第八話 到着
悠斗は第五部隊全軍を率いて、第三部隊が陣を敷いているという場所へと向かう。
先導するのは、伝令としてやって来た男だ。彼の話によると歩兵ならば二日は掛かるが、騎兵等が向かえば一日で辿り着ける距離なのだという。
「とんでもない速さですね…」
馬について行く悠斗達を見て、伝令役の男が驚愕していた。
ゴブリン等の歩兵は後からやって来ることになっているが、第三部隊の者から情報を得るため、悠斗は奇襲部隊にいた何名かを使って馬に匹敵する速さで進んでいたのだ。
「ありがとうな。ユヤ」
「いえ、お気になさらないでください」
悠斗を運んでいるのはユヤだ。ハーピィである彼女は、手がないので物を掴む際は足で掴むしかない。彼はユヤの足に掴まれて運ばれるという、傍から見ればなんとも間抜けな姿をしていた。
さらに護衛としてゴブリン二体が悠斗と同様に鴉顔の魔族、シャドウクロウに二体よって運ばれている。彼がシャドウクロウではなくユヤに運んでもらっているのは、偏にシャドウクロウの見た目が大きな鴉だったからだ。
彼等もユヤと同様で足で掴んで運ぶのだが、羽の生えた人という見た目のユヤの方が、安心できたということである。
「馬が怖がるからと後ろを走っていますが、彼女も相当速いですよね」
「デリスだけ離れて走ってもらうのは、少し申し訳ないけど…」
(流石に馬が怖がって走らないとなると、問題だからな…。アラクネは見た目大きな蜘蛛にも見えるから、横を走るデリスは馬にとって相当な恐怖だったのだろう)
デリスはしっかりとついて来ている。彼女はそれでもまだ速度に余力を残しているが、一定の距離を保っていた。アラクネという種族は、木々の中では他の生物よりもかなり速く走ることができる。
それは八本の足を巧みに使うことで、木の根等の障害物を気にすることなく走れるからだ。だが、決して平地で足が遅い訳ではない。
レベルが上がったデリスは足の速さも上昇していたのだ。それに彼女は、後続のために目印を用意するという役目も担っている。定期的に自身の糸を使って、どちらの方向に進んでいるかを示しているのだ。これがなければ、歩兵を置いて悠斗達が先に向かうことができなかっただろう。
(向こうにはシャクナ達がいるし、問題ないだろう)
副隊長であるシャクナを筆頭に、ジョンやヒュリンもいる。彼女達がいれば、何かトラブルが起きても切り抜けられるだろう。
そのため、彼はそれほど心配していなかった。
「ここで一度、休憩を取りましょう」
そう言って馬を止め、男がその背から降りる。
こうして馬を休めて水をあげたりしないと、疲労で使い物にならなくなってしまう。短距離ならば使い潰すという手もあるが、長距離を走る際には無理ができない。
(これなら馬等の魔族のレベルを上げた方が、騎兵として強くなれるのでは…?)
馬の世話をする男を見た後、振り返った悠斗はそう思った。彼の後ろでは、すでに追いついて目印を作っているデリスを興味深げに眺めるユヤ達の姿がある。
彼女達は馬と同じ速度で進んでいるが、さらに速度を上げることが可能だ。その上レベルが上がって強化されたのは、速度だけでなくスタミナもなので、まだまだ飛び続けることが可能である。
人一人抱えて飛んでなお、これだけの余裕が窺えるのだ。今の彼女達にとっては、長距離移動は苦にならない。
「私も飛ぶの!」
悠斗の持っていた鞄から、ナノが元気に飛び出してくる。どうやら、鞄の中でじっとしていることに飽きたらしい。
「では、一緒に飛びましょう」
「うん!!」
嬉しそうにユヤの周りを飛び回る。
(今回はナノの存在が鍵になる。ナノにはあまり疲労を残してほしくないんだけどな…)
悠斗はそれを見て苦笑を浮かべるだけだ。彼女に命令することはできるが、彼女の性格上押さえつけることは難しい。それは、一緒にいることが多かった彼が一番よく理解していた。
それは決して言うことを聞かないという訳ではない。しかし、彼女のパフォーマンスは気分によって差が大きいのだ。最高のパフォーマンスを発揮させるためには、やりたいことをやらせた方がいい。
(最初から戦闘をする気はないし。疲れていそうだったら、歩兵が来るのを待つのもありかもしれないな)
彼は後から来る歩兵を、奇襲部隊として使うつもりでいた。そのためには、部隊に目が向かないように悠斗達へと意識を向けさせる必要がある。
「次は私の背に乗ってみる?」
「いや、それは止めておくよ」
デリスの問いに、すぐさま悠斗は答える。彼女がいながら態々ユヤに頼んで空から進むことになったのは、デリスの背がかなり揺れるからだった。
彼女の背は四足で走る馬ほどではないが、日本にあった車等の乗り物と比べるとかなり揺れる。最初は彼女の背乗って向かおうとしていた彼も、数分で諦めることになったのだ。
「到着しましたよ」
悠斗達が住んでいた集落にも似た、かなり簡素な造りの建物が並んでる。
第三部隊はここに陣を張り、兵が派遣される度に前線へと向かって対処するのだ。後退する際には建物を破壊し、瓦礫を使って相手の進行を遅らせるらしい。
「よく来てくれた。私が第三部隊隊長の、ビレルバットという」
ビレルバットという男は、金髪の美丈夫といった見た目のエルフだった。彼等第三部隊にはエルフが多い。
「第五部隊隊長の悠斗だ。早速だが、敵の情報を教えて欲しい」
「その前に…第五部隊はこれで全員なのか?」
彼は数人しかいない悠斗達を見て、困った表情を浮かべる。
「そんな訳ないだろう。足の遅い者達は、後から合流する予定だ」
それを聞いてホッした表情を浮かべた彼だが、互いの情報を交換した際に落胆することになった。
「第五部隊には、やはり戦力が残っていないか。副隊長のシャクナさんが、どれだけ持ちこたえてくれるかだな…」
すでに第五部隊の者達を戦力として当てにしていないようで、シャクナの到着を待ち望んでいた。それを聞いた第五部隊の者達がムッとした表情を浮かべるが、反論は悠斗が封じる。
彼は第五部隊の者達がレベル上げでかなり強くなったことを知らないし、実際にそれまでは連敗し続けていたのだ。
さらに第三部隊は実力者が揃っている。エルフは大地や水、風の魔法に長けており、彼等だからこそかなりの人数差にも関わらず、何とか持ちこたえられているのだ。
「俺達は遊撃として動くが、いいか?」
「死にたいのか? まあ止めはしない。第五部隊に援助を頼んだのはこっちだからな」
戦力にならないと判断しているので、前線に加われと言うつもりはないようだ。
「ただし、こちらから一人付けさせてもらう」
そう言ってビレルバットは一人の女性を連れてくる。エルフのように綺麗な金髪で整った顔立ちだが、耳は長くない。
彼女は彼が監視のために付けた存在である。勝手は許すが、邪魔はさせないということだ。
「それではな。そうそう、第五部隊の者は向こうの建物を使ってくれたまえ」
彼はそれだけ伝えて、その場を去っていった。残ったのは金髪の女性だけ。
「第五部隊の隊長殿。私はクラリスといいます。案内はお任せください」
(ハーフエルフか。彼女が特殊なのかハーフエルフがそうなのかは分からないが、耳が普通だからどう見ても人間にしか見えない)
鑑定スキルで調べなければ、彼女が人間だと言われても納得できる。人間にしては綺麗すぎる顔立ちだが、それ以外にエルフの特徴がないからだ。
彼女が監視役に選ばれたのは、役に立たないからである。ハーフエルフはエルフと同様に大地、水そして風の魔法を使う。だが、エルフ程強い魔力を持っていない。
そのため彼女にできることは全て、他のエルフの方が上手にこなす。つまり、彼女は戦力から外されたということである。
「ナノ、ちょっと」
「ん?」
悠斗がナノに何かを耳打ちすると、彼女は面白そうな表情を浮かべた。
「分かったの。行って来るの!」
彼女は一人で空へと飛び去っていく。その方向は、レジトワ国の兵が陣を敷いている方向だった。