第十四話 奇襲する第五部隊
悠斗達がまだフィロキアへと向かっている頃。
シャクナは残った第五部隊の者達を全員招集していた。
「これから奇襲作戦を開始する!」
「「「おぉー!!」」」
集まった者達は彼女へ大きな、そして力の籠った声でもって答える。
「それでは、見つからないように行軍を始めろ!」
彼女の命令で、道なき道を進み始める一同。
(まさか、先に援軍を叩くとは…)
シャクナは悠斗が考えた作戦を改めて思い出し、口元に笑みを浮かべる。
今回目指す先は、第三部隊とレジトワ国の部隊が戦っている戦場ではない。そこを少し遠回りして通り過ぎ、援軍として今まさに戦場へ向かっている部隊を叩くという作戦だ。
この作戦を考えたのは、勿論悠斗である。
彼がこのような作戦を立てた理由は、大きく分けて三つ。
一つは、今まさに戦場で戦っている部隊は奇襲に対して警戒をしているからだ。そちらにも対処しなければならなくなるので効果はある。しかし、それならば後ろの部隊を叩いた方がより効果的だったのだ。
近くの道なども、奇襲を警戒して見張っているはずである。そのため、遠回りしなければいけない。だが、彼等は森や山へ行ってレベル上げのために魔物を倒してきた。道なき道を進むことで、行軍速度が大きく落ちるようなことはなかった。
そして二つ目は、援軍が撤退戦を助けるために物資を持って向かっていると思われることである。これは悠斗本人が確認した訳ではない。しかし、彼は偵察を行ったナノから兵士が大きな荷車を牽いていたと聞き、それを確信していた。
できるだけ早く撤退を援護するために向かうならば、大きな荷車は足を遅くさせる要因になるので、牽いては向かわないだろう。何か理由があるとすれば、物資の補給である。兵糧や薬、手入れされた新品の武器や防具。戦場で必要な物資は沢山存在する。
それらを奇襲でした際にできるだけ駄目にしてしまえば、それだけで相手にダメージを与えることができるのだ。第五部隊は少数だが、少数精鋭という訳ではない。援軍を全滅させることができない以上、これが一番相手に痛手を負わせることができるという訳だ。
最後に三つ目。これは単純な話で、今回援軍として集められた部隊は急造された部隊だ。しっかりと部隊として育成された者達は今戦場にいるため、部隊の質はかなり低いと言ってもいい。部隊を率いている者も、それほど優秀な兵士ではないだろう。
援護という目的のために、急遽集められた部隊。目の前に戦場があるのに、自分達が奇襲されるなどとは思ってもいないだろう。そして奇襲を警戒していない者達は、突然のことでパニックに陥る。
優秀な指揮官ならば、すぐに周囲を落ち着かせて体勢を立て直すことができるだろう。だが、今回はそうはいかない。たとえ第五部隊が少人数の部隊であったとしても、大きな戦果を上げることができる。
この三つを考え、彼はシャクナに援軍の方を叩くように伝えていたのだ。
「報告! 敵部隊を視認。急いで戦場へ向かっているようで、周囲を一切警戒していないようです!」
「分かった。報告ご苦労」
偵察へ向かわせていた者から、シャクナへと報告が届く。彼女達は遠回りしたにも関わらず、たった数時間で援軍の部隊の近くまで来ていた。
(やはりユウトは凄い奴だな。全て予想通りではないか!)
報告を聞いた彼女は、悠斗の予想が完璧だったと知る。そしてこのまま作戦通りに動くことができれば、第五部隊はかなり大きな戦果を挙げることができると確信した。
「このまま、ここで夜を待つ」
「今から仕掛けなくていいのですか? 流石に相手も、夜は周囲を警戒すると思いますが…」
シャクナの言葉に、ユヤが反論する。相手は殆どが素人とはいえ、部隊の何割かはしっかりと訓練を受けた兵士だ。
奇襲されるとは思わず一切警戒していない様子だが、それでも夜くらいは警戒しているだろう。そう彼女は言っているのだ。
「確かに、今よりも警戒はしているだろう。だが、相手は急いでいる」
そこでシャクナは言葉を止める。それだけで納得すると考えていたからだ。実際、ユヤはそれ以上彼女に反論することはなかった。
「えっと…、いいんですかい?」
「私も、今のだけでは分からないわ」
ジョンが一人納得したユヤへそう尋ね、近くにいたデリスもユヤの方へ向く。
「二人はあの場にいなかったからな。分からなくても無理はない」
「あの場? 何もかも分からないですぜ」
「作戦会議ですよ」
ジョンの質問に答えたのはユヤだった。
作戦会議をしていた時にいたのは、悠斗とシャクナ、それにユヤだけである。悠斗が実際に決まった作戦を伝える際には、リーダー格となるジョン達もいた。だが作戦を話し合って考えていた時は、その三人だけだったのだ。
「あれ? 俺達も作戦の話し合いをしていた時にはいたような…」
彼が言っているのは、シャクナ達がここへ到着してすぐに悠斗が皆を集めた時にことである。あの時はリーダー格の者達も集まっていた。
「それはユウトや私達がこれからどう動くのかを、話し合っていた時のことだろう。そうではなく、私達が言っているのは、動くにあたっての詳細を話しあった時だ」
ジョンが言っている話し合いでは、悠斗が少数でフィロキアへ向かうことと、シャクナ達が第三部隊を援護してから、後でフィロキアに向かうとしか決めていなかった。
その詳細な作戦を決めるための作戦会議が、シャクナ達が言っている話し合いである。一度目の話し合いの際に、すでにその他の者達が付いて来れていないと気付いていたのだ、そのため、改めて細部を練る会議が開かれていたのだった。
「ユウトは援軍が急いで進軍している場合、間違いなく無茶をしていると言っていた。そして、それは彼等の足を引っ張ることになる。部隊の大半は素人、つまり夜に警戒しているのは兵士だ。慣れないことをさせられて疲れ切った者達は、兵士が警戒してくれているからと安心しているだろう」
「なるほど。警戒していることによって、逆に隙ができるということか」
(実際には魔物程度しか警戒していないだろうから、私達には関係ないのだがな…)
第五部隊の奇襲部隊には、ユヤを始め空を飛ぶ者達がいる。どれだけ警戒していようと、夜闇の中でこの者達を発見するのは難しいだろう。
それも今回は頭を使って、作戦を立てて行動している。奇襲の作戦は前回同様、上空からの投擲だ。しかし、暗い中で黒色のシャドウクロウを見つけることは難しい。特に今までとは違い、シャドウクロウ達は近付いて来ないのだから。
そして陽が沈み、作戦が開始される。
「攻撃だ! 攻撃されているぞ!」
「敵はどこだ!?」
周囲の警戒にあたっていた兵士達が、周りを見回しながら叫ぶ。
「何だ!?」
「死にたくねえ!!」
「逃げろ!!!」
投擲の命中率は、相変わらず低い。殆どの者達は無傷だが、兵士の緊迫した叫び声と大きな物音でパニックを起こしていた。
そして計三回の投擲が終わると。
「突撃!」
「「「おおっ!!」」」
一斉に飛び出すシャクナ達。
「あそこだ!」
「迎え撃て!!」
兵士がそう必死に叫ぶが、パニックになっている者達にはその叫びが聞こえていない。
「ぐあぁぁ!!」
「こっちにも!?」
第五部隊の中で数少ない中級種族の者達が、ヒュリンを先頭に兵士へと襲い掛かる。
「ゴブリンだ!」
「邪魔をするな! ゴブリン如きが!!」
明らかに素人の者達へは、ジョンが率いるゴブリンの部隊が向かう。
目の前にいるのがゴブリンだと分かると、パニックに陥っていた者達は、目の色を変えて武器を手にする。そして一心不乱にジョン達目掛けて突き進む。
「全く…武器の扱い方も知らないど素人が」
数分後、突撃した者の殆どが、ゴブリン部隊の周囲で死体となっていた。
「何故…ゴブリン如きが…」
ゴブリンは最弱。一般人でも、武器を持っていれば勝てる。今まではそうだったのだろう。だが、彼等は違った。悠斗とシャクナの手により、別の種族のように強くなっていたのだ。
「おい! あれは!?」
一人の男が叫ぶ。
その男が目にしたのは、燃え上がる炎を纏った女性。火蜥蜴のシャクナだった。
彼女の周囲には人型の黒い何か。そして、物資を積んだ荷車が大きな炎に包まれている。
「あんなのに勝てる訳ねぇ!」
「俺は逃げるぞ!」
その場から勝手に逃げ出す男達。奇襲はこうしてあっさりと成功した。
「まさかここまで簡単だとは…」
援軍を壊滅させることは流石に難しいと考えていたシャクナは、数百という数の人間が逃げていく様子を見て呆気に取られていた。だが、彼女はすぐに気持ちを切り替える。
「追撃はするな! 残っている者達を殲滅する!」
シャクナはすぐに命令を下す。まだ、第五部隊の者達以上の数がこの場に武器を持って残っている。先にそちらを片付ける必要があった。
(この人数なら、私達でも全滅させることができるだろう。そして援軍が壊滅したということは、少し状況が変わる)
逃げ出した者達は、砦へと逃げたのだろう。そしてそれならば、今戦場にいる者達を背後から奇襲することができる。
(流石に今回みたいに、壊滅させることは無理だろう。攻撃を仕掛けた後はすぐに退かないと、こちらが数で飲み込まれることになる)
先ほどの者達とは違い、今度の相手は皆が経験豊富な兵士である。攻め込み過ぎると、そのまま包囲されて彼女達が殲滅されることになるだろう。
そもそも援軍を壊滅させただけでも、かなり第三部隊の助けとなっている。
こうしてシャクナ達は第三部隊と戦っている部隊に奇襲を仕掛けてそのまま去り、第三部隊の援護をしてからフィロキアへと向かうのであった。




