第三十話 海賊退治
悠斗の目の前には、胸を短剣で貫かれたシアいる。
(何処から現れた!? シアが刺されるまで、全く気付かなかった!!)
彼は一人、内心で焦っていた。確かに気は緩んでいたが、彼等は決して全く周囲を警戒していなかった訳ではない。それなのに影人の存在に気付けなかった。それも背中から刺される程近付かれてもだ。
だがそれもシアが反撃し、彼の腕を斬り飛ばすまでのことだった。
(勝てない相手ではないか…。海賊の者か?)
目の前で仲間が、背中から胸を貫かれる。影人も悠斗の動きが一瞬止まると思っていた。実際に彼は思考が停止していたし、その隙に影人はその場から逃げようとしていたのだ。
シアがスライムでなければ……暗殺対象が悠斗であれば、彼の暗殺は今回も無事に達成できていただろう。プロの暗殺者である彼も、胸を貫いた相手から反撃が来るとは予想できなかった。そしてその一瞬の隙が、彼に大きなダメージを負わすこととなった。
(ここまで近付けた理由が何かあるはずだ。鑑定…!?)
悠斗が影人を鑑定し、彼のステータスを確認する。そして彼の能力、影に潜む者の存在に気付いた。
「さっさとやるぞ!!」
それだけ言って、影人へと接近する。シアもその声を聞き、すでに駆け出していた。鑑定を使ってすぐの行動。悠斗は再び能力を使われ、逃げたり襲われたりすることを恐れた。それほど危険な能力だと感じたのだ。
「流石に逃げることは無理か…」
影人は覚悟を決めた表情を浮かべ、悠斗の方へと駆けて行く。彼の能力は、自身を認識されている状態では使うことができない。そのため、逃げることは困難だと考えたのだ。
「暗殺者を舐めるなよ」
「俺だって、自分の身くらいは守れる!」
懐から取り出したナイフで首元を狙う影人。だがその攻撃は、寸でのところで回避されてしまう。
「くっ!?」
さらに悠斗は剣の柄でナイフを持つ影人の手を打つ。影人はその衝撃で、左手からナイフをこぼしてしまう。
「終わりだ!!」
「舐めるなと言っただろう?」
悠斗の追撃。能力を使わせないためにさっさと始末しよと考えた彼の一撃は、しっかりと影人の首筋を狙っていた。しかし、だからこそ読み易い。
暗殺者という職業柄、自身を殺そうとする一撃は何処を狙ってくるかが読める。迫って来る刃を回避した彼は、そのまま地面に落ちたナイフへと手を伸ばす。
「私を忘れてもらっては困る」
「しまっ…」
咄嗟に回避行動に移ろうとするが、すでに遅い。影人の体に、シアの剣が突き刺さる。
「がはっ!」
「今度こそ終わりだな」
血を吐き、崩れ落ちる影人を見て勝利を確信する悠斗。
(奴は暗殺者と言っていたな。周囲を嗅ぎ回る俺達が邪魔で、海賊達が依頼したのか?)
影人は暗殺者ということ以外、自身の情報を何も残さなかった。
悠斗は彼を拘束し、情報を吐かせることを一度は考えたが、能力を見て危険だと悟った。そのため、情報を得られなくてもこうするしかなかったのだ。
(まあ、暗殺者ならば口を割らない可能性はあったがな。どの道、海賊退治を急がないといけないな)
本当はレジトワ国の戦場での兵士の生き残りが依頼したのだが、それを知ることができなかった彼等。海賊達は知らぬ間に、悠斗達からさらに危険視されることとなったのだった。
そして暗殺未遂が起きた三日後。
「それでは頼みます」
「任せてくれ」
海の上を漂う漁船に、護衛の冒険者として悠斗とシアは乗っていた。ヒュリンはここにはいない。結局彼は、船酔いを克服することができなかったのだ。
暗殺未遂の件で、海賊退治が急がれたというのもあるが…。
漁船はいつも通りのルートを通り、いつも通りの漁を行う。海賊が現れるまでは、悠斗達は何もやることがない。そもそも必ず海賊達が現れるという訳でもないのだ。
「現れませんね」
「そうだな」
漁は町から離れて行われるが、地球の船のように高性能ではない。なので、せいぜい数日で町へと戻れる距離までしか進まない。
「そろそろ帰ります」
漁師がそう言い、船を町へと旋回させる。まだ町まで、一日もあれば戻れる距離しか進んでいない。しかし海賊が現れるようになって以降、これが普通となっている。
漁師達からしても、できるだけ海賊に遭いたくはないのだ。だが近場だけでは、獲れる量に限界があった。その結果がこのルート。
そして今回も、海賊達に怪しまれないよう同様のルートで町へと帰る。
「シア、気を抜くなよ」
「はい!」
悠斗の声に、完全に暇を持て余していたシアが気を引き締め直す。
(海賊にとって、一番狙いがいがあるのは町へと戻る漁船だ。町から出たばかりの船を襲っても、精々船に積んだ物資しかない。漁を終えて戻るところを襲う方が成果が出る)
悠斗の考えは、見事に当たっていた。
「海賊だ!!」
漁師の声に反応し、そちらを見る悠斗。
「どうなっている……?」
そして彼が目にしたのは、海を走るようにして漁船へと近付く一隻の船だった。
漁船と比べて海賊の船は小舟だから、速度も速く小回りが利いて追いつかれる。そう悠斗は思っていたのだが、実際は全く異なっていた。
(小舟だからで済ませられる問題ではない。あの動きはどう見てもモーターボートだぞ。この世界にエンジンはないはずだぞ!!)
「速い!!」
シアも悠斗程ではないが、その速さに驚いていた。
「あれは?」
近付くにつれ、どのようにして船が動いているかが分かった。
海賊の船は、海流に乗って近付いて来ているのだ。
「シア、能力者がいる」
「そのようですね」
明らかに海賊の船を、漁船へと導くようにできた海流。海賊達は海水を操り、海流に乗せて船を運んでいたのだ。
(魔物の問題も、海流を作って逃げれば問題はないか…)
海賊の船は、かなりしっかりと補強されている。初めから能力だよりで動く船なので、船としてではなく筏のように海に浮いていればいいのだ。
そして海流に乗って速度が出ても壊れないよう、かなり頑丈に作られている。魔物の攻撃でもすぐには沈まないし、そのまま逃げることも可能だった。
「乗り込まれます!! 頼みますよ!」
漁師の悲痛な声。彼が殺されることはないが、それでも獲ってきた成果と積んだ物資奪われるのだ。必死になるのは当然のことだった。
「今回の護衛は二人だけか」
「そろそろ諦めてるんじゃないですか?」
「そうだぜボス。何隻襲って来たと思ってんだ?」
「まあそうだな。ガハハハッ!!」
ボスを含め、海賊は全部で五人。本来ならば、護衛として冒険者が数人いれば返り討ちにできる人数である。
だがそれができていないのは、やはり海賊達が海の上での戦闘に慣れているからだろう。そして、能力者の存在。
「くっ! 足場が全く安定しない」
「どうした?」
「その程度か?」
海賊二人に、悠斗達は防戦一方だった。
ボスは指示を出すだけで高みの見物。そして残りの一人は能力を使っていた。
(今まで冒険者が勝てなかった理由はこれか!)
悠斗達の船は、大きく揺れていた。勿論これは、海賊の一人が能力で波を作っているからだ。
これだけの揺れでも戦えるように、しっかりと訓練したのだろう。海賊達は大きな揺れを気にすることなく、悠斗達を追い詰めていく。
「俺達を討伐することなんて、無理なことなんだよ」
「そうだぜ。諦めて死にな」
悠斗達は何とか防衛に徹して切り抜けている状態。声を発する余裕さえないようだ。
このままではスライムであるシアは兎も角、悠斗は殺されてしまうのも時間の問題だった。
「ぐあっ!?」
「ボス!?」
悠斗達を追い詰める海賊達の背後で、そのような声が上がる。
「遅いぞ」
「波が邪魔で、なかなか近付けなくてな」
そこにいたのは第四部隊の隊長、リザードマンのベルニドだった。彼の握る槍が、海賊のボスの胸を貫いている。
「そこの男を頼む」
「心得た!!」
「がはっ!!!」
指示を受けたベルニドの行動は速かった。
突然ボスを殺されて放心していた能力者の男へ、ボスの胸から引き抜いた槍を突き刺す。
「こちらも終わりです」
ベルニドが男を突き刺している間に、シアは二人の海賊を切り伏せていた。ベルニドが現れた時点で能力が切れて波が治まっていたため、海賊二人では彼女の相手にならなかったのだ。
「海賊の船には、他に誰もいなかったか?」
「いなかったぞ。恐らくこれで全員だ」
ベルニドに確認を取り、海賊の討伐を終えたことを確信する悠斗。
(たとえ生き残っていたとしても、能力者は始末した。これ以上好き勝手にはできないだろう)
海賊問題は、こうして幕を閉じたのだった。




