9話
新しい一年が幕を開けた。正月休みを満喫した人々は、学業や仕事に重い腰を上げ、去年までと変わらない日常を再開した。年末年始の休暇で帰って来たカナンちゃんも、牧村さんの手伝いがあるからと言って京都に帰った。
あたしはと言うと、ミヤちゃんの家で年越ししてからも、帰るきっかけを模索しているところだった。
そんな1月のある日。世間をざわつかせるニュースが流れた。
「速報です。先程、高レベル放射性廃棄物のエネルギー再利用を検討する関係閣僚会議で、議題が可決されたことが決定しました。
発表によりますと、処理開始当初から様々な問題を抱え、長年繰り返し会議が重ねられていた高レベル放射性廃棄物問題ですが、先週から開かれていた関係閣僚会議での議論の結果、エネルギーとしての再利用が決まり、生産開始の目処も立っているということです」
当面は、工業用ロボットに搭載できるサイズのガラス固化体の生産となり、既に量産態勢に入る準備は整っていて、現在あるガラス固化体はそのまま地層処分される予定だと、アナウンサーは伝えた。
アナウンサーが言っていた通り、高レベル放射性廃棄物の処理問題は、何十年も昔から未解決のままだった。
取り出された高レベル放射性廃棄物はガラス固化体にされ、順番に地層処分されている。けれど地層処分をするには、その前に200℃以上もある熱を冷まさなければならず、最低三十年は地上で冷却する期間が必要だった。
ところが、地域住民や自治体が放射能汚染を危惧して土地の提供を拒否し、ガラス固化体の保管場所がなかなか確保できず、計画開始当初から用地の確保に手こずりスタートはかなり遅れた。
その後、何とか少しずつ用地が確保でき、地層処分まで到達できたものの、処分スケジュールは大幅に遅延していて、殆どのガラス固化体と高レベル放射性廃棄物が未だに未処分だった。しかも地層処分ができても、放射線量が害のない程度に減退するまで途方もない年数がかかる為、他に何か処分の手立てはないかと、政府は代替わりしながら模索していた。そして、ガラス固化体が放出する熱に着目したのだ。
また、新システムの原発の建設計画の規約には、現存する原発が取り壊されることが原則であった為、今まで着手できなかった。一日でも早く新原発に建て替えたいという焦燥もあり、ガラス固化体処理と新原発建設の二つを一気に解決する為に決定したのだった。
その報道を知ったお母さんさ、真っ先に由利さんに連絡していた。
「ニュース観たわよ。お偉方の焦りはわからなくはないけど、ちょっと強行過ぎなんじゃないの?」
「私に言われても、与り知るところではないので。ですが今回は、AIには頼らず自分たちで決めたようですよ」
「そんなこと今更評価しないわよ」
「まぁ。非公式ですが、一応、安全性は実証されていますからね。新たに開発したシステムで、少しずつ導入していくようです」
「安全性はクリアしてるとしても、最も分厚くて危険な障害はクリアできるかしら」
「そこですね。ガラス固化体エネルギーは、まずは人との接触が少ない工業用ロボットに導入されますが、きっと黙っていないでしょうね」
二人が言っているのはジャカロのことだ。AIとは直接関係はないけれど、排斥しているものと複合するのだから何かしら行動を起こす可能性はあった。
「そう言えば、コウカさんは?」
あたしの家出の件を報告されていた由利さんは聞いた。由利さんは、今回の管理不行き届きを上司に責められ改善を命令されても、刺激をするのは逆効果だと説得してくれていた。
「まだ帰って来てないわ。連絡もしてない」
「関係性にまだ悩んでいるんですか」
「こんなことは初めてで、私自身も困惑してるのよ……でもきっと、あの子はもうすぐ帰って来る。そしたら、ちゃんと話し合うわ」
報道があった翌日。予想していた通り、ジャカロが行動を起こした。東京都内で、ガラス固化体エネルギー利用反対デモを強行した。車とおよそ百人もの人を連ねて一車線を占領し、抗議の声を拡声器や横断幕やプラカードで主張し、エネルギーとしての利用反対を訴えた。
「ガラス固化体エネルギーは、人間を死に至らしめる毒だ!」
「政府はAIで我々から労働の義務を奪っただけでなく、健全な生活をも奪おうとしている!」
「AIの傀儡となった政府は、もはや正常に機能していない!そんな人間の言うことを何故信じられるか!」
「今こそ清浄な人間社会を取り戻す時!」
「社会の変革を促す為に、一致団結する時だ!」
『毒散布、断固反対!』
ジャカロのデモ行進は朝から夜まで行われ、多くの人の注目を集めた。これがのちに、“反技術的特異点”と呼ばれる出来事の始まりとなることは、この時は誰も予期していなかった。
午前中のデモ行進の様子が、お昼のニュースで流れていた。行進の先頭には、西銘くんの姿もあった。他人事にできないあたしは、テレビ画面を真剣に見つめた。ミヤちゃんもまた、不安そうに観ていた。
「ミヤちゃん。バイト、遅れちゃうよ?」
「あ。うん。じゃあ、行って来るね」
バイトがなくて留守番をするあたしは、ミヤちゃんを見送ったあともテレビを観続けた。録画からライブ映像に切り替わり、なおも続いているデモ行進を地上と上空から捉えた映像に合わせて、取材班が状況を伝えている。行進の長さは400メートル近くあって、警戒した警察と警備ロボットが歩道に配備されていた。
その様子を暫く観ていたあたしは、電話をかけた。




