第一話 異世界へ…そして過去へ
部屋には怪しげな呪文を唱える男が一人。現在十七歳の彼の名は御影 悠斗。中学二年生で引き篭もりになって以降、一度も外に出ていない。
部屋には魔法陣や何に使えるのか分からない奇妙形のな品々、呪文のような言葉も壁や天井に書かれている。
彼は引き篭もりになってから日本に、この世界にいたくはないと思った。それは外にいる自分のことを知っている者と出会う恐怖、両親に迷惑を掛けているという意識。それら全てが積み重なってできたものだ。
両親はそんな彼に何も言わない。彼がクラスメイトに何をされたのかを知っているからである。彼のことを知っている者は大勢いる。それはクラスメイト以外でもだ。
名前は出ていないが顔は映っていた。彼はクラスメイトに動画を撮影され、勝手に動画サイトにアップロードされたのだ。それも自分達が彼をいじめている現場やその他数々の状況のものを纏めて。
この件は正式に事件として扱われた。だが、犯人は中学二年生。立派な犯罪ではあるが、それほど重い罰は与えられることがなかった。
そもそも事件として取り扱われた時点で、数日が経過している。その間ネットではかなり騒がれ、当然沢山の人がその動画を見ることになった。
動画は警察や動画サイトの者が削除した。だがそれでも、見た者は沢山いる。また、削除される前にダウンロードしていた者もいた。
消されてから数日間は、ダウンロードされた動画が色々なサイトでアップロードされることとなる。その者等は全て、警察の捜査によって逮捕された。それ以降はアップロードされていない。
両親は励ましてくれるが、彼は自分のことを知っている者がいない場所に行きたいと思っていた。決して他人に苦手意識を持っていたという訳ではない。ネットでは別の名前で知らない人間と交流していたからだ。
そんな中、一人の女性ととあるサイトで出会った。彼女は異世界の物語が書かれた小説が好きだった。何度も彼女から異世界に行ってみたいと聞くことになる。さらに異世界転移や異世界転生の方法を調べていた。
彼もそれに…いや、誰も彼のことを知らない異世界というものに興味を持った。その世界でならば外に出られる。誰かと向かい合って話ができる。そう考えた。たとえ夢物語であっても、彼にとっては希望だった。
それからは転移や転生の方法を調べ、その女性と情報を交換し合った。
そうして集めたのが部屋にある数々の品や魔法陣だ。全てが異世界転生や異世界転移、その他魂を飛ばす、人を消すと言った儀式や呪い等の噂があるものである。
どれが影響するかは分からない。そのため、調べた怪しい噂の品を用意できるだけ用意した。
両親に頼み込んで得たお金も殆ど使い果たした。彼は異世界に行けると信じている。そのため、両親にもこのことは伝えてあった。
彼等は異世界等は一切信じていなかった。それでも子供の頼みを聞いてあげたかった。彼がそれで元気を取り戻したからだ。
彼が失敗した後、励ましてやろうと考えていた。一つやり遂げたら、何かが変わるだろうと。再び妙な道具を集め始めたとしても、元気にしてくれるならそれでいい。
本当に異世界に行けるなら子供の夢が叶う。寂しくなるが、ここで引き篭もっているよりはマシだろう。冗談交じりにそんなことを二人は話し合った。
そして儀式は進み、呪文の詠唱を終える。これで何回目の失敗だろうか…。そう彼は考えていた。
「な! この光は、成功か!!」
部屋の中が突然光り始めた。先ほど唱えた呪文の影響だろうが、どの魔法陣が、どのアイテムが反応しているのかは分からない。
しかし、明らかに不思議なことが起こっているのは確かだ。彼の喜びの声が家中に響き渡る。
「どうした!」
「悠斗!!」
そうして部屋に両親が入ってきた時には、すでに悠斗の姿はそこになかった。
「ここは…?」
彼が目を開くと、知らない場所にいた。
腕を見て、服装を見て足元を見る。身長は変わらず百七十センチくらい。そして黒髪。見えないが、恐らく黒目で毎日鏡で見ていた顔なのだろう。
「異世界転移か…」
落ち着いた様子で、異世界転移か異世界転生かを確認する。
「ここで、どうやって生きていくんだ?」
彼は呆然としていた。見渡す限りの荒れた大地。草も生えておらず、地面も罅割れている。土に水分が含まれていないのだろう。近くに水場がある可能性がぐっと低くなった。
遠くに建物のようなものが見える。何らかの生物がいた証だ。だがその建物は何年も前に崩壊したのか、形が残っているだけだ。近くに誰かが住んでいるようには見えない。
「この世界はどうなっているんだ?」
様子を見るに、この近くに生物は住んでいないだろう。大地が枯れて、住める場所が限られているのか。それとも、すでに住めない程になっているのか。
住めなくなった星を捨てて宇宙へと旅立つ。小説ではよくある話だ。
「俺は一人、この大地に取り残されたのだろうか?」
不安をそのまま言葉にする。
「まだ人間が残っておったのか」
「この者、この世界の者では…」
その時、頭上から声が聞こえてきた。見上げるとそこには、白髭の爺さんと妙齢の女性が宙に浮いている。二人は彼を見下ろしてブツブツと話し合っていた。
彼はそれを見ても驚かない。ここが異世界であると自覚しており、たとえドラゴンが現れてもそれがこの世界なのだと考えているからだ。
それに、この男女は明らかに神々しい気配を放っている。ただの人間である悠斗にも、それが分かるほどだ。
この者達は神か、それに連なる者達なのだろう。そう一人考えていた。
「お主、儂等の言葉が分かるか?」
「???」
爺さんの方が悠斗に話しかける。だが、彼は言葉を理解できなかった。聞いたことがない言語だったからだ。ここは異世界。日本語が通じないのは仕方がない。
「これでどうじゃ」
「分かります」
爺さんが指を鳴らすと、言葉が分かるようになった。
「やはり、この世界の者ではないか…」
悠斗がこの世界の言葉を理解できなかったことで、二人は自分達の考えが正しかったことを確認した。
「この世界は…」
悠斗は爺さんからこの世界についての説明を受ける。
遥か昔、人間と魔族が戦をしていたこと。一柱の神が人間側に味方し、勇者という存在や特殊な力を生み出したこと。人間は神の協力を得て、魔族や魔物を滅ぼしたのだ。
それから勇者が寿命で死に、そこからは人間の国同士で争いが続いた。
神からもらった特殊な力、スキルと呼ばれるものはとても強力だった。戦争は激化し、人類はこのままでは不味いと考えた。
その結果が新たな敵、共通の敵を持つことだった。しかし魔族や魔物を滅ぼした後、敵となる存在は獣くらいしか残っていない。
人間以外の知的生命体全てを、魔族と一括りにしていたためだ。
そして人間は禁忌の存在に手を出すことを決める。この世界の源である精霊だ。この時人間達は、精霊のことを手を出さなければ大人しい存在、手を出したら恐ろしい強力な敵とだけ認識していた。
それから人間達は協力して、スキルや科学技術を極めた。結果、精霊を滅ぼすことに成功する。
この時点で、この世界は破滅へと向かっていた。
人間に協力した一柱の神は責任を感じ、精霊を滅ぼし世界を壊した人間を止めるためにこの世界へ降り立った。
人間は次の敵を神と定め、攻撃を始める。そして強力な一撃で、一柱の神を倒すことに成功した。だが、それは人間にとって最後の一撃だった。残っていた世界の力を集めて放った攻撃だからだ。
神々が人間へと攻撃を仕掛けるまで時間は掛からなかった。そして人間が滅びるまで、それほど時間は掛からなかった。
「つまり、この世界は人間が滅ぼしたのじゃ。同じ人間でも、異世界から来たお主には関係のない話じゃがな」
そう悠斗へと告げる。それを聞いた彼は、ただ茫然としていた。折角異世界に来れたのに、この世界は直に滅びると言われたのだ。これは仕方がないだろう。
「そこで、お主には過去へ戻って人間の暴走を止めてもらう」
「え?」
突然の言葉に、間抜けな返事しかできなかった。
「儂の力で戻せるのは、魔族が滅びる少し前までじゃな」
言い終わると同時に、悠斗へと掌を向ける。その掌が光り輝くと同時に、悠斗の体も輝き始めた。
「ちょっと待ってくれ!!」
「私からは餞別として、スキルを一つ授けてあげましょう」
爺さんの隣にいた女性が言う。
「話を聞いてくれ!」
神達は彼の話を聞く気はない。何故なら彼等は神であり、すでに彼を過去へと送り込むことは決定事項となっていたからだ。
そして彼の体は消える。この時代からいなくなったのだ。
こちらのタイトルは一週間に二話ずつ投稿していく予定です。
基本的には、水曜日の24時と土曜日の24時に投稿しようと思っています。
よろしくお願いします。