第十二話 フィロキア
悠斗達はようやく目的地であったレジトワ国の二大都市、フィロキアへと辿り着く。かなり大きな街で、小国ではあるものの人口は一万人を超える。
門や外壁もしっかりとしており、二人の装備を整えた門番が見張っている。
(さて、ここからが正念場だぞ。上手くこの街に入り込まないとな)
「何用だ!」
門番の一人が武器を構え、もう一人が悠斗達へと尋ねる。
(やはり簡単には入らせてもらえないか…。厳戒態勢を敷いているとは聞いていたが、ここまで徹底しているとは)
今は戦争中。それも自国の部隊が圧されているという状況なので、かなり警戒しているようだ。
「私達はバーンロワから来ました。彼女は文官、それと護衛です」
俺はクラリスを指さして言い、その後シアを指して言う。門番は無言だ。おかしな点は今のところないため、続きを話せということだろう。バーンロワというのは、ビーンで聞いた南でそれなりに大きな街である。フィロキア程ではないが、重要な場所であることには変わりない。
「実は街で問題が起きまして、領主様の代わりに私が参りました。フィロキア領主であるハノウ様に直接お伝えしたいことがあります」
「まずは印を見せろ」
「すみません」
そう言って、彼は背負っている袋から記号が書かれた板を取り出す。
これもビーンで仕入れた情報によるものだ。村長や町長、領主にはそれぞれ配られている物である。この印を持つ者は、代理として認められる。
彼はこれを村長の自宅で見つけた。流石に村長が自ら見せてくれるような代物ではないため、自力で探し出したのだ。
食料を村へ提供したことにより、村では軽い宴会となった。村長が音頭を取るため、家は空いていたのだ。それに酒も入っていたということもあり、誰も悠斗達が侵入していたことには気づかなかったのである。
後は板を作成し、同じような記号をそこに刻むだけ。
「少し待っていただきたい」
門番は大声を上げる。すると、門の内側から声が返って来た。
外と内で、それぞれ門番が配置されているようだ。そして内側の門番に伝え、領主の下へと伝達してもらっているのだろう。
「今は非常時、そちらにも事情はあるのだろうが、ハノウ様に許可を頂かなければ、街に入れることはできない」
「分かっていますよ」
悠斗の言葉を聞き、少しホッとしたような表情を浮かべる門番。
彼はただの兵士であり、悠斗は印を持っているので正式な代理人。つまり、領主代行である。
このような状況でなければ、街に入れることなく門の前で待たせるのは問題となる。
(ビーンで情報収集ができて本当に良かった。まだ入れるとは決まっていないが、ここまで順調に事が運んだのは村長達のおかげだ)
彼等は初め、ビーンに行った時と同じように旅人として向かうつもりだった。しかし村長からフィロキアの状況を聞き、作戦を練り直したのだ。
旅人として来ていたならば、文字通り問答無用で門前払いされていたことだろう。
それにバーンロワという街の情報も大きかった。フィロキアの次に大きな街。それでも街としての規模は桁違いだが、この状況で無視できるものではない。
「徒歩で来られたのか?」
(やはり怪しいか。馬車は用意できなかったからな。仕方がない)
「実は途中で盗賊に襲われまして。護衛が優秀なので返り討ちにはできたのですが…」
「そうでしたか」
悠斗達が本当にバーンロワから来たとすれば、通ったのは街と街とを繋ぐ大きな街道。兵士が巡回していれば、盗賊に襲われること等は殆どない。
門番は彼の襲われたという話を聞き、非常時で人数が足りず、禄に周辺すら巡回できていないことに申し訳なさを感じていた。
そしてこれは、全てが作り話という訳ではない。彼等が歩いたのは街道ではないが、小規模の盗賊には襲われていた。さらに言えば返り討ちどころか、全滅させて死体もすでに処分されていたのだが。
そして十分程経過した時、門が開き始める。
「許可が下りました。どうぞ中へ」
門番の他に二人の兵士が待っていた。そして彼等の側には馬車が。
「こちらへ。ハノウ様の下へとお送りします」
「よろしくお願いします」
馬車へと乗り込む悠斗達一行。
そして馬車は領主が待つ館へと向かう。
館はかなり大きかったが、やはり人手は足りていないようだ。館を警戒する兵士は一人もおらず、館内の案内役は馬車で迎えに来た者達が務めている。
(兵士の姿が殆ど見えない。メイド等が数人いるくらいか。執事すら現れないところを見ると、戦える者は兵士とは関係なく援護に向かわされたのだろう。厳戒態勢を敷いて外から来た者を街へ入れないのは、警備上の問題なのだろうな)
館に兵士を置けば、街を守る兵士が足りなくなる。そのため館を警備する兵士を減らす代わりに、外に対しては最大限の警戒を敷いているのだ。
この街の現在の人口がかなり少ないことも分かる。やはり、突然砦までの撤退を援護する部隊を用意したので、人数を集めるために苦労したのだろう。
「この扉の先にハノウ様がお待ちです。ですがその前に…申し訳ありませんが武器を預からさせていただきます」
「ああ」
悠斗達は全ての武器を兵士に預ける。悠斗やシアの持っている剣だけでなく、クラリス持っている杖もだ。
(当然だな。あれだけ警戒していたのだから、鈍器となり得る杖も取り上げられるのは分かっていた。そして袋の中も確認されることすら)
兵士は悠斗が背負った袋の中も確認していた。ナイフ一本すら見逃さないように。その結果、彼は剣を三本、杖を一本、そしてナイフ二本を受け取る。
「ハノウ様。バーンロワの領主代理の者が到着しました」
「入れ」
「はっ!!」
兵士が扉を開け、中へと入って行く。それに続いて、悠斗達も中へと入って行った。
部屋には領主の他に、六人の兵士が並んでいた。案内役も含め、この部屋にいる兵士は全部で七人となる。
(全員を集めていたのか…。どうりで兵士の一人も見かけない訳だ)
人と会うということで、ハノウは最大限の保険を掛けているのだ。これが今館にいる兵士全てであり、館内での最大戦力という訳である。
「其方達がバーンロワからやって来たという者か。問題が起きたと言っていたが、何があったのだ?」
ハノウという男は剣を携えていた。相手が武器を預けているのなら、自分も武器を携帯しないのが普通だ。それなのに剣を持っているということは、かなり用心深い男なのだろう。
「実は…」
そう言いながら、悠斗は背負っていた袋に手を突っ込む。この袋はすでに兵士の一人が確認しているため、誰もその動作に対して警戒はしていない。
そして彼が取り出したのは、ただの革でできた水筒。
「何だ?」
ハノウが訝し気な視線を悠斗へと向ける。そして彼は徐にその水筒をひっくり返し、中身を床へと撒く。
「なっ!?」
「貴様!!」
水筒の中に入っていたのは、盗賊を対峙した際に汲んでおいた彼等の血。
その場にいた兵士全員が、悠斗の取った突飛な行動に目を剥く。まさかこのような場で、血をばら撒くとは思っていなかったのだ。というか、誰も予想できるはずがない。
「はあぁぁっ!!」
「ぐあっ!?」
そしてその一瞬は、シアやクラリスへの注意が疎かになっていた。
シアが兵士の一人に肉薄しており、頭部へ華麗な蹴りを決めている。男は悠斗達から受け取っていた武器を手放し、そのまま壁際へと転がっていく。
「皆さん!」
「しまった!!」
武器を奪い返したシアが、それぞれに武器を配る。これで残りは領主一人、兵士六人となる。対して悠斗達は三人。人数差はほぼ倍だ。
「そいつらを殺せ!!」
「「「はっ!」」」
「行くぞ!」
「「はい!」」
こうして、フィロキアを巡る小規模な戦いが始まった。




