第二十八話 港町に潜む影
悠斗達が港町であるソウェルに到着して二か月、町の発展は順調に進んでいた。しかし発展は進んでいるが、同時に問題も生まれていた。
彼の滞在している宿へと、一人の魔族が入って行く。
「シアか…。様子はどうだった?」
「どうやらまた襲われたようで、漁師達のやる気があまり高くないらしいですね」
シアは情報を掻き集めていたようだが、あまり芳しくない様子である。
「それほど大きな規模ではないからいいが、このままだと規模が大きくなる可能性があるな」
「さっさと潰したいですね」
数週間前から、ソウェルから少し離れた場所で漁をする船を襲う海賊が現れたのだ。どの船も乗り込まれ、乗せていた資材や漁で得た魚を全て奪われていた。
(それにしても、海賊達は何処から来ている?)
襲われた船の漁師は殺されてはいないが、意識を奪われた状態。そのため、海賊が潜んでいる場所を彼等は特定できずにいた。
(沖へと向かうにつれ、海にいる魔物は大型の種類が増えてくる。だから漁師達の船も必然的に大きさも人も増えているのだが…)
悠斗は数少ない得られた海賊達の情報を思い出しながら、まだ見ぬ海賊達のことを考える。海賊達の船は小型。小回りが利き、速度もそれなりにあるという。なので、漁師達の船は逃げ切ることができないでいた。
(大型の魔物に襲われる可能性がある中、海賊達は小型の船で沖まで出ている。いくら小回りが利くといっても、自由自在に海を泳ぎ回れる水棲の魔物達を振り切れるとは思えない…。魔物を退けられるほどの猛者が、海賊の中にいるのか?)
地球の船ならば兎も角、エンジンが開発されていないこの世界でそれほど速い速度で動く船は存在しない。なので魔物を倒せる者が混じっていると考えた方が、可能性が高くなる。
結局海賊達はどのようにして魔物達から逃れているのか…。それを考えるも、彼の考えが推測の域を超えることはなかった。
「少し、気分転換に外を見に行きますか?」
考え込む悠斗の様子を見ていたシアがそう尋ねる。
「そうだな…。ひょんなところから、何か新たな発見があるかもしれない」
部屋の中で考えていても仕方がないと思った悠斗は、シアと共に宿を出る。
「漁港を見に行くか」
「その前に…」
襲われているのは漁師達。そのため、様子を見に行こうとした彼をシアが止める。
「一度、食事にしませんか?」
「そう言えば、朝から何も食べていなかったな」
今更気付いたように、悠斗はそう呟く。ソウェルの発展が進み始めて以降、彼の仕事はさらに忙しくなっていた。その上海賊騒動が起きたことで、ゆっくり休むという機会がなかったのだ。
食事を摂っていないことにも気が付かないほどに。
「漁港の近くに、海鮮料理の店があったはずです」
「そこにするか。案内を頼む」
「はい! 任せてください!」
任されたことが嬉しいのか、軍人のようなポーズで元気に返事をするシア。その様子を見て忙しくなって以降、久しぶりに悠斗は笑顔を見せたのだった。
「海の上では、やはり後れを取ってしまうな」
「うむ…そうか。俺はまだ海賊に出会ったことがないからな」
漁港の近くで昼食を食べ終えた悠斗達は、早速漁港へ聞き込みへと向かっていた。その途中、男二人の会話が聞こえてきた。
海賊騒動が数回起きてから、漁師達は漁船に護衛を乗せるようになった。
しかし、地上での戦いにはある程度慣れている男達でも、海の上では完全に勝手が違う。海の上で動くことに慣れている海賊達相手では、やはり一歩二歩と動きが遅れてしまうのだ。
(あっちの男は、海賊と戦ったことがあるのか? 今まで漁師以外は殺されていたはずだが…)
漁師を殺せば漁に出る船がいなくなり、獲物がいなくなってしまう。結果的に自分達の首を絞めることになるのだ。なので、漁師は必ず生かしていた。だが、護衛は邪魔なので躊躇なく殺していたのだ。そのため、海賊と戦った護衛から話を聞くことはできなかったのだ。
「しかも…」
「少しいいか?」
海賊との戦いの話を聞かせていた男へ、悠斗は声を掛ける。
「海賊と戦ったことがあるのか?」
「ああ。と言っても、やられちまったがな…」
少し恥ずかしそうに言う男。先ほどまでは意気揚々と話していたのだが、やはり他人に自分が負けたという話をするのは恥ずかしいのだろう。
それに、護衛が賊に負けたというのは信用に関わってくる。
「やはり強かったのか?」
「あんたは海賊に興味があるのか? 俺の戦った奴は、それほど強くはなかったな。確かにある程度強そうな奴もいたが、それでも船の上での戦いに慣れていれば、あれほど無様に負けなかったさ」
男のそれは果たしていい訳なのか、それとも本当にそれほど強いという訳ではなかったのか。今の悠斗には、それを判断する材料が足りていない。
(海賊の居場所は分からなかったが、それでも一つ確信が持てたな…)
悠斗は男の話を聞き、一つの確信を得ていた。
「海賊達は何かをして、魔物を避けている」
シアにというよりも、自分に言うようにその考えを言葉にする。
海賊は護衛の男が見て、はっきりと別格の強さではないと感じていた。差はあったとしても、大型の水棲の魔物を倒せるほどの者はいない。
この情報を得られたことは、彼にとっては大きなことだった。
(強さはそれほどではない…。それならば、後は海上での戦闘経験の差だけ。それさえ埋めてしまえば、海賊を撃退できる)
「ヒュリン、調子はどうだ?」
「あまり…」
言葉は少ないが、その表情が上手くいっていないことを物語っていた。
荒事を治めるために滞在していたヒュリンは今、海賊退治のために海上での戦闘訓練をしている。
だが第五部隊の中でも、戦闘能力がかなり上位である中級種族のヒュリンとはいえ、海上での戦闘は未経験。他の護衛同様、上手く動けないでいた。
「すまない。今までよく頑張ってくれた」
「ああ…」
ヒュリンが出すその声に、一切元気がない。彼はいつも言葉数が少なく、それほど大きな声を出す方ではない。だがそれでも、ここまで覇気のない声を出すことは珍しい。
「まだ克服できないのですか?」
「……」
シアがそう尋ねると、彼は無言で頷く。
ヒュリンは戦闘経験がどうとかの以前に、船酔いする体質だったのである。そのため、まずはその克服から始めている。
船酔いが酷く、戦闘訓練どころではなかったからだ。
「相手の戦力が、ある程度絞り込めた。海上での戦闘は、シアに任せても問題ない」
「助かっ…た」
悠斗の言葉を聞き、ヒュリンは嬉しそうな声を漏らす。余程彼にとって、船酔いの克服は辛かったのだろう。
悠斗は戦力が分からなかったため、大型の水棲の魔物を倒せる強さを持っていると仮定していた。そのためシアではなく、船酔いを克服してまでヒュリンに任せようとしていたのだ。
男の話を聞き、その必要がなくなった。シアでも問題なく海賊を討伐することができる。
「ん?」
「どうした?」
ヒュリンが突然明後日の方向を向く。悠斗もそちらを見るが、そこには何もなかった。
「…視線」
(視線を感じたってことか?)
悠斗はその周囲も見てみるが、やはり何も見つけることができない。
「勘違いでは?」
シアがそうヒュリンの言葉を切り捨てる。
悠斗は少し気になったが、それでもシアの言葉に頷いた。
ヒュリンが視線を感じたと言って見た先。そこは隠れることができる物等もない、開けた場所だったからである。
「それじゃあ、俺達は帰る」
「代わりに、私がしっかりと海賊を倒しますので」
悠斗達が先に宿へと戻る中、ヒュリンは首を傾げながら最後まで辺りの様子を窺っているのだった。
漁港から離れて宿へと戻る二人へ、背後から近付く者が一人。
「なっ!?」
「シア!」
そしてその者は一切二人に気付かれることなく近くへと迫り、シアの背中へと短剣を突き立てていたのだった。




