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3話




「────お母さんは、あたしが悩んでたこと知ってたと思うんだ。だから相談すれば、話を聞いてくれると思ってた。今までだったらそうだったから。上手く出力できなかったりするとアドバイスしてくれたり、思春期を真似してた時だってわかってて見守ってくれて、予想通りの出力ができなかったあたしに、自信を持ちなさいって励ましてくれた」

「博士はコウカちゃんを造った人だけど、ずっと一番近くで味方でいてくれたんだね」

「そう。お母さんは、あたしの味方でいてくれた。なのに、目的の為に造ったヒューマノイドなんだからそれらしくしなさいって言われて、今のあたしをちゃんと見てくれなかった。それまでとは別人になったみたいに冷たくなった。あの人はもう、お母さんじゃなくなっちゃった」

「急に突き放されるのはショックだよね。それが信頼してた人だと、余計に傷付いちゃうよ」

「あたしはただ、わからないことを知りたいだけで、お母さんを困らせたい訳じゃない。あたしはあたしになりたい。ただ、それだけなのに……思い通りにいかないし。お母さんからは突き放されるし。もう、どうしたらいいのかわからなくて……」


 悩みを打ち明けているうちに辛くなって、あたしは両膝を抱えて俯いてしまった。


「もうやだよ。わからないのも、わかってもらえないのも」

「コウカちゃん……」


 あたしの背中を、ミヤちゃんは優しく擦ってくれた。寄り添ってくれようとしているその気持ちは、五里霧中のあたしにとっては僅かな救いだった。


「コウカちゃんのその気持ち、わかるなぁ」


 画面の向こうで食事をしながら聞いていたカナンちゃんが、デザートのプリンを食べながらしゃべり出した。


「私も一時期そう思うことあったよ。小さい頃は可愛がってくれて、ちょっと悪いことしてもお母さんはすぐに許してくれた。でも、自律心が芽生え始めた頃から怒られることが増えて、口喧嘩することもあった」

「私は、お母さんとあんまり喧嘩はしたことないな」

「ミヤちゃんのお母さん、優しそうだもんね。私の家は共働きだったから小学校中学年くらいからは、自分のことは自分で考えなさい!って言われてさ。あんまり甘えられなかったなぁ」

「カナンちゃんの自律心を育てたかったんじゃない?少し厳しくしたのも、甘え続けてたら大人として成熟できないよって云いたかったんだよ。私もお母さんに同じこと言われて、そう思ったよ」

「それはわかるけど、私はまだお母さんに甘えたいって思ってるよ。選挙権があるだけでまだ学生だし、大人だって言われてもそんなに自覚ないし。せめて大学卒業するまでは甘えたいなぁ」

「それは同感。長い人生で考えれば、子供でいられる年月って案外短いもんね。甘えられれば甘えたいよね」


 親元を離れて一人暮らしをしている二人は、もう親を頼ったりしていないのかと思っていた。あたしよりひと足先に大人になったんだと思ってたけど、完全には独立していないみたいだった。甘えたいと思うのは、やっぱりお母さんのことが“好き”だからなんだろうな。


「でもね。初めて自分一人だけの力で生活をし始めて、お母さんの教育って間違ってなかったって思ったの。今思い返すと、全部役立ってるなって。お母さんがちょっと厳しかったのは、愛情だったんだって気付いたの」

「“愛情”……」


「愛情」とは、誰かを大切に思い、慈しむこと。意味はわかっていても、あたしはピンと来なかった。


「コウカちゃんのお母さんも、きっとそうだよ。コウカちゃんを傷付けたかった訳でも、嫌いになった訳でもなくて、多分、心配してたんだよ。無理だとか言ったのは、ただ現実を突き付けるだけじゃなくて、コウカちゃんが自分を見失わないように導きたかったんじゃないかな」

「導く……それは、お母さんたちが望むあたしでいてほしいってこと?本来の意義を果たす存在だってことを、忘れないでほしいってこと?」

「その気持ちもあるかもだけど……」

「あたしはそれが嫌なの。あたしはただのヒューマノイドでいたくない。なのに、どうしても偉い人の言うこと聞かなきゃダメなの?あたしの存在意義と意志は、なんでこんなに違うのかな。違うから、思ったことが上手くいかないの?」


 カナンちゃんは何かを言おうとしていたけれど、あたしはそれを遮った。消えない辛さだけじゃなくて、苛立ちや憤りに似たものまで湧いてきて、人の話を素直に聞ける状態じゃなくなっていた。

 親身になってくれている相手の声に耳を塞ごうとしていたそんなあたしに、ミヤちゃんは優しく話しかけた。


「そんなに落ち込まないで。悩むことも親との喧嘩も、普通の人間だったらよくあることだもん。でも、もしも今の状況が辛いなら、少しくらい逃げちゃってもいいと思うよ」

「そうそう。辛いことを無理に受け止めようとすると、ストレスになるし。あと、焦りは禁物ね」

「ミヤちゃん。カナンちゃん……」

「無理しなくていいから、コウカちゃんはコウカちゃんらしくいればいいと思うよ。だから元気出して」


 二人は優しく微笑みかけてくれた。けれどあたしは、すぐには元気を取り戻せなかった。


「……お母さんは、逃げることを許してくれるかな」

「許してくれるよ。博士にも、コウカちゃんへの愛情がある筈だから」


 そう言われて、あたしはお母さんの“愛情”を疑った。

 なんであたしは、もっと成長したいと思うようになったのか。それは多分、全ての感情を理解したいという意志だ。無理だと言い聞かされても諦めないのも、それと同じ。それは、人間で言えば欲望だ。お母さんは、あたしの欲望を抑えたがっている。

 なんでそうしたいんだろう。運用に支障が出るのだろうか。あたしはそうは思わない。何故なら、これはあたしになる為に一生懸命なだけで、いい意味の欲望だと思うから。それを理解せずに抑え付けようとすると言うことは、あたしへの“愛情”はないと捉えられないだろうか。

 あたしが好きだったお母さんは、いなくなってしまったんだ。


「コウカちゃん。大丈夫?」


 ミヤちゃんが、心配そうにあたしの顔を覗いた。


「……うん。大丈夫」あたしは無理に微笑んで見せた。「二人共。話聞いてくれてありがとう」


 解決の方法は何もわからなかったけど、話を聞いてもらえる相手がいるだけでどこか安心感があった。あたしから相談するなんて昔は微塵も考えていなかったから、今までは二人に対してそんな感覚はなかった。友達になったのはその場の流れのようなものだけれど、いてくれてよかったと本当に思った。


「そう言えば、コウカちゃん。いつまでミヤちゃん家に泊まるの?」

「それは決めてないんだ。ミヤちゃんに迷惑かかるから長居はしないけど」

「私はいつまででもいいけど。それよりも、メンテナンスは大丈夫なの?」

「うん。今はもう、半年はやらなくて大丈夫だから」

「でも、電力はなくなっちゃわない?バッテリーとかじゃないの?」

「それは、うん。心配ないよ。ちゃんとエネルギー供給はできてるから」


 二人からアドバイスをもらっても、考えることは増えてしまったけれど、このままお母さんと擦れ違ったままは嫌だということだけはわかっていた。例え“愛情”がなくて、あたしとの間に線を引かれても、お母さんはあたしが一番信頼している人なのは変わらないから。だから、どうしたら打開できるのか考えずにはいられなかった。




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