第二十二話 最高の舞台
レジトワ国の軍が足を止めている間、ただ第五部隊は黙って見ていた訳ではない。
「上だ!」
「撃ち落とせ!!」
いつもの攻撃。シャドウクロウが上空を飛び、ただ物を落とすだけの攻撃。
「駄目です。攻撃が届きません!」
「こちらも当たりません!」
かなり距離が離れているため、レジトワ国の攻撃が届かなかった。何とか届いたとしてもすでにかなり威力が落ちており、簡単に回避される。
そしてそれは同様にシャドウクロウ側も距離があるという訳で、普段なら攻撃は殆ど命中しない。そう、普段なら。
「不味い、早く抜け出せ!」
「他の者の奇襲も警戒しろ!」
各部隊長からの命令が飛び交う。
いつもなら殆ど当たらない攻撃だが、今回はレジトワ国側にかなりの被害が出ていた。
これはただ運が良かったというだけではない。敵がかなり多く、そして密集しているからだ。動けない兵士を助けるため、他の兵士が近くへと寄っていた。糸で動けなくなった兵士だけではなく、転がって潰されている兵士も対象だ。
軍隊長が早く追撃を仕掛けるため、彼等を急がせたのだ。その結果、できるだけ早く動くためにかなりの数の兵士が密集してしまっていた。
そこへ落下物が降ってくる。狙いを付ける必要もなく、集まっている場所に取り敢えず落とせば当たる。
兵士達は必死に逃げようとしたが、密集している状態ではそう簡単に離れることはできない。さらに糸で絡め捕られた兵士や、巻き込まれて他の兵士に潰されている者はその場から動けない。
間違いなく、最高のタイミングで最高の攻撃が入ったと言える。
それに何より…。
「クソ! 出ては来ないか!!」
軍隊長が苛立った声を上げる。まだ近くに第五部隊の者達が隠れている可能性もある。空ばかりに気を取られる訳にはいかなかった。
そして折角周囲を警戒していたのに、他に攻撃はなし。攻撃はないからと彼等から動けば、次はどのような罠があるか分からない。
「まだ戻って来ないのか!!」
「はっ! すでにやられたか、遠くまで確認に行っているのかと…」
「チッ」
軍隊長に怒鳴られ、一人の兵士が恐縮したように伝える。
彼は次の動きに移るため、他に罠がないか兵士を数人ずつ出して周囲を探索させていた。
(慎重に動いているから遅くなるのは分かるが、それにしても遅すぎるだろう!)
すでに敵の罠の中にいるので、他に罠の有無が確認できるまでそう簡単には動けない。
(人数で力押しをすれば通ることができるかもしれないが、今でもこの有様だ。かなりの被害が出るだろう。そして敵の本隊が近付いる現状、あの少人数の部隊にこれ以上戦力を減らされる訳にはいかない…)
この男は罠がないと分かれば、今すぐにでも強引に突破しようと考えていた。しかし、それは叶わなかった。
兵士が彼に伝えた通りの結果になっていたからだ。
「よくやった」
悠斗がそう告げる。
彼の周りには、罠の探索に来ていた兵士の死体が転がっていた。
兵士達はアラクネの糸以外の罠も警戒する必要があり、そして大人数が通るので広範囲で罠がないか調べる必要がある。
結果、奇襲にも警戒していただろうが、それでも生きて帰ることはできなかったのだ。
見晴らしの良い場所には、純粋に力のあるヒュリンが率いる中級種族の部隊。
見晴らしの悪い荒野の方には、数が多いジョンが率いるゴブリン部隊。
そして木々が生い茂る林の方には、奇襲ができるナノ率いる奇襲部隊。
さらにデリスが各所へ罠を張り巡らせ、兵士達が戦いに集中できないようにしていた。
(相手も本体を守るために少人数しか出せない。それなら、第五部隊でも対処はできる)
悠斗は軍隊長がこのような作戦で来ると予想していた。それでも一応、人数を掛けて探索に来た場合はそのまま逃げろと言っていたのだが…。
軍隊長は何度も魔王軍との戦いを経験し、そして成果を上げて来た男だ。そんな彼すら、翻弄する悠斗。いや、そんな彼だからこそ翻弄できるのだろう。
軍隊長は確かに魔王軍との戦闘には慣れている。だから今回も、彼が軍隊長として派遣されたのだ。
しかし魔王軍と争うようになってから、人間同士の戦争はなくなった。なので彼は、魔物のように真っ直ぐ突っ込んでくるだけの相手を、作戦を立てて翻弄する戦い方しか知らない。
自身の策を読まれ、自身が翻弄されることなど経験したことがなかった。自分の思い通りに動かない相手と戦うのは、彼も初めての経験だったのだ。
「どいつもこいつも! 何故作戦通りに動かない!!」
それは敵に向けた言葉でもあり、自分の部下に対しての言葉でもあった。
罠の確認に向かった兵士が戻って来ないとなると、周囲に敵がいることは確定する。そして確実に、いくつも罠があるだろう。
すでに魔王軍の本隊が迫っている現状で、罠を警戒しながら進むのは得策ではない。
(こうなれば、仕方がないか…。犠牲が出てしまうが、ここにいるよりはいいだろう)
「一度撤退する! 本陣に戻り、体勢を立て直すぞ!!」
「「「撤収だ!」」」
彼の言葉を聞いて、部隊長がそれぞれ指示を出す。兵士達が一斉に反転し、歩みを進める。
「周囲を警戒しろ! 確実に、追撃して来るぞ!」
彼の言葉と共に、待ってましたと言わんばかりに第五部隊からの攻撃が始まる。
それもいやらしいことに、姿を見せずに…。
第五部隊の者達には、元々遠距離部隊がいた。今はその者達が攻撃を仕掛けているのだ。
「ヤバい! 敵の本隊が近いぞ!!」
「早く逃げろ!!」
さらに、兵士の誰かがヘルザード達が近付いていることに気が付く。
その焦った声を聞き、周囲の者達が慌て出す。
「ガハッ!?」
「ぐあっ!!!」
「何だ? どうした!?」
突然部下が倒れ、部隊長が確認する。
「何が起きた!?」
「分からない! 突然倒れ…ガハッ!?」
探索にあたっていたピクシー達が帰って来ていたのだ。そして遠距離部隊を無視して必死に進む兵士達は、周囲への警戒が薄かった。
そこへ現れたピクシー達。
ヘルザードの本隊が近く、さらに周囲からは遠距離攻撃を受けている。早くこの場から逃げなくては、次に死ぬのは自分かもしれない。
そのような状況で、慌てない者は経験が豊富な兵士だけだ。突然集められた者達は当然として、若い兵士達も焦っていた。
焦った彼等の視野は、かなり狭くなってしまっている。そこへさらに何者かからの攻撃。
完全にパニックとなる。
パニックは伝染する。密集していたことが不味かった。他の部隊にも伝染していき、軍としての機能が著しく低下する。
「お前、何をしている!! ぐっ!?」
次は兵士の暴走。一人の兵士が、自分の隊の部隊長を斬り殺したのだ。
パニックを起こし、恐慌状態に陥っていた彼等は、それを見て不信感が募っていく。味方だと思っていた者が敵かもしれない。そんな恐怖に負けた者達が、仲間割れを始める。
(どうやら、シアは上手くやってくれたようだな)
その様子を見た悠斗は、満足げに頷く。
スライムのシアが人間の姿となり、さらにレジトワ国の兵士の装備を奪って紛れていたのだ。最初に暴れた兵士、仲間割れの切っ掛けを作った兵士は彼女だった。
「全く…呆れるな」
「これなら、私達だけでも勝てるのでは?」
彼の近くで一緒に見ていたシャクナとユヤが言う。
「流石にこれだけじゃ無理だ。敵には優秀な者もいるし、すでに後方へと退避している者達もいるからな」
数は大幅に減らすことはできた。
五千程いた兵士は、すでに半数近くになっている。だが、それでもまだレジトワ国の軍の方が数が多いことには変わりない。
「デスピアよ。敵の殲滅を開始せよ!!」
「はっ! 各人、突撃!!」
「第五部隊は引っ込んでな。ここからは俺達が引き受ける」
ついにヘルザード率いる本隊が到着する。第一部隊がやって来たと同時に、攻撃を開始。
散々な目に遭い、すでに兵士達の士気は大きく下がっていた。さらに追撃戦という有利な状況への、本隊の合流。第一部隊が有利に戦える最高の舞台が用意されている。
突撃していく彼等は、第五部隊とは全く違った速さで殲滅していくのだった。




