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第二話 主人

 

 悠斗が辺りを見回すと、木々に囲まれていた。それだけではなく、空には星が瞬き辺りを月明かりだけが照らしている。近くの木々は見えるが、その先は見ることができない。自分がどこにいるのかすら分からない状態だった。


「どうしてこんなところに…。神様はスキルをくれるって言ってたけど、この状況で使えるスキルじゃないよな」


 彼が授かったスキルは診断というスキルである。人のレベルやその他の能力値、さらには状態まで確認することができるスキルだ。

 戦闘能力はないが、医療等にはかなり役立つスキルである。


「ここに何かあるのか?」


 神様が態々この場に飛ばしてくれたのかと考えるが、その考えをすぐに否定する。

 さらに過去に戻る前にいた場所がここだったのか、ランダムで飛ばされたのか等と色々予想していく。


「現実逃避していても仕方がないか。でも、実際問題動けないんだよな…」


 辺りが真っ暗で移動できないでいた。引き篭もりの彼でも、流石に夜の山や森で当てもなく歩き回ることが、どれほど危険なものなのかは知っている。

 そもそもこの世界は魔物や魔族だっているのだ。下手に動き回るべきではなかった。


「誰かそこにおるのか?」

「声…人間か?」


 少し大きな声が聞こえ、悠斗が反応する。声の聞こえ方からして、少し遠くの場所からだ。だがこんな暗闇、さらにそれほど大きな声ではなかったのに声に気付いたということを考え、ただの人間ではと予想する。


「向こうからだよな」


 しかしいくら危険かもしれないといっても、今の彼に選択肢はなかった。どこかも分からない森の中で朝を迎えるまで耐えれたとして、森から出られる保証は何一つないからだ。

 落ち葉や木の根でかなり足場が悪い中、彼は慎重に暗闇の中を進んでいく。声の主が彼の方へと近付く気配は一切ない。


「明かりだ!」


 悠斗の声が少し大きくなる。目的地が仄かに明るいことに気付き、森から出られるかもしれないと思ったからだ。


「湖…」


 彼が見たのは湖だった。水面が月明かりを反射し、明るくなっていただけだったのだ。


「我の配下の者ではないな?」

「…」


 水の中、そこには一人の女性が立っていた。そして悠斗を見て近付いてくる。彼はそれを見ながらも、言葉を発するどころか身動き一つ取ることができなかった。

 それは月の光に照らされた、彼女の水が滴る裸体を見たからではない。彼女があまりにも綺麗で神秘的に見えたからだ。

 女性には腰まで伸びた明るい金髪、そして顔の横にある耳は長く尖っていた。


「エルフ…?」


 彼がようやくそれだけ言葉を発した時には、女性はすでに彼の側まで近付いていた。


「我はエルフなどではない! ヴァンパイアだ!」


 怒声を発した彼女が腕を振るう。


「え?」


 たったそれだけのことで、悠斗の左腕が宙を舞った。傷口からは大量の血が噴き出す。

 しかし、彼の表情が痛みに歪むことはない。彼はもっと別のことを考えていたのだ。

 悠斗が見ていたのは彼女の顔だった。瞳の色は鮮やかな赤、さらに口元からは犬の犬歯のような牙が覗いていたのだ。

 それ以外はどう見てもエルフだった。いや胸が大きいというのは、小説によってはエルフの特徴に反する。そんなどうでもいいことを。

 悠斗の体が後ろへ倒れる。出血によって、意識を失ってしまったのだろう。


「この匂いは…なんとも素晴らしい!」


 女性は嬉しそうな表情を浮かべ、倒れた彼へと手を伸ばした。






(一体ここは…?)


 悠斗が目を覚ました時、最初に視界に映ったのは明るいランプのような炎だった。ろうそくも何もなく、ただそこに炎が浮いている。


(さっきのは夢だったのか? いや…)


 彼は自身の左腕を見て、先ほど起きたことが事実だと認識した。ただ、まだ現実味を感じていないようで、冷静に思考を巡らせていく。

 焦ることもなく落ち着いていられるのは、失った腕の痛みを一切感じていないからだろう。傷口には包帯一つ巻かれていない。


(助かったということは、ヴァンパイアは誰かが倒してくれたのか?)


 ここまで運んでくれた誰かがいるはずだ。ヴァンパイアが彼に止めを刺さなかっただけという可能性もあるが、その可能性はかなり低いと考える。


(ヴァンパイアが離れてから俺を助けたとしても、失血死は免れないだろう)


 彼は自身の傷口から吹き出す血を見ていた。そのため、あのままではすぐに死ぬことも分かっている。あの後誰かがすぐにヴァンパイアを倒してくれたと考える方が妥当だ。


「ようやく起きたのか?」


 彼がいる部屋へと入ってきたのは、金髪の女性。


「何故あんたが?」

「何故って、ここは我の屋敷じゃから当然じゃ」

「何で…」


 彼の予想は外れていた。そして、一切理解できない。何故彼女が悠斗を助けたのかということを。


「主は我のものじゃ。あれほど美味しい血を持つ者と、我は初めて会ったぞ?」


 どうやら彼の血が、彼女のお気に召したらしい。彼もそれを聞き、取り敢えずは助かったことに安堵する。


「主は何者じゃ? あそこにはどうやって侵入した?」

(どうやってと言われても…)

「周辺には我の配下の者が待機していたはず。主のような者に突破できるとは思えんが?」


 困惑した様子の悠斗を見て、彼女はさらに言葉を続ける。


「周辺を警戒していた者達も、主を見た覚えはないと言っておったぞ?」

「それは…」


 彼は自身の名前やスキル等、自身のことを殆ど話した。未来の話や神の話を除いて。


「成程。ユウトは召喚スキルであの場へ現れたのだな。それに鑑定スキルか。我の情報は分かるか?」

「確認してみます」


 許可をもらったので、彼はすぐさま鑑定スキルを使用する。


(レベル42って高いのか低いのか分からないな。スキルはなし。スキルは神が人間に与えた能力だから、なくて当然か)


 さらに魔力がA、筋力がBとその他の情報も確認していく。能力はF~AとAに近付くほど高くなっていく。だが同じFでも幅があるため、必ずしも同等の強さとは限らない。


「種族がヴァンパイア・クイーンなんですけど…」


 ただのヴァンパイアだと思っていた悠斗は、種族名を見て驚きの表情を浮かべる。鑑定では種族名は表示されても、個人名は表示されないようだ。


「ほう。鑑定は本物のようじゃな」


 ヴァンパイアの美女はそれを聞き、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「我は魔王軍の中でも、四天王の位を授かっておるのじゃが。どうじゃ? 我の下で働いてみぬか?」


 働く働かないに関わらず、定期的に血はもらうがと彼女は続けた。彼がここから逃がしてもらえるという選択肢は、初めからない。


(このために、俺はあの場所へ送られたのだろうか? 確かに、人類が未来で世界を破壊することを止めるためには、魔王軍に頑張ってもらうのが一番だろう)

「全力を尽くすことを誓います」


 悠斗は初めから、逃げるつもりなどなかったようだ。臣下としての礼儀等が一切分からなかったようで、何かで見たことのある片膝をついて首を垂れるという姿勢を取る。


「よかろう。今からユウトは我、ディサイア・ハウレス・ヘルザードの部下じゃ。精進するがよい」

「有難き幸せ。ヘルザード様」


 これは彼にとって是非もない話だった。相手は魔王軍の中でも、明らかに上位の四天王という存在である。それに何より、彼は彼女に運命的なものを感じていた。

 相手が違えばあの場で殺されていてもおかしくはなかったのだ。


「ユウトは我にとっても大切な存在じゃ。ヘルと呼ぶがよい」

「かしこまりました。ヘル様」


(俺の主は魔王ではなく、このお方だ。必ずヘル様の役に立ってみせる!)


 彼は真顔でそう答えたが、内心ではかなり喜んでいた。運命的なものを感じた主に大切な存在と言われたのだ。それは誰であっても喜ぶことだろう。

 決してヘルザードが地球では存在しない程の美人だから、という訳ではない…………はずだ。

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