第十一話 困窮する村
(やはり思った通り、警備が手薄だな)
砦の側まで来た悠斗は、砦にいる兵士の様子を確認していく。
砦内で防衛戦を行うということで、彼等はかなり厳重に警戒していた。しかし、それは軍隊を想定したものであり、たった四人で行動する彼等を見つけることはできなかった。
普通ならば少数の部隊であっても、数は数十となる。ある程度の数となると目立つため、細かく見るというよりは、広く見渡す方が素早く見つけ易いのだ。彼等が悠斗達を見逃してしまったのは、仕方がないことだと言えよう。
彼等だって殆どの兵士が応援に向かったため、人手不足なのだ。奇襲を警戒する必要があるため、細かく見る程手の空いている者はいない。
砦へ入り込んだのならば、見逃すことはなかっただろう。だが彼等は砦に入ることなく、近くを身を隠しながら素通りした。
「見張りが立っているのが見えたので、絶対に無理だと思ったのですが…」
「まさか難攻不落の砦を落とすことなく、内部に侵入してしまうとは…。流石は隊長殿です!」
クラリスとシアが悠斗を褒める。
「ユウトは天才なの!!」
「おいおい。流石に言い過ぎだ。それよりしっかりと隠れてろよ」
ナノまでそのようなことを言い始め、流石に彼も少し恥ずかしくなったようだ。話題を逸らしつつ、彼の背負う袋から出て来たナノへ注意する。
「それにシア。折角一般人として潜り込もうとしているんだ。その呼び方は止めてくれ」
「分かりました。ユウト殿」
「殿も必要ない」
「それでは…ユウト」
隊長に対して呼び捨ては躊躇われたようだが、作戦のためにとシアが勇気を出す。彼はそんな彼女を見て満足し、それでいいと一人で頷いていた。
フィロキアまで到着するまでに、一つの小さな村を通ることになる。彼等はそこで情報収集も兼ね、一泊する予定だった。
「おや、兵士以外で外からの者とは珍しい。ようこそビーンへ」
畑仕事をしていた男がそう言って悠斗達へ笑顔を向ける。
「大丈夫か? かなり辛そうだが…」
「心配には及ばんよ」
彼はかなり高齢であった。そのため、畑仕事を一人で行うのはかなり大変そうだった。
「他に誰かいないのか?」
「ああ。畑を継ぐはずだった息子は、つい最近魔王軍と戦うための兵力として徴兵されたんだ」
彼が言うには、今この村には子供や年寄り、それと妊婦くらいしか残っていないらしい。
若者や力がありそうな男性は、皆徴兵されたのだという。
つい最近ということは、今レジトワ国が行っている侵攻作戦のための兵力である。ヘルザードの部隊を釘付けにしている間に第三部隊を壊滅させたいため、無茶な徴兵を行っていたのだ。
「なるほど。俺達は旅をしながらここまで来たから、徴兵は免れたということか…」
「そのようだな」
男の話を聞き、悠斗は咄嗟に話を合わせる。元々彼等は、旅の者として偽りの身分を考えていた。一般人と言っても、ただの町民や村人が外を歩いている訳がない。平和な世界である日本とは違うのだ。
盗賊や魔物といった存在がいる中で、護衛も付けずに歩ける訳がない。
その点旅の者ということであれば、話は違ってくる。自分達で山賊や魔物を倒せるだけの力を持っているため、不自然だとはならないのだ。
さらに自衛のため、ある程度の装備を持ち歩くこともできる。
悠斗とシアは剣を、そしてクラリスは杖を持ち歩いていた。
商人という選択肢も考えた悠斗だったが、商品も持たないで街を訪れる商人はおかしいと思い、諦めたのだった。
彼等はその村人から宿の場所を聞き、そちらへ向かう。どうやら滅多に外から人が来ない小さい村のため、宿というものは存在しないようだ。
しかし村長に会って事情を話せば、集会場のように使っている建物を貸してくれるという。
「ほう…旅の者達ですか」
「はい。それで一泊でいいので、泊まる場所を貸してもらえないかと」
「それは構いません。ですが、食事までは提供できません。私達も、自分達の食料の確保で手一杯なのです」
働き手と同時に、兵士の兵糧として食料も調達された村。自分達の食事すら、すでに些末な物となっていた。
「俺達は旅の者です。これをどうぞ」
「おお! これは…」
そう言って彼は袋の中に入れてあった干し肉を取り出す。
さらにそれに続き、シアも持ってた袋の中から肉を取り出した。こちらは村へ来る途中で獲れた獣で、血抜きしたばかりの新鮮な物だ。
彼は情報を聞き出すための材料の一つとして、土産を用意していたのである。
「有難い。ですが、よろしいのですか?」
視線は肉へと向けられているが、その言葉からは申し訳なさそうな感情が読み取れる。
「まだあります。それにこっちは干し肉にするのに時間も掛かりますし、保存ができないので」
シアが持つ生肉を押し出し、村長の目の前まで持っていく。
「感謝する。貴方方の食事は手の良い者に作らせよう! 肉の礼だ。気にせず受け取ってくれ」
「そうさせてもらいます」
ここで断ってしまっては、逆に不安にさせてしまうだろう。無償で与えられた物よりも、対価を払って受け取った物の方が安心できるのだ。
価値が釣り合っていないということは、彼等が一番理解している。
片や大量とまではいかないが、それなりの量の肉。片や野菜やそのもらったばかりの肉を使って作る料理なのだから。
しかしその差が、優しさという形として彼等に届くのだ。
「これは…」
「なかなか美味しいですね!」
シア達が美味しそうに料理を頬張る。その横で、無言で食べる悠斗。
(確かに魔王領の料理と比べれば、美味しい方か。それでも、どうしても地球の料理と比べてしまうな)
彼は魔王領ではただ焼いた物といった、かなりシンプルな料理を食べて来た。それと比べると、料理と言っても問題ない代物である。
だが悠斗は物足りなさを感じてしまっていた。魔王領の食事ならば、魔族が作る料理だからと諦めが付いていた。しかし、これは人間が作った料理である。
調味料等を贅沢に使った地球の料理に慣れた彼にとって、素材そのものの味というのは味気がないのだ。特に肉。ソース等の調味料がないため、魔王領にいる頃から常に塩での味付けのみ。
確かに塩での味付けは美味しいが、それしかないため、すでに彼は飽きていたのだ。
(人間の街を占領することができたら、食事に関しても手を加えていく必要があるな)
こうしてさらにフィロキアを手に入れたいと強く思う悠斗なのだった。
そして翌日、悠斗達は村人に見送られながらビーンを後にする。
村人達が喜びお礼の言葉を口にしながら、後姿が見えなくなるその時まで。
「やはり無理をしているようだな」
「そうですね。そこへさらに援軍を集めたのですから、相当残っている戦力は少ないかと」
「このまま一気にフィロキアを落とすぞ!」
「「「おー!!」」」
やる気に満ちた声を上げる悠斗。そしてそれに続き、皆が声を上げる。
すでにやる気満々だった。
シアとナノは第五部隊が活躍できていることを喜び、クラリスは第三部隊の皆が助かると思って。
さらにクラリスには、気分が昂揚する理由があった。それは彼女が役に立てるからだ。ハーフエルフである彼女は、今までお荷物扱いされてきた。
今回第五部隊のお目付け役として任命されたのもそのためだ。
それが今回は彼女のおかげで、第三部隊を救うことができる。さらに、悠斗の立てる作戦の凄さを知って驚いてもいた。
第三部隊はエルフが多く、魔術を用いて力尽くで解決できることが多い。なので、こういった知恵を使った戦い方というのは、初めての経験だったのだ。
それはエルフよりも魔力が少なく、使える魔法も弱い彼女にとって、実にしっくりとくる戦い方だった。
当然だ。彼の立てる作戦は、第五部隊を、つまり弱い魔族で戦えるように組まれているのだから。
こうしてそれぞれの思いは違えど、彼等のやる気は最高潮にまで達していた。




