第三話 新たな隊長
(やはり、両腕が使える方が良いな)
悠斗の左腕は、しっかりと指の先まで存在していた。
ヘルザードの部下になることを誓った後彼女の血を飲まされた彼の腕は、たった数分で斬り落とされる前の状態に戻っていた。
そして今、悠斗の目の前には数人の魔族の存在があった。
「新たな仲間のユウトじゃ」
ヘルザードがそう告げると、ここに集まった他の魔族達が興味深そうに彼を見る。視線を一身に受けた彼は、皆に頭を下げた。
ここに集まっているのはヘルザードの部下達。それもそれぞれの部隊の、隊長と副隊長である。全部で八人の、計四部隊分の精鋭達が集まっていた。
彼女と同じヴァンパイアである女性や羽の生えた赤黒い肌の男性であるガーゴイル、さらには五メートル以上もあるトロールや植物の根が身体から触手のように伸びているアルラウネ等、様々な種族の者達がいた。
彼女がヴァンパイアクイーンだからと言って、部下が全員ヴァンパイアという訳ではないようだ。
「あれ? ヘル様、部隊は五部隊って聞いていたのですが…」
彼の疑問の声に、周りの隊長達が一斉に視線を逸らして気まずげな表情を浮かべる。
(聞いてはいけないことだったのか?)
そう思って彼が謝罪の言葉を口にしようとした時、先にヘルザードが口を開いた。
「五番目の部隊をユウトに任せようと思う」
「それって、俺が隊長になるってことですか?」
「そうじゃな。我のために励むがよい」
「はい! 精進します!!」
そう気合の籠った声を上げる悠斗だったが、周りの彼を見る視線は哀れみが多分に含まれている。
彼は隊長任されて大いに期待されていると勘違いしているが、実はこの部隊は大事な彼女の血液製造機である悠斗を守るためのものだ。
ヘルザードの持つ第五部隊というのは、すでに人間相手に十何連敗としており、戦力が殆ど残っていない。さらに第五部隊に補充された部下も、皆一様に魔王軍の中でも弱いとされている種族の者達だ。彼が隊長になれたのも、ここに第五部隊の隊長や副隊長がいないのも、前回の戦闘で亡くなってしまったからである。
すでに戦で戦力として扱えない部隊、それが今の第五部隊なのだ。だからこそ、他の部隊の者達も一切文句を言わない。
普通、新人が突然隊長に抜擢されるなんてことはあり得ないのだ。それも彼は戦闘能力のない人間であり、兵士や軍師としての勉強をした訳でもない。
「ユウトにはこの者をつける。副隊長として、ユウトを助けてやるのじゃ」
「かしこまりました」
そう言ってヘルザードに頭を下げるのは、まるで燃え盛る炎のような紅蓮の長髪を靡かせる女性。いや、実際にやる気に満ちた彼女の髪から、微かに火の粉が漏れているようだ。
「まさか、ヘルザード様の側近の者をつけるとは…」
「第五部隊では心許ないのだろう?」
副隊長の存在に隊長達が騒めく。彼女は炎を操ることが得意で、ヘルザードの側近にまで上り詰めた女性だ。側近は隊長達と同じくらいの実力を持っており、ヘルザードの世話兼護衛の役目を担っている。四天王に選ばれし存在であり、側近達は一目置かれる存在なのだ。
「それでは、よろしく頼む。私は火蜥蜴のシャクナという」
「はい。お願いします」
悠斗は周囲の声を拾い、すぐに彼女が特別な存在であることを理解した。それ故の丁寧な口調だったのだが…。
「口調はもっと砕いてくれて構わない。そもそも、私は副隊長だからな」
「ですが、俺は新人ですし。それにシャクナさんに教えてもらわないといけないことが沢山ありますし」
「そのようなこと、私は気にしない」
(シャクナさんは気にしなくても、俺は気にするんだよ!)
悠斗はすでに理解している。周囲の視線が彼に集まっていることを。そして、その誰もがシャクナという存在を上位の存在だと認識していることを。
そんな彼女を突然現れた彼が砕けた口調で話す。それも隊長として彼女に命令をする。そんなことが許されるはずもないことを。
「仕方ないな。それは追々慣れてもらえばいいか」
そんな彼女の言葉に、悠斗はホッと安堵のため息を溢す。
「ユウト、第五部隊の下へ案内する。私について来い」
「はい!」
シャクナの言葉遣いは、ヘルザード以外には少しキツイ言葉になるようだ。そのため、すでにどちらが隊長か分からない会話になっていた。
彼は案内を受ける傍ら、今の魔王軍やヘルザードの部隊の状況の説明を受ける。
シャクナの説明によると、今の魔王軍は三つに分裂しているという。
前魔王の子供である現魔王が率いる魔王軍。これがヘルザードや悠斗が所属している軍だ。
そして二つ目が、現魔王に反発する強硬派と呼ばれる者達。こちらは前魔王の力に惚れ込んで軍に入った力至上主義者達で、まだ幼い現魔王よりも自分達の方が魔王に相応しいと言っている者達だ。
現魔王は幼いながらに、かなり強い力を持つ。それはすでに前魔王に近いという。だが、前魔王は子供を育成する前に勇者に討伐されてしまった。そのため、現魔王は魔王として不完全と言われているのだ。
そして三つ目が、日和見主義者達。彼等は今の人間達に圧倒されている魔王軍に不安を感じており、魔族を裏切って人間に味方をするか悩んでいる者達だ。
この者達はすぐにでも魔族を裏切って人間の味方につけるように、魔族とも人間とも争わないようにしている。
(未来で人間は、魔族を全て滅ぼすはず。魔族を裏切って人間の味方をしたところで、最後には全員殺されるんだよな…)
未来を知っている悠斗は、彼女の説明を聞きながらそんなことを考えていた。勿論、間違っているやどの道殺されるということを言うつもりは彼にない。
これは未来を知っている彼だから分かることであり、日和見主義者達に言っても、信じてもらえないことは分かっているからだ。それに、彼は未来を変えようとしている。なので、誰にも未来のことを話すつもりはなかった。
シャクナの説明は、ヘルザードの部隊の状況へと移る。
ヘルザードの部隊は現在、魔王領の東部に展開している。大陸の北東部に存在している魔王領は、人間の国家に周囲を包囲される形になっているのだ。東西南北それぞれに四天王を派遣しており、苦戦を強いられながらも何とか耐えているといった状況である。
ヘルザードの部隊は北に小国であるレジトワ国、東に大国であるユーステン王国、南に小国であるムールシア国に囲まれていた。
特にムールシア国に苦しめられているようだ。東は大国なので、ヘルザードの部隊の中でも特に強いヴァンパイアが率いる一番隊を当てている。
だが南のムールシア国は他の周辺国からの援助を受け、小国とは思えない規模の戦力を揃えているようだ。そのため、こちらにもかなりの戦力を割く必要がある。
反対にレジトワ国は北を守護する四天王の部隊も存在するため、大きく攻勢に出られないでいた。この国は海に面しているため、周囲に援軍を送れるような国が存在しないのだ。
(攻めるとしたら、まずはレジトワ国だな)
悠斗は攻める先の優先順位を決めていく。こういった人数が少ない場合、守り易いように端を取っていくのがセオリーだ。下手に中央を取ってしまうと、結局守れるだけの人数を割くことができず簡単に取り返されてしまう。
レジトワ国を占拠することができれば、北方の四天王も動き易くなる。
海に面しているということは、海産物も獲れるということだ。今の魔王軍の食糧事情は逼迫していないという話だが、決して良いという訳ではない。特に戦争をしていくならば、兵糧等でかなりの物資が必要になってくる。
「ここが第五部隊が寝泊りしている区画だ」
そう言って彼が連れて来られた場所には、ボロ屋や雑に木材が積み上げられた家とも呼べない建物があるだけだった。