エピローグ
あの事件から一年が過ぎた。瓦礫と化した建物はすっかり元の形を取り戻し、人々も普段通りの日常を送っている。
事件後。ジャカロの幹部を始めとする“改革派”と呼ばれるテロに関与した者たちは、次々と逮捕された。その上、事件を起こしたことをきっかけに、支援者から資金援助の打ち切りや依頼のキャンセルが相次ぎ、ジャカロは存続の危機となった。
その崖っぷちの事態に動いたのが、“真・西銘派”と呼ばれる団体の純正な理念を持つ者たちだった。彼らは残った職員を束ね、ジャカロの存続に奔走し、組織は何とか生き残ることができた。
そして去年の夏。ジャカロは官庁に、シビリロジーにまみれた社会の見直しを図るよう、上申書を提出した。あの事件の根底に因果の存在を知った政府は、それを受諾。改善の話し合いの場が設けられた。その会議はジャカロを交えて定期的に行なわれ、現在も継続中である。
シビリロジー開発者である私たちも、社会での技術のあり方を今一度考えなければならなかった。利便性や生産性を重視するだけではなく、今後はどんな技術を人々に提供するべきかが委員会で話し合われている。
しかし、取捨選択はそう簡単ではなく、何が本当に必要で何が不要なのかを正確に分別できなければ、社会に混乱が生じてしまう。一年前のように、再び過激な反対派が出るようなことにしてはならない。それだけAIは、私たちの血肉のようにあって当然となっている。
私はと言うと。研究開発の一線からは退き、所長の座を譲り、肩書は代表取締役社長のみとなった。周りからは、研究職からの引退はまだ早いという声をもらったけれど、一つの目標を達成して満足したので悔いはなかった。
所長の肩書はアルヴィンにあげたけれど、私の後釜はプレッシャーだと謙遜していた。私の跡継ぎがいればよかったのだけれど、アルヴィンなら務まると信じて託した。長年私と一緒にやってきた彼なら、大丈夫だ。
「私、このままでいいのかしら……」
晴れた空の下。本社の敷地内にも建てた茶室の外で、竹製の長椅子に座り、自分で点てた抹茶を啜って、空を流れる雲を眺めながら呟いた。
自分の仕事はあるし委員会にも出席しているので、忙しいくらい日々は充実している。でも、ちょっとした時間が空くと、これからのことをぼんやりと考える。ただ、行動を起こしてみようとは思うけれど、忙しいことを理由になかなか一歩を踏み出せない。
気が付けば、もう54歳。この前鏡を見て、顔のたるみが気になってしまった。
「いい加減、重い腰を上げないと」
世界と人は、見えないところで変わり始めていて、模索しながら進んでいる。私もそれなりに未来を思い描いているけれど、春霞越しに遠くに見えるくらいだった。
でも、そんなものだ。いつだって、未来の見通しがいい訳じゃない。けれどいつかは、何処に向かうかを決めなければならない。私もそろそろ、決めなければと思う。
少し遅いかもしれないけれど、風に流される雲を見倣ってみようか。
「パートナー。見つかるかしら」
昨日と今日が繰り返されて、日々はつつがなく続いていく。
空を流れる雲のように。少しずつ、形を変えながら。
〈END〉
あとがき
「迷えるインコンプリートガール」を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。自身初の機械のヒューマノイドが主人公のSFでしたが、いかがだったでしょうか。
コウカの元ネタを高校生の時に思い付いて早ウン年。ようやく物語にできました。
女性の社会進出や少子化、そして、近年のAIやロボットへの不安をどうしたら解決できるだろう。成長を同調させるのはどうだろうか。そうして生まれたのが《人間と同じように成長するヒューマノイド》でした。それなら、“人生”を書いてみるのも面白いかもしれない。そうしてこの物語となりました。
コウカのエネルギーはどうしようか悩みましたが、彼女を思い付いたきっかけが社会問題だったので、物語を動かすポイントにもなると思ってガラス固化体を選びました。まさか、西銘の暴走に繋がるとは思っていませんでしたけど(笑)
全ては架空ですが、社会がこのままAIの力を余すことなく享受し続ければ、「ジャカロ」のような組織が生まれないとも限らないと思います。(私の考え過ぎかもしれませんが。)
そんな風に、このままAI社会が進化し続けたらどうなるんだろう、と想像しながら、未来に残るかもしれない様々な社会問題も織り込ませて頂きました。そしてラストは、再び時代が変わり始める様子も描きました。昨今のレトロブームのように、どれだけ人類が進化して社会が変わっても、きっと古いものを懐かしむ日は来るんじゃないかと。
それから、ヒューマノイドという人工物の主人公は難しかったです。身長は数字で示せましたが、年齢によって言葉遣いやチョイスする単語に変化を付けながら、機能的な成長を意識して書いたのですが、ちゃんと伝わったでしょうか。挿絵があればよりわかりやすかったのかな。
コウカの最後についても、スッキリしなかった方もいたと思います。
折れた意志をユウイチに治してもらい、強い決意をもって立ち向かっていった結果、目の前で一人の人間を救えなかったという結末は、人間とAIの橋渡しの役目に責任感を持っていた彼女にとっては、とても辛いものです。
彼女の決断は一瞬でした。そのシーンは、私は言葉にすらしていません。一行と一行の僅かな空白の間に、彼女はニューラルネットワークで瞬時に答えを出しました。その決断の決め手は、後悔なのか罪悪感なのか。書いた私でもその理由は曖昧ですが、いくつかの要因があったのは間違いありません。
勿論、物語の最後は他にも選択があります。でも今考えると、最先端のヒューマノイドである彼女の喪失は、「人間のAIありき社会からの解脱」を意味しているんじゃないかと思います。なんか、かっこよく決めてやったって感じですが、そんな風に思える気がします。
取り敢えず私としては、長年温めていたアイデアをかたちにできたので、満足です。
あとがきはここまでにしておきます。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。皆さまのお目汚しにならず、何か一つでも受け取って頂けていたら幸いです。
それでは、次の作品でお会いできるご縁が結ばれていますように。




