第三十九話 誘い2
(あ…あれ……反応がおかしいな。俺がパーティーメンバーに誘ったら、もっと喜んでくれると思ったんだけど……)
悠斗は二人の反応を見て、何故このような反応なのかと困惑していた。
彼は二人から近況を聞いた。仲間を失ったことにより、冒険者としての活動が上手くいっていないことを。そして彼はマザーグリズリーを討伐した訳でないとはいえ、巷では英雄と呼ばれCランクへと昇格した冒険者だ。
自分に誘われれば、間違いなく喜んで食い付いて来ると考えていた。
だが、実際は違った。彼が困惑しているのと同じように、目の前の二人もかなり困惑していた。
(何故英雄様が私達に声を!?)
(何故英雄様が私達の現状を気にしているの!?)
(何故英雄様が私達に勧誘を!?)
二人の女の子の内の一人、赤い髪の少女がそう驚きに目を回していた。
(何故あの方が私達の方へ?)
(何故あの方が私達のことを気にして?)
(あの方が私達をパーティーメンバーに!? でもどうして?)
もう一人。少し濃い水色の髪の少女が、困惑した表情で思考を巡らせていた。
(英雄様の御慈悲?)
赤髪の少女が僅かに首を傾げる。
(もしかして、あの方は私達のことが……私が好きなのかしら!!)
水色髪の少女が顔を少し赤く染める。
二人の少女の悠斗に対する考えは、近いようで大きく異なっていた。
赤い髪の少女は、彼がアーマーリザードから救ってくれた人物だと気付いていない。彼女にとっては彼と出会った後、それどころではなかった。なのであまり悠斗のことを覚えていなかったのだ。そこへさらにマザーグリズリーの話。彼女にとって悠斗は英雄という大きな存在であり、別の次元の存在だと考えていた。
水色の髪の少女はそうではない。彼女はアーマーリザードから格好良く救ってくれた(彼女目線)、悠斗が気になっていた。なので、英雄という大きな存在とは考えていない。彼女にとって悠斗は、英雄のように強くて格好良い存在なのだ。
だが、二人の共通認識は一緒だった。それは、自分達では彼と釣り合わないということだ。
彼女達はまだまだ若い。それぞれの事情でパーティーを組み、冒険者となるために家を飛び出した者達だ。実力もそれほど高くはないし、経験も少ない。
その上死んだメンバーがパーティーを支えていたため、今の彼女達は冒険者の中でも落ちこぼれと言える。
赤い髪の少女は能力持ちであるが、彼女の能力は収納箱。戦闘に関しては役に立たない能力であり、実際彼女達は低ランクの依頼にすら苦戦する始末。
そのため悠斗からパーティーメンバーに誘われたというのは、光栄を通り越して困惑となってしまっていたのだ。
そのまま数分間、そこの空間には気まずい空気だけが流れる。
周囲の者達も彼等に注目しているため、声を発することはない。周囲の者達の中には、悠斗を自身のパーティーにと誘った者も大勢いる。そうでなくても、彼等は英雄と呼ばれる悠斗の実力が高いと考えている。だからこそ、彼等にとっても何故落ちこぼれの二人を誘うのかと気になっているのだ。
悠斗は自分からパーティーへと誘った手前、それ以上言葉を紡ぐことはない。彼女達の返事をただ待っているのだ。自分が思っていた状況とは異なるため、少し緊張しながら。
少女達は口を開けずにいた。何と言っていいのか、どういった意図で自分達を誘っているのかが分からず。そして何より、周囲からの視線に圧倒されて。
周囲の者達も言葉を発せられずに、そして何よりその場から逃げ出せずにいた。重苦しい空気から逃れたい気持ちとどうなるのかという好奇心、さらに他の者達同士の視線の牽制が原因で。
「あの…その……」
「!?」
沈黙が場を支配する中、一番に声を上げたのは水色髪の少女だった。彼女が口を開いたことで、皆の視線が彼女に集まる。真横にいる赤髪の少女の視線まで、彼女の下へと向いていた。
「先ほど話した通り、私達は低ランクの依頼すらまともにこなせない状況です。パーティーを組んだとしても、足を引っ張る結果となってしまいます」
「……!! 私もそう思います」
水色髪の少女が言葉を止めると、同乗するように赤髪の少女も首を強く縦に振る。
「それに私達はまだ駆け出しの…初心者冒険者です」
同乗した後、さらに言葉を重ねる赤髪の少女。
「俺も初心者冒険者なんだけどな…」
「えっ!?」
悠斗が言うと、赤い髪の少女は驚きの表情を浮かべた。彼女は英雄としてしか悠斗を見ていなかったので、勝手にベテラン冒険者だと思っていたのだ。
「私達でいいのですか? 私達を選んでくれるのですか?」
「何を!?」
水色髪の少女が悠斗へと尋ね、その言葉を聞いた赤い髪の少女が声を上げる。
(ミスティは何を考えているの!? 英雄様の誘いを断るんじゃなかったの!!)
彼女は水色髪の少女、ミスティが誘いを断るのだろうと考えた。なので断る方向で言葉を紡いだのだが、意外にも彼女は乗り気な様子。その様を見て、裏切られた気分になっていた。
ミスティが断りそうな言葉を発したのは、彼とのパーティーが嫌だった訳ではない。自分達が足手纏いになるのではないかと。そういった遠慮心が邪魔をしていただけで、彼女自身は内心ついて行きたくて仕方がなかった。
「俺とパーティーを組まないか?」
悠斗が彼女の言葉を肯定するように、もう一度誘いの言葉を口にする。
「ありがとうございます!!」
その言葉を聞き、凄い勢いで頭を下げたミスティ。その下げられた顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「お、お願いします!」
ミスティが誘いに乗ったことで、慌てて頭を下げる赤い髪の少女。彼女の顔には、気まずさが見え隠れしていた。
彼女はミスティの気持ちを勘違いし、明らかに断る方向に話を持っていこうとしていた。それが手のひら返しで誘いに乗ることとなったのだ。気まずいのも無理はない。
「私はミスティです」
「わ、私はユリアです」
「ミスティにユリアか。俺は悠斗だ、よろしく」
簡単な自己紹介。それだけだが、二人にはそれだけではなかった。
(本当に……英雄様とパーティーを……)
(ユウトさん。一緒にパーティーを組めるなんて、まるで夢のよう!)
二人にとっては彼の誘いは衝撃的なことであり、自己紹介を経てようやく実感を持つことができてきた。
「三日後にここを発つつもりだ」
「三日後ですか……了解しました」
悠斗が冒険者ギルドに来た元々の理由は、この街を出るとギルドに伝えるため。
なので受付嬢に発つことを伝えた。ただし、三日後となった。受付嬢は英雄に街へ留まってほしいため、渋い顔をしていたが…。
「聞いた通り、三日後にここを発つ。二人はそれまでに準備を整えてくれ」
「はい!」
「分かりました」
ミスティの元気のいい返事と、ユリアの柔らかな返事。その二つを聞き、悠斗達はギルドを出て行った。
ミスティとユリアの二人に、街を発つことへの抵抗はない。元々彼女達は家出をしてきた身であり、金を溜めたらリベアを出るつもりでいた。それが少しばかり早まっただけなのだから。
「…おい。本当にパーティーを組んだぞ!」
「何故だ! 何故あの二人なのだぁぁぁぁ!!」
静まり返っていた周囲の者達が、三人がいなくなった途端に騒ぎ始めた。
「もっと長くいてほしかったのですが……仕方がないですね」
受付嬢が一人悲しみに暮れているため、阿鼻叫喚となったギルド内が静かになるのは、かなり時間が経ってからのことだった。




