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15話




「……なあ、リョウヘイ。お前はさっきから何を言っているんだ」

「何って……」

「さっきから私を『父さん父さん』と呼んでいるが、私はお前の父親じゃない」

「……え?」

「お前は、私の思想と理念を受け継ぐ為の人間だろ。息子だの親子だの、そんな生温い関係だと思ったことはない」

「…………」


 西銘くんは、思いもよらない言葉に絶句した。あたしすらも耳を疑う発言だった。一方的な絶縁というよりも、西銘代表は自分の息子を息子と認識していなかった。たった一人の家族であることを、否定した。最初から家族などいないと、記憶が上書きされたように。


「さあ。もういいだろう。気がすんだのなら、外の見張りと交代して来なさい。コレは私が見ているから」


 あまりの衝撃で、西銘くんは茫然自失となった。父親と家族の時間を取り戻したいと思っていた彼にとって、あまりにもむごい宣告で、あたしも何と声をかけたらいいのかわからなかった。

 ところが突然、西銘くんのスイッチが入れ替わり、持っていた小銃を代表に向け狙いを定めた。


「西銘くん!?」

「止める手段なんて、最初からなかったんだ。それなら俺は、この手でこの人を殺す」


 決して血迷った訳でも気が狂った訳でもなく、平常心でトリガーに指をかけていた。絶対に防がなければならない展開に、あたしは焦った。


「待って西銘くん。冷静になって!」

「もう無理だ。無駄なんだよ。この人は復讐の他は何も見えてない。本当に狂っちまったんだ」

「ダメだよ!お父さんなんだよ?」

「聞いただろ。俺はこの人の息子じゃない。悪魔みたいな意志を受け継ぐ為だけの存在だと思われてる。家族の結び付きは、もうとっくに復讐心で燃えてなくなってたんだ」

「諦めないで!銃を下ろして!」

「説得が無駄なら、強行手段に出るしかない」


 代表を脅そうとしている声音でもなかった。西銘くんは本当に、実のお父さんを撃ち殺そうとしていた。けれど、銃口を向けられる西銘代表は腰を浮かす仕草もなく、全く動じていなかった。


「お前に私が撃てるのか。さっきソレに銃を向けた時は、手が震えていたじゃないか」

「あんたの復讐が続くことを考えれば、怖くはない」

「いいね。男が上がったじゃないか」


 代表は、傍らに置いていた小銃を手にして立ち上がった。それから、上着のポケットからスマホと同じくらいのサイズの何かを取り出し、あたしたちが見えるように持ち上げた。


「撃ってみろ。その瞬間、仕掛けた爆弾が一斉に起爆するぞ」


 この施設とイサナギタワーにしかけた爆弾の、起爆スイッチだ。突然の暗転で、ニューラルネットワークの働きが急速に活発になる。


「それはダメ!西銘くん銃を下ろして!西銘代表もやめて!」

「私を説得できなかったきみに、止められると思うのか。きみには何の力もない、無力なただの人形なんだよ」

「そんなことない!あたしは絶対に諦めない!」

「最新型ヒューマノイドのくせに、だいぶ頭が悪いようだね。非合理的で非論理的。ヒューマノイドの底辺じゃないか。手を組む相手を間違えたな、リョウヘイ」

「お願い!もう一度息子さんとちゃんと話して!西銘くんも、もっと話したいんじゃないの!?」

「お前は引っ込んでろ。これは俺たちの問題だ」

「放っておける訳ないでしょ!あたしがここに来た意味がなくなる!」

「いいからきみは黙っていてくれ!」


 必死に仲介しようとする声が耳障りだった西銘代表が、あたしに向かって発砲した。銃弾は左頬に当たり、人工幹細胞と特殊樹脂の皮膚が裂けて、強化炭素繊維製のベースが覗いた。

 あたしはいくら銃弾を受けても、痛くも痒くもない。だけどこの二人に、お互いを撃たせてはいけない。関係緩和どころか、取り返しの付かないことになる。それだけは絶対に避けなければならない。その手で家族の命を奪わせちゃいけない。

 あたしは、銃口を向け合う二人の間に左腕を広げて立ち塞がった。


「何してんだ!邪魔だ退け!」

「退かない」


 あたしはまだ、何もしていない。西銘くんを救っただけじゃ、あたしは満足しない。

 相手のことを理解できないからって諦めない。理解できなくても、歩み寄れなくても、あたしは目を逸らさない。遠回りをしてでも、理解の先にある未来を信じる。それがあたしの信念で、理念だ。

 だから、あたしはもう一度、西銘代表に訴えた。


「復讐が貴方の日常で、生きる目的だと言うなら、今のあたしには貴方を説得できない。だから、今の世の中が受け入れられないならそれでいい。あたしたちのことも、嫌いなら嫌いでいい。憎いなら無理に好きにならなくてもいい。

 だけど、復讐ではどうにもならない事実がある。それは、この世界で生きている限り、あたしたちは繋がっていること。どんなに遠くても、宇宙まで離れていても、色んなものや多くの人を介して繋がっている。でも一人の人間である貴方は、拒絶する権利もあるし、排除する意志も自由だよ。

 あたしにも貴方と同じように、決定する意志と自由が与えられてる。だけどあたしは、あたしが憎いと言う貴方を排除も処罰もできない。何故なら貴方は、あたしを造った『人間』というカテゴリーの一人だから。貴方たち人間がいなければ、あたしは存在していないから。

 それであたし、思うんだ。あたしと貴方は、存在する理由が同じなんだよ」

「同じ?」

「あたしは、人間がいるから存在する。そして貴方は、あたしが存在するから今ここにいる。お互いが存在してるから、今この瞬間、相対してる。それは、あたしたちが切っても切れない繋がりを持ってるからなんだよ。だから、貴方がどんなに大きな憎しみをもってあたしを排除しても、シビリロジー技術で満たされたこの世界からは抜け出せない。何をしたって、生きている限りあたしたちは繋がってるんだよ」

「そんな事実、私は認めない」

「だから、嫌いでも憎くても、どこかで折り合いを付けなければならないの。でも折り合いを付けるのは、何かを諦めることじゃない。価値観の違う相手のことをちゃんと知って、お互いが協力していける未来を一緒に探すことなんだよ。貴方はきっと、そのタイミングを見失った。あっても気付かなかったのかもしれない。

 でも、今から全てをやり直しても遅くない。あなたの望みの為に、あたしが力になる。だからどうか、復讐を目的に生きる自分じゃなくて、大切な家族と穏やかに過ごす日々を想像してほしい。昔のことを全て忘れた訳じゃないんでしょ。きっと貴方の心の中に、西銘くんが求める貴方がまだいる。どうかその自分を思い出して。そして全てをリセットして、西銘くんと人生をやり直して!」


 あたしの訴えが終わった瞬間に、前方から弾丸が飛んで来た。弾丸は左の太腿を貫通し、大腿骨パーツが破損して少しよろけた。


「もう一度その口を開いたら、容赦なく動力源を狙うよ」


 あたしの放った言葉は、弾丸のように貫く力を発揮しなかった。分厚く頑丈なシールドに阻まれて、これ以上どんな言葉なら貫けるんだろう。解決までの道が、暗く閉ざされてしまったように思えた。


「いい加減にしろよ!クソ外道が!」

「荷担したお前もクソ外道の仲間だろう」

「自己中イカれ野郎のお前と一緒にするな!」

「お願いやめて!」


 せめて、今にもトリガーを引きそうな西銘くんを止めようと、構えられた銃身を左腕で抱えて撃たせないようにした。西銘代表に言葉が届かないのなら、間違わないように身体を張ってでも止めなければと必死だった。だけど西銘くんは、あたしを離そうとした。


「邪魔だ!離せ!」

「嫌だ!絶対に撃たせない!」

「俺はこいつを殺すんだ。尻拭いができる俺がやらなきゃならないんだよ!」

「手駒が偉そうに歯向かうな!」


 トリガーが引かれた。代表が発砲した弾が、西銘くんのこめかみを掠めた。

 その次の瞬間だった。西銘くんは誤って、トリガーを引いてしまった。その銃弾は、


「……!?」


 西銘代表の胸に命中した。


「……」


 西銘くんは、ただただ驚いていた。あたしも、どうしてそうなったのか状況がわからず、一緒に驚いた。

 撃たれた代表は銃を落とし、違和感が生じた胸を触り、自分の手が血で赤くなっているのを見た。そして、よろけながら展示ケースに凭れ、ズルズルと床に座り込んだ。


「………はっ……はははははははは……よく撃ったな。まさか、本当に撃たれるとは……」


 西銘代表は何故か笑った。あたしは望まない展開に酷く動揺し、手も足も動かなかった。


「それが、お前の固い意志か……なら、私も、私の意志を示そう……」


 代表は、持っていた起爆スイッチを押した。その1秒後、上階で爆発音が連続で起き、床が振動した。


「起爆しやがった!」

「これで、私の復讐が達成する……」


 上から爆発音が近付いてきて、振動が次第に大きくなる。あたしたちがいる博物館の天井にも亀裂が入り、今にも崩れ落ちそうだった。

 起きてしまった出来事を受け止められず、呆然と立ち尽くすあたしの手を、西銘くんが掴んで引っ張った。


「行くぞ!」

「でも……」

「ここで死にたいのかよ!」


 西銘くんに引っ張られて、急いで博物館を出た。


「私の死をもって、その選択を後世まで悔いるがいい……はははっ……あっははははは……!」


 離れた直後、あたしたちがいた場所の天井が崩れ落ち、西銘代表の笑い声が途絶えた。




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