第二十四話 魔王
魔王城は魔王領の中央に位置する。高さもそして広さもそれほどない。
魔王の側近達と魔王。そして時々訪れる四天王達。あまり多くの者が訪れる訳ではないため、あえて大きくしなかったのだ。
「ここが魔王城…」
悠斗はその造りを見て唖然とする。今まで見て来た建物とは全く違う、かなり凝ったデザインの城だったからだ。
「驚いたかの? 昔魔王軍が優勢だった時に、人間を集めて造らせた城らしい」
彼の表情を見て、ヘルザードが説明する。
(なるほど。魔族の腕が廃れた訳ではなく、初めから人間の手によるものだったのか)
彼は納得がいった様子だった。
魔王領にはそれなりに魔族が住んでいた。彼等はあまり戦闘が得意ではない者達で、主に農業等をして裏から魔王軍を支えている。
ここで言う戦闘が得意ではないというのは、種族的な話ではない。性格が戦闘向きではない者達だ。温厚な者、おっとりした者、後は農業が好きでやっている者もいた。
「人間を襲い、食べ物を奪って生活できる時代は過ぎたのじゃ。今は誰かが、裏方に回る必要がある」
魔王領の農地を通過する際、ヘルザードはそう言っていた。
「城の中も素晴らしいですね」
「そうかの? 少し物が多すぎる気もするが…」
魔王城は外見だけでなく、中も調度品の数々で溢れている。これも過去に人間達から奪った品々だ。魔族はこういった品には無頓着な者が多い。
だが、人間の城が調度品で溢れているのを見て、真似を始めたのだろう。
そして陥落させた城にある調度品を、餞別せずに全て持ち帰る。
結果、溢れんばかりの品々で埋め尽くされてしまっていた。統一感が一切ないのだ。ヘルザードはあまりごちゃごちゃした場所は好かないらしい。
「ヘルザード様、お待ちしておりました。どうぞこちらです」
魔王の側近。その一人がヘルザード達を案内する。
殆どの場所は調度品で埋め尽くされているため、道に迷うことはない。
そして、大きな扉の前に到着した。明らかに他の部屋とは雰囲気が違う扉。ここに魔王がいますと宣言しているようなものだ。
「魔王様、ヘルザード様をお連れしました」
「うむ。入るがよい」
魔王の許可を得て、側近が大層な扉を開ける。
「久しぶりじゃの? 魔王様」
ヘルザードは一応呼び方は様付けしているが、完全にタメ口だった。
「此度はよくやってくれた。ヘルザードよ」
魔王もそれを気にした様子はない。ヘルザードは何代か前の魔王から四天王として仕えている身。そのため、これは彼女に与えられた特権なのだろう。
「して、そちらが其方の話にあった人間か?」
魔王が悠斗に視線を向ける。
「悠斗と言います」
そう簡単に自己紹介だけした。
「顔を上げるがよい」
「はっ!」
彼はそこでようやく顔を上げる。ヘルザードは何も気にせずに話していたが、悠斗は部屋に入ってすぐ首を垂れていた。そのため、今初めて魔王の姿を見ることになる。
(あれが魔王。確かに、かなり若そうだな。子供にしか見えない…)
左右に生えた立派な角。それ以外は人間の子供とそれほど変わらない。
黒髪であどけない顔付きに、小さな手足。纏っている雰囲気は厳かなものだが、それがまたアンバランスさを生み出す。
魔族は知性を得た魔物。だから魔物と同じ容姿をしている。そう世間では言われてるが、魔王だけは違う。
魔王は種族に捉われない存在。過去の魔王も皆、角以外は人間と同じような見た目をしていた。
だが、人間とは決定的に違う。
魔王は歴代の魔王の子供となっているが、実際は違う。彼等は無から産まれる。その場の魔力や何かが関わっているのだろうが、産みの親というものが存在しないのだ。同じような者達が魔王となるので誰もそれには気付かない。
歴代の魔王と、その側近達だけが知っている秘密であった。
「よくぞ我ら魔王軍に力を貸してくれた。其方のおかげで、レジトワ国を落とすことに成功した」
表情は変えないようにしているようだが、それでも声や表情に若干嬉しそうな雰囲気が滲み出る。
(やはりまだ子供。自身の感情を制御しきれないのだろうな。まあその方が、分かり易くて助かる)
魔王軍が窮地に陥っている。先代の魔王に仕えていた優秀な者達が、彼女から離れて行ってしまった。このような要因もあって、余計に彼女は不安を抱えていた。
魔王領に住む者全員の命を彼女は背負っている。それはまだ幼い彼女には、重すぎたのだ。
感情を隠しきれなかったとしても、今回ばかりは仕方がないと言えよう。
「其方は優秀だとヘルザードから聞いておる。我の下に、この魔王ルキナの下に仕えないか?」
(やはり、抱きかかえようとするか。ユウトの活躍を聞けば、当然とも言えるのじゃが…)
魔王の提案を聞き、ヘルザードは表情を曇らせる。やはり彼女が考えていた通りの状況になってしまったからだ。
第五部隊の隊長という役職から、魔王の側近という役職へ。それはとんでもない出世である。側近という立場がどれほど優れたものか、それはシャクナを見ていた悠斗は当然知っている。
四天王の側近であれだけ尊敬を集めることができる。魔王の側近ともなれば、果たしてどれほどのものか…。
これはとても美味しい提案。断るはずがない。そう魔王もヘルザードも、案内役の側近も思っていた。
「素晴らしいお誘いですが、今回は辞退させていただきます」
だが、ここにいるのはただの人間ではない。ヘルザード至上主義の、頭のおかしな人間だった。彼は魔王よりも、四天王であるヘルザード選んだのだ。
そんなことをする者は、他には……一人しかいない。
「其方は何を……」
「……」
「…」
その場にいた者達は皆、彼の返事を聞いて呆然としていた。
そしてその時、コンコンと扉をノックする音が響く。
「魔王様、ルートルード様をお連れしました」
「…………」
「あの、魔王様?」
「うむ。入るがよい」
数十秒の沈黙の後、ようやく気を取り直した魔王がそう応える。
そして入ってきたのはマントを羽織った骸骨。
その手には先端に輝く宝石が付いた杖が握られている。
ルートルード。種族は不死者の王と言われるリッチだ。そして魔王領の北側を任せられた四天王でもある。
「魔王様。ルートルード、参上いたしました」
「うむ。よく来てくれた」
ルートルードは魔王に頭を下げた後、ヘルザードの方を見る。
そして悠斗を見つけると、その視線を鋭くした。
「人間が何故魔王城に」
少し怒気の籠った声。
「この者は我が部隊の部隊長じゃ。それに、お主が呼ばれたのはユウトのおかげじゃぞ?」
「何だと?」
「そこまで」
険悪な雰囲気になる前に、魔王が二人を止める。
「ヘルザードの軍がレジトワ国の王都を陥落させたのは知っているな?」
「はい。聞き及んでおります」
そう言った後、ルートルードは少し悔しそうな表情を浮かべる。
北を任せられたルートルード、東を任せられたヘルザード。二人の担当区域は、共にレジトワ国に面していた。つまり、どちらがレジトワ国に攻めても良かったということ。
だが、彼は他の国との戦闘で手が回っていなかった。レジトワ国に攻め入る程の余裕がなかったのである。そんな中、ヘルザードはレジトワ国を落とした。彼は一人、ヘルザードに対して敗北感を感じていたのだ。
「レジトワ国陥落の立役者はそこのユウトである」
「な…んだと。嘘だ…」
魔王の言葉を聞き、呆然とするルートルード。
「我の言葉が嘘であると?」
「いえ! そういう訳では…」
魔王の言葉を受け、少し慌てたように彼は言う。
彼女はそこで話は終わったとばかりに、次の言葉を投げる。
「レジトワ国が落ちた。これで其方は、そちらを気にすることなく進軍することができるな?」
「はい、お任せください。必ず、北方の国々は私が落として見せます」
「うむ。期待しておるぞ」
(ルートルードの登場のおかげで、話が長くならずに済んだな)
悠斗は側近云々の話が有耶無耶になったことで、彼に感謝していた。
(だが、あの視線はな…。敵意を隠す気もないか)
悠斗はルートルードを見る。彼は悠斗を睨み付けていたのだった。




