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3話




 その翌日、早速コウカは行動に移した。プライバシー保護の為、担任から家の住所は聞けないので、桐島さんと同じ幼稚園だった子に教えてもらい、放課後に彼女の自宅を訪れた。

 白い外観の一軒家のインターホンを鳴らすと、母親が出て来た。コウカがクラスメートのヒューマノイドだと知っている母親はすんなり家に入れてくれ、二階の彼女の部屋まで案内してくれた。


「深耶。クラスメートのヒューマノイドの子、来てくれたわよ」


 母親が扉を開けると、座ってタブレット端末で本を読んでいた桐島さんが、コウカの姿を見てすくっと立ち上がった。


「えっ……つ、躑躅森、さん……」

「こんにちは」


 前髪で表情が半分隠れていたけれど、声と僅かな動作で桐島さんがコウカの突然の訪問に驚いているのがわかった。彼女は戸惑いながら、コウカを部屋に入れてくれた。母親はうっかりジュースとお菓子を出そうとしたが、飲食はできないとコウカは断った。

 母親が一階に降りて行くと、コウカと桐島さんの二人きりとなった。途端に桐島さんが、落ち着きなくもじもじし始める。そう言えば、これまでモニタリングをしていて、彼女に人見知りの印象を受けた。でもコウカはクラスメートなんだし、話すくらいできそうなものだけど。“人見知り”の“ひ”の字も知らない私には、今の桐島さんの心情は窺い知れなかった。

 一方のコウカも、何もしゃべらない。彼女も“人見知り”をよく理解していないし、そもそも桐島さんが人見知りなのを知らないだろう。では何故しゃべらないのだろう。どう話を聞き出すか、考えているのだろうか。


「……き、今日は、どうして、来たの……?」


 様子を見ていると、俯いてもじもじしていた桐島さんの方から、勇気を出す感じでしゃべり出した。視線は多分ローテーブルに向いているけど。


「桐島さんと、話がしたかったから」

「そ、そうなんだ……」


 会話が途切れた。沈黙の時間が流れる。しかし、コウカからしゃべり出す様子はない。


「……ひ、久し振り、だね」

「うん。そうだね」


 再び会話が途切れ、沈黙する。と言うか、私は気付いた。一人はテスト中のヒューマノイドで、一人は不登校中の人見知り。この二人だけの空間は無茶なシチュエーションではと、モニタリングしながら今さら思った。もしかしたら失敗だったかもしれない。


「……そ、その……話って、なに?」


 人見知りの桐島さんが、頑張ってしゃべってくれる。自分たちしかいない空間の沈黙が堪えられないのか、何とか気を回そうとしている様子だった。


「なんで、学校を休んでるの?」

「……行きたくない、から……」桐島さんの声が暗くなった。

「なんで?」

「なんでって……」

「馴染めないから?」

「……」


 コウカは原因を知ろうと質問するが、桐島さんは黙ってしまった。沈黙してしまったのは、理由を察してほしいからだろうか。私たちなら、不登校になった理由はある程度推察できるが、それが理由とは限らない。

 わからないことを知りたいコウカは、彼女の心情を推し測ることなく問い質す。


「なんで馴染めないの?みんな、()()()()()()()()クラスメートだよ?」

「……」

「桐島さんは()()()()()()なのに、なんで馴染めないと思ってるの?あたしは、それがわからない」

「……ヒューマノイドにはわからないよ」


 コウカに話す気はないと、桐島さんは暗い声音で言った。


「うん。だから、原因を……」

「ごめん。帰って」


 立ち上がった桐島さんは、扉を開けて退室を催促した。


「まだ話が途中……」

「誰とも話したくない。だから帰って」


 何故、話を聞く余地もなく突然帰れと言われたのだろうと、コウカは新たな疑問を生んだに違いない。しかし桐島さんの様子で、その原因究明は即座に行うべきではないと判断したコウカは、彼女の言葉に従って帰ることを選択した。



「話、聞けなかった」


 帰って来たコウカは平坦にそう言った。表情には現れていないが、私には悔しそうにしているように見えた。


「デリケートな問題ですからね、不登校って」

「今回は、私の考えが浅はかだったと思うわ。二人の相性が悪かった。このケースは、コウカがもう少し成長してからのパターンただったわ」

「少しでも相手の気持ちに寄り添えるようにならないと、向こうも心を開いてくれませんからね」

「あたし、なにか間違えた?」


 コウカが不安そうに聞こえる声音で聞いた。私はしゃがんで同じ目線になり、優しく声をかけた。


「ううん。コウカは、わからないから知りたかったんでしょ。それは間違いじゃないわ。桐島さんは多分、辛いことだからあまり話したくなかったのよ」

「辛いことは、話したくない?」

「そう。辛いことや悲しいことからは、なるべく逃げたいの」

「逃げる……そうすれば、楽しい気持ちになれる?」

「なれるわ。なれるけど……それは一過性のものね。完全に忘れる訳じゃないから、いつかは乗り越えなきゃならない」

「乗り越える?」

「克服っていうのよ」

「克服……」


 新たなワードをインプットするコウカを見た私は、彼女はまだ諦めていないように思えた。


「今日何もできなかったこと、コウカは納得してる?」

「してない」

「じゃあ、もう一回行く?」


 聞くと、コウカは頷いた。「行く」


「じゃあ、桐島さんの辛いことの克服を、手伝ってあげて」




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