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第十六話 同志


 椅子に座らないと言い切ったヘルザードに、困惑している悠斗。そこへ、新たな存在が部屋へと入って来る。


「ヘルザード様。準備が整いました」


 入ってきたのは、第一部隊の隊長。ヴァンパイアの女性で、鋭い目つきが特徴だ。悠斗が新たに仲間に加わった際に他の隊長達といたので、彼女も彼のことを知っていた。だが、一切目もくれない。

 まるで彼女の中では、彼がいないかのようだ。


「我々はこのまま北へと向かい、レジトワ国の制圧を実施する」


 未だに困惑していた悠斗に、ヘルザードは説明するように告げる。


「この街は第三部隊に任せるのじゃ。第三部隊は今すぐ動ける状況ではないから、それが一番よかろう」


 確かに戦争を終えたばかりの第三部隊は、再編成や物資の確認等、すぐに出発できる状況ではない。彼女が急いでいる理由は、レジトワ国に体勢を整える時間を与えないためである。

 時間が経てば、防備を固められてしまうだろう。それに、周辺国から援軍がやって来るかもしれない。なので、南が攻め落とされて混乱している今がチャンスなのだ。


「我々と共に、第五部隊も来てもらうぞ」

「はっ!」


 彼女の言葉を聞いて、咄嗟に膝をついてそう答える悠斗。彼の声には、歓喜する心情が窺える。実際、ヘルザードと共に戦場に立てることが嬉しいのだろう。


「お待ちください! 今まで全敗の、弱小部隊を連れて行くのですか!? 確実に足手纏いになります!」


(何だコイツ?)


 悠斗が睨む先にいたのは金髪の青年。


「何か問題でもあるのか? ヘクターよ」

「当然です。第三部隊ならばまだ納得できますが、第五部隊では我々第一部隊の連携を掻き乱すだけです! ここを落とせたのも、第三部隊の頑張りのおかげですよ!」


 そう言って、自信を睨みつけているユウトを睨み返す。

 ヘクターという青年は、ヴァンパイアである。彼は第一部隊の副隊長を務める男で、実際にそれだけの実力は持っていた。


(レベル18か。確かに上級種族であるヴァンパイアでそのレベルなら、かなりの実力を持っているんだろうな)


 悠斗は彼を睨みつけながらも、しっかりと鑑定を用いて戦闘能力を分析していた。


(それにあの女性…)


 今度は隊長の女性へと視線を向ける。彼女のレベルは、なんと32となっていた。副隊長であるテスターと比べて、二倍近いレベルの差だ。

 そして二倍と言っても、ただ二倍という訳ではない。レベルアップに必要な経験値は高レベルになる程増えるので、実際に彼女とヘクターの獲得経験値の総量は三倍近い。


「副隊長、そこまでだ」


 彼女は冷たい声で、ヘクターへと注意する。


「しかし!」

「死にたいのか?」


 そう言った彼女の体から、濃厚な殺気が放たれる。


(とんでもない殺気だ…。俺に向けられた殺気ではないのに、近くにいるだけで寒気がする。室温が一気に下がったみたいだ)


 悠斗が驚愕の表情を浮かべる隣で、ヘクターは顔を青褪めさせていた。だがそれでも副隊長としての意地なのか、折れるつもりはないようだ。


「隊長は弱小の第五部隊が役に立つとでも思っているのですか! 確実に足を引っ張られますよ!」


 先ほどヘルザードに言ったことを、再び叫ぶ彼。


「知らん」


 だがそんな彼の言葉に対して、彼女の返答は実にシンプルで素っ気ないものだった。

 呆気に取られたといった表情を浮かべるヘクター。そんな彼に、さらに彼女は追い打ちを掛けていく。


「第五部隊が足を引っ張るのなら、その場で切り捨てて進むだけだ。そしてそんなことはどうでもいい」

「…どうでもいい」


 もう訳が分からないといった様子ヘクター。彼女は今までの話の内容を一切合切切り捨てたのだから、無理はないだろう。


「副隊長、ヘルザード様のお言葉を否定するとはどういった了見だ? どのような権利があって、ヘルザード様の考えを否定する? 貴様は何様のつもりなのだ? 理由がないのなら、貴様の罪を死で持って償うか?」

「ひぃっ!?」


 ヘクターへと詰め寄り、冷たい声でそう捲し立てる彼女に、流石の彼も恐怖の表情を浮かべていた。誰だってこのような狂気に晒されれば、恐怖を浮かべるのは仕方がないと思うが…。


「それくらいにしておけ、デスピアよ」

「はっ!」

「それにしても、ユウトの力を認めた発言ではなかったのじゃな」


 どうやら力を認めていたがために副隊長を止めたのだと、ヘルザードは勘違いしていたようだ。


「いえ、第五部隊が活躍したのは認識しています。彼等がこの場に来ていなければ、我々が到着する前に第三部隊は壊滅させられていたでしょう」

「そうか!」


 第五部隊を認められたからか、それともお気に入りの悠斗が認められたからか。ヘルザードは嬉しそうな声を上げる。

 ヘルザードのその様子を気にすることもなく、彼女は興奮気味に続ける。


「私にとっての判断基準は、ヘルザード様の役に立つかどうかです。そしてこの重要拠点となるフィロキアを落とした功績で、十分ではないでしょうか。たとえ第三部隊がいたおかげだとしても、どれだけ弱かったとしても、私は結果的に役に立てば問題ないと思っています」

「おお…そうか…」


 ここまでストレートに言われたヘルザードは、彼女に少し引いていた。彼女はヘルザードにしか興味がなく、ヘルザードにとって得になるか損になるかでしか見ていないのだろう。

 なので他の者には態度が素っ気なく、副隊長であるテスターにも手加減なしの殺気を向けることができる。


(デスピアか。彼女はどうやら、俺と似たような考えの持ち主らしい。彼女のレベルがずば抜けて高いのも、ヘル様の役に立つためなのだろう)


 散々な言われようだった悠斗は、一切気にすることもなくそんな的外れなことを考えていた。


「……」

「……」


 悠斗とデスピアの視線が合う。二人は無言のまま、同時に頷き合った。

 考えが近しい者同士、何か共感したのだろう。


「取り敢えず、何も問題はないな?」

「…はい」


 すでにテスターに拒否権はなく、ヘルザードの言葉にただ無表情で頷くのだった。






 そして二日後、フィロキアにはヘルザード率いる第一部隊と第五部隊の姿があった。さらに第三部隊も見送りに来ており、大きな集団と化している。


「第三部隊の者達よ! フィロキアはレジトワ国北部を攻めるのに、大事な拠点じゃ。ここを再び落とされれば、北へと進行する我々は挟み撃ちにされるじゃろう。大部分の問題は第五部隊の隊長、ユウトの手によって解決に向かっている。都市の統治は難しいじゃろうが、頑張ってくれ!」

「「「おおぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 ヘルザードの激励に、歓喜の声を上げる第三部隊の者達。


(あの物静かなエルフが、ここまで大きな声をあげるとは…。流石はヘル様。人望が深い)


 悠斗はそれを見て、一人感心していた。彼は第三部隊の者達と絡むことが多かったため、エルフが物静かで声を張り上げるような種族ではないことを知っているのだ。

 実際戦争の際にも、エルフ達は静かに魔法の詠唱をするだけだった。他種族の伝令役が存在し、作戦を都度伝える際はその者が声を張り上げていたのだ。


「流石はヘルザード様。皆の士気が最高潮に達しています」


 いや、感心しているのは一人ではなかったようだ。デスピアも悠斗と同様に、ヘルザードへと尊敬の眼差しを向けていた。


「それでは出発じゃ!」


 彼女の言葉で、両部隊が一斉に動き出す。

 第五部隊は少数部隊だが、第一部隊も八百人とそれほど多くはない。ただ違うところは、第一部隊は少数精鋭だというところ。

 殆どの者が上級種族であるヴァンパイア。その他の者達も、上級種族や中級種族ばかりである。第五部隊のように、下級種族など一人もいない。


「今回は第一部隊と合同だ。私達は援護に回ることになるだろう」

「ええ。分かっていますよ」


 シャクナの言葉に、悠斗は頷いて答える。

 彼女は第一部隊がいるので、前回みたいな無茶をする必要はないと言いたいのだ。

 しかし、彼はそこまで理解していない。


(副隊長は微妙だったが、デスピアの実力は本物だ。経験豊富な彼女が隊長として部隊を指揮するのならば、第一部隊は良い動きができるだろう。シャクナの言う通り、俺達は裏方に回るべきだ。だが、絶対に俺の方が活躍して見せる)


 デスピアの実力を知っているからこそ、正面は彼女達に任せるのが適任だと理解できる。しかしデスピアという同じ考えの持ち主を、自分よりもかなり実力が上の存在を知り、ヘルザードの前で活躍したいとやる気を漲らせる悠斗。


「本当に理解しているのだろうな…?」


 彼の表情を見て、そんな呆れた声を出すシャクナの言葉は、今の彼には届いていなかったのだった。

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