第三十七話 大熊2
「くっ……」
冒険者のリーダーが地面に崩れ落ちる。どうやら緊張感が解けたことにより、体の限界がやってきたようだ。
彼の腕はまだ繋がっているのが不思議なほど危険な状態。まさしく重傷だった。
「助けてくれたことを感謝したいが、早く帰らなければ…」
「冒険者ギルドの方へ説明もしなければな」
残された二人がそう言って、その片方がリーダーの男を担ぎ上げる。腕が千切れ落ちないようにかなり慎重に。
「俺が冒険者ギルドへ報告に行こうか?」
すぐに医者の下へ行く必要があると判断し、悠斗は二人の冒険者達に提案する。
「そうか、すまない。だが、医者へ行くのは俺一人で十分だ」
担ぎ上げた男がそう言うと、もう一人が口を開く。
「俺達はリベアで何年も活動しているCランク冒険者だ。ギルドへの報告には、俺がいた方がより信用され易いだろう」
「それは確かにそうか……」
リベアに来てまだ日が浅い、それもDランクの悠斗が報告する内容と、その街で何年も冒険者活動をしておりCランクである彼。どちらの報告がより信用されるか。それは試す必要もないことだ。
そしてマザーグリズリーはかなり危険な存在。もしも悠斗が報告し、正しいかどうかの確認のために討伐が遅れてしまえば、新たな被害が出るかもしれない。
そう納得した悠斗は、冒険者の一人と共に先にリベアの冒険者ギルドへと戻った。
「マ、マザーグリズリーですか……」
「マザーグリズリー……」
「何だと…」
報告を聞いた受付嬢。そして冒険者ギルド内に偶々いて聞き耳を立てていた冒険者達。彼等は報告を聞き、呆然とした表情を浮かべた。
しかし、それも一瞬。流石は冒険者ギルドの受付嬢をやっている女性。すぐに気持ちを切り替え、落ち着きを取り戻す。
「それは間違いないのでしょうか?」
「ああ。俺達は逃げ切れず、少し戦闘になった。それだけでリーダーが重傷を負わされた。彼が助けに入ってくれなければ、間違いなく全員死んでいただろう」
「そんな…」
「嘘でしょう……」
聞き耳を立てていた冒険者達が、それを聞いてさらに表情を青褪めさせる。彼等は襲われた冒険者達と同じく、この街で何年も冒険者をやっている者が殆どだ。
Cランクである冒険者パーティーが、決して弱くはないということを知ってる。そんな彼等が全滅しかけたと言うのだ。
マザーグリズリーで間違いないと悟ったのだろう。
どうしてここまで冒険者達が怯えているのか。それはマザーグリズリーが危険度Bランク相当…それもBランク上位であり、個体によってはAランクにまで到達するほど危険な獣だからだ。
「このことはすぐにギルドマスターへ報告します! 今日、明日中には討伐隊が組まれることになるでしょう!」
受付嬢は大声で、怯えている冒険者に聞こえるようにそう言った。彼等を安心させるためだ。
今回マザーグリズリーを討伐するのは、依頼をパーティーが受けるのではなく、討伐隊がギルドで組まれて行われる。
この方法で組まれる討伐隊への参加は強制ではない。だが、それぞれに名指しで討伐隊への参加を頼まれる。そして殆どの者は参加の拒否をしない。討伐隊が組まれる場合、個別のパーティーでは討伐が困難だとギルド側が判断したということ。つまりギルド内でも上位のパーティーから順に依頼されるということであり、自分達が参加しないと自分達よりも弱い者達へと話が流れるということだからだ。
自分達が拒否することにより、討伐隊を危険に晒す。そして名指しで頼まれるということは、他の冒険者にも自分達が拒否したということを知られるということだ。
「後はこちらに任せてください。貴方はゆっくり休んでください」
「ありがたい」
受付嬢は報告していた男にそう言って、ギルドからの退出を促した。彼女は本当に休みを取れと言っている訳ではない。いや、確かに命辛々リベアまで逃げ帰って来たのだ。疲れていない訳では決してないし、疲れを取るべきである。
だが、今回の場合はすぐに仲間の下へ向かってやれということだ。
「ユウトさんには再びこの街の冒険者を助けてもらいましたね。ありがとうございます」
「いえいえ、偶然その場に出くわしただけなので……」
今回、リベアへ初めてやって来た時に悠斗達が報告した受付嬢と同じでジョディだった。そのため、今回に限って言えば悠斗一人が報告に来ていても信用されただろう。
そしてジョディに対しては、悠斗は安定の敬語だった。
「ですが貴方はまだDランクの冒険者、それも一人なんですよ!!」
先ほどまでの感謝をしていた嬉しそうな表情とは一変。彼女は少し怒った表情を浮かべた。
「えっと……」
「マザーグリズリーが逃げていったからよかったですが、もし怒り狂って暴れていたら貴方まで死んでいたのかもしれませんよ!!」
「……はい」
彼女に言われたことはすでに悠斗も考えたことであった。そして彼女の剣幕に飲まれ、遅れて反応した悠斗だが……。
「本当に分かっているのですか!!」
「は、はい!」
さらに彼女を怒らせる結果となった。
「その辺りにして、早く報告へと向かうべきでは?」
「はっ! そうですね!!」
別のギルド職員にそう言われ、彼女はギルドマスターへ報告に向かった。そして彼女の代わりに、別の受付嬢が悠斗の下へやって来る。
「他の冒険者を必死に助けたのに、随分こっぴどく怒られたわね」
先ほどのジョディと悠斗のやり取りを見ていたのだろう。少し笑みを浮かべながら、その受付嬢が言った。
「彼女は貴方を思って言ったのだろうし、許してあげてね」
「それは分かってる」
ジョディがあのような性格なのは、ここの冒険者ギルドにいる全員が知っていることだ。そしてそんな彼女は、全員から好かれている。
この受付嬢の目には、悠斗が怒られて怯えているように映ったようだ。
(俺もそこまで馬鹿じゃない。彼女の言っていることは正しいし、あれは優しさだっていうのも知っている。それこそ、彼女がああいった性格なのは初めて来たときから分かっていた)
悠斗は怒ってくれたことに感謝し、笑顔で冒険者ギルドを出て行く。
マザーグリズリーの討伐隊は翌日に編成された。話し合いはその日から始まったのだが、結局翌日になったのだ。
急いでいたのにそれほど時間が掛かったのは、リベアには強力な冒険者がいないからだ。最高ランクがBランク。それも一パーティだけだ。
脅威度がBランクと言っても、Bランク冒険者が一人いれば勝てるという訳ではない。これはBランク冒険者のパーティー向けということだ。
つまりBランク冒険者数人が、しっかりとパーティーとして連携できて討伐できるということ。
今回はさらに脅威度がBランク上位ということもあり、Bランクのパーティーが一つ、そしてCランクのパーティーが三つの計四パーティーが討伐隊として組み込まれることになった。
その結果、マザーグリズリーはその日の内に討伐された。それも誰一人死ぬことなく。
流石に負傷した者はいたが、それも重傷とまではいかない。
「これがマザーグリズリーの討伐報酬です」
「ありがとう」
討伐されたと報告を受けた後、悠斗も報酬をもらっていた。
これは報告に対する情報代ではなく、討伐報酬だ。
彼は討伐隊に参加していない。それが何故もらえたかというと、討伐に大きな貢献をしたからだった。彼の与えた一撃、それはしっかりとマザーグリズリーの片目を潰していた。
討伐隊の者達が戦う際、それは死角を作ることとなったのだ。
こうしてマザーグリズリーの討伐者の中に、何故か悠斗の名前も含まれることになったのだった。




