けていたのだ。元々斥候部隊の隊長だった彼女だが、レベルの上昇でさらに自由に動けるようになったようだ。
かなり詳しい情報まで持ち帰って来た。
陣を敷いているのは開けた平野。近くに森があるが、そちらからは遠い位置に陣取っている。森からの奇襲を警戒しているためだ。そこに二千程の兵士が集まっている。
第三部隊の数は全部で千。数ではこちらが不利だが、質では勝っているらしい。しかし、千人いるといっても負傷者が混じっている。無傷な者に限定すると、グッと数が減ってしまう。
(どうやって兵を退かせるかだよな…。奇襲して隊長格の者を始末したとしても、簡単には退いてくれないだろう。やっぱり決定的な一撃を加える必要があるよな)
悠斗が個人で動かすことができるのは、第五部隊の者達だけだ。そして今この場にいるのはたった数人。この人数で大ダメージを与えることは、中々に困難なことだった。
「それでも、ただじっとしている訳にはいかないよな。少しでも数を削れば、それだけ第三部隊の者達が楽できる訳だし」
悠斗は自身の部下を呼び、考えた作戦を伝えていく。ナノ達にはその作戦がどれほど効果があるのかは、分からない。だが、その作戦で部隊を退かせることができるとは思えなかった。
それでも彼女達は、彼の命令に従う。それはすでに彼女達の育成の際に、彼の凄さを見せつけていた結果だった。
「何だ?」
「あれ、ゴブリンじゃないか?」
それから数時間後、レジトワ国の兵士が陣を敷いている場所に、二人のゴブリンが姿を見せる。それは悠斗が護衛として連れて来ていた者達だった。
「ゴブリン如き、俺様が倒して来てやるよ」
そう言って一人の兵士がゴブリンの下へと向かう。明らかに格下を見る眼付きだが、彼は部隊の中でそれほど強い者ではない。どちらかと言えば下から数えた方が早く、彼の周囲にいた者達もただの一般兵だ。
遠距離攻撃を行えない彼等は、魔法を用いてくる第三部隊に近付くことすらできないでいた。そのため、魔法攻撃に対する盾としか使われていなかったのだ。
かなり鬱憤が溜まっているが、それを上の者に発散する訳にもいかず、戦場でも発散できない。
そんな中現れたのが、下級種族の中でも最弱と言われているゴブリン。一番にゴブリンの下へ向かった男以外の表情にも、ゴブリンを甚振ってストレスを発散したいという思いが表れていた。
「ゴブリンは二匹いるぞ! 油断してやられんなよ!」
「はっ! 楽勝だっての!!」
心配や警告というよりも、どちらかといえば軽いジョークのような言葉。それに男は笑顔を浮かべて応える。
「ぐあっ! 何で…助け!」
ゴブリンは左右から挟み、男に襲い掛かった。油断していた男はそれに対処できず、あっという間に取り押さえられてしまう。そのまま攻撃された男は、動かなくなった。
「おい! だから言っただろうが!」
「俺達が行くぞ!」
「「ゴブリン如きが!」」
男が殺されたのを見て、四人の兵士が一斉に飛び出す。相変わらずゴブリンだからと舐めてはいるが、油断をしている様子はない。
しかし、それでも…。
「なんて強さだ!?」
「や、止めてくれ!」
「痛てぇ!」
「ぐあぁぁ!!」
悠斗の育成で強くなったゴブリンは、兵士三~四人程度なら一人で相手にできる。ゴブリンという種族は弱いと侮っていた四人の兵士は、全員殺されてしまった。
そもそも最初の一人だって、ゴブリンは簡単に殺せたのだ。それを態々二人掛かりで戦ったのは、相手にこちらの力量を勘違いさせるためのものだった。
「おい! あのゴブリン普通じゃないぞ!」
「数人掛かりで相手しろ! 囲め!!」
二人を囲んで始末しようと、二十人近くの兵士が立ち上がる。
「逃げたぞ!」
「追え! 絶対に逃がすな!!」
仲間を殺された兵士達は、逃げるゴブリンを追いかける。
ゴブリン如きに虚仮にされたからか、それとも純粋に仲間を殺されたからか。頭に血が上った彼等は、執拗にゴブリンを追いかけていく。ゴブリン達が向かっている先が、奇襲を恐れて近付かないようにしていた森の中だと警戒することも忘れて。
「ふふっ。第一段階は上手くいったわね」
「そうですね」
「向こうも上手くいっていますかね」
ゴブリンと共に立つ一人の魔族。それは森の中で待機していたデリスの姿だった。
当然罠は用意されており、彼女達の周囲にはすでに蜘蛛の糸に絡め捕られた死体が散乱していた。二十人の兵士があっという間に死んだ。
たとえ罠がなかったとしても、森の中では二十人程度でデリスを止めることは難しかっただろう。
そして兵士達がゴブリンを追いかけて行った後では…。
「回避しろ!」
「弓兵! 早く奴等を落とせ!」
奇襲部隊の者達によって攻撃されていた。彼等はゴブリン達によって起こされた騒ぎにより、意識がそちら側へと向いてしまっていたのだ。そこを頭上から攻撃されてしまった。
相手は魔王軍。当然空を飛べる種族もいるので、空にも警戒はしている。だが、意識が逸れたタイミングを突かれてしまったのだ。
シャドウクロウの二人が、空中から大きめの石や木材等を投下していく。兵士達は密集しているため、彼等は狙いを定める必要がない。
今回の作戦である程度の打撃は与えることができる。だが、それ以上は見込めない。二人は安全を考慮して、高空から投下している。そのため、狙いを定めることができないのだ。
今は密集していて簡単に攻撃が当たるが、やがて当たらなくなってしまうだろう。それにたった二人の攻撃だ。いくら強力な攻撃とはいえ、一回の投下で倒せる兵士は限られている。
そして少し離れた場所で、その二人を空中から見守るユヤ。
彼女は魔族にしては珍しい、冷静に周囲を観察でき、さらに状況に合わせた判断も自身で考えて行える存在だ。
彼女が奇襲部隊のリーダーとして指揮を取っていた際は、周りが彼女に付いていくことができず、上手くいかなかった。
しかし、今回は違う。彼女の役目は二人のフォローである。自分が事を進めるのではなく、彼等が無事に事を進められるようにする。
それは周囲を見て冷静に行動できる彼女にとって、一番合っている役目だった。
「ウィンド」
彼女が風の魔法を発動させると、シャドウクロウ達へと迫っていた矢が逸れる。上空から眺めているので、彼等を狙う矢が良く見える。
しかし二人が目立っているため、兵士達が少し離れた場所にいる彼女に気付くことはない。
「かなり攪乱できていますね。後は頼みましたよ、ナノ」
そう言ってユヤは眼下を見た。
「クソ! さっさと撃ち落とせ!」
一際目立つ鎧の男。この男こそが今回の部隊を率いている隊長だった。
「密集していては纏めてやられるだけだ。散会しろ!!」
彼の命令を受け、部隊が大きく広がっていく。そうなると、ただ投下するだけの攻撃は殆ど当たらなくなる。
「ぐあぁ!!」
「どうした? がっ!?」
そこへ兵士達の悲鳴。
「今度は何が起きている!!」
顔を真っ赤に染め、怒りの表情で周囲の兵士達へ怒鳴る。
「恐らく襲撃かと…しかし、敵が何処にいるのか分かりません」
兵士が次々と悲鳴を上げて倒れていく。
悲鳴が聞こえた方を見るが、その時にはすでに敵の姿はない。
「役立たず共め! 剣よ舞え!!」
隊長の言葉で、倒れた兵士の持っていた剣が空中に浮かぶ。
彼はスキル持ちだった。隊長に任命されるだけの実力は持っている。
彼のスキルはソードダンサーという名であり、周囲の剣を操ることが可能というものだ。ただし、生きている者が誰も所持していない剣に限る。
「敵を見つけたら、すぐに俺に報告しろ!!」
「「「はっ!!」」」
彼は自分の周囲に剣を展開した。たとえゴブリンであっても、その刃をすり抜けて奇襲を仕掛けることは困難だ。
「隊長!」
「ぎあっ!?」
だが、それを可能とする者がいる。それはとても体が小さな魔族。ハイピクシーとなったナノだ。
一人の兵士がその存在に気付いたようだが、一足遅かった。彼女の持つレイピアのような武器が、後ろから隊長の頭蓋を貫いていたのだ。
空中に浮いていた剣が落下していく中、それらで視界を遮りながらナノはその場を飛び去っていった。




