第十話 援軍
悠斗の立案した作戦は、無事に成功した。その結果、劣勢であった第三部隊はレジトワ国の部隊を少しずつ押し返し始める。
レジトワ国の兵士に与えた損耗は死者五十人、重・軽傷者約百人の計二百人程。この死者数に関しては、ゴブリン達とデリスの罠によるものが大きい。
シャドウクロウ達の攻撃は誰かを狙ったものではない。そのため怪我を負った者は多数いるが、確実に殺せるような攻撃ではなかったのだ。
そして約二百人程戦力を削ったが、本来であれば二千人を超えるレジトワ国の部隊の損耗は少ないと言える。二千人の内のたった二百人、全体の一割程度だ。それも削られたのは殆どがただの歩兵であり、第三部隊に有効な遠距離攻撃を得意とする者達は損耗が少ない。
彼等の力が弱まったのは、やはりナノのおかげだろう。彼女は単身で敵陣へと潜り込み、部隊の隊長を殺した。それも隊長はスキル持ちであり、実力者だったのだ。
彼女のレベルが100を超えているとはいえ、元々種族的に戦闘には向いていない能力だ。真正面から戦っていれば、簡単に討ち取ることはできなかっただろう。
レジトワ国の部隊はそう簡単には撤退しなかった。副隊長だった者が、新たな隊長として部隊を率いているからだ。それでも副隊長は、隊長程部隊の指揮が優秀でもなければ、隊長程優れた武力を有している訳でもない。
ナノやシャドウクロウ達の奇襲を警戒しなければならず、強気に攻めることができなくなっていた。それにいつどこから奇襲されるか分からないという状況は、兵士達の士気を大きく下げることに繋がったのだった。
「そろそろ到着する頃だな」
「そうね。ようやく第五部隊の戦力が揃うわね」
戦場の背後を見て呟く悠斗にデリスが応える。
最初の奇襲を仕掛けてからすでに一日が経過している。そろそろ歩兵部隊が到着してもおかしくない。
(すでに相手の部隊は、第三部隊に任せられるほど弱っている。前線を徐々に押し返し始めているのが、その証拠だ。だがレジトワ国は防衛のための戦力を残しているはず。時間を掛ければ、間違いなく新たな戦力が投入されるだろう)
そう。第三部隊は防衛のために全戦力で当たっているが、レジトワ国は攻撃側。都市や街の防衛のために戦力を残している。
このまま時間を稼がれてしまっては、援軍が来て再び第三部隊が押されてしまうだろう。
第五部隊の者達で援軍を食い止めるか、素早く相手の部隊を壊滅まで持っていく必要があった。
(普通に考えて、ゆっくりと後退して砦で防衛戦だよな…)
レジトワ国と魔王領の国境。そこには二つの砦が存在する。勿論レジトワ国の所有物であり、魔王軍が攻めて来た際に防衛するための建物だ。
小国でありながら魔王軍を苦しめている理由の一つでもある。レジトワ国が所有する砦はかなり頑強で、兵士達も砦での防衛のための訓練を優先的に叩き込まれる。それほどの戦力は有してはいないが、こと砦での防衛戦に関してだけは大国に匹敵する脅威となるのだ。
「今は砦の兵士が出てきている。最低限の兵士は残っているだろうが、潰すなら今しかないか?」
(だが、第五部隊だけで攻め切れるだろうか? 砦を攻めるとなれば、相応の戦力は必要となる。それも素早く落とさなければ、戻って来た部隊に挟み撃ちにされてしまう)
彼は必死に考えたが、流石に第五部隊だけで砦を落とすのは難しいと判断する。
「兵士が集まっているの! かなり多いの!!」
偵察に向かっていたナノが、彼の下へと戻って来た。
「詳しく話してくれ!」
悠斗が食い気味に言う。彼の口元には、若干笑みが浮かび始めている。
「言われた通り偵察に向かったら、砦の前に兵士が沢山いたの!」
「やっぱり、思った通り速いな。どこから来た兵士か分かるか?」
「そこまでは…。でも、砦の外からも来てたの!」
(想像通りだ。恐らく集められたのは、砦まで撤退を援助する部隊だろう。これで次の作戦に移ることができる)
いくら頑強な砦とはいえ、撤退戦で人数を削られ過ぎると防衛戦に支障が出る。そのため近くの街から兵を集め、撤退の援助をさせるのだ。
「隊長、後続が到着しました!」
「ナイスタイミング!! 俺達はこのまま、フィロキアへと向かう!」
フィロキア、それはレジトワ国で二大都市と言われている街だ。国の中央にある王都とは違い、フィロキアは南に位置している。そして部隊の兵士や今砦に集まっている兵士も、殆どがこの街から投入された戦力だった。
北は海であり商売が盛んである。勿論人も北側に集まっているので、王都から南側の土地はフィロキア以外に大きな街はない。
南側の防衛はこの街が担うしかないのだ。そのための砦でもあるのだが…。
「ユウト、遅くなった」
悠斗達がいる部屋へと入って来たのはシャクナ。さらにその後ろには、ジョン達が続く。
「シャクナさん。今から会議をしても大丈夫ですか?」
「ああ。問題ないぞ」
悠斗の言葉にシャクナが頷く。彼は着いたばかりで疲れているのではと懸念していたのだが、能力値が高くスタミナもかなりある彼女を心配する必要はないようだ。
そしてシャクナやその他リーダー役の者達を除き、他の者は退出していく。
「まず始めに…」
彼はここへ着いてからのことを話す。そして今の状況、これからのこと、彼の考え。
それらを全て伝え、彼女達の反応を聞いて作戦を煮詰めていく。
魔族は脳筋の者達が多いため、あまり良い意見は期待できない。それでもシャクナやユヤといった者達は、しっかりと悠斗の話に意見を述べていた。
(第三者視点の意見が欲しいから会議を開いたけど、これならシャクナとユヤの二人と話すだけで良かったのでは…)
ただ頷いているだけの他の者達を見て、彼はそんなことを考えているのだった。
「それではシャクナさん。そちらは任せます」
「ああ。そっちこそ、危ないと思ったらすぐに退けよ」
悠斗達は出発をシャクナ達に見送られていた。
「頑張って来て下さい!」
「無理するなよ!」
「あなたなら絶対に成功させると信じてるわ」
今回の作戦では、第五部隊は二つに分かれて行動することとなる。
悠斗の率いる者達と、シャクナの率いる者達だ。
そして彼と共に行くのは、ナノとクラリス。そして…。
「守れ。シア」
「はい。命に代えても隊長殿は、このシアが守り抜きます」
ヒュリンの言葉に、悠斗の横にいたシアが頷く。彼女は歩兵部隊、ヒュリンの下に付いていたスライムだ。
彼女は今、人間の姿をしている。女子中学生と言われれば、信じてしまいそうな程完璧な見た目をしていた。
スライムの特徴の一つとして、どのような姿にでもなることができるというものがある。これは状況に最も合った動きができるようにするために使う能力であり、他の種族に擬態するようなものではない。
実際、悠斗が初めて見た彼女の姿は、獣の姿をしているだけのスライムだった。態々自身がスライムであることを隠す必要がないので、形は違っていても一目見ただけでスライムと分かるものだった。
しかしシアは悠斗に言われ、擬態へとその能力を昇華させた。そもそも本来の能力は、周囲の物に擬態して生き残るというものである。
魔族として知恵を持ったスライム達は、自身が戦い易い体へと変形させるだけに使うが、魔物のままのスライムは今でもそのような使い方をしている。
弱いスライムが生き残るための、能力の一つだったのだ。
悠斗達はクラリスを含めても四人。少数精鋭としても、あまりにも少ない。
(俺達がこの作戦の鍵だよな。絶対にフィロキアを手に入れて見せるぞ!)
レジトワ国の南は、大都市であるフィロキアが落ちれば後はどうとでもなる。そして今は第三部隊と戦うために戦力が外へと出ているので、内に残る兵士はかなり少なくなっている。
俄然、やる気を漲らせる悠斗。
魔王領の領土を増やしたいと思っていた彼にとって、これは絶好の機会だった。




