第十五話 フィロキアの内政問題
フィロキアを手に入れてから一か月。悠斗は街中を走り回っていた。
戦争によって、かなりの数の人間が死んだ。人間だけではない。魔族側にも被害は出ている。第三部隊の者が、沢山犠牲となった。
その後始末に、第三部隊が駆り出されている。つまり、今フィロキアやその周辺の町村を管理しているのは、第五部隊の者達なのだ。
ただでさえ人数が少ない第五部隊なのだが、さらに町村へと分かれている。そのため、彼が忙しく働いているのだ。
他の者達では人間を管理することはできても、内政に手を出すことはできない。それも部下に情報を伝達させ、全て彼一人で行っていた。
町村に住んでいた男達が徴兵されたため、圧倒的に力仕事をできる人間が足りていない。それを補うのが、人数が多いゴブリン達の役目となっていた。
魔族達の管理の仕方はかなり雑である。殆ど放置をしており、人間に任せているのだ。暴動を起こそうとしている者や、悪事を働いた者への対処が彼等の仕事だった。だがそれは、悠斗の命令によるものだった。
あまり複雑な命令をしても、果たされることはない。それならば、できる範囲で仕事をさせればいいと考えたのだ。
それにあまり人間の生活に手を出してしまっては、反発を起こす者が現れるかもしれない。
「この書類をデリスの下へ。こっちはヒュリンの下に頼む」
「「はっ!」」
悠斗に何枚かの書類を手渡された彼の部下が、厩舎へと走っていく。それぞれの町村へ派遣された者達へ、彼からの命令を伝えるためだ。彼等はここのところ、ずっとこの調子である。
現在、ヘルザード達の戦いも一段落したらしく、ヘルザード本人がフィロキアへと向かっている。なので、それまでに内政を整えようと悠斗は必死なのだ。
(ヘル様が来るまでの辛抱だ。フィロキアはレジトワ国でも大きな街。重要拠点と言ってもいい。恐らく、ヘル様自らか側近の者が統治することになるだろう。俺はそれまでに、内政を整えて落ち着かせる必要がある)
彼等が管理している場所で、まだ一度も暴動は起きてはいない。
戦える者が皆徴兵されたため、今人手が足りていないのだが、逆にそのおかげで暴動を起こすような血気盛んな者もいないのだ。
なので、少人数でもなんとか管理できているといった状態だった。
(やはり皆、生活を取り戻すのに必死なようだ。人数が一気に減って大変だろうが、耐えて欲しいものだ)
悠斗は部下から上がってる情報を見て、そう一人考える。
彼の命令により、魔族達は人間の生活に介入していない。勿論、手伝いなどは別としてだ。
その考えが、さらに結果的に正しかった。
彼等がもし力による恐怖政治を敷いていたら、住人達は何とかしようと画策しただろう。だが、魔族達は何もしてこなかった。
なので住人達も、まずは自分達の生活の維持を優先させることにしたのだ。
それに逃げ出す者達を追いかけたり、逃がさないようにしたりはしなかった。なので元々反発する気持ちがあった者達は、もうすでに町村内にはいない。
戦争の後始末の中には、落ち延びた兵士を討伐することも含まれている。第三部隊はそれにかなりの人数を割いているのだ。
生き延びた兵士達は、魔王軍に恨みを持っているだろう。そして虎視眈々と、何処かから隙を窺っている可能性があるのだ。そのため、掃討する必要がある訳だ。
第三部隊が討伐している中に、第五部隊が管理している町村から逃げ出した者達も多数混じっている。彼等は山賊や盗賊といった存在になり、その町村の周辺をうろついていたところを発見された。
徴兵されないような、明らかに戦えない存在である。上手く気配を消すこともできず、後始末を始めてすぐに見つけられた。
「ユウトさん。少しよろしいですか?」
「何だ?」
「実は…」
悠斗へ話しかけて来たのは、フィロキア領主代行の女性だった。
彼女を領主代行に指名したのは、悠斗本人である。フィロキアを手に入れて少し経過したタイミングで、彼は街に残った者達を集めた。そこで、彼がどのような考えを持っているかを伝えた。勿論、この街で生活している者達の邪魔をしないこと等も。
その時に人間側を纏め上げたのが、彼女だったのだ。彼女はフィロキアで有名な食堂を経営している人物の娘だった。なので、他の者達にも顔が知れ渡っていたのだ。
その結果、領主代行として選ばれてしまった訳だが…。
「やはり、いくつかの村からは反対されたか…」
「はい。魔物に支配された街等に住めるか! と言われたようで」
(魔物じゃなくて、魔族なんだがな…。やはり人間にとって、魔族も魔物も一緒だという訳か)
悠斗は小さな村の者達を、街に集めていた。村を捨てて移住してもらうつもりだからだ。人数が減った村は、村という形を維持できなくなる。それはもう、集落と変わらない。
なので、街に来て人手不足解消の役に立ってほしかったのだ。
今一番困っていることは、生産者の不足。食料等は、実は足りていた。
人数が一気に減ったためだ。徴兵の際にかなり食料も徴収されたようだが、領主の館にはかなりの量が保管されていた。何かあった際に、その食料で凌ぐためだ。
さらに戦場で徴収した食料や、砦内に保管されていた食料等も、悠斗の下へと届けられていた。
それを配ったのだ。そのため、数か月の余裕はある。
生産職の者や経験がある者等は、現在優先してフィロキアへと集められている。この周辺で支えとなるのは、やはり一番大きな街であるフィロキアだ。なので、優先して復興を始めているのだ。
「人手は足りないようだが、物資に問題はないんだな」
「はい。ユウトさんのおかげで、かなり手に入りましたから」
レジトワ国北部には知られているだろうが、他国にはフィロキアが魔王軍の手に落ちたことが知れ渡っていない。
そう言って、悠斗はすぐに住人の何人かを他国へと向かわせた。彼が皆に話をしてすぐに。
持ち物は領主の館にあった品や、領主の財産。
それで必要な品物を買い揃えてもらった。現在はフィロキアは魔王軍に属していると知られている。同じ手段を取る事はできないだろう。
それでも、一週間後には商人がこの街を訪れる約束をしていた。
商人は金を稼ぐことなら、多少は目を瞑る者もいる。それが魔王軍に属している国であったとしてもだ。
この街には、あまりお金がない。管理している町村以外と、やり取りがないためだ。なので、外から商人を呼び込む必要があった。
お金の代わりに、悠斗はかなりの数の装備品を用意している。どれもレジトワ国の兵士が身に着けていたものだ。
「隊長!」
「……今度は何だ?」
流石の悠斗もこの数日は忙しすぎて、部下に対する態度が雑になって来ていた。だが、彼の態度も部下の次の言葉で一変する。
「ヘルザード様がこの街へ参られました」
「何だと!? すぐにお迎えの準備を!!」
そう言って、彼は部下の返事も待たずに部屋を飛び出していく。
彼の血はヘルザードの下へと度々送られていたが、彼がヘルザードに会うのは久しぶりのことだった。なので、彼のテンションが高いのは仕方がないことだろう。
「ヘル様、お待ちしておりました」
「久しいのう。ユウト」
館の外で待っていた悠斗は、ヘルザードの姿が見えるや、すぐに側へと寄っていった。
「どうぞこちらへ」
「うむ」
そうして彼が案内したのは、謁見の間。そこに彼が溢した血や、兵士の血は残っていない。彼女がこの街へ向かっていると聞いた彼は、人手が足りない中でまず一番にこの部屋を掃除させたのだ。
「どうぞ、おかけになってください」
そして彼女に勧めたのは、部屋に一つだけ存在する豪華な椅子。
領主が座っていた椅子だった。
彼はそのまま、椅子の前で膝をつく。
「これは領主用の椅子じゃな?」
「はい。ヘル様にとっては質の悪い椅子かもしれませんが、この街で一番豪華な椅子です」
彼女の質問を勘違いした悠斗は、咄嗟にそう答えた。
「そうか…。それならば、この椅子には座らん」
「え…?」
ヘルザードの言葉に、悠斗は呆然とするのだった。




