第十三話 第五部隊の初勝利
領主の命令を受け、すぐに兵士は悠斗達を囲む。その後ろで余裕の表情を浮かべるハノウ。
「ウォータースピア」
クラリスが水の槍を生成し、兵士へ向けて飛ばす。これで兵士二人が足止めされる。
(クラリス一人では、兵士一人を倒すのが限界。長時間の足止めは難しいだろうな)
「セイッ!!」
「こいつ強いぞ!」
「もう一人援護に来い!!」
シアは兵士二人を相手に奮闘している。彼女ならば、二人くらい相手にしても問題ない。
(援護でもう一人向かったか。背後に回っているようだが、まあシアならば大丈夫だろう)
「兵士が集まっている場でこんなことをしたのが、そもそもの間違いなんだよ!」
悠斗は無言で兵士の剣を流し続ける。反撃して来ない彼に、男はかなり油断していた。
「防戦一方じゃねぇか! どうした?」
男はさらに笑みを浮かべ、彼に剣を振り続ける。そしてその間にも、事態は大きく動いて行く。
「もらった!!」
「なっ!?」
最初にシアに蹴り飛ばされた男。その男が横から彼女へと斬りかかったのである。
一人の兵士を斬り、すでに二人目へ止めを刺そうとしていたところ。流石にこれは躱せるタイミングではない。彼女はまともにその剣を受けてしまう。
(残念でした)
「がはっ!」
横から斬りかかった男は、シアの剣で呆気なく斬られる。
「何故…? 何故生きている」
残った兵士は、動く彼女を見て戦慄していた。彼女は首を大きく切り裂さかれている。人間であれば、間違いなく致命傷だ。そう、人間であれば。
「ぐぁああ!!」
「こっちにも!? がはぁぁ!」
目の前の兵士に止めを刺し、ついでとばかりに背後へ回っていた兵士も斬り捨てる。明らかに彼女の腕が届く位置ではなかった。彼女の腕が伸びたのだ。
シアはスライム。当然伸縮自在だし、人間のように体の可動域に限界などない。
それに少し斬られたからと言って、それは傷にすらならない。
初めから剣で戦おうとしている時点で、彼等に勝ち目はなかったのだ。もし彼女がスライムだと最初に気付いていれば、もっと違った戦い方をしていたことだろう。
物理攻撃を無効化できるという訳ではない。斬撃でも体を切り離せばダメージとなる。それに叩き潰す等も有効なのだ。
しかし、今更気付いてももう遅い。
彼女はそのまま、クラリスが足止めしている二人に襲い掛かる。これでそちらは二対二。兵士達に勝ち目はなくなった。
(こちらもそろそろ倒してしまうか)
「うおっ!?」
悠斗が突然反撃を開始したので、油断していた兵士は回避するために大きく体勢を崩してしまう。
「がはっ!」
(周囲の状況を確認するために防御に徹していたけど、これなら戦いながらでも問題なかったかも…)
彼の剣は、あっさりと兵士の胸を貫いていた。彼も第五部隊の者達と共に、レベル上げや訓練に参加していたのだ。
すでに一般兵のレベルと比べるとかなり高い。
「それに…」
悠斗の受けた傷、と言っても掠り傷なのだが、すぐに治ってしまった。彼は自分自身に鑑定スキルを使う。
(種族は亜人間。恐らくヘル様の血を飲んだからだろう。俺はすでに人間から一歩片足を踏み出した存在になっている。魔王軍にいる人間だから、種族が亜人間という方が正解なのかもしれないが)
彼は一人、そんなことを考えていた。それは彼が油断していたからではない。すでに、戦いは終わったからだ。
「まさか一人だけ逃げようとするとは…」
「勝ち目がないのですから、貴族が逃げ延びようとするのは当然でしょう」
シアとクラリスが、部屋の片隅で死体となっているハノウを見て言う。
「作戦が凄かったの! 流石なの!!」
その側で彼に止めを刺したナノが、はしゃぎながら言った。
「確かにこれならば、相手が強敵だった場合でも後ろからナノが奇襲できたでしょう」
「まさかこのような方法で、敵の目を欺くとは…」
シアが尊敬の眼差しを悠斗へと向ける中、クラリスは尊敬と畏怖が混じった瞳で足元に落ちた鞘を見ていた。
その鞘は、この部屋に入る前に兵士が預かっていた剣の鞘。
しかし剣は何処にもなく、そこにあるのは柄だけだった。
(流石に剣を一本一本確認しないよな)
ナノは刃のない剣を収めた鞘の中に、最初から隠れていたのである。その剣一本だけを預かっていれば、兵士はその軽さを怪しんでいたことだろう。
だが、纏めて数本の武器を渡された彼は、そのことに気付くことができなかった。
シアは武器を取り返した際、その一本だけは床に放置していたのだ。誰も注目していない鞘からでてきたナノは、ずっと隠れて様子を窺っていた。
苦戦していた場合は、背後から奇襲をして形勢逆転の一手を担うため。そして問題がなかった場合は、ハノウを泳がすため。
これは悠斗が考えた作戦だった。これだけ大きな領主の館。それに領主のハノウは用心深い性格をしている。それならば間違いなく、逃走用の隠し通路を用意しているのではないかと。
(まさかこの部屋にあるとは思わなかったけどな…。それでも、これで隠し通路を潰すことはできる)
隠し通路は逃走時には非常に便利なものだ。しかし相手がその存在を知っていた場合には、内部に敵を招き入れてしまう結果となる。
「ナノ、一応この先がどこに続いているのか、調べて来てくれるか?」
「分かったの。行ってくるの!」
ナノが隠し通路の中を飛んで行く。
そしてその間に、三人は次の行動を開始する。
「ここは私達が占拠した! 悪いが、お前達には捕まっていてもらう」
シアが館内にいるメイドを一人一人拘束し、大きな部屋へと集めていく。抵抗しようとする者もいたが、戦闘訓練をしていないメイド達では、彼女の相手にはなり得ない。
悠斗とクラリスも二人一組となり、シア同様に館内の者達を拘束していく。
そして彼等は、誰一人殺すことなく全員捕まえてしまう。
「用が済んだら、解放させてもらう。それまでは大人しくしていてもらおう」
そう言って、悠斗は扉の外にバリケードを築き上げる。これでメイド達は外に出ることができなくなってしまった。
「二人は門の方を頼むぞ」
「お任せください、隊長殿」
「必ず成功してみせますよ」
門番を倒しに行く二人。街の中を警戒しているような人手はいない。そして門番を倒せば、完全にこの街の戦力はいなくなってしまう。
勿論この街には住人がかなり残っている。悠斗達はたった四人。かなりの人数差だ。それでも、戦える者は皆徴兵されてしまったのだ。この街に残っている者は、戦えないような者達ばかりである。
どれだけ人数差があろうと、あまり気にするものではなかった。
悠斗達が領主の館を襲ってから数日が経過した頃、第五部隊の者達がフィロキアへと入って行った。それまで悠斗達は、何かをしていた訳ではない。
街を統治するなど、たった四人しかいない彼等には到底不可能なことだったからだ。
館にいたメイド達は解放され、半分以上が街から逃げ出していた。街の住人も同様に、三分の一程度がフィロキアを離れている。
悠斗は街から逃げようとした者達を、止めようとはしなかった。それどころか、自由に逃げてもいいと言っていたくらいだ。
今街に残っている者達は、魔王軍の支配を受け入れた者達である。
第五部隊の者達は、支援部隊に奇襲を仕掛けたり、撤退する部隊へと横から攻撃を仕掛けたりと、何度か戦闘を行ってからフィロキアへとやって来た。
今は第三部隊が砦を攻めている途中だ。そしてその砦には、フィロキアから逃げ出した者達もいる。
背後であるフィロキアが敵の手に落ちているので、砦内の者達はすでに内側に籠って戦うしか道がない。そのため、第三部隊は砦を包囲するような真似はしなかったのである。
当然物資に余裕がない中、フィロキアから逃げ出した者達を受け入れるのは、物資の消費を加速するという形で大きなダメージとなった。
それ以前にフィロキアの現状を知った彼等は、すでに士気が大きく下がっていたのである。
砦が陥落してレジトワ国の南側が魔王軍の手に落ちるのは、それから半月も経たなかったのだった。




