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第三十一話 勇者


 大陸の南方。そこでは、人間の軍と魔族の軍が争っていた。


「ぐあああっ!!!」

「大丈夫か!」

「退け!」


 その戦争は一方的な展開となっている。人間側の軍がかなりの人数を減らし撤退を、魔族の軍がそれを追撃している状況となっていた。

 戦場の中心にいる魔族は、獅子顔の男だった。

 大柄で筋肉質な身体を持ち、二本足で堂々と立っている。腕は四本あり、それぞれに大剣を一つずつ握っている。

 周囲の魔族が気にならない程の圧を放っており、人間側は一目で彼が軍のトップなのだと見抜いていた。

 人間の軍が受けた被害の内、四分の一程が彼一人の手によって与えられたものなのだ。

 彼は魔王軍四天王の一人、キングレオという獣人族の頂点の種族であり、名をレオンハルトという。

 レオンハルトの軍は魔王から南方を任されており、ヘルザード達がレジトワ国を攻め落としたと聞き進軍を開始したのだ。

 彼の軍は魔王軍の中でもかなり実力が高く、彼自身も四天王では実力が二番目という強さであった。軍全体を見れば、四天王の中でもトップである。

 なので彼等は一番危険な、大国が多く隣接する南方の守備を任されていた。今まで彼が動くことがなかったのは、突出しすぎないようにと魔王から注意を受けていたからだ。

 他の四天王が苦戦し、防衛に回っていたため。自分だけが前に出てしまっては、防戦一方の四天王が万が一の際に助けに行くことができない。そしてそれは、魔王城へ敵に侵入されることに繋がる。

 レオンハルトが率いる軍はその大半が獣人族であり、個人の身体能力が高い。つまり機動力がかなり高いのだ。それに感覚も優れているため、一人一人が単独で動いてもそれなりに強い。

 まさに武闘派集団である。

 レオンハルトの特徴は、四本の腕でそれぞれ振るう大剣だけではない。確かに腕一本で大剣を軽々と振るうその怪力も脅威だが、彼は四本の大剣を持ってなお、機動力が落ちないのだ。

 つまり獣人の中でもトップの敏捷性を持ち、トップの怪力をも持っているのだ。そして獣人には数少ない、保有魔力がかなり多い存在でもある。

 ただ魔力が多いからと言って、魔法が使えるという訳ではない。

 脳筋の戦い方が得意な彼は、魔力をただ武器に乗せて振るうのみ。だがシンプルだからこそ、その脅威は侮れない。

 戦場に残るクレーターのような跡は、全て彼の一撃によるものなのだから。


「このまま進軍を続けるぞ!」


 レオンハルトの声に応えるように、獣人達は前へ前へと進む。その進軍速度は人間達よりも速く、撤退する彼等を攻撃しながら進んでいく。

 戦っている兵士達は近くの街に集まっていた侯爵軍であり、レオンハルト達が目指しているのは王都だった。

 大国の兵士達を簡単に薙ぎ払いながら進む彼等は、まさに人間にとって脅威になり得る存在だった。


「全く…。侯爵の兵士と言っても、どいつもこいつも情けないな」


 レオンハルト達の前に、黒い外套を身に纏った一人の男が立ち塞がる。

 そしてそれを取ると、銀の長髪を風で揺らしながら優雅に歩みを進めていく。彼は痩せ形で、どう見ても貧弱そうであった。

 血の臭いが充満し、死体がそこかしこに転がるこの場には、似つかわしくない存在である。


「何だ貴様?」


 レオンハルトがそう尋ねる。

 すぐにでも切り捨てようと思った彼だが、何故か足が止まったのだ。

 それはまさに野生の直感。


「なっ!?」


 彼の問いへの返事は、一切なかった。しかし、男の周囲にいたレオンハルトの部下が突然倒れる。

 ただ倒れた訳ではない。体中から血を吹き出し、体が破裂したかのように死んでいったのだ。


(何だ!? 明らかにスキル持ちだが、何が起きた!!)


 レオンハルトは動揺を隠せずにいた。男の見た目は戦闘等とは無縁であり、体を一切鍛えていないように見える。

 つまり、スキルだけで周囲を囲んでいた彼の全ての部下を殺したのだ。

 しかし、彼には男が何をしたのかが一切分からなかった。


(何が起きたかは分からない。だが、スキルを使われる前に殺してしまえばいい!)


 レオンハルトがそう思い、飛び出すために足に力を込める。

 戦闘慣れしていない、スキルに頼っただけの者は皆、彼に勝つことはできない。スキルを自身に使われる前に、敵を倒してしまうからだ。敏捷性が高い彼が、最も得意な相手。

 今回も一瞬で距離を詰め、一撃で葬り去るつもりだった。


「ガァァッ」


 レオンハルトの足が内部から弾け、血や肉が飛び散る。その痛みに苦悶の表情を浮かべ、地面に膝をつく。


(何故治らない!?)


 さらに彼は自身の足を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 獣人は人間に比べ、再生能力が高い。そのため軽傷なら数時間、重傷でも数日で完治するのだ。レオンハルトの再生能力はさらに高く、重傷でも数分で治る。

 今回の傷はそれほど大きなものではない。しかし、一向に治り始めないのだ。


「貴様、何をした!!」

「冥土の土産に教えてやろう。俺のスキルは魔力操作。お前の体内の魔力を操り、暴走させ内部から破裂させたのだ!」


 男は四天王相手に圧倒したことにより、得意気にそう語る。

 傷が治らないのは、魔力が暴走して再生の邪魔をしているからだ。


「舐めるな!!!」


 怒声を上げ、レオンハルトは強引に立とうとする。


「流石は四天王。他の奴等と比べて少し怖いな」


 そう言いながらも余裕の表情を見せる男。

 実際彼は、明らかに手を抜いている。足の魔力を暴走させ、レオンハルトの足に傷を負わせたのだ。つまり他の獣人達と同様に、全身の魔力を暴走させて一撃で殺すことだってできたはず。

 それをしなかったのは、男がただレオンハルトを気まぐれで生かしたから。


「絶対に許さんぞ!!!」


 それが分かっているため、レオンハルトも怒りの表情を浮かべていた。舐められていると分かっているのだ。

 強引に足に力を入れ、立ち上がることに成功する。そして男に近付こうとして……。


「流石に遊びすぎたか…」


 次の瞬間には、彼の体が内側から破裂した。

 他の獣人達のように血が噴き出すだけではなかったのは、彼の魔力量が多かったためだ。


「「「ボス!!」」」

 

 周囲で見ていた獣人達が声を上げ、男へと殺到する。


「四天王も余裕で倒せる。やはり俺は最強! 俺は歴代最強の勇者だ!!」


 そう叫びながら周囲の獣人達を殲滅していく。誰も男に近付くことすらできない。

 そしてたった数十分で、魔王軍最強であるレオンハルトの軍は壊滅した。

 たった一人の男により、そして彼に傷一つ付けることすらできずに。

 こうして突如現れた勇者、クロム・ハルツィンの初めての戦闘は終わりを迎えたのだった。

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