第二十三話 レジトワ国の最後
最高の舞台を整えたとはいえ、未だにレジトワ国の方が圧倒的に数は上。いくら第一部隊でも、少しは苦戦すると悠斗は思っていた。
思っていたのだが…。
「王都陥落も時間の問題じゃな」
遠く、煙が上がっている方向を見て、ヘルザードがそう呟く。
その方向には、レジトワ国の王都があった。現在第一部隊が王都を陥落させるため、攻撃しているところだ。
レジトワ国の北には海。そして別大陸の国からやって来る商船を受け入れるための、港町が存在する。ヘルザードはレジトワ国の王都を、フィロキアへ移そうと考えていた。
理由は単純。魔王領から遠くなってしまうからだ。北は港町等を残し、他大陸との貿易の場とする。なので、今ある王都は必要ない。
第一部隊の者達は、心置きなく暴れていた。王都へ来るまでは占領し、そこにいる者達はできるだけ殺さないように心掛けてきた。
彼等にとって、それはとても面倒な作業だったのだろう。そして今、溜まった鬱憤を晴らしている。
王都にも兵力は残しているだろうが、殆どが先の戦場に立っていた。つまり今いる兵士は最低限の数しかいない。第一部隊を止められるはずもなかった。
(まさか、これほど一方的な展開になるとは…。敵の強さを大きく見過ぎたか?)
悠斗は困惑とまではいかないが、今の状況に少し戸惑っていた。
人間は神に与えられた能力によって強くなり、魔王軍を圧倒している。そう聞かされていた。現に、魔王領はとても小さい。
だが悠斗の目の前で、ヘルザード達はレジトワ国の兵士を蹂躙した。
(いや、出会ったばかりの第五部隊が弱すぎただけなのだろうか?)
軍はあっという間に数を減らした。確かに一般兵相手には、第一部隊の者達は圧倒していた。だが悠斗は気付いていないだけで、能力持ちである部隊長には苦戦していたのだ。
それでも圧倒的に見えたのは、部隊長でも歯が立たない存在。ヘルザードとデスピアがいたからだ。
ほぼ全ての能力持ちは、この二人によって敗れた。
もしこの二人がいなければ、悠斗の思っているようにもう少し苦戦したであろう。
能力によって強さはかなり上下するが、隊長にまで抜擢される能力持ちはそれほどまでに強い。それこそ無傷とはいかないが、シャクナの全力を受けきったあの部隊長のように。
さらに今回は、ヘルザードの側近達もいた。彼等は第一部隊の者達と互角以上の強さを持っている。レベルアップで強くなったシャクナ程ではないが、他の側近達もヘルザード直々に選ばれた者達なのである。
「まさか、レジトワ国を取れることになろうとは…この国は小国じゃが、それでも考えもしなかったことじゃ」
周囲の国が連携を取り始めたことで、魔王軍は防戦一方になりつつあった。四天王であり、強大な力を有する彼女であっても、一人では打開できない。自身の部下を使って、侵攻を食い止めるのが精一杯だったのだ。
四天王の中でも、ヘルザードは頭一つ抜けて力がある。彼女はヴァンパイアの女王であり、何代も前の魔王の頃から、四天王として活躍しているからだ。
そんな彼女の力に対抗できる人間もいる。たった数人程度だが、確かに存在しているのだ。彼等は特に強大な能力を持った者達であり、魔王を倒せる程の力がある。
人間達からは英雄と呼ばれていた。
そして英雄程ではないが、ヘルザードにも届きうる存在だって少なくない。
一対一では勝てたとしても、多数、または策を弄されては彼女だって負ける可能性は十分にある。
ヘルザードにとって一騎当千は可能だろう。だが、人間全てを相手に生き残ることはできない。
今回の戦争も、悠斗のおかげで楽に勝てたと思っていた。悠斗の作戦は先に聞いており、見事に作戦通りにレジトワ国の兵士が動いていたからだ。
そして、彼女には到底真似できないと思った。
彼女が第五部隊も引き連れていたならば、間違いなく敵の策に嵌り、強引に突破するしかなかった。それだけで多大な犠牲が発生する。
(人間の強みは能力だけではない。連携を取って我々を翻弄してくることもある。じゃが、今回はユウトの策のおかげでまともに軍として機能していなかった…)
ヘルザードは、先の戦いを思い出す。部隊長と戦う際も、一切の横槍はなかった。それは側近達が止めていてくれたからというのもあるが、彼等がこちらへ手を割けるといった状況でなければ、できないことだ。
(本当の策を弄するというのは、ここまで違うものなのじゃな…。やはり、魔王様にユウトを紹介するべきか…)
ヘルザードは迷っていた。今魔王軍には、人間相手に策を練ることができる者は悠斗しかいない。彼が有用だと分かれば、魔王城に好待遇で招かれる。魔王の側近になる訳だ。
そうなればいくら四天王であるヘルザードでも、簡単に会いに行くことはできない。彼の血を得ることが難しくなってしまうのだ。
「どうするべきか…」
「「「??」」」
ヘルザードが悩んでいるのを見て、周囲の側近達は彼女へ視線を向ける。
「何でもないぞ」
その視線に気付いた彼女は、すぐさま彼等にそう言った。
そしてそれと同時に…。
「王都が陥落しました!!」
第一部隊がレジトワ国の王都を攻め落としたことが、伝令より伝えられたのだった。
(これで取り敢えず、北側を気にする必要はなくなった。それにレジトワ国の領土も手に入れたから、またレベル上げが捗る)
悠斗はその報を聞き、すでに次の動きを考えていた。
彼はヘルザードの役に立つために行動している。そして今回、無事にレジトワ国を手に入れることができた。
だが、彼はそれで満足している訳ではなかった。
元々レジトワ国の領土を手に入れたい理由が、レベル上げの場所を確保するため。そのために動いていたのだ。
依然として、ヘルザードが担当する区画は他国と接している。今は他の部隊が頑張って押さえているところだ。
それを全て排除して、ようやく彼は満足するのだろう。
今回のことはそのための足掛かりに過ぎない。
「レジトワ国を手に入れることができたのは、ユウトの働きが大きい。感謝するぞ」
「お役に立てて光栄です!!」
足掛かりに過ぎないのだが、それでもやはりヘルザードに褒められることは嬉しいようだ。
「うむ……」
「ヘル様?」
悠斗を見つめながら、悩む素振りを見せるヘルザード。
悠斗は何故か分かっていない。
「やはり一度、魔王様に謁見するのが良いじゃろう」
「魔王様に?」
「そうじゃ。今回の件で、魔王軍は大きく動き始める。こちらもそうじゃが、北側を担当する四天王も動くじゃろう」
ヘルザード達は北側を気にする必要がなくなったことで、他の場所へ戦力を割けるようになった。同様に北側を担当する四天王も、レジトワ国を気にする必要はなくなった。
防戦一方だった状況が、遂に動き始めたのだ。
「ユウトの功績は非常に大きい。なので、一度魔王様へ報告に行くのじゃ」
「分かりました」
たとえ魔王と聞いて緊張していたとしても、悠斗がヘルザードの命令を断ることなどできない。ヘルザードに対しての彼の選択肢には、否定の文字はないのだから。




