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第二十九話 影に潜む者


 シアが刺される少し前、レジトワ国の国境付近の町で一人の男が路地裏へと消えて行く。


「あんたが影か」

「そうだ」


 そして裏路地では、すでに一人の男が待っていた。その男は武装をしているという訳ではないが、明らかに身体つきが一般人の者とは違っている。


「兵士崩れか?」

「詮索は止めてくれ」


 影の質問を、男は軽く受け流す。答えるつもりはないようだが、質問した際に漏れ出た殺気が答えを示していた。


「今のこの国では、兵士崩れは珍しくないだろう。俺のような暗殺者を前にするのだから、武装をしてきてもよかったのだぞ」

「こちらとしても、あんたを見極めようと思っていたからな」

「見極めるだと?」


 兵士崩れの男の言葉に、影と名乗る男は少し嫌そうな顔をする。


「俺の腕が信じられないのならば、他の者に依頼するんだな」

「いや、悪かった。俺の狙っている相手は、少し特殊だからな。暗殺者としての実力が気になったんだよ」

「俺以上に腕利きの暗殺者は、この周辺にはいないぞ」

「分かっている。それで相手なんだが…」


 本当に依頼を断られると困るので、男はさっさと話を進めることにしたようだ。

 影と呼ばれている男は、影人シャドウと名乗っている暗殺者である。彼は自身で話している通り、かなり優秀な暗殺者である。

 この国どころか、周辺諸国を探しても彼以上に優秀な暗殺者はいないと言っていい程だ。

 彼は決して、技術等が優れている訳ではない。普通に剣の腕を競えば、それこそ目の前にいる兵士崩れの男の方が強い。

 だが、彼の得意なことは暗殺。彼の能力は暗殺に特化した能力なのである。

 彼の能力は影に潜む者という名で、自身の存在を極端に希薄にするというものだ。つまり簡単に言うと、とても影が薄くなるということである。それこそ、目の前にいても気付かない程。

 存在を希薄にするだけで、決して透明になる訳ではない。なので相手に接触したりすれば自分がいることがバレてしまう。さらに一度認識されれば、相手の自身への認識を消さない限り能力が通じない。要は一度何処かへ隠れる必要があるということだ。

 なので彼は、必ず一撃で相手を仕留める。それこそ能力を使っていれば、その隙を間近で窺うことができるのだから、彼にとってはそれほど苦にはならなかった。

 だが、何も短所だけがある訳ではない。透明になれば確かに相手から完全に見えなくなるが、足跡等の痕跡はどうしても残ってしまう。しかし彼の能力では、認識されるか能力を解除しない限りは痕跡すらも気付かれないのだ。

 さらにもう一つ言えば、探知系の能力等にも認識されない。暗殺者が狙う中でも最も難易度が高いのは、要人等の警戒が強い存在である。

 彼等は基本的に暗殺を警戒しており、探知系の能力者を雇っていることが多い。透明化では探知に引っかかってしまうため、彼の能力はその辺りも暗殺向きな能力となっていた。


「人類を裏切った存在か」

「ああ。魔王軍を指揮する人間を俺は見たんだ。この国は…俺の仲間達はそいつのせいで死んだんだ」


 暗殺相手の情報を聞き、男は少し考え始める。


(魔王軍を指揮する人間か…。かなり重要人物っぽいな。これはかなり高額な依頼料をふんだくれそうだな)


 影人は魔王軍が相手だということで思案している訳ではなかった。彼にとって、魔王軍が相手だというのは関係ないのである。

 暗殺対象は人間。影に潜む者という能力を持つ彼にとって、それだけが重要なことだった。


「そいつは魔王軍の中でも、かなり上の立場のようだな。受けるかどうかは依頼料による」

「そいつを殺しさえしてくれれば、依頼料は奮発するつもりだ」


 そう言って、兵士崩れの男は巾着袋を男に向かって開いて見せる。


「ほう。いいだろう」


 巾着袋の中には、金貨と銀貨がかなりの枚数入っている。


「料金は後払いで構わない」

「いいのか? 逃げるかもしれないぞ?」

「構わないさ。今まで俺から逃げ切れた者はいない。その者達は、依頼料どころか全てを俺に毟り取られたさ。命も込みでな」

「約束は守るさ」


 彼は本気で言っているのだと、兵士崩れの男は感じた。


「暗殺が終われば、こちらから接触する」

「分かった」


 影人は男の返答を聞くと、そのまま路地裏を去っていった。






(ここにいるってか?)


 依頼を受けた男は、すぐに暗殺対象がいるソウェルまでやってきていた。


(あいつで間違いないな)


 男に聞いた特徴と一致するのを確認して、彼は対象の観察を始める。対象の人間はすぐに見つかった。魔王軍ということで町の中でも有名だったからである。


(それにしても、魔王軍の者が人間の町で白昼堂々と歩いているとはな。恨みを買っているとは考えないんだな)


 暗殺に対して何の警戒もしていない対象を見て、彼はそう考えた。


(あれは?)


 影人の目の前。暗殺対象はもう一人の人間と行動を始めた。


「護衛か?」


 様子を見ながら、彼は一人そう呟く。

 その者の動きを見て、少しは戦闘の経験があると彼の眼には映ったのだ。そのため、護衛と考えた。


(なるほど…。魔物ではなく、人間の護衛を連れているのか。だが、俺には関係ない)


 彼には魔物を護衛に連れていたとしても、それを掻い潜って暗殺対象を葬る自信があった。

 何処で暗殺するかを考えながら、対象を追跡する。すぐ側をついて行く彼は傍からみればかなり怪しいが、能力を発動している彼に気付く者は誰一人としていない。

 そのまま追跡すると、対象達はオーガと話し始める。


「ん?」

「どうした?」


(!? あのオーガ、今俺の方を見たような…)


 影人の心臓の鼓動が、僅かばかり速くなる。


「…視線」


(やはり勘付かれた!? 気付いてまではいないようだが、奴には最大限に警戒しなければ……)


 完全に気付かれた訳ではないが、それでも能力の発動中に勘付かれたことすら彼にとっては初めてのことだった。初めての経験で少し動揺はしたが、そこは流石プロの暗殺者。すぐに平静を取り戻す。


(だが、これからもあのオーガと接触するのであれば、見つかる可能性もあるか)


 彼はプロだからこそ、最悪の場合も想定していく。


(バレてしまう可能性が僅かでもあるならば、話が大きく変わってくるぞ)


 流石の彼も能力を見破られた状態で魔王軍、それもオーガに勝てるとは思っていなかった。なので、自身の存在を知られる前に暗殺を終えようと決める。


(ここでは駄目だ。あのオーガから離れて、確実に仕留めることができる場所。さらに欲を言えば、護衛に気付かれたとしても逃げられる場所が良い)


 そう考えて追跡を続ける。

 そして遂に、その時が来た。

 影人は二人へと近付き、対象の背後へ回り込む。そして背中側から、胸のある位置へと短剣を突き入れる。


「なっ!?」

「シア!」


(完全に心臓を捉えた!)


 そう思い、一瞬暗殺完了を確信した彼だったが手から伝わる感覚に戸惑う。


「何だ!?」


 違和感を感じた彼はすぐにその場を飛び退るが、彼の目に映ったのは自身をの姿を捉えている暗殺対象であるシア。

 そして剣を抜き様に彼女は一閃。


「ぐっ!!」


 飛び退ると同時に咄嗟に引き抜いた短剣が、彼の右腕と共に宙を舞う。


「クソッ! 人間じゃないのか!!」


 影人の声には、騙されたということへの怒りが滲んでいた。暗殺の失敗、そして自身の負傷。彼は平静を保てなくなっていた。

 心臓を捉えた一突き。彼の与えた大きな傷はすでに塞がっていた。スライムである彼女は、流血一つしていない。

 依頼者である兵士崩れの男は、悠斗ではなくシアの暗殺を依頼したのだ。しかし、決して騙そうとしていた訳ではない。

 レジトワ国の軍に紛れ、軍内部に混乱を招いた彼女。彼女は人間の姿で紛れていたので、男はシアが魔王軍に味方する人間だと勘違いしていたのだ。

 その後の戦闘を見ていれば、彼女が人間ではないことに気付けただろう。しかしその場合は、生き延びて依頼を出すことすらできなかっただろうが…。

 こうして影人は、初めて対象を一撃で殺すことに失敗したのだった。

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